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二人目~土建屋の鈴木~

二人目その1「訃報」

 今年の花粉症は、軽かった。

3月を迎えても、例年のように薬に頼る事もなかった。

毎月第二週には、建設の業界仲間の社長連による親睦の定例飲み会がある。花粉症に苦しみつつ酒を飲むのは辛いものだが、今年は気になる事も無く参加できた。


定例会前日、その会の親分的な存在の社長から電話が入った。

「おう!お疲れさん!明日定例会だが、来れるだろ?」

「はい、伺います」毎回出席している私に、わざわざ出欠を確認したのが気になった。「何か、あるんですか?」

「いや、何かある訳じゃないが・・」親分はちょっと口ごもった。

「実は鈴木が死んでな・・」私は目を丸くして絶句したが、電話の事とて親分には伝わらない。

「奴の弔いもある。明日、いつもの店で五時に集合な!」「分かりました」


 鈴木は、月一の親睦定例会のメンバーである。池袋で、土木業をやっていた。私とはもう一つ“そり”が合わなかったが、仲間には違いなかった。社長らしく恰幅が良く、真っ白な髭を豊富にたくわえていた。初対面の時は随分年上と感じたが、話してみると私と一つしか違わないと分かり驚いたものだった。

 彼は、事務所が近い事もあり、良く私の会社を訪ねた。

「こんな仕事があるんですが、やんないですか?」といろいろな案件を持ち込んだ。概ね私には畑違いだったり、採算の点から厳しかったり、なかなかモノにならなかった。

「俺はね、年が近い事もあるんだけどあんたと仕事がしたいんだ。必ず儲けさせるから、俺も儲けさせてくれ」よくそんな事を言っていた。ただ風体も人相も案件も、怪しい雰囲気は否めなかった。


 やがて持ち込む仕事が、おかしくなってきた。

「六本木に事務所を借りてさ、女の子を集めてデートクラブをやりたいんだ。一口乗ってよ」管理売春である。

「実は知り合いが100万程貸した奴が逃げてね。これ借用書なんだけど、回収できないかな。取り半でいいよ」闇金の回収である。

「事故物の外車が、安く入るんだ。さばき先を紹介できない?」下手すると、詐欺である。

「鈴木さん、どうしたんですか?最近まともな仕事が無いじゃないですか」

「いやぁ金になれば何でもまともな仕事さ。職業に貴賎無し」 無茶苦茶である。

「本業はどうしたんですか」

「いやぁ、もう土木の穴掘りなんてやっても儲からないよ。何でもいいから、儲かる事をしようよ。あんただって苦しいだろう。資金繰りで大変だって聞いたぜ。お互い儲けようよ」

 私は幾ら苦しくても、管理売春や詐欺はできそうもない。断ると、彼はあまり連絡を寄こさなくなった。


 月一の定例会も、出たり出なかったり。「あいつ最近、特に苦しいらしいぜ」定例会でも噂になっていた。苦しいのは土木建設業を営む者なら、皆そうだろう。私も御多分に洩れず、下請への支払いが遅れ給料も青息吐息でようやく払い、銀行に融資を申し込んでもセーフティネットさえ使えず、仕事は減少の一途。

 社員がいなければ、借金がなければ、すぐにでも会社を畳みたい、そう思っていた。


 それにしても、である。

 私より一歳年上の、当時47歳。病気とも聞いていない。どうして死んでしまったのだろう。とにかく定例会に参加しよう、そうすれば情報も教えて貰えるだろう。

 翌日、日中は通常通り仕事をしていた為、喪服こそ着ないものの色の濃いスーツを着て、ポケットには黒いネクタイを忍ばせ、打合せが長引いた私は少し遅れて会場入りした。



二人目その2「追悼」

 いつもならスタートからかなりくだけて始まるのがこの会の常であったが、この日は様子が違っていた。

「おう、来たか」こちらを向いて座っていた親分が、真っ先に私を見つけた。

「あ、お疲れさん」「お疲れ様です」他の参加者も振り返り、口々に声を掛けた。

「お疲れ様です、遅くなりました」私も応えて、空いている席についた。

「今も話していたんだが」飲みかけのビールを空け、追加注文を目で促しながら親分が口を開いた。

「鈴木が死んだのは電話でも話したな」「はい」

「あんな奴でも、この会の仲間だ。今日は奴の弔いだ。おい」と新しい酒をもう一杯注文した。

「先に飲っていたが、全員揃った所でもう一度乾杯しよう」


 皆、座り直してグラスを手にした。

「バカ野郎!まだ早えぇ!最後の一杯がまだ来てねぇだろう!」、と言う間に新しいウーロンハイが来た。

「これで揃った訳だ」親分はそのグラスを、自分の隣の空いている座布団の前に置いた。

 皆、その意を理解した。

「この酒を、鈴木に捧げよう。みんな、乾杯!」「カンパイ!「かんぱい!」野太い声が揃った。


「ところで死んじまったこたぁ聞いたんですが、いったいなんで死んだんです?」仲間の一人が聞いた。気持ちは皆、同じである。一斉に親分の返答を待った。

「自殺だよ。あの野郎、自分で電車に飛び込みやがった」一同、眉をひそめて息を呑んだ。

「おめぇ達も知っているだろうが・・」親分が話し始めた。



 鈴木が会社を興して一年半、土木建設業としてスタートした。地方ゼネコンの東京支店開設に合わせて独立。そのゼネコンの仕事を一手に引き受け、上々の滑り出しだった。

 しかし折からの大不況に、そのゼネコンは東京支店を早くも閉鎖。それでも本社からの受注を乞うて関東の仕事を回して貰ってしのいでいたが、遂に本社までもが民事再生法の適用を申請し、抱えていた2,380万円分の手形は紙くずとなった。他の取引先は幾つも無く、三人ほどいた社員の給料や経費の支払いも怪しくなってしまった。

 そうして訳の分からない仕事に傾いていったのは、前に述べた通りだ。まずは私に接近、なかなか話にならないとみると定例会仲間に次々とアプローチしたらしい。仲間達は私同様、おかしな仕事は相手にしない。生活は日を追って苦しくなる。遂に親分に借財を申し込んだ。

 500万を借り受けたそうだが、溶けるように消えたと言う。客も無く、従って売上も無く、先の仕事の見込みもない。本業を捨てて、おかしな仕事にのめり込んだのだから当然と言えば当然である。


 前途無き身を、自ら電車に叩きつけたのである。遺書らしきものは、無かったそうだ。


「先を悲観しての、発作的なものだろうさ。貸した金も返さずに死んじまいやがって・・」

 誰一人、口を開かない。親分の憎まれ口が、本気でない事はわかっている。それよりも、皆我が身を思っての無言である。100年に一度と言われる大不況は、私達建設業を直撃している。工事の減少から少ない工事に業者が群がり、安値で叩きあう。

 私の会社でも700万で見積もりを出した工事に、他の競合先が何と400万の見積もりをぶつけてきた事がある。ほとんど半値近いのだから、勝負にならない。またそれを追いかけるほどの力は、ウチには無かった。いよいよ仕事は減少して行く。少ない体力はなお削られ、ただ生きる、それも難しくなった。

それは鈴木に限らず、ここにいる参加者共通の事情である。明日は、我が身。


 一様にうつむく様を見かねて、親分が声を張り上げた。

「バカ野郎!てめぇらがしんみりしてどうする!鈴木だってそんなこたぁ望んでる訳がねぇなぁ、分かるだろう!」全員、大声の主を見やった。

「あいつは見栄っ張りの大馬鹿野郎だった。だから本当に困った事情を、俺たちにも言えなかった。仕事が無い時に“何か仕事を分けてくれ”とも言えなかった。なまじおめぇらより年上なのが災いして、知らねぇ仕事を“教えてくれ”とも言えなかった。本当に、馬鹿野郎だ」

手を伸ばして「鈴木の酒」を一度持ち上げ、タンッと勢いよく卓に戻した。

「しんみりしてぇなら、一度だけさせてやる。その後も引きずりやがったら承知しねぇ。酒を持て!」


 皆、グラスを手にした。

「鈴木に黙祷!」酒を両手で戴き、黙祷する大柄な土建屋達。

「やめ!もう一度乾杯だ!カンパイ!」「カンパイ!」「カンパーイ!!」


 まさかこのメンバーから再び死者が出るとは、誰も思っていない。それでも「会社が死んでしまう」危機感は、全員が持っていた。


「明日は、我が身」。

それぞれがそれを心にとどめ、酒会は進み夜は更けていった。私も弱いくせにこの日は深酒し、よろめきながら帰途についた。錦糸公園の桜がつぼみをたくわえ、咲き誇るタイミングを見計らっている。しかし私には満開桜よりも、風にあおられ散って行くイメージの方が鮮明に浮かんだ。


「咲いた花なぁらぁ、散るのは覚悟・・」


酔っ払いは拍子の狂った軍歌を口ずさみ、タクシーに乗り込んだ。


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