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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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 今日も昨日も、食べたらすぐ眠気が襲って来てころりと倒れるパターンが続いている。このままじゃ牛になってしまいそうだ。でも本当に美味しかったな、昨日のお肉。やっぱりプロは違う。


 シャーベットの爽やかな風味が通り過ぎた後も口の中にはジューシーな肉汁の完食が強く残っている。噛みしめると湧き出てくる唾液さえもあの味に思えてくるみたいだ。ああ、酪農大国万歳だな。


 という事でジューシーな脂の記憶とともに朝を迎えた。柔らかな光と毛布に包まれてとても幸福な気分だ。俺は本当に良い友達を持った。でもいつまでも暖かさに守られるだけではいけない。


「起きねばなるまい、勇者ならば!」


 俺は決然と目を見開き、上半身を持ち上げた。大きく口を開けてあくびをしても誰もいない。ニーナとルサカは痕跡だけ残して一足先にベッドから抜け出しているようだ。朝早いなあ、あいつら。


 でももう朝だし、とりあえず着替えて顔を洗いに外に出ようって事で制服を掴んだが、冷静に考えてこっちでも制服でいる必要はないと気付いた。学校があるわけでもないんだし。


 幸いジャージバッグもこっちまで持ってきている。だから日常生活は体操服とジャージで過ごすのが一番合理的だと考えて体操服を着てみた。


 これが礼儀知らずになるのは向こうの世界だけ。こっちはそもそもこんな服自体が存在しないのだから、俺が「これはそういうものなんですよ」と言えば納得してくれるはずだ。


 という訳で膝が空気に触れる紺色のハーフパンツ、肘が太陽にさらされる半袖丸首のシャツという姿で伸びをした。部活の大会当日みたいな空気がちょっと新鮮で、これはいいな。


「目が覚めたのかい?」

「ああ、おはようアレス」


 素早く着替えて廊下に出ると、そこにはまるで待ち構えていたかのようにアレサンドロがいた。


「その服は?」

「えっとね、うん、軽装、みたいな?」

「そうか」


 うーん、今さっき言おうと決めた事さえうまく言えない。詐欺師って本当に凄いと思う。思ってもいない事を立て板に水、すらすらとまくしたてられるのだから。思考の寄り道をあまりしない俺には出来ない芸当だ。でもアレサンドロは納得してくれたみたいだからセーフ。


 それはともかく、アレサンドロは黄色い花一輪を持っているのに気付いたのでそっちに話を振ることにした。


「ところでアレス、その花は?」

「ああ、父を……、見舞うためにな」

「君のお父さんを?」


 無言のまま頷くアレサンドロ。そう言えば俺と違ってこの世界に親が生きてるんだよなと当たり前の事に今更ながら思いを馳せた。そして少し羨ましく思った。


 出来る時に親孝行するものだ。今は平凡な学生だけどいつかきっとやろう、とか遠いこと言ってると俺みたいになるからな。


「でもお見舞いって事は……。いや、俺が気にする事じゃないな。それじゃ、俺は朝ごはん食べに行かないとね」

「待ってくれ」


 アレサンドロの声は昨日より少し冷たい響きを持っていた。俺は彼の言葉に従い、静止して次の言葉を待った。


「今更隠すことでもないから。マーブルク領主である父は、呪いをかけられているのだ」

「の、呪いって、本当に!?」


 今の俺にはこれ以上の言葉が見つからなかった。すぐ「これが今の父だ」と扉を開いた先には、白いベッドと三人の白い衣服を着た、看護師のような人たちあくせくと働いていた。


 そしてベッドの中にいる顔を見て、俺は思わず声を漏らしてしまった。その顔は毒々しい紫色に変色していて微動だにしていなかったからだ。


「これが、君の……、君のお父さんなの?」

「そうだ。恐ろしい呪いが父をこうしてしまったのだ」

「こ、これが呪いなの? これじゃ、まるでもう……」


 死んでるみたいだ、なんて続きの言葉はさすがに言えなかった。でもまるで眠っているかのように動かず、しかもこの顔色だからそれを連想せざるを得ないのはもはや必然だった。


「まだ命は繋がっている。しかし父は自分の肉体を自分の思うままに動かすことが出来なくなっているのだ。今は食べ物を柔らかくして喉に流し込む事でどうにか生き永らえているが、これとていつまで持つか」

「だ、大丈夫なのかい?」

「少しずつ衰弱しているのは間違いない。呪いをかけられてから三ヶ月ほどで心臓が完全に停止するという。しかしもう二ヶ月が過ぎている」


 呪いの効用を聞いて背筋に寒気が走った。恐ろしい話だ。頭は生きてるのに体が言うことを聞かず、自分が死に至る事を認識しながらどうにも抗えないなんて最大の恐怖。そんな病気もあった気がするけど、それを人為的に引き起こすなど、まさに外道。


「酷い話だな。でも呪いって事はどうにか解く方法とかあるんだろ?」

「そ、それは……」


 アレサンドロは力なく俯いた。えっ、まさかないの?


「えっ、いや、あの、ごめん。そんなつもりじゃなくてどうにか道はあるといいよねみたいな……」

「ないわけじゃない」


 なんだ、あるのか。驚かせやがって。しかしアレサンドロは沈んだ表情を崩さない。


「スバラルト山脈の北部にジェスターの泉があり、この泉から湧き出る水を飲ませればあらゆる呪いは失せると言われている」

「ふうん、じゃあそこに行けばいいじゃないか」

「しかしスバラルト山脈は世界三大魔窟として知られる難所。その北部は特に強力な魔物も多く、しかも泉の周辺にはデザイアという名の魔王が支配しているんだ。これまでも数多の勇者が挑んだが、生きて帰ったものは一人もいない」


 やはり魔王みたいなのがいるんだなと改めて思った。そして俺の心は燃え盛った。俺がこの世界に飛ばされたのはなぜか。それは魔王みたいなのを倒すためだという当初の志を思い出したからだ。


「そうか。それなら話は早い。つまりだ、その魔王をやっつければいいんだろう?」

「それは、そうだが……」

「じゃあ俺に任せてよ」


 ためらいのない俺の言葉にアレサンドロは一瞬言葉を詰まらせた。しかしすぐに「我が友を危険な目に遭わせるわけにはいかない」と首を横に振った。しかし俺としてもなぜ生きているかを考えるとここで引き下がるわけにはいかなかった。


「そうは言うけどさ、じゃあアレス一人で行くのはいいのかい? そもそもアーベンさんに作ってもらった鎧だってそのためのものなんだろう?」

「そうだ。この戦い、僕一人で行くつもりだ。僕だって勇者の端くれ。覚悟はしている。もしも倒れてもそこに悔いはないだろう」


 アレサンドロの決然とした眼差しは力強く、俺の勇気は萎えてしまいそうになった。でもこうなったら意地の張り合いだとばかりに俺も腹を決めた。


「それは駄目だよ。君は今やマーブルクという大きな街の領主。そうやすやすと命を捨てるような事は、しちゃいけないと思うな」

「それは知っている。でも、誰が父を救うのかとなれば、それは僕以外にないだろう」

「そうだけど、でも一人でやるより二人でやったほうがきっとうまくいくよ。君はね、俺に気を使ってくれなくてもいいんだ。むしろ俺を置いて出て行っても付いていくよ。恩だってあるし、返さないと」


 俺はこの世界について何も知らない。でも仮に知ってたら絶対「それは無理だ。出来るはずがない」と尻込みしていただろう。そういう性格だからな。


 だから、何も知らなかったからこそこんな事を言えたんだ。でも今のアレサンドロに必要だったのはそういう馬鹿らしいあけっぴろげな勇気だった、はずだ。目を閉じてしばらく悩んでいたアレスも、一度目を開けるとその瞳は清々しさに満ちていた。


「君は本当に良い奴だな。よし、決めた。ハッセ、君の力を僕に預けてくれ」

「そう来なくっちゃ!」


 アレサンドロと俺は強く手を握り合って友情を確かめ合った。俺はこの決定をすかさずニーナとルサカにも告げた。案の定、二人も付いていくと言い始めた。


「初さんの行くところなら僕はどこにでもお伴します。それがこの僕がこの世界に生まれた理由なんですから」


 ニーナはやっぱり天使だった。まあこいつがいないと結構困るので連れて行くのは俺としてもやぶさかではなかった。


「俺も行く」


 元山賊のルサカも案外乗り気だった。元々森を根城にしていただけにモンスターとの戦いにも慣れているだろうから、むしろ一番必要な人材と言える。


「そうと決まれば善は急げだ。早速準備しようじゃないか」

「そうだな。では僕は馬車を調達してくる。それとフィールに代理の代行を頼んでおかないとな。じゃあまた」


 アレサンドロは慌ただしく廊下の向こう側まで走り去っていった。でも俺達に準備する事なんて特にないからな。とりあえず朝食のオートミールを食べている間に、ニーナに地理についての質問をした。食事中にはしたないとかあんまり言わないでね。他に時間なかったから仕方なかったの。


「スバラルト山脈はですね、大陸の北西部に伸びている巨大な山脈ですよ。その南端はこのフェリス同盟にもかかっているぐらいですからね。アーベンさんの住むジャニョもその辺りにあります。でもジェスターの泉があるのは本当に最北部ですからね。結構かかりますよ」

「あれ、そう言えばアーベンさんは?」

「もう帰りましたよ。職人さんの朝は早いんです」


 茶色く変色した羊皮紙の地図を広げて、ニーナがあれこれとレクチャーしてくれた。こう見るとドラガニアって本当に山と山に囲まれた狭い平地にあるんだなと改めて確認出来た。


「馬車で行くならゼノラビアを通るのが一番安全だろうな」

「そうですね。北部ルートはまだ危険が多いですし。ここからアイゼルモッケン経由ってのもね」

「まあ当たり前だな。前の俺らみたいな山賊に襲われる可能性も高い」

「ゼノラビアなら治安も安定していますからね。大体五日ってところでしょうか」


 地図を指で示しながらニーナとルサカがワイワイ騒いでいるが、相変わらず地理の話はさっぱりだ。ただ今回は自分にも関わることなので地理トークも真面目に聞いてみた。


「ゼノラビアと言えば言わずと知れたフェリス同盟の西側にある大国ですからね。領土もかなり広いんですけど今はオーレン大帝という支配者にも恵まれて非常に安定していますね。スバラルト山脈以南がゼノラビアの領土で、以北は支配が行き渡っていないゴルトラントとなってるんですけど、やはりゴルトラントルートは未整備の道も多く危険ですからね」


 ニーナはこのようにいちいち説明を織り交ぜてくれるのでありがたい。とりあえずルートで言うと、現在位置はフェリス同盟でも東部に位置するドラガニア王国の首都マーブルク。ここから俺達はフェリス同盟の西部を構成するガジェ王国を通って、そこから真っ直ぐ国境を超えてゼノラビアに向かう。


 ゼノラビアでも魔物の住処である北部はやっぱりちょっと危険なので比較的安全な中心部を進みつつ首都アイシスに辿り着いたところで一気に北進。ジェスターの泉があるグロス山へ直進する。そして魔王デザイアを倒して水ゲット。さっさと戻ってお父さんを治すという寸法だ。


「それでうまくいくかね」

「そこは勇者様の働き如何でしょうね。ファイトですよ、初さん」


 まあ、そうなるだろうな。でも実戦経験ないからなあ俺って。実力は申し分ないはずだ。でも正直怖いなって思う心は真実なわけで。


 ある日突然肉体が強くなりましたと言われて、実際に相当強くなっている。でもそれに即追いつくような屈強な精神は持ち合わせていないのだから仕方ない。


 少しずつでもいいから、俺は強いんだという日常に慣れていかないと。いつまでも運動神経絶望な態度でいるとまどろっこしくなるし、肉体だけでなく心の充実も勇者に不可欠。


 この旅を通じて真の勇者にならねば。俺はそう心に決意を刻み込んだ。


「さあ、準備出来たぞ。乗り込もう」


 中庭からアレサンドロの声が聞こえたので俺は「おう!」と勇壮な雰囲気の返事をした。勇者として初めての仕事は、絶対に負けられない戦いとなった。こう言うと日本サッカーの陳腐なフレーズそのまんまで凄く嫌なんだが。

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