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稲妻勇士  作者: 沼田政信
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「貴様、よくも……」


 もはやそれ以外の言葉はなかった。怒りだけが俺の頭の中を支配して、一滴の理性さえも蒸発し尽くしていた。


 荒い呼吸を繰り返しながら憎しみだけを込めて睨みつける俺の瞳にブローカーたちは怯えていたが、ええいもうやけだとばかりにナイフを振り回して突っ込んできた。俺はナイフの刃を掴むと、そのまま握り潰した。


「よくもやってくれたな! 生きて帰れると思うなよこの外道ども!!」

「い、今のは事故だ! 事故だ事故! 不幸な事故で殺したかったわけじゃあなかったんだあ!!」

「でも殺したんだろう? 俺の大事なニーナを殺したんだろう!」

「う、うわああああ、誰か助け」


 もはや問答無用。悪人の言葉など聞く耳持たぬとばかりに、それまで以上に顔面が青白くなっていたブローカーの背中に向けて俺の左拳を叩きつけた。


「お前たちなんか!!」

「ぎゃあああああああああああああ!!!!!」


 怒りのままに叩きつけた鉄拳をもろに受けたブローカー二人は路地裏を通り抜けてメインストリートまで吹っ飛んだが、たまたま通りがかった絨毯を運ぶ馬車の荷台に直撃してようやく静止した。


「うわあ! 何だ何だ!」

「何か飛んできたぞ! うわあっ、人か!?」


 赤や黄色の幾何学模様を施された分厚い布が道を覆って道行く人達はてんやわんやだ。多少正気を取り戻した俺はルサカに絨毯の片付けを手伝うように命じた。


「な、何で俺が? 大体ふっ飛ばしたのはお前が」

「いいから行けよ」

「……お、おう、分かった」


 意図的に静かな口調を作りつつ睨みつけ、半ば脅しをかける形でルサカを向こうに走らせた。これから俺が作る表情はとても人に見せられないものになると分かりきっていたからだ。


「ああニーナ……! 何でだよ。そんなのってないよ! お前がいなきゃ俺はもう生きてはいけないのに……」

「大丈夫ですよ」


 無責任な事言ってんじゃねえよ、と振り向いたが今の声はルサカのものとは違った。それでいて間違いなく聞いたことがある声だった。あんな高く透き通った声は……。でもそいつは今さっき命を落としたはずだ。


「僕があんな事で死ぬはずがないでしょう」


 その時、目の前で静かに目を閉じていたはずの天使の瞳に光が灯ったかと思うと自分の力ですっくと立ち上がった。


「あっれ、ニーナ、お前……? 何でだ?」

「当たり前ですよ。僕はそんな簡単に死にませんよ。だって僕はあなたの天使ですから」

「いやいやいやいや、それはねえだろ。今胸にナイフを……、あれ?」


 何事もなかったかのように平然としているニーナの態度に戸惑いながら、俺は刺されたはずの左胸をまさぐってみたが、どこにも傷の感触は認められなかった。


 確かに服は赤く染まっているのに、その原因である血がニーナのどこから流れ出たものなのか、もはや痕跡すら存在していないのだ。


「そんな……。まるで傷もないなんて、何がどうなってるんだ?」

「ええ、それはですね、一言で言うと僕が天使だからって事になりますけど、詳しい説明聞いてみます?」

「うーん、ああ、一応今後のためもあるから頼む」

「はい、分かりました」


 ニーナが説明したのは、つまりこういう事だった。まずニーナの肉体は通常の人間の肉体とは異なって霊的な存在に近いらしい。


 人間が怪我をするとしばらく治らないのは当たり前だ。チートパワーを入手した俺も殴られれば痛いし怪我をすればもっと痛い。まあこっちでは治癒魔法もあるらしいけど。俺が吹っ飛ばしたブローカーの二人も道行くふくよかなおばさんに治癒魔法をかけられて頭を下げているし。


 でもニーナは違う。ニーナの肉体は肉体そのものではなく肉体そっくりな霊的存在なのだ。この天使にとって、この世における肉体は服のようなものであって、だから幽体離脱なんかも暑いから羽織ってた上着一枚脱ごうかという感覚であっさり行える。で、今回はそれを利用したらしい。


 つまり、ナイフで刺される直前に幽体離脱を行う。そうすると肉体は血を流すが霊体、あるいはニーナの本質と言える魂の部分はナイフの攻撃を回避しておりまったくの無傷なのだ。


 そしてノーダメージで浮遊しているニーナの本体である魂が倒れ伏したニーナの肉体という名の容器を治癒魔法で修復して、元通りになった肉体の中に魂が入り込んだのだ。これでノーダメージのまま死者蘇生が完成する。


「つまり何だ? お前の肉体って粘土みたいなものなのか?」

「粘土。ああ、近いですね。この肉体は魂を吹き込まれた人形、あるいはアバターって言い方でもいいんじゃないんですか。そういった類のものなんですよ。だから傷ついてもすぐ直るし、見た目を変えることも容易なんです」

「わけわからんけど、とりあえず凄いんだな」

「でしょう? 天使ですから」


 ニーナは自分が天使であることに随分誇りを持っているらしい。でも何度肉体的に傷ついても実質ノーダメージで回復できるってかなり凄い技能だな。やはり通常の人間ではないからそれぐらい出来るのかとも思ったが、結局は「天使だから」という一見雑な説明が一番的確だな。


「それにしても俺をこんなに取り乱させるなんてね、とんだいたずら天使だ。でも無事で良かった、本当に。とりあえず戻ろう。ルサカもな!」

「お、お前ら……」


 俺はルサカを呼び寄せたが、ルサカはあからさまに嫌悪感と拒否感を表明していた。声も震えている。


「いい加減正体を現したらどうだ! お前ら、どっちも人間じゃないだろ!」


 えっ、俺もかよ。ニーナが人間じゃない事がばれただけなら別にいいんだが俺の方は完全に誤解だぞ、と言いたかったが「大体おかしいだろ。お前はやっぱり強すぎる」などと言われると確かにその通りではあるのでちょっと口ごもった。


「いやいや分からんでしょ。それに俺の力だって魔法由来かもしれないんだよ?」

「いいや違う。魔法なら発動するための言葉があるはずだ。ハッセはそれを言わなかったのに父ちゃんを吹っ飛ばした。今日のあいつらもだ。あんな事は普通ならありえない」


 俺は思わず「へえ、魔法ってそういう掛け声が必要なんだ」と他人事のような感想を述べた。いや、実際こっちの世界における魔法の法則なんて知らなかったからな。


「うん、じゃあ俺は魔法使いじゃないよ。じゃないとして、だからどうだって言うんだ?」

「お前たちの正体は何者だ!」


 今必要なのはルサカの心を解きほぐす事なので、可能な限り感情を落ち着けて冷静に、そして優しい口調を意識して語りかけた。


「だからね、前にも言ったけど俺はね、単なる人間だよ。色々あってちょっと強いけどナイフで刺されたら血だって出るし高いところから落ちたら死ぬ。見知らぬ国のトリッパー、ってなもんでね。ははっ」

「それじゃあニーナはどうなんだ?」

「こいつはな、俺の仲間だ。ルサカ、お前と同じ仲間なんだよ。思えば三人誰もがそうじゃないか。皆バラバラで、違うところから今このマーブルクに集った、巡り合った同士。この唯一の真実を前にしてそれ以上の説明は必要だと思うかい?」


 我ながらうまく核心から外れた話をペラペラと連ねられたと感心している。ルサカも何となく一理あるみたいな表情をしてくれている。ここがチャンスとばかりに俺はルサカの頭を撫でるように抱きしめながら言葉を畳み掛けた。


「俺だってニーナの全ては知らない。人生という長い旅の途中で、知り合ったのもついこの間なんだから。でもそれで構わないと思ってる。いずれ俺の知らないニーナを知る事になるかもしれないけど、そういう出会いって楽しいもんだろ?」

「何が言いたいんだ?」

「とにかく、俺とお前とニーナはもう出会ってしまったんだから、あんまり考えすぎちゃ駄目だよ。これも天の配剤と言うのかな。巡り合いって結局奇跡じゃない。そんな奇跡を授けられたのは俺とお前と、そしてニーナだって同じ奇跡に恵まれたんだ。今すぐ仲良くしろと強要はしないさ。でも、今は巡り合ってしまった同士で生き抜く事を考えようじゃないか。俺はお前の仲間だしニーナも俺の仲間だ。つまりお前とニーナだって大事な仲間同士。だから、なっ、一緒に帰ろう」

「……分かった」


 本当に分かったんだろうか。言ってる俺もよく分からなかったんだが。でもとりあえず「みんな仲良くしようよ!」って事だけは伝わったみたいだからセーフ。夕焼けは西に沈み月が色づき始めている。もうすぐ夜がやってくるんだ。


「そろそろ暗くなりますね」

「ああ。だから手をつないで帰ろう。さあ、ルサカも」

「……仕方ないな」


 俺はルサカとは右手で、ニーナとは左手でつないだ。両手に花、じゃなくて何だ。両手に団子か? むしろ散歩中犬に引っ張られる飼い主とか、あるいはトナカイとソリの関係と言ったほうが適切だが。


 最初は嫌々に見えたルサカが一番率先して引っ張ってくれている。それはいいんだがルサカって本当に臭いな。野良犬みたいなもんだ。落ち着いたら絶対風呂に入れてやると誓いながら「銀の森」へと急いだ。

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