27、たった1つの単純な答え
突然の爆発オチに為す術もなく吹っ飛んだ誠一。
凄まじい熱量である。
炎と煙で視界が塞がれる中、身体の負傷こそ無いものの、体重は軽いのでかなり飛ばされる。
「い、一体何が?─────あ」
誠一はすぐさま辺りを見回す。
そして、目当ての物の変わり果てた姿を見つける。
「ああ、あああっ……!?」
さっきまであった米が炭と化していた。
慌てて、俵の火を消すが、既に遅い。
なんとか掻き集めて掬い寄せる。
しかし、白い米は全て黒くなり、熱による風でチリとなって宙を舞う。
「……………」
目の前の現実を受け入れられず、呆然とするしかない誠一。
しかし、外から聞こえるものがあった。
傲慢そうな、勝ち誇ったような女の声だ。
『ハハハハハ!流石のヒミコ様でも爆炎を防ぐので手一杯かい!蔵の次は何が燃えるだろうねえ!』
…………蔵、と言ったか。
恐らく蔵とは、今自分がいる場所のことだろう。
……そうかそうか、事故じゃなく、故意でやったのか……。
決断は速やかに行われた。
誠一は己に常時掛けてある弱体魔法を解除し、立ち上がる。
その顔には何の感情もうかがえない。
まるで、能面だ。
そして、声のした方へとゆっくり足を進める。
誠一の足を進めた背後では、誠一を恐れるように火が消えていき、そして緑が芽生えていく。
ゆっくりと、一歩ずつ、しかし、しっかりとした足取りで進み。
覆っていた爆煙を向け、視界が開かれる。
◆
目の前には3つの影。
1つは怪我をしている黄金色の髪をおろす妖艶な美女。年は20代程か。
着物に身を包み、手には焼けた跡がある大きな扇子が。そして背後には屋敷があり、それを守るように立ち構えている。
しかも、頭と尻尾からは狐の耳と尻尾が生えている。
誰かを彷彿とさせる姿だが、今は置いておく。
対して、その狐美女と相対するように立つのが、女と巨大な蛇。
女の容姿は普通だ。
ただ、その顔にはニタニタと禍々しい笑顔を浮かべ、女は巫女装束らしき衣装で、片手には水晶玉らしきものを握っている。
その女に付き従うように、巨大な蛇が女の後ろに控えていた。蛇はとても大きく、狐美女が守る屋敷と同じサイズ、いや、それより大きいか。
巨大な蛇がとぐろを巻いて、狐美女を獲物でも見ているかのように眺めている。
どうして現状に至ってるのかは知らない。
それぞれの姿を確認して、とりあえず、
「おい」
大きくなく、しかし、確かに響く声であった。
狐美女と蛇使いの女は今ので自分の存在に気づいたのか、此方を向く。
狐美女は何故蔵から見知らぬ人が出てきたのか分からず驚愕し、蛇使いの方は顔をしかめ何者かとこちらを勘繰っている。
この反応からして、狐美女がこの蔵の持ち主だろうと考察。
だが、一度しっかりと確認しなくては。
「蔵を燃やしたのは誰だ。中には米があったんだぞ」
そう聞くと数秒沈黙が降り、口を先に開いたのは蛇使いの方である。
「はぁ?いきなり現れたと思ったら何言ってんのさ。そんな事よりも、貴方、今この状況が分かんないほど馬鹿なのかい?」
蛇使いは誠一を下賎な者でも見るかのような視線で言ってきた。
良いところで水をさされて不機嫌になったのか、腕を動かし蛇に合図を送る。
すると、狐美女を舌舐めずりして見ていた蛇が、億劫そうに頭を誠一の方へと向かせ、
「邪魔よ。死んで詫びなさい」
「なっ!?そこの主、逃げよ!」
蛇使いの行動に、狐美女が慌ててこちらへ声をかけるが一歩遅かった。
蛇の喉が膨らむと共に赤く光ったかと思うと、蛇の口から桁外れな火炎の球が放出された。
狐美女は間に合わなかったことへの後悔を浮かべ。
蛇使いは人の死ぬ様を楽しむ下卑た笑みを浮かべ。
そして、誠一は、
「────お前か」
放たれていた火炎球に拳を振って吹き飛ばす。
魔法を使わぬ力技。
火炎球の余波を喰らい、服が燃えるが気にしない。
自分の頭の中はそれ以上に熱く煮えたぎっている。
予想だにしない結果に、2人とも固まり、またもや先に口を開いたのは蛇使いである。
「……な。な、な、何をした!?何なの、お前は!」
こちらへと強い口調でそう問い質してくるが、誠一は答えない。
ただぶつぶつと独り言を漏らしていく。
「そもそもよ。最近、俺驚かされてか、驚いてかで1日が終わってるよな俺。なんなの。俺が何か悪いことしたか、なあ?」
「おい、聞いてるおるのか!?」
「折角のジョージの手掛かりで米が食えると思ったのに。希望与えるだけ与えて、目の前で焼かれるとか。ドS過ぎんだろうがよ、運命」
「────ッ!!こ、この下郎がッ!舐めやがって!」
再三に誠一に呼びかけるが無視され続け、我慢の限界に至る。
「食い殺しなさい!カグツチオロチ!」
『シャアアアアアアアア!』
とぐろを解き、大蛇が誠一へと迫る。
その大きな牙で誠一の小さな体を貫こうとし、直前で誠一は動いていた。
「それもこれも」
今度は本気で。
足を肩幅に広げ、左足を前へ踏み込み体を捻る。
右足首、腰、肩、右腕へと動きをつなげ、
「────テメェのせいか!」
右拳は蛇を捉え、頭を吹き飛ばした。
首から上を消された蛇は飛び込んだ勢い余って、誠一の左横へと倒れる。
それを一瞥し、次に蛇使いの女を見る。
蛇使いはピクリと体を大きく跳ねさせるが、だが、汗を流して狼狽えながらも未だに笑っている。
「ま、まだじゃ!まだ、その化物は死んではおらぬ!」
狐美女が突然こちらへと注意を促す。
何を、と思ったが、見れば倒れていた蛇の体が起き上がる。
そして、首の辺りの肉がもごもごと膨れ上がったかと思えば、
『─────シャアアアアアア!』
「マジか」
弾け飛んだはずの頭が生えていた。
その光景に目を奪われる。
大蛇が復活したことで、気を取り戻したのか蛇使いは饒舌になる。
「は、ハハハ、無駄、無駄さね!カグツチオロチは不死身なのさ!せいぜい後悔しながら恐怖して死になさい!アハハハハハ!」
「そうか。…………それは良い事を聞いた」
「ハハ……へっ?」
復活した蛇に向けて、誠一は使い慣れた魔法を発動する。
「フードプロセッサー」
魔方陣が浮かび上がると、透明な壁が蛇を囲み、中でカマイタチのように数多の鋭い風が蛇の身を細切れに切り刻む。
一瞬でミンチになった大蛇。
しかし、肉の破片同士が繋ぎ合わさり、元の姿へと戻る。
「シュウウ、シャアアアアア!」
大蛇は激怒しているのか荒々しく、先程のように火炎球を吐き出そうと喉を膨らます。
「それはもう見た」
一度見せた技をそのまま繰り返すなど愚の骨頂。
ベルナンさんなら御説教コースである。
火力調整ならば、料理人の得意分野だ。
避けるのでも防ぐのでもなく、選ぶのは干渉。
吐き出す前に貯めている炎を、魔力によって熱量を増大させる。
大蛇は許容範囲を超えた火炎により、喉から爆発する。
そして、またも回復する。
そうだ、それでいい。
「蛇ってのは縁起がいいからよ。殺しちゃいけないそうなんだ」
誠一が一歩前進すると、蛇が遠ざかるように後ずさる。
……逃すわけねえだろ、サンドバック。
魔法による不可視の壁を自分と蛇を囲むように作る。
本来は魔法障壁という防御用の魔法だが、こういった応用もできる。
足を進める。
「俺も商売してたから、殺さないようにしてんだ」
既に誠一は大蛇に手が届く位置まで接近している。
逃げないと分かった蛇はコチラを、恐怖し懇願するような顔で見ている。
だが、もう遅い。
「でもよぉ……死なねえなら、殺す心配しなくて済むわけだ!」
死んでから生き返るまで遅いので、誠一は蛇に回復促進魔法をかける。
これで、殴り続けられる。
拳を強く握り、
「これは燃やされたお米の分!」
殴る!
「これも無駄にされたお米の分!」
殴る!殴る!殴る!
「これも無惨に扱われたお米の分!」
殴る!殴る!殴る!殴る!殴る!殴る!
まだまだこんなもんじゃない。
更にギアを上げる。
腕は止めない!湧き出る感情に任せる!
「これも、これも、これもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれもこれも、───────全部お米の分だあっ!!」
「グビジャアアア?!!」
ラッシュ後に、最後の渾身の一振りを打ち込まれた蛇は、魔法障壁を突き破り天高くブッ飛ばされる。
「おら、どうした?まだ終わってねえぞ。…………あん?」
地べたで伸びている蛇に続きをしようと近づくが、異変に気付く。
蛇の全身に亀裂が入ったかと思えば、亀裂は大きなり、大きな体が崩れさった。
……灰になっている……?
先程まで蛇であったものを手で掬ってみるが、サラサラと手からこぼれ落ち、風に飛ばされて舞っていく。
誠一がしばらく灰を観察していたが、後ろからの錯乱した声が聞こえ、そちらに意識が向く。
「何で!何でさね!?」
蛇使いの女は、カグツチオロチと言ったか、自分が操っていた大蛇が死んだことが信じられないのか、頭を掻き毟って叫き散らす。
「あの男から大枚叩いて手に入れたってのに!不死身じゃなかったのかい?!詐欺師がぁッ!やっと憎ったらしい女狐を殺せるはずだったのに!何でさ!?」
……あの男?
少し女の言葉に疑問も覚えたが、今は優先すべきことがある。
勧善懲悪。
ハンムラビ法典。
目には目を、歯には歯を、である。
誠一が蛇使いの女に近づいていくと、蛇使いの女は気づき、血走った目でこちらを見る。
あるのは目の前の男の理不尽さへの怒り、そして恐怖。
「お、おま!そもそもお前は何なのさ!?私の邪魔をしやがってェッ!誰の差し金だッ!」
「何者か、だって?」
見れば、傷ついている狐美女もその事に気になっているようで、こちらの言葉を待っている。
何者か。
簡単だ。
そんな答えは決まっている。
「ただの米好きな料理人だよ、この野郎」
誠一がそう言い捨てる。
蛇使いの女は一瞬理解し損ねて、そして、
「……巫山戯んなァ!死ねいッ!」
その顔は般若の形相であった。
蛇使いが裾から大量の札を出したかと思えば、地面に叩きつける。
すると、地面から数多もの石の槍が突き出し、誠一へと一直線に迫る。
しかし、誠一は避けず、そして蛇使いの攻撃が当たることも無かった。
『コッメェ!』
誠一の眼前、何も無い空間で独りでに石の槍が砕け散った。
いや、違う。
誠一のそばに立つ何かが砕いたのだ。
蛇使いは己の攻撃を防いだ正体の姿を目で捕捉し、
「どうやら……見えているようだな。コイツは米派の者にしか見えないんだが。『見えている』……ってことは、お前も米が主食だな」
誠一のそばで浮遊するそれは絡繰人形のようであった。
スラリとした体躯、額には「米」の一文字が黄金色に光輝いている。
「【偉大なる生命】。米への愛情がコイツを生み出した」
誠一は一歩前へ進めば、追随するようにグレイトフルライスと呼ばれたそれも前進する。
怒涛の理解不能な展開に、蛇使いの女はすぐさま踵を返して逃げようとするが、
「逃す、と思ってんのか。グレイトフル・ライス!」
『コメェ!』
「な!こ、これは、藁?!」
グレイトフル・ライスが誠一の声に呼応して地面を殴打すると、蛇使いの女の足下で藁の糸が伸び、絡め取る。
「く、クソッ!離れ────ッ!?」
「……射程距離に入ったぞ、蛇使い」
女が足を拘束されているすきに、誠一は既に自分の間合にまで接近していた。
その事に気付いた女は、最初の侮蔑の色は何処へやら、腰を落とし頭を下げてこちらに媚びるように引き攣った笑顔を作る。
「お、お願いだ!私が悪かったさね!もうヒミコには近づかないさ!だから、頼むから!」
自分も灰になった大蛇の二の舞になる姿を想像したのだろう。
顔を青くし、誠一に媚びへつらって懇願する。
だが、
「……駄目だね」
女の眼前にグレイトフル・ライスが佇む。
既にグレイトフル・ライスは限界まで引き絞られた弓の如く拳を振りかぶり、女は絶望の表情を浮かべ、
「やめ、止めて……ッ!」
静止の言葉に意味はなく、刹那に繰り出された拳のラッシュは圧倒的物量の壁となり、女の顔を穿つ!
『コメエエエェ!コーメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメコメ、コメーッ!!』
「あびしゃッブゲラアアッ!」
2秒間に千もの拳を叩き込まれた蛇使いは絶叫を上げて吹き飛ばされ、木々へと打ちつけられた。
その姿を見て、既に意識を失っている蛇使いに答えを告げる。
「お前の罪は……たった1つ。たった1つのシンプルな答えさ……。お前はお米を無駄にした」
◆
誠一は米の報復は果たし、偉大なる生命も姿が消えていく。
だが、
「─────虚しい」
怒りをぶつける先が消え、己の手を見るが、そこには何も無い。
何も掴めていない。
思い浮かぶのは、ただ1つ。
米である。
絹のように白く、一粒一粒が真珠の如くつやりと輝き、辛い日だろうが悲しい日だろうが決して変わらず、一生食べても飽きない心の友。
確かにそれは、米は目の前にあったのだ。
しかし、
……なんで……なんでなんだ……!
米は。
探し求めていた米はもう無いのだ。
視界が滲む、膝が地に着き、うずくまる。
男は1人、孤独さを胸に、静かに慟哭する。
ただ静かに、返ってくるものは何も無く。
◆
所々壊れた屋敷の前に立つ見目麗しい狐耳の美女。
周りを見る。
元蛇だった灰、顔面が腫れ上がった蛇使いの女、その前2つを引き起こした泣いている男。
「えーと…………何じゃコレ?」
1人置いてけぼりの和服狐美女が、男泣きする誠一に声をかけるのは、もうしばらく後のことであった。
【偉大なる生命】
誠一の米への愛から生まれたエネルギー体。
藁を地面から生やし、自在に操る能力を持つ。
鳴き声は「コメ!」であり、主食が米の者にしか見えない。
米を無下に扱った者に、拳による物理的報復を行う。
射程距離が短い分、パワーは絶大。
殴られた者は2年間米が食えなくなる。
※個人的恨み
反省はしている。だが後悔はない。