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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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 ギザミアはフェリス同盟の南部を構成する王国だが、今はその北部を通っているのでフェリス同盟全体で言うと大体真ん中を横切っている感覚だ。


 ドラガニアと比べても石の舗道が綺麗に整備されているので馬車の揺れも少ないのが印象的だ。窓の外から見える風景はドラガニアと同様、黄色い花が一面に咲き誇っていたがしばらく進むと北側に急峻な山々のシルエットが浮かぶようになった。


「あれがスバラルト山脈って奴かい?」

「そうだ。山脈でも今見えているような南部はモンスターも少ないから人間も暮らせるのだ。だが泉はもっともっと北の方にあるからな」

「まだまだ道半ば、か」

「でも今のところは順調だ。御者がいいのかな?」

「かもね。俺もあのニーナに関しては分からないことが多いけど、かなりやるもんだからな。とりあえず信じてもいい奴だと思う」

「ああ、君の信じる人だ。僕も信じるさ」


 アレサンドロの物分かりの良さは異常だ。そしてルサカはすっかり眠っている。やはり元々暗い中での活動が多かったので昼は苦手なんだろうか。あんな野性的な奴も寝顔は無防備そのもので、いじらしいものだ。


「朝摘みトマト銅貨一枚! さあさあ買った買った!」

「イチジクもデーツもバージェからラクダに背負われて運ばれた本物中の本物だよ! 本来なら銀貨五枚だけど特別大特価! 一キロ銀貨四枚、いや三枚でどうだ!」


 道沿いには野菜や果物を売っている市場や宿泊施設が立ち並んでいる。市場のおじさんおばさんは元気だし、道行く人達も多くてかなり賑わった街だなという印象だ。


 ギザミアの宿泊施設は屋根を赤や青、黄色と言ったカラフルな彩色で目を驚かせるものや逆にシックな色合いの石や煉瓦で歴史を感じさせる重厚な作りになっているものなど様々な趣向が凝らされており、見ているだけでも目移りするバラエティ豊かな風景だった。


「ドラガニアにはああいうのあんまりなかったよね。もっと地味と言うか、質実剛健って言ったほうがいいのかな?」

「ギザミアは見てくれを磨く事に力を入れているからな。平地が少ないから農業がいまいちでね。伝統的には漁業が盛んだったんだがこっちのほうが儲かるみたいだ」

「ふうん。でもまあ、道もよく整備されてるし確かにいい場所ではあるんだろうな」


 ドラガニアは自分たちだけでもやっていけそうなぐらい豊かだが、それゆえに外の目線はあんまり気にしないんだろう。でもここはそうじゃないから外の人から目を向けてもらわないと始まらない。ならば観光業に力を入れようって事なんだろう。


 大体漁業って言っても海に面しているわけではないのだから、湖や川の魚を獲るだけじゃたかが知れているというものであってね。この活気も漁業だけでは成り立たなかったものだろうと推察する。


 そしてそんなギザミアを流れる第二の川であるセドヤ川に辿り着く頃には太陽の色がオレンジに変化していた。


 アレサンドロが言うにはギザミアの中心はダネット湖沿いの南部であるらしく、この辺りは本当に通り道のようなものでしかないとの事だ。市場が賑わっていた例の街も特にメインでもなかったみたいだ。


 ドラガニアの田舎と比べてもかなり整備されているように見えたので結構意外だった。今回のミッションとは関係ないギザミア南部地域にもいつか行ってみたいものだ。


 さて、このセドヤ川はクラウゼンス川よりも細くて向こう側の陸地がちゃんと見えるぐらいなのだが、流れはクラウゼンス川よりも急らしい。まあ渡し船の時代ならともかくどうせ石橋が架かってるから行き来には問題ないのだが。そしてこのセドヤ川がギザミアの国境となる。


 左右は川に挟まれ北部は山、南部は湖。がっちり自然に囲まれているギザミアにさらばを告げて、ガジェ王国に俺達は足を踏み入れようとしていた。このガジェはフェリス同盟の西部を構成する王国で、ここを超えるとついにゼノラビアとなる。


 ちなみに王国のもう一つが北部を構成するアイゼルモッケン王国で、この名称自体は今までにも何度か出たから記憶にはあった響きだ。今回直接の関係はないので割愛するが、戦いが盛んなお国柄であるらしい。怖い怖い。


 まあそれはいいとして、ギザミアからガジェの入国審査も相変わらず速攻でパスとなった。やはりアレサンドロの胸にあるエンブレムが効力を発揮した一例と言えるだろう。


 黄色を基調として右手にハンマーを持った白いおっさん、と言うか神様が描かれているガジェの国旗が折からの強風に煽られてバサバサと音を立て、傾いた光源が映しだした細長い影がセドヤ川にかかっている。川も山も建物たちもオレンジ色に染まって、そろそろ夜も近そうだ。


「もう少し行けばガジェの首都であるエスパニスがある。どうにかここまでは進んで、宿泊はエスパニスにしよう」

「分かった。もうそろそろ日が落ちそうだけど大丈夫?」

「エスパニスはここから近いし、大丈夫だろう」


 アレサンドロがそう言うなら反対する理由はどこにもない。そもそも俺はエスパニスとやらがどこにあるかも知らないんだし。ルサカとニーナも承認したし、その判断に問題はないんだろう、多分。


「じゃあもうひとっ走りしましょうか。それっ!」


 ニーナが鞭を叩くと、馬車は力強く揺れ始めた。一秒ごとに暗闇が広がっていく世界の中を馬車は疾走していく。もう景色も黒ばっかりでよく見えないから、後は首都エスパニスに着くのを待つだけだった。


 体感時間で言うとニ十分程度だっただろうか。窓からうっすらと光が入り込んできた。この光こそ街に到着したという証。多分エスパニスだろう。意外と近かったな。


「着いたのかな?」

「ええ、ここがガジェの首都エスパニスです」

「そうか。ニーナお疲れ様。本当にありがとな」


 本日の最功労者であることは確実なニーナに俺は心の底から感謝の言葉を述べた。あいつは「あなたを導くのが僕の生まれてきた意味ですから」と言いつつも顔はちょっと照れくさそうにはにかんでいた。


 そして程良さそうな宿の横に馬車を停めて、中に入った。アレサンドロがちょっと交渉するとあっさりとまとまった。こういうのを見ると大人だなって思う。俺もいずれああなりたいものだ。


「ゆっくりとお休みくださいませ」


 従業員が丁寧に頭を下げる。アレサンドロやニーナはいいとして、俺は俺だし野獣の毛皮を被ってて臭いも酷いルサカも客としては上等に見えないだろうし、それでもこの態度なんだからしっかり指導が行き届いてるんだなと感心した。


 そんな優秀な従業員が働いているだけあって宿はかなり豪華だった。でもやっぱりねえ、お風呂がないのがきつい。疲れた夜には温かなお風呂にどっぷり浸かりたいなんておっさん臭いけど、日本から離れてそんなものに目覚めてしまいつつあるみたいだ。


 今まではそれが当たり前だと思っていたから特別な感慨も持たなかったけど、こうしてみると本当に大事だったものが何だったのか分かるみたいだ。


 インターネットよりお風呂が欲しい。それが裸になった俺という人間の本質なんだろう。いや、本当に。インターネットなくても案外戦えるもんなんだな。我ながらびっくりしている。絶対必要不可欠でなくなれば死んだと同じぐらいに思っていたのに。


 どうしてそうなったのか。それはここに友がいるからだ。ニーナはまた別枠として、ルサカは俺を頼ってくれているし、そして何よりアレサンドロだ。あんなに頼もしい人はそういない。そんなアレサンドロと友として出会えた。こんな幸福が他にそうあるだろうか。


 そんな幸福を呼んだ人と今後の日程について話し合った。


「明日はサンタンジェ川を超えてゼノラビア突入だ。でもこのゼノラビアがまた広いからな。これから魔城まで五日はかかると見ていいだろう」

「五日か。確かこのガジェがフェリス同盟の一番西側なんだっけ?」


 俺だって全然知らないわけじゃないんだけど間違いがあるといけないので念の為に確認しておきますよ、と言わんばかりのわざとらしい疑問符に素早く「そうですよ」と反応したのはニーナだった。


「一日で一番東のドラガニアから一番西のガジェまで行けたのに、それで五日もかかるんだなあ」

「そうこうしているうちにも父は苦しんでいる。しかしこれ以上早くは行けないものだからな。この悔しさは魔王にぶつけるしかない」


 アレサンドロの目つきが急に鋭くなった。視線を落としてみると右手で強く拳を握りしめている。明朗な中に潜む激情。友の苦しむ姿を見ると少しでも支えてあげたいと思うのが人情だ。だが、今の俺に何が出来るだろうか。


 ただ肩に手をやり「そのためには休む時はしっかり休んで英気を養わないとな」などと、薄っぺらい言葉を吐いた。この程度しか出来ない俺の情けなさを恨めしく思った。もっと勉強しないとな。


「ハッセの言う通りだな。明日の朝も早いぞ。じゃあ、おやすみ」

「おやすみ」

「おやすみなさい」


 俺もやっぱりすぐに眠たくなってきた。でもルサカはむしろ目がギラギラ光っている。夜行性かこいつ。


 この生活リズムもどうにかしたほうがいいんじゃないのかと思いつつ、今日分の集中力とか思考能力は既に消費され尽くしたらしくとても眠たくなってきたので「おやすみ」と言ってベッドに倒れ伏した。


 ああ、また食べた途端眠ってるな。でも宿題しなくていいしテレビもネットもゲームもないから、眠るぐらいしか出来ないんだよなあ。昔の人もきっとこうだったんだろう。


 だから夜にすることといえばアレだけど、どうせ相手もいないからなあ。ストレンジャーの辛さよね。やっぱり余計な事は考えずもう寝ようとしたが、そんなときに限ってすんなり眠れない。


「かくなる上は、やるしかあるまい」


 思考能力が鈍っていた俺は危険な決断を下した。あてのない行為。しかし一度脳裏に浮かべば振り払うことは限りなく難しい。俺は暗闇の中に右手を伸ばした。

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