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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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おまけ 晩餐

 そして「銀の森」へ到着した俺とニーナとルサカの三人は、とりあえずアーベンさんのいる部屋へ向かった。


「ただいま!」

「お帰り! どうだった?」

「あっ……」


 目の前に飛び込んだ光景に俺は言葉が出てこなかった。アレサンドロは出来たばかりの鎧を試着していたが、真新しい鎧の高貴なる輝きとそれに全く負けていないアレサンドロの堂々と落ち着いた態度がとてつもなく立派に見えたからだ。


「……凄いなあ。格好良いよ」


 我ながら語彙力のなさに恥じ入るばかりだが、圧倒的感動に心の容量が全部抑えられて言葉を練る余地がほとんどなくなっていたのだ。松島を見た時の松尾芭蕉もこんな感じだったんだろうな。


「ありがとう。僕もとても気に入ってる。ああ、それとアーベンが君の武器も改造したいと言い出したんでね、あれをご覧よ」


 アレサンドロの人差し指が示す右側に首を傾けると、ハンマーの音が響いていた。そう言えば壁に立てかけていた俺の三日月斧もその場から消えた代わりに元々柄だった棒が槌音の狭間で無造作に倒れている。


「ちょうどオリハルコンが余ってね、それを使って刃の部分を強化しようってなったんだ。これはアーベンが言い出したことで、僕としても同じ気持ちだった。それとも迷惑だったかな?」

「いや、そんな事はないよ。何から何まで本当にありがとう」


 今日初めて会ったばかりの人にここまで至れり尽くせりにしてもらって、不覚にも涙腺が緩んだ。


 そのうち三日月斧の改造作業も完成したらしく、アーベンさんがこちらを振り向いたところ、少し驚いた表情を見せた。金属との戦いに全神経を傾けていたので俺が戻ったのを知らなかったのだろう。俺はとりあえず「ありがとうございます」と頭を下げた。


「いや、それはワシの台詞じゃ。お主には命を救ってくれたという借りがあるからの。これで少しは返せたじゃろう」

「いえ、そんな。俺はそんなつもりじゃ……。とにかく、本当にありがとうございました」

「オリハルコンの斧なんぞそうはなかろうよ。かなり強力な武器となったはずじゃ。ハッセよ、これからも勇者として頑張るんじゃぞ」

「はい! 全力で、この生命を賭しても……」


 アレサンドロもそうだけどこのアーベンさんも人情というものを俺に教えてくれる偉大なる人物だ。その心をもっと伝えたかったのに言葉が詰まってそれ以上は何も言えない自分が恨めしかった。


 その後、アレサンドロ主催の晩餐会に招待された。俺とアーベンさん、それにニーナとルサカにも声がかかった。


「だって当然だろう? 僕とハッセは友達なんだから。ハッセの友はすなわち僕の友でもある。むしろなぜ招待しない理由があるんだい?」


 堂々とそう言われると全くその通りで、拒否する理由は何もなかった。ニーナはまあどうにかなるとして、ルサカはテーブルマナーとか大丈夫なんだろうかと気を揉んだが、冷静に考えて俺もマナーがなってないだろうから気にするのはやめた。


「という訳で今日の晩御飯はいいもんが出ると思うぞ!」

「やったぜ。ハッセの友達はいい奴だな!」


 一も二もなくこの話に飛びつくルサカ。まあそうだろうよ。ニーナもお得意の朗らかな微笑みを浮かべて意志を示した。


「じゃあ行きましょうか。それで場所は?」

「えっと、これ何って書いてあるんだっけ?」

「春風の間、ですね」


 こっちの世界の文字はニーナに読んでもらうしかないのでやや手間だが、とりあえず俺達はその春風の間とやらに足を運んだ。


「鰯雲の間、新雪の間……、ここですね」


 いくつか部屋がある中を少しうろついて、ようやく正しい場所に辿り着いた。部屋の扉の上には文字が書かれており、これもニーナがいないとどこがどこやらってところだ。


「やあ、待っていたよ。新たなる友よ。その崇高なる心を今ばかりは僕に預けて、心ゆくまでくつろいでほしい」


 部屋にはすでにアレサンドロが待ち構えていた。黒い燕尾服みたいな、いかにも高そうなファッションを着ているので恐縮してしまった。ルサカとか熊の毛皮だし、全然この場に合ってないように見えるんだが、いいんだろうか。


 それとアレサンドロは政務中と違って前髪をナチュラルに垂らしていた。こっちのほうが似合ってると思う。すでにアーベンさんも席についていたし、俺達はさっさと招待された席へと歩いた。


 部屋の中央には何かを塗られているわけでもないのに表面の色ははっきりと白い木製のテーブルがどんと置かれていた。ちょうど白樺の木と似た色合いだが、明らかに一本の木でまかなっている。バオバブみたいに分厚い白樺みたいな木があるって事なのか。


 座席の配置は、北にホストであるアレサンドロ、南にアーベンさん、西に俺とニーナ、東にルサカだった。ルサカはこういう場に慣れてないのがありありできょろきょろと周りを見ていた。初めて飛行機に乗った少年が雲海に感動してるみたいだ。


 かく言う俺もこういう場に慣れてるわけじゃない。小学生の頃、親戚の結婚式に行った事があったけどあんまり覚えてない。


 それとこれまた低学年の頃だったと思うが法事にも行ったことがあるが、なんか灰をこねこねしてたかなって程度しか覚えてない。だから出来るならきょろきょろしたかったがルサカと同じでは示しがつかないのでどうにか我慢した。


 それに比べてニーナはさすが天使、堂々としている。明らかに場馴れしているのが格好良いぞ。しばらく待っていると給仕の人がぶどうジュースを杯に注いでくれた。


「新たなる友のために乾杯!」

「乾杯!」


 空に乾杯を捧げると、すぐにぶどうジュースを飲み干した。自覚はなかったが今日もずっと緊張し続けていたし、随分のどが渇いていたらしい。給仕の人がすぐに継ぎ足してくれたのでありがたかった。


 次いで緑黄色野菜を細かく刻んで煮こごりみたいまとめたものが出された。これが前菜って奴か。あんまり美味しくなさそうだが、木彫のスプーンですくっていざ食べてみるとやっぱり野菜の青臭さが濃厚でちょっとしんどかった。とにかく苦い。


 肉の味が口の中で充満するのはいいが野菜の味となると、苦いとか酸っぱいとかそういった要素がソリッドになってしまっている。でも栄養にはなりそうだ。こんなのを手づかみして一口で平らげるルサカはさすがだな。


 これを食べ終えた頃合に、油の焦げるいい匂いが部屋の中まで入ってきた。鼻をくすぐっただけで舌鼓を打ってしまいたくなる心地良いフレーバーだ。


「仔羊に南方より仕入れた香料をたっぷりまぶした姿焼きだ。さあ召し上がれ」


 アレサンドロは大きなナイフを懐から取り出して、肉の塊をばっさばっさと切り刻んだ。獣の形をしていた肉が瞬く間に食事にふさわしいサイズに切り分けられている。うまいもんだな。


 それにしても一番のごちそうが姿焼きなのか。小さなナイフで串刺しにして、肉汁したたるのも気にせずがぶりとかぶりつくのがマナーらしい。ワイルドな世界だな。それぐらいのマナーなら俺でも十分に対応出来るぞ。


「では、いただきます」


 肉を口に運んだ次の瞬間、肉は舌の中で溶けてしまった。しかし口の中には確かに肉の感触が広がっている。初体験の感覚に俺の腕はまたも肉を手にしては口に含み、その作業が止まらなくなってしまった。


 南方の香料とやらがこの胡椒みたいな風味を加えているのだろう。柔らかい肉と濃厚な血のソース、そして香料。それ以外の味付けなどはまったく必要ない。こんなシンプルな調理でも問題ないという力強さを感じさせる逸品だった。


 そしてルサカが肉を食べる勢いも凄い。まるで水を飲むようなスピードで肉を飲み込んでいる。歯の弱い現代っ子はゆっくり食べないと噛み切ることも大変なのに、あいつはまるで野獣だ。ニーナは、カマトトぶってちまちま食べてやがる。


 そしてアレサンドロは主にアーベンさんに鎧のお礼とか昔の仕事がどうとかそういう話をしていた。俺に関してはアーベンさんとの絡みぐらいを軽く触れた程度で、身の上話はほとんどせずにすんだ。


「それにしても不思議なものだな。今日という日は幾千もの偶然から選びあった幸福によって形作られているものだと改めて思う」

「そ、そうだね」

「そしてハッセ、君に出会えた以上の幸福はこの世界広しといえどもそうはなかろう」


 アレサンドロは酒にでも酔っているのだろうか。妙に俺を褒めてくれるので俺もいい気になって「俺もアレス、君ほどの人物に出会えて本当に良かった」みたいな言葉を返した。こういうおべんちゃらは言って減るものじゃないし、もっと積極的に口に出していこうと決意した。


 そうこうしているうちに目の前のお皿は骨が残るだけとなっていた。気付いたらもう完食とは。俺も皆もよっぽどお腹が空いていたんだな。


「はわあ、美味しかったなあ。この世界のお肉はうまい。大好きだ」

「気に入ってもらえて光栄だ。最後にデザートも用意してある」


 そう言って出てきたのは、どうやらシャーベットらしい。氷を削った上に淡い黄色の汁がかかっている。口にするとキーンと冷たい食感がジューシーな肉汁でいっぱいだった口の中を襲った。黄色い汁も柑橘系の何かだろう。とてもさっぱりする。


 全て食べ終えて、俺は夢見心地でまどろんでいた。食欲の次は睡眠欲。しっかりと疲れた一日の終りにふさわしい、心地良い疲労感が肉体を支配して抗う気力を奪っていた。


「ああ、ごめん。あまりにも満足しすぎてもう頭がふらふらだ」

「そうか。なら、どうせならうちに泊まってくれればいい。ベッドも用意しよう」

「ええ、本当に? そこまで至れり尽くせりじゃあ逆に恐縮だけど、でも好意はありがたく受け取るよ。本当にありがとう」


 これでアレサンドロが力強く微笑んだまでは記憶にあるが、この辺になるともう自分で何を言っているのかも分からなくなっていた。だからその後どうなったかはあまり覚えていない。


 でも今日は意識があるうちに服を脱いだぞ。寝間着はパン一のノンノンスタイルだ。パジャマないから仕方ないね。俺は色々な事を忘れて幸福な少年だと自画自賛しながら眠りについた。

降誕編は今回で終了します。ご愛読ありがとうございました。次回、魔王編は十月一日に公開します。最低全十話で、もう少し増えるかも知れません。

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