29、願いの数は奇数の方が区切りよくない?
狐美女は盆を持ち、こちらの方へ近づくと、腰を下ろし正座する。
「命の恩人と言うのに、碌なもてなしも出来ず、すまないのぅ。ほれ、粗茶じゃ」
「あ、どうも」
「よ、葉子しゃま!お茶でしたら、丁稚の自分が」
「よいではないか、伊波。わっちとて、恩人に恩を報いたいのじゃぞ」
伊波と呼ばれた狐幼女はアワアワとしだすが、狐美女は軽く笑って流す。
着物に慣れているのだな、と誠一は思いながらも、お茶の入った湯呑みを受け取る。
意外に着物を着て正座しようとすると、足元ヒラヒラしてるから座る際に気をつかうのである。
とりあえず、湯気が立つお茶を一口。
「お、緑茶だ……うまい」
ずずっと、もう一口。
……しかし、何だろうな此処は?
湯呑みを持ちながら、改めて周りを見渡す。
見た感じ、昔の日本屋敷のようだ。
木の造りから、障子、掛軸、畳に、壺まで。
誰もがイメージする「The日本屋敷」である。
目の前の狐美女しかり、先程の蛇使いの女しかり。
2人は着物を着ていた。
そして、極め付けは、おむすびと、手にしている緑茶。
しかし、ここは間違いなく異世界のどこか。
偶然、ここまで日本に類似する屋敷が出来上がるだろうか。
……それこそ、誰かが日本を再現した……とか。
思い起こすのは「勇者」というワード。
ありえなくはない話である。
またまた勇者関連かよ、と思いつつ、お茶をもう一口飲もうとするが、既に空であることに気づく。
「おや……お茶が尽きてしもうたか。伊波。すまぬが、お湯を沸かしてきてはくれぬか?」
「はい、葉子しゃま!」
狐美女がそう言うと、狐幼女は任せて下さいと言わんばかりに、スタコラサッサと駆けて行く。
部屋を出る直前、誠一の方へと頭を下げていくのを忘れずに。
狐美女は真面目な姿を見送り、微笑ましそうに見送る。
そして、誠一の方を向き、
「……さて、ちと話に付き合って貰えぬかの?」
その顔には笑みが浮かんでこそいたが、狐幼女に向けられていたものとは違うものであった。
ズッシリとした覚悟が込められた目だ。
……まあ、怪しさ花マル満点だしな。
誠一は落ち着いて、湯呑みをお膳に置く。
生憎、こういった事例は1度目ではない。
この場合は包み隠さず、そして端的に話すべきだ。
「自分は沢辺誠一と言います。勇者のジョージ……ジョージ・ベルフウッドの紹介で来ました。目的理由はお米を貰いに」
誠一の応えに、狐美女は目を丸くし聞かされた名前を反芻する。
「……ジョージ、とな。これはまた……何とも懐かしき名前よの」
狐美女は「なるほど、それならば納得じゃの」とどこか納得した様子。
狐美女の警戒心も、なりを潜める。
自分でも怪しい奴だと思うのだが。
ありがたいですけど、信じるの早すぎませんかね?
しかし、
「懐かしい……ということは。貴女がジョージの知人、でいいんですかね?」
まるで知ってるかのような口ぶりだったし。
だが、それにしては若すぎるし、エルフではなさそうだし。
「何じゃ?ジョージから、わっちの事を聞かされておらぬのか?」
「いや、住所とそこに知人がいるという事しか聞かされてませんでした。自分も有頂天で深くは気にせず来ちゃって」
と、言うと、狐美女が呆れた顔をこちらに向ける。
「お主もお主じゃが……全く。何も成長しておらぬなジョージの阿呆は」
狐美女はやれやれと頭を振る。
……いやはや、面目次第も御座いません。
しょうがない、と狐美女は呟くと、狐美女は自分についての情報を開示する。
「わっちの名前は天照 葉子。半分精霊で、半分人間じゃ。歳は……そうじゃな、400くらいはいっておるかの」
……ツッコミ所が満載過ぎないかい?
いや、ジョージが知人と言っていたし、長寿だとは想定してたが。
「精霊……って、アレですよね。サラマンダーやノームなんかの、超自然的な存在の」
「さらまんだ、のうむ……。確か……そちらの国ではイワツチやカグツチの事をそう呼ぶのであったな」
精霊とは。
簡単に言ってしまえば、自然界の万物に宿る超自然的な存在である。
ときたま、不思議な現象などを引き起こすとされていおり、身体を持たぬ精神だけの存在、精神体と呼ばれるものの一種だ。
精霊以外の精神体は、サキュバスなどの悪魔がそれに挙げられる。
精霊をもっとざっくばらんに、現代人にも馴染みのあるもので表現すれば、ゲームでお馴染みの火の精霊サラマンダーや、土の精霊ノームなどである。
という訳なので、疑問が1つ。
「精神体、なのに。どうやって、そのう……」
「ああ、性交かの」
こっちが尻すぼみになった言葉を、恥じらいもなく堂々と言われてしまった。
男らしい。
「神降ろし……というのは知っておるか?降霊術とも言うのじゃが」
「降霊術なら。イタコさんとかが、自分の体に霊を取り憑かせて話すとか」
そこまで言って、成る程と理解。
身体が無いなら、貸し与えればいいのか。
「そう。その通り。わっちの母様は、姫神子と呼ばれての。その身に高位の精霊を宿したそうでな」
「だから、半精半人と」
うむと葉子は頷く。
「そのおかげで少し人より永い時を過ごしての。挙げ句に、姫神子なぞと崇められてな」
そう言った葉子の横顔は少し寂しそうに見えた。
しかし、次の内には、既にもとの妖艶な笑みを浮かべていた。
「少し話が脱線したのぅ。どこまで話したか……ジョージとの出会いを話すとするか」
そう言って葉子は語り出す。
それはまるでお伽のような昔噺であった。
◆
むかーしむかし。
1人の世にも美しい狐耳の美女が居ました。
……なんじゃ、その目は。何か言いたいことでもあるのかの?
コホンッ……。
その美女はある大国のお姫様でありましたが、ある日悪者の臣下たちによる反乱が起こりました。
そのお姫様の体の中には神様の片方が宿っており、その力を独り占めして悪い事を企んでいたのです。
お姫様は追い詰められ、悪者達の毒牙にかかりそうになります。
もう駄目か、と思った時、それは突然現れました。
ゴロゴロと雷の音が鳴ったかと思えば、1人の若い神様が見たこもない龍を引き連れて雲の中から現れました!
龍だけではありません。
鉈を携えた男の戦神に、精霊であるイワツチを従える童女、更に、木の精霊であるククノチ。
4人の仲間たちと共に、神様は反乱の地へと降り立ちます。
戦神が鉈を振るえば兵が飛び、童女が歩けば地面が割れ、ククノチが揺れれば木々が生い茂り、龍がひと鳴きすれば家が崩れました。
そして、若い神様は見たことも無い術を使い、悪者達からお姫様を救い出しました。
お姫様はせめてもの感謝の印として、沢山の米を若い神様に与えます。
すると、若い神様は言いました。
「何と気がきく女であろうか。代わりに、3つの願い事を聞こう」
若い神様はお姫様を助けただけでなく、お姫様の願い事を聞いてくれました。
「何と有り難いことでしょうか。でしたら、1つは民への感謝を、1つは実りの恵みを、1つは守る術を。お願い存じたくございます」
そのお姫様の願いに、若い神様は反乱にて壊れた家を直し、畑には豊穣の技をもたらし、お姫様に1つの剣を渡しました。
若い神様はお姫様の願い事を叶えると、龍の背中に乗り、空高くへと飛んでいきました。
人々はこの若い神様のことを、豊作の神と敬い、稲野穣手神、イナノジョウズガミとして崇められましたとさ。
めでたしめでたし。
◆
昔噺、か……。
「イナノジョウズガミ、ね。お姫様が葉子さんで、ジョージがジョウズに名を変じたわけか」
稲のジョージ神。
イナノジョウジガミ。
イナノジョウズガミ。
まんまと言えば、まんまやな。
「まあ、色々と御伽噺の為、話は盛られておるがの。実際にジョージには、わっちを救って貰った恩があるんじゃよ」
変わった龍とは、ドラゴンのことだろうか?
しかし、あとの鉈持った男や地面割る童女に木の精霊については分からん。
どんな人外パーティーだよ。
それに姫さまとは。
目の前の葉子を見るが、それ以上のことは話さない。
……まあ、話さないのならば、無理に聞く必要はない。
人それぞれの事情というのはある。
それに、あっちは自分が破茶滅茶な力を見せたというのに、詮索してこないのだ。
自分ばかりが聞くのは不躾である。
そんなことを考えていると、ふと狐幼女に言われたことを思い出す。
「そう言えば……さっき、丁稚の子に、イナノジョウズガミですか?と聞かれたが……もしかして、俺を神様と勘違いしちゃってか?」
「……そうであったか。……いや、あの子は、伊波はこの手の御話が好きでね。すまないことをしたかのぅ?」
「いえいえ、そんな。むしろ……おむすびを貰いましたし」
「あれだけでは足りなかったであろう。すまぬな……わざわざここまで来て、わっちの命まで救ってくれたというのに。生憎、蔵が燃えてしまっての……」
2人してチラリと庭の方を見る。
鎮火はしているが、蔵だけでなく、池や庭も色々とボロボロだ。
ここから見える景色は通常なら侘び寂びあるものであっただろうに。
勿体ない。
「……あの蛇使いの女は何者なんです?」
「そうじゃなあ……。わっちは現役を引いた身とは言え、狙われる心当たりは……まあ、山ほどあるのぅ」
いつになっても変わらぬものじゃの、と苦笑しながら遠くを見る。
「じゃあ、あの蛇使いはその一派の1人と」
「まあ、そうじゃろなぁ。誰ぞに、いいように焚きつけられたのであろう。いつもであれば、嫌がらせの些事に変わりない筈だったのじゃが……」
「あの大蛇、ですか」
ただでさえ強力であったのに、あの再生能力だ。
異常。明らかに異常。
「そもそも。あの女、大蛇を操るほどの腕は無いはず。その上、どこであの大蛇を用意したのやら……」
誠一は蛇使いの言葉を思い出す。
『あの男から大枚叩いて手に入れたってのに』
あの男、と蛇使いは言っていた。
今、蛇使いの女は気絶をし、グルグルに拘束されているので話を聞けないが、間違い無く協力者がいる。
……不死身もどきの蛇ねぇ。
あれ、何か前にもこんなことあったなと考える。
そして、ふと、コボルト達を助けた時に遭遇したオークが脳裏に浮かぶ。
あのオーク、妙に賢くて人の言葉を理解し、致命打を受けても死にきれていなかった。
……まさか、な。
そんな事を考えていると、トテトテと軽い足音が近づいてくる。
「お待たせしました!どうぞ、お茶です!」
「おお。ありがとう、伊波」
「神様もどうぞ!」
「お?あ、ああ。ありがとうな」
どうやら、狐幼女伊波の中では、自分はすっかり神様と勘違いされているようで。
チラリと葉子の方を見れば、少々申し訳無さそうに苦笑している。
まあ……子供の夢壊すのもなんだしな。
乗りかかった舟だ。
「で、伊波ちゃん。叶えたい願いは何かな?」
そう言って、誠一は手品のようにポンと音を立て、ペロペロキャンディを何も無い所から取り出す。
伊波ちゃんは突然現れたキャンディをキラキラとした目で見ると、鼻息を荒くしてこちらに擦り寄る。
純真無垢な子だ。
「で、でしたら……1つ目のお願い良いですか!」
「良いよ良いよー。どんどん言っちゃってねー」
ある程度のことはチートな能力で何とかなる。
そう言うと、伊波は頭を下げて、
「葉子様のケガを治して頂けないでしょうか」
「…………」
もっと子供らしい願いかと思っていたら、予想していなかったお願いに、一瞬戸惑う。
頭を下げている伊波は誠一の表情に気づかず、更に話す。
「さっきの蛇の襲撃で、葉子様は私を庇ってくれました。そのせいで思うように動けず、酷く消耗しております」
「なに……?」
葉子の姿を見てみるが、疲労が伺えない気丈な立ち振る舞いである。
葉子は伊波の言葉にバツの悪そうな顔をしている。
自分への警戒もあったのであろうが、1番は伊波ちゃんを心配させない為でもあろう。
他人に弱ったところを見せないとは、強かな人だ。
「あとの2つのお願いは……?」
「壊れてしまった屋敷を直していただくこと。そして、私に葉子様を守れる力を下さい」
「……良い子に恵まれてますね、葉子さん」
「カカッ……わっちには勿体ない忠義者じゃよ」
葉子は赤くなり笑みがこぼれる顔を、取り出した扇子を開いて隠す。
「OK。その願い叶えるよ、伊波ちゃん」
「本当ですか!」
「ほんとほんと。伊波ちゃん他人思いの良い子だから、オマケで飴ちゃんあげるなー」
「ありがとうこざいます、神様!甘いです!」
そうかそうかと、飴を美味しそうに舐める伊波ちゃんの頭をポンポンと撫でる。
……キリもいいし、お願い叶えて帰宅することにしますか。
今日はおむすび食べれたので、明日も頑張って仕事に臨める。
何気に満足しているし、色々と疲れたので、お米はまた来た時に話そう。
願いに見合った魔法を創る。
伊波ちゃんに渡す力は……アレでいいか。
用意が出来たので、掌を打ち合わせパンッと音を鳴らす。
すると、屋敷だけでなく外の庭園も、まるで時が巻き戻るように直っていく。
そして、葉子の身体が淡く光る。
怪我の治療だけで無く、整腸作用、肩コリ、冷え性、筋肉痛、腰痛、血行促進の効能作用があるやつだ。
これで貴女もリフレッシュ。
葉子は突然の変化を実感してか、目を瞬かせ頬を微かに引攣らせて笑う。
「まったく……ジョージだけで無く、お主らと来たら。埒外過ぎて、退屈しないですむのう」
「す、凄いです!流石です神様!」
「そんな事はないさ。で、伊波ちゃん。ちょっとコッチに来て」
「……?」
奇跡じみた光景にはしゃぐ伊波を近づかせると、頭に手を乗せる。
そして、アレを定着させる。
……よし、これで完了と。
最後の願いもこれで大丈夫だろう。
「伊波ちゃんに加護、的なものを授けたから。困った時には助けてくれるよ」
「……?……?」
伊波ちゃんは何か自分の身体に変化が無いかと、身じろぎして身体をくまなく観察する。
そんなに見ても、変化は内面だから分からんだろうけど。
「じゃあ、自分はそろそろお暇しますわ。葉子さん、落ち着いたら、またこの屋敷に来ても良いですか?」
「構わんよ。その時には米を用意しておくよ」
「ありがとうございます。それでは……」
誠一は葉子と伊波に一礼をして、一瞬で姿を消した。
◆
「消えてしまいましたね、葉子様……」
屋敷から誠一の姿が消え、葉子はふぅと息を漏らす。
「突然現れたと思えば、瞬く間に消えている……。ジョージもそうじゃが、嵐のような男じゃの」
さて、と誠一の前にあったお膳を片付けようとするが、伊波が慌てて待ったをかけた。
「いいですよ、葉子様!片付けは私がやりますので!」
「そうは言っても……お主の両手は塞がっておるではないか」
伊波の右手には誠一から貰ったペロペロキャンディ、左手には急須などが乗ったお盆が。
「いえ、行けます!ふん、ぬぐぐ……!」
「そう無理をせんでも……お?」
どうにかお膳も持ち上げようとする伊波の背後から、にょきりと二本の腕が伸び、伊波に代わってお膳を持ち上げる。
伊波はその手の持ち主に礼を言う。
「あ。どうも、ありがとうござい────」
『コメ』
伊波が振り向くと、額に「米」の文字を貼り付けた、のっぺら坊のからくり人形みたいなのが立っていた。
……蛇使いをタコ殴りにした何かじゃの。
ぐれいとふる・らいす……とか読んでいた物(者かの?)が何故か伊波のそばに立っていた。
葉子はジョージの頃から異世界人のトンチキ具合に慣れ、先程誠一がこれを使っていたから落ち着いているが、事情を知らぬ伊波は違う。
ビクッと驚き、固まる伊波。
伊波は一歩後退ると、偉大なる命は付いて行くように一歩前へと進む。
3歩後ずされば、3歩前へと。
「『…………』」
グレイトフル・ライスと伊波は数秒無言で見つめ合い、
『コメッ!(よろしく!と手を挙げる)』
「うわぁあああああ!お化けえええええええ」
『コメ?!』
ズダダダダダダダダダと伊波は逃げて行く。
グレイトフル・ライスは慌てて追いかけ、というか制約上、伊波の後を付いて行く。
『助けてえええ、葉子しゃまああああ!?』
『コメ、コメエッ!!』
どんどん遠ざかっていく伊波の悲鳴に、必死に弁明しているように鳴くグレイトフル・ライス。
騒がしくなった屋敷にて、葉子は溜め息を1つ吐くのであった。