30、物語は突然に
誠一が葉子の元でおむすびを食べたことで、テンション上がりまくってから2週間半後。
午前の授業がひとまず終わり、昼休み。
イダート学園高等部2年Aクラスにて、その話題が上がっていた。
「なあなあ、知ってるか?」
「何が?」
「新しい購買が出来たってさ」
「ああ。私、それ知ってるわ。Fクラスの新人教師が発案だとか」
「けれど、確かアレサンドロ先生が」
「圧力掛けて、案自体が潰れて消えたんじゃ?」
「はっ、ザマァねえな」
「凡人達は私達の視界に入らず、黙っていればいいものを」
「でも、結局やるんだろ」
「何で?」
「そこまでは俺も知らねえよ」
「何を売るのかしら?」
「鉄貨2枚のパンらしいぞ」
「はんっ。犬の餌かよ」
「Fクラスにはお似合いじゃないかしら?」
教室内では嘲笑した声が広がる。
その喧騒の中心から離れた席に座る少女が1人。
澄んだ空のように透明感のある青い髪。
それに相応しい大人びた美貌。
彼女は1人、喧騒には加わらず静かに本を読み、しかし、未だ続く会話の中である言葉が彼女の中で引っかかる。
「……Fクラス」
彼女は本から一度目を離し、窓の外を見る。
その視線の先には、Fクラスの学舎があった。
◆
所変わって、購買仮設テント。
図書館にてジョージと案を出し合い、ミゲル学園長に話をつけるのに1週間。
そこから、更に猶予を貰ってから、手回しや準備に1週間半。
授業を終え、購買仮設テントまで向かった誠一。
その目の前に広がる光景は、
「すみませーん!焼きそばパン2つ!」
「こっちはメロンパン1つお願いしまーす」
「押すなよ、痛ぇだろうが」
「並んで、並んで下さーい!」
「焼きそばパン3つ!」
わいのわいのと盛況、盛況、大盛況である。
「よっしゃ!」
その光景を少し離れた所から眺める誠一はガッツポーズをする。
わざと1週間半も時間をとった甲斐があったというものだ。
しめしめと喜ぶ誠一に、近く影が1つ。
「これはこれはセーイチさん。大変お世話になっております」
「び、ビルゲイさん?!何でここに!」
何故かそこにはビル商会代表取締役のビルゲイさんがいた。
突然の見知った顔の出現に驚きを隠せない誠一。
対して、ビルゲイはさも当然の如く、普段通りだ。
「何も驚くことではないでしょう。なんて言っても、今回セーイチさんが商売の話を持ってきてくれましたからねー。大金が動く匂いがすれば、そこに行くのが商人の性というものですし」
「ま、まあ……ビルゲイさんらしいと言えば、らしいけど」
そう。
誠一は、今回の購買問題の解決に向け、ビル商会とある契約をしていたのだった。
◆
おむすび2個でハイオク満タンチャージされた誠一は、心機一転。
解決に望むべく図書館の幽霊と化したジョージと話し込み、その案が出た。
「────技術を売る?」
『Yes!これこそ異世界転生者の特権、技術転売。どこか馴染みの商会か、知り合いの商人は居ないか?出来れば大手がイイんだが』
いる。
そう言われて連想されるのは、ビル商会に、ビルゲイさん。
前にアンディーがビル商会のパン持っていたし、交渉する機会もあるだろう。
以前にもクロス王国でレシピを買って貰った経験がある。
「それで金稼いで人件費に当てろと?でもそれじゃ、根幹的な解決に繋がらないような……」
知識は金にはなるが、最初の一度きり。
俺の目的は学園内の改善であり、その場しのぎのような手段はあまり取りたくない。
単に俺のワガママとも取れるけど。
それに、ただでさえ嫌がらせしてくる貴族勢だ。
その方法も、それはそれでイチャモン付けてきそうだ。
しかし、俺のその言葉に、ジョージは手を横に振って訂正してくる。
『ちゃうちゃう。今回の問題は1ヶ月間というデメリットかつ、メリットがあるだろ。それを利用して、惣菜パンのレシピをタネに商会に全部任せんだよ』
◆
「いやぁ。ソピア王国の支部から連絡が来た時はびっくりしましたよー。まさか、またセーイチさんと取引する機会に恵まれるなんて」
「度々すみませんね、ビルゲイさん。しかも今回、そっちにレシピ売るだけで、購買の人員からパンの製作、製作費をそっち持ちで全て任せてますし。申し訳ない」
「いえいえ。むしろ他の商人ではなく、ウチに持ってきてくれて助かりましたよ」
なにせ、
「なにせ、あのメロンパンと焼きそばパンが売られれば、ウチが扱う学生向けのランチセットが売れなくなるのは目に見えてますからね。この話に飛びつかない訳には行かないじゃないですか」
◆
『まだメロンパンも焼きそばパンも出てないんだろ。なら、商人なら絶対に飛びつく。それを手取りに、パンの製作を一からそっち持ちにさせろ』
ジョージの発言に一瞬耳を疑ったが、聞き間違いでは無いらしい。
『勿論、タダ働きとも取れるが、それも2ヶ月の間だけ。一年じゃなく、1ヶ月間しのげばこっちの勝ち。それに、商人であれば生産ルートも確保できて400個以上の大量生産も可能。餅は餅屋、商いは商人ってな』
「大量生産って。毎日400個完売するだけでも、充分目標額に届くし。そこまで必要か?」
『必要に決まってんだろ』
真っ向から断言された。
『目標額の二倍は超えさせるぞ。貴族相手なら、文句を言わせない程、完膚無きまでに完全勝利だ』
「それは……やり過ぎじゃないか?たかが惣菜パンと菓子パンだぞ……」
そこまで価値あるものとは思えない誠一。
だが、ジョージは違うようだ。
『誠一……あんたは自分が及ぼす影響力を自覚しなよ。そもそもよ。この世界の料理なんて焼くか煮るだけで、美味いかどうかは素材の味で決まってるもんだ。そこに、異世界の、それこそ"この世"の物では無い料理が出てみろ』
ジョージは確信を持って言い放った。
『人間なんて、香辛料1つで戦争を起こすんだぜ』
◆
「セーイチさん。そんな申し訳なさそうな顔しないで下さいよ。むしろ、お得な買い物をしたのはコチラなんですよ。売り上げ次第では、2ヶ月後にも学園内にてビル商会が商売を出来る権利をくれましたからね」
ほら、と見せるのは一枚の誓約書。
そこには、"ビルゲイ・ストレ"と"ミゲル・カルケット"の名前が記されている。
この誓約書、ただの誓約書では無い。
これは魔法の契約書、魂魄契約書。
別名、絶対契約書。
これに名前を記載した者は、契約を絶対的に守らなければならなくなり、破った者には罰が下される。
罰の重さは設定によって違うが、1番重いのは死んでしまう。
今回の課題が上手くいけば、そのまま仮設購買をビル商会の下で運営していい許可をミゲル学園長から頂き、この契約書を結んで貰ったのだ。
「見てくださいよ、セーイチさん。400個がもう少しで完売しそうですよ。流石セーイチさんが考えたレシピな事だけはありますね」
ビルゲイさんの言葉通り、まだ20分も経っていないのに既に両手の指で数えられる程に減っている。
「いやいや。これも2週間前から、ビル商会いつものランチセットにプラスで試供品を配ってくれたお陰ですよ。でなきゃ、ここまで上手く行きませんよ」
人間、未知なものには一歩引くものであるが、ビル商会や、2年Fクラスの生徒達が宣伝してくれたお陰でそれも起こらずに済んだ。
「明日からは600ぐらいでも行けますねー。ではでは、私はこれからの購買について学園長さんと話があるんで。ここいらで失礼〜」
「ええ、また……あ、そうだ!ビルゲイさん、少しイイですか?」
静止の言葉にビルゲイさんが振り返る。
「……?何か?」
「あの、自分が出てからのクロスでの王都襲撃。犯人とか、復興とか、その……色々とどうなってます?」
「ああ。なんだ、その事ですか」
ビルゲイさんは懐から一枚のカードを取り出すと、サラサラと書き記すと、誠一に渡した。
「本来でしたら情報料を取るのですが、セーイチさんと私の仲です。1週間後の昼に事細かに書いた書類を渡しますね。それじゃあ」
「え!いや、そんなカッチリしたのじゃなくて、ザックリで……ってもう行っちまった」
何から何までお世話になりっぱなしで、誠一は申し訳なくなりながら、ビルゲイさんから貰ったカードをしまうのであった。
◆
そんなこんなで3日経ち、購買の売り上げはそのまま右肩上がりとなり、現在は800個を生産し、1日で完売している。
最初の客層はFクラスの生徒であったが、益々噂が広がりE、Dだけでなく、Cクラスの生徒も少数であるが見かけるようになってきた。
このまま行けばジョージが言っていた当初の2倍の目標額は行きそうではあるが、気は緩められない。
開店直後より、1ヶ月後の山場。
新規開店の飲食店は開店直後は上手く行っても、開店してからしばらく過ぎた時が客が来なくなり、ガランガランになるのはよくある事だ。
……全部任せて楽になってる分、新商品考える暇できて助かるわ。
客寄せパンダじゃないけど、もう1つくらい見世物みたいなパンチある物があっても良いと思う。
そんな事を考えつつも、誠一は学園内を移動中であった。
いつものミゲル学園長の逐一報告である。
……であるのだが、
「何で今日は研究棟の方なんだろうなあ?」
今日の話合いにて指定された場所はいつものミゲル学園長の学園長室ではなく、研究棟の最上階、その一室であった。
試供品として新商品を片手にでの赴きである。
驚くことに研究棟にはエレベーターがあり、移動がスムーズに行く。
流石、魔法学最先端。
「605号室、605号室……ここか」
……なんか他の部屋に比べて、やたらデカイな。
物珍しいのでキョロキョロとしていると、部屋の中からガタンと音がした。
……ミゲル学園長か?
しかし、見た感じ部屋の明かりは付いていない。
「すいませーん。誠一ですー!入ってよろしいでしょうかー?」
ノックしながら扉の向こうから声をかけるが、反応が無い。
居ないのか?と思いつつも、扉に手を掛けると、鍵がかかっておらず、すんなり開いた。
「すいませーん。呼ばれて来ました誠一で……ってなんじゃこりゃ!?」
一瞬部屋が暗くて分かりづらかったが、率直に言って物が散乱していた。
カーテンで部屋は暗く、本はいくつも山積みで、いくつかは倒れて散り散りに。
何かしらの薬品らしき匂いが漂い、壁には落書きが。
泥棒でも入ったかと勘違いしそうな部屋の有様。
すると、その中心にある布、いや、毛布がモゾモゾと動き出す。
すわ何かしらの実験動物か、と構える。
そして、毛布の盛り上がりは大きくなり、毛布がズレ落ちて動く正体の顔が見え、
「────────────」
その正体は、まるで湖畔に現れる妖精のように可憐な女性であった。
肌の白さは微かな光ですら反射し、ほの暗い部屋で銀色に光り、寝起きで乱れている翡翠のような深緑の髪。
率直に言おう。
俺は彼女を見て見惚れてしまった。
いや、進行形で正に見惚れている。
誠一は無意識に呼吸を止めていた。
目の前にいる存在は夢のように儚げで、自分の一挙一動で消えてしまうのではと馬鹿な考えによるものであった。
彼女は何も喋らない。
誠一は何も喋れない。
静寂が2人を包む。
「………………ヘクチッ」
しかし、その静寂は女性の小さなクシャミで破られた。
「………………(もぞもぞ)」
「あ、え……えーと、そのう、自分は誠一と言って、そう、ミゲル学園長に呼ばれて!」
喋らなければと思うのに、しどろもどろになり何故か思うように言葉が出ない。
対して、女性は毛布で身を包んだまま立ち上がろうとする。
……あ、意外に小柄なんだ。
と、そんな事を思ってしまうほどに彼女に目を奪われ、彼女を包む毛布がずり落ちていき、
────毛布が落ちると、裸体の彼女がそこに居た。
「──────────」
裸だ。
裸である。
スッポンポンである。
生まれたままの姿である。
ミロのヴィーナスである。
その姿を丸々と見てしまい、対して彼女は無表情で鼻をスンと動かし、
「………………ヘクチッ」
またもクシャミをする。
誠一はすぅと息を深く吸い込むと、
「キャアアアアアアッ!!」
顔を茹でた花咲蟹以上に赤らめ、手で目を抑えて甲高い悲鳴をあげるのであった。
……普通、リアクション逆じゃね?




