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「特注の馬車だ。これは速いぞ!」
さすがは領主代理。アレサンドロが用意してきた馬車の豪華さに、俺は思わず息を呑んだ。アーベンさんのものとはまるで比較にならないほどに、でかい。
アーベンさんの馬車は人が五人入るのがせいぜいってところだったがこれは十人ぐらい余裕で入りそうだ。それに窓もあるので木製の戸を開いていると外に出なくても景色を見る事も出来そうだ。そしてアーベンさんの馬車は一頭で引いていたけどこの馬車は三頭もいてまさに百万パワーだ。
「では、御者は僕が務めましょう」
「へえニーナ、お前そういうのも出来るのか?」
「はい。むしろ得意なほうですから。さあ、荷物を全て馬車に積み込みましょう」
「ではニーナくん、君の好意に甘えさせてもらうよ。さあ、積み込みを」
とは言っても俺の持ち物は例の三日月斧とカバン、そしてジャージバッグのみ。なおジャージバッグの中には制服が入っている。
どうせ使う機会はなさそうだしこっちに置いていってもいいかもと思ったが、見られたらちょっと困るものではあるし、使い道は皆無だけど一応持っていく事にした。まあこんな広いんだから多少無駄があってもいいだろう。
ルサカの荷物は自分の命以外に何もない。ニーナもだ。いや、あいつの場合は自分の命さえも荷物に入らないかも知れない。失っても簡単に取り戻せる命なんて、どうかしてるぜ。
だから荷物はアレサンドロのものがほとんどだった。これは黒い服を着た屈強そうな見た目の兵士たちがスピーディーに運んでいった。
ざっと見たところ食べ物が結構積まれているようだ。それと当然飲み物。これが一番大事だからな。それに着替えの服もいっぱい。俺も欲しいぞ。
それと変な石像とか絵画も運び込まれていた。いやいや、これは絶対いらんでしょ。何に使うんだ?
でもあえて積み込まれるって事はこの世界においては何らかの意味があるのだろうし、俺があえて言う事もないだろう。
「じゃあ行ってくる! なるべく早く吉報を届けるから、待ってて!」
アレサンドロが「銀の森」に別れを告げた。その声は力強く、そして澄み切った悲壮感も漂わせており涙を流す兵士さえもいた。まるで今生の別れを惜しむように。いや、死なないよ。死なせないから。そのために俺はこの世界を生きているのだから。
門を抜けた馬車はひたすら西に進む。マーブルクの街を抜けたところで窓を眺めると、なだらかな丘の一面に淡い黄色の小さな花が広がっていた。いかにも春らしくて、見ているだけで心が朗らかになってくるみたいだ。
「ねえ、この黄色い花は何の花だい?」
「えっ、知らないのかい?」
アレサンドロは心底意外そうな顔をしていた。うん、何かごめん。本当はニーナがいれば良かったんだけど、でも知らない事を知ってるように言うのも限界があるから素直に教えてもらったほうが良かろう。
「うん、本当に知らないんだ。この辺は初めてだから」
「そうか。これはね、ジャガイモの花だ。秋になれば収穫だよ」
「へえ、これがねえ。ありがとうアレス」
とは言いつつも心の中では「あれ、ジャガイモの花ってもっと紫色とかしてなかったっけ?」と思っていた。でもまあ種類が違うんだろうと適当に納得した。
ジャガイモは大事だからね。でもあんまりメインで食べられてる印象はなかったけど。日本における米ってほどではないのかな。こっちの世界でどれぐらいの地位なのか気になったがそれは後で調べればいい。
北も南も地面は黄色と緑に染まる光景はこの後も延々と広がり続けていた。フェリス同盟東部に位置して最も広大な領土を持つドラガニアだけあって農業が盛んであるようだ。
また、ところどころ草原が広がっているような土地もあったがそれは麦畑らしい。風に揺られて、雨に打たれてなおも力強く育っていき実りの秋になれば黄金色の輝きを見せるのだろう。
「その輝きをアレスのお父さんにまた見せるためにも俺がしっかりやらねば」
俺は心でそうつぶやいた。そうしているうちにも馬車は整備された石の舗道をゴトゴトと揺れながら着実に西へと進んでいった。
道すがら、いくつかの小さな村とすれ違ったが建物はほとんどが木造で、マーブルクのように石造りの建造物は村の中に一つぐらいのものであった。アレサンドロによるとそれは教会であるらしい。
「神の家は堅固であるべきだからな。それに万が一の事が起これば神の僕である我らを守る要塞にもなる。これはかの教皇バティスト四世の教えに基づくものだ」
「ふうむ、なるほどねえ」
適当に相槌を打ったが、当然教皇が誰とかそんな事情は知らないままだ。そもそも教会がいざとなったら要塞にもなるって発想からして神様をないがしろにしてそうだけどいいんだろうか。
それはともかく、この世界の宗教としてはフェリス同盟の南側にあるパダルカ教皇国というところにいる教皇が神の御使いであると信じる宗教が一番有力であるようだ。アレサンドロも割とナチュラルに神とか教皇の権威を信じているみたいだし。
そもそも今パダルカの領土となっている辺りが古代から文明が進んでいた地域で、世界国家みたいなのも作っていたようだ。それが北方位民族の侵略などで滅び去った。今の暦はまさにその帝国が滅んだ年が元年となっているほどの影響力があったみたいだ。
帝国消滅という混乱の中でパダルカという小さかった都市を拠点に宗教指導者らが中心に頑張って復興を成し遂げた。そのパダルカの宗教指導者がいつしか教皇と呼ばれるようになって千年以上君臨しているらしい。しかし今俺達が向かっているのは西方なので直接的には関係のない話だ。
「そろそろクラウゼンス川ですよ」
「そうか。ここまでは順調だな」
しばらくしていると前方から御者の美しい声が響いた。この声に反応したアレサンドロの声も少し弾んでいた。
「ドラガニアからゼノラビアへ行く際は三本の川を通る必要がある。これがその一本目だからな。今のところ遅れもなく来ているからな」
三本も通るのか。出発は朝の、太陽の角度からして多分八時ぐらいだったと思う。それが今では真上に登って燦々と日光を振りまいている。昼時だな。
改めて時間を認識するとお腹も空いてきた。綺麗な花だけじゃお腹はいっぱいにならないものだから何か入れなければ。
「ここを超えればギザミアだ。昼食は向こうで摂ろうじゃないか」
「それは良かった。後どれぐらいかかるかな?」
「ざっと小一時間かな。橋はもう少し北にあるから僕らも北上する必要がある」
「うん、分かった」
間もなく異世界の花畑が両端の窓から姿を消したかと思うと、左手には海のように大きな水辺が映った。
「これがその、一本目の川かあ」
これで川って言うのか。凄いな。修学旅行で広島行った時に瀬戸内海を見たけど、あれよりずっと大きいように思える。だって対岸が見えないんだからそれはもう立派な大河だ。
河川敷も広い。横に並んで野球とサッカーが出来るんじゃないかってぐらいだ。一方右手には小規模な村があり、やっぱり石造りの建物は教会ぐらいのものだった。
馬車が川沿いを北上する中、奇妙な建物が目についた。石造りで二階建ての建物だが教会とは雰囲気が違う。壁が崩れていたり石壁だけが残っている状態だったりと、保存状態が悪いのがまず第一。教会は古いものでも綺麗に飾り付けられてたり生きてるけど、この建物たちはそうじゃない。
それと建築様式も、教会の場合はもっと曲線的だったがこの建物はやけに直線的で雰囲気的には本当に軍事目的で作られた要塞古城って感じだった。これは何だいとアレサンドロに尋ねてみたら答えは大体推察の通りだった。
「古代帝国が見張りのためにこのような城をいくつも作っていたんだ。今となっては崩れ落ちるのを待つだけの無用の長物だがな」
「ふーん。保存とかはしないの?」
「何で使わないものを保存する必要があるのだ?」
「ええ。まあそう言われたらそうだけど、でもほら、古代人類の営みを今に伝える遺産と言えるわけだから」
「そんな大したものではないよ。川沿いならどこにでもあるんだし」
アレサンドロは苦笑いしていた。これが当たり前の光景だと思っているこの世界の人間からすると単なるボロボロな建物なんだろうけど、俺からすると結構いいデザインだなって思う。
例えばホテルにでもしたら面白そうとか思うが別に俺も経営のプロとかじゃないんだし、俺程度の思いつきならこの世界のプロはいくらでもしてるんだろうな。
さらに北上を続けると、灰色の橋が見えてきた。踏んでも叩いても傷ひとつつきそうにない、いかにも堅固な石橋だ。そしてここまで作るのにどれだけの工事だっただろうかと思いを馳せるには十分過ぎる広さと長さだった。
「これが川を渡る橋って事かい?」
「そうだ。まずは第一関門突破ってところだな」
ゴトゴトと音を出しながら蹄と車輪が石橋を通過する。窓から眺める川の流れはまるで止まっているようだった。それほどまでにゆったりとした流れだ。
交通量は結構多く、馬車や徒歩で渡る人にすれ違うこと数十人。魚の干物を満載にした馬車もあれば薪を背負った女性もいる。確かギザミアだっけ、向こうの国とドラガニアとの交易を担うのがこの人達だ。大事な仕事だよね。
この橋を通過するのに十分はかかったと思う。ようやく陸地到達というところで馬車はストップした。石造りで簡素ながらもしっかりとした建物の上には青い旗がたなびいている。旗の真ん中には小さな手漕ぎの漁船と灯台みたいな細い塔のシルエットが描かれている。
「あれがギザミアの国旗だ」
「へえ、これがねえ。なんか海の男って感じだ」
「ギザミアは川と湖の国だからな。漁業が盛んなんだよ」
ブルーの旗がたなびく建物で俺達は入国審査みたいなのを受けたが、アレサンドロがマントを脱いで胸のエンブレムを見せた途端監査官のお兄さんはあっと声を上げて「どうぞお通りください!」と敬うように言ってくれた。
「あっさりパスか。さすがアレサンドロ、顔が広いな」
自分でも恥ずかしくなるぐらい適当な事を言ったが一応的外れではなかったらしく、アレサンドロは「そうだな」と笑い、すかさず「じゃあお昼にしようか」と声を弾ませた。
「やった! 待ってました!」
「飯だ飯!」
俺も声を弾ませた。ルサカも声を弾ませた。午前中はゴトゴト揺れるだけだったし別に疲れてるわけでもないんだが、それでも人間お腹は空くものだからね。人間、欲求には勝てません。
「この辺りは僕が詳しいからね。いいお店があるんだ。ニーナ君、変わってくれないか」
「はい、分かりました」
御者となったアレサンドロは川沿いにあるいかにも観光客向けって感じのオープンカフェみたいな店の前に馬車を停めた。
「ここの焼き魚はうまいぞ! なんたってギザミアだからな。魚の味からして違うから、待ってろよ」
こう言ってお店の扉の向こうへと消えたアレサンドロは数分後、串焼きにした鮎みたいな魚を両手いっぱいに抱えて帰ってきた。表面は茶色いソースでどっぷりと着色されており、スパイシーな匂いが食欲をかきたてた。
「本当に美味しそうだなあ。じゃあまずは一本、いただきます!」
串の両端を持って魚の腹部をがぶりと噛み付いた。結構骨がいっぱいあった。でも柔らかいから強行突破で噛み砕ける。魚の身自体は癖がなくあっさりとした風味だが、甘辛いソースが味を引き締めてくれている。これもいいもんだな。
「どうだい?」
「最高!」
「良かった。ルサカくんとニーナくんもどうぞ」
「おう!」
「じゃあいただきます」
ルサカは頭の骨をゴリゴリと噛み砕いていた。凄い顎の力だ。飲むように食べ終えると口をニッと開いたまま二本目を奪った。あんまりルサカばっかりに食べられるのも癪なので「あんまり欲張るなよ」と釘を差しておいた。




