26、ツヤっとして、白くて、飽きないアイツ
放送で呼び出された誠一は、ミゲル学園長の言葉を聞いていた。
その言葉に始めは焦っていたが、落ち着いて考えれば、
……「駄目」ではなく「難しい」か。
つまり完全にオジャンになった訳ではない。
ただ障害となる問題が生まれたのだろう。
「何か問題が……?」
そう聞くと、ミゲル学園長はふぅと疲れたように息を吐く。
「当初、学園が抱える事務役員を店員としてする予定であったが、一部の講師、研究者から横槍が入った。そんなことは時間と人員の無駄使いだと」
「……それはまた辛辣な」
「しかし、この主張、これは建前と考えられる。本心は新人いびりの延長だ」
性根腐ってんな、おい。
「やだー!皆から人気者でうれしーわー」
「嫌がらせを喜ぶとは、変わっているのだな」
「……え。い、いや、ちょっとした冗談だったんですけど」
「ふむ、そうか。真に受けてしまった。すまない」
「お、おっふ……」
……や、やり辛い……。
何時もなら、合いの手入って来るんだが。
ボケを素で返されるのが1番困る。
誠一はコホンと咳払いして、話を戻しにかかる。
「それでも、難しいってことは、仮設店舗の経営を出来ないことも無いんですよね」
そう聞くと、ミゲル学園長は首を縦に振る。
「私の方からも話を付けてな。そして、仮設店舗で販売するには条件が2つ」
まずは1つ。指を1本立てて、
「仮設店舗を受け持つ店員を、セーイチ、そちらで用意すること。もし、雇う際には人件費もそちらで持つこと」
そして、2つ目。2本目の指を一本立てる。
「そして、仮設店舗を開いた際、1ヶ月の期間で一定の利益、話し合いで銀貨10枚(日本円で100万円)以上の売り上げを出すこと」
つまり、
「この2つをクリアすれば、仮設店舗を開けるということだ」
◆
ミゲル学園長と話を終え、一旦学園長室を離れた俺は、
「うわーん!学園長が無茶言うんだー!助けて、ジョジエモン!」
『いきなり来たかと思えば、何故にドラえもん風な呼びなんだよ……』
図書館の幽霊ジョジエモン、じゃなかった、ジョージに泣きついていた。
ジョージは突然の展開について行けずに戸惑っている。
「うわーん!同僚が僕をいじめるんだよー!」
『まぁ……取り敢えず、何があったのか教えてくれよ』
「────OK、分かった!」
『……実は余裕あるだろ、アンタ』
言質が取れたので、事の次第を話す。
誠一が話していく内に、次第にジョージの顔が渋くなる。
話し終えた頃には、ジョージは頭を押さえ、深いため息を吐く。
『あー、やっぱり腐敗してきたか。予想はしてたけど辛いなぁ。誠一にも迷惑かけるな』
「いや、その謝罪に関してはお門違いでしょ。死んだ後の問題だし」
そんなもん、責任は当事者たちの物だ。
そして、その問題に解決の一手を打つのが自分の役目である。
その為にも、こんなとこで躓くわけにはいかない。
「ということで力を貸してくれ。主に言うと知恵を」
『うーむ……まずは金銭的問題からかな。1ヶ月で銀貨10枚。日本円で100万か。単純計算でいいから、ぶっちゃけ無理そうなんか?』
ここでおさらいである。
売る予定のパンはメロンパンと焼きそばパン。
どちらも200円で、一日に最大でそれぞれ200個製造可能。
猶予は1ヶ月。
しかし、休日は学園が休みである為、休日を9日とすると、実質21日間。
21日全てのパンが売り上げたとして、168万円。
銀貨に換算して約16、7枚。
つまり、
「難しすぎる」
『あ、やっぱり?』
宣伝されている料理ならいざ知らず、生徒達にとっては味の想像もつかない未知の料理が現れるのだ。
だからこそ、始めは50個限定とし、学園に周知されるまで待ってから本腰を入れるつもりでいた。
損失回避、というものがある。
人というのは、利益を得ることより、損失を生むことのほうがリスクだと考える傾向が強いのである。
例えば、新しい店に行きたいと思いながら、いつも同じ店で食事をしてしまうなど、これに当てはまりまる。
『安く売る、のはダメだな。売り上げ個数じゃなくて、売り上げが指定されてるわけだし』
「ああ。それに猶予が短い」
ジョージは、ふむと考え込み、よしと手を叩く。
『……金銭に関しては今は置いておこう。それじゃ店員に関しては?誠一は教師だし、準備とかする暇ないだろ』
「それに関しては考えがある。ゴーレムを使う」
実際に見せたら早かろうと、自分が創り出したゴーレム、カクとスケを異空間から召喚させ、ジョージに見せる。
すると、途端に眼の色変えて、食い入るように観察する。
『これは………いや、凄いな。コレは誠一の特典によるものか?』
「そうそう。転生特典の【想造魔法】、【森羅万生】って言う魔法を作れるのと、物作れる能力で作ったんだ」
『────は?………誠一。失礼だけど、アンタの特典について教えてくれないか』
【想造魔法】【森羅万生】【絶対強者】【ヒーローの幸運】【鶴の羽】と、全部の特典能力について話す。
すると、聞いていたジョージは初めは驚嘆し、最後の方では呆れていた。
『何だよ、その馬鹿げたチートは。しかも5個って。俺の時は1個だぞ』
「いやー、はっはっは……自分でもそう思う」
まあ、持て余してる感は実感してるけどな。
ジョージは俺の特典能力を聞いて、未だにゴーレムから目を離さずに誠一に同情するように言った。
『しっかし、大変そうだな。この先、頑張れよ』
「…………?」
ちらりと。
ジョージの言葉に微かに違和感を覚える。
微妙に噛み合ってないといういうか、認識の違いというか。
自分でも形に出来ない奇妙な感覚をジョージにぶつけようとしたが、しかし、ジョージの方が先に口を開き言葉を作る。
『それより、誠一。その、カクとスケ?だったか。そのゴーレムを使うのは止めといた方がいいぞ』
「え、何で?」
まさかのジョージからの意見に、誠一は理解が出来ない。
「ちゃんと自分で判断して行動する高性能なゴーレムだぞ。なあ。カク、スケ」
『『御意』』
カクとスケがジョージへと自分達の性能を証明しようと、組体操のトンボの技を披露する。
……いや、それ以外に無かったのかい、披露するやつ。
しかし、ジョージはちゃうちゃう、と手を横へ振る。
『高性能過ぎんだよ。外出てねえから、詳しくは分からないけど。現代の技術の3歩先は行ってるぞ、このゴーレム』
そこまで言って、そうだなと一考し、
『例えると、自販機が足生えて勝手に動いたり、商品が足りなくなったら自分で判断して補給する、みたいな。そんな光景だな、側から見てると』
そんなSFチックな例え話をされて、カクとスケが埒外の存在だと理解する。
「そ、そんなにか」
ジョージは誠一にゴーレムについての説明を受ける。
通常のゴーレムは、普通、近くで操縦する人物がいなければ動かない。
勿論、門番代わりになど、操作されずとも自動で動くゴーレムもいるが、1つか2つなど、少数の命令しか組み込まれず、融通が利かないそうだ。
『素人相手なら誤魔化せるけど、ここは専門家達の集まりだし。まず追求される。素材だったり、魔法技術だったりと……ぶっちゃけ詳細聞かれても詳しく答えられないだろ』
ジョージの言葉に、頷くしかない誠一。
【想造魔法】が使い勝手が良すぎることが、ここで仇になる。
とりあえず、「自動で動いて判断できるのがいいなー」なんてイメージしただけで、その通りに出来た為、どういった仕組みかなんて聞かれても答えられない。
『それに、最悪の場合は難癖つけられて、解体目的のマッドサイエンティスト共か、蒐集目的の貴族のお偉い講師様にでも没収されるのがオチだ』
「そんな…………人件費問題は楽勝だと思ったのに」
一教師の給料では、生活してくのでカツカツであり、余裕がない。
八方塞がりとなった誠一はその場で項垂れる。
……今日一日散々だよ、もう。
そんな落ち込む誠一を見て、ジョージは励ましの言葉をかける。
『まあ、安心しなよ。誠一には俺を起こして貰った礼もあるしな。その2つの問題に関しては俺に任せな。最終的な学園長への返事はいつまでなんだ?』
「来週の金曜まで……」
なら十分だ、とジョージは頷く。
『それまでに良い案を考えとくからさ。これでも世界一の学園をゼロから作った男なんだぜ。だから、今日は帰って白い飯をやけ食いでもして、さっさと寝ちまいな』
ジョージの言葉に心強くもあるが、不満もある。
「白い飯をやけ食いって、……その米がこの世界にあったらどれだけ心が楽か」
……ああ、米食いてぇ。
最近はただでさえ、米への衝動が激しくなっているのに、ジョージのせいで米への恋慕を思い出してしまう。
誠一の反応にジョージは訝しむ。
『え、米ならあるぞ?』
「だから、無いから困って──────今なんて言った?」
ジョージから告げられた衝動の事実に、誠一から一瞬で抱えていた悩み、不満が吹き飛んだ。
世界に光がさした。
◆
……ああ、世界はなんと美しいのだろう!
ジョージから米が生息する場所は聞いた。
どうやら、この大陸には無く、しかし海に隔てられ遠く離れた小さな島国に米があるらしい。
既にジョージの話と地図を照らし合わせて場所を確認した。
しかも、ジョージから米をくれるであろう知人の住所も確保している。
200年も前なのに、未だ生きているということは長命な種族なのだろう。エルフかな?エルフまだ会った事ないけど。
何時もなら気になって深く聞くのだが、今は気にしない。
そんな事よりも米だ。
すぐさま宿へ帰ると、アンちゃんに夕飯を作る。
俺の分は要らない。
なんたって米が自分を待っているのだから。
折角だしとアンちゃんも来るかいと誘ったかが断られてしまう。残念だ。
後ろで「お兄ちゃんが更におかしくなっちゃった……」「しっ、今は触れちゃダメよ。巻き込まれるわ」などと失礼な声が聞こえた気がしたが、この最高にハイな気分なので気にもならない。
準備はOK。
時差にして5時間ほどあちらが遅れているらしいので、時間的にも丁度いい。
「いざ、夢の国へ!」
誠一は瞬間移動の魔法をかけ、宿から目的地まで一瞬で飛ぶ。
◆
誠一の目の前に広がる光景が宿の部屋から、ガラリと変わる。
「……ここは、倉庫か?」
何やら様々な物が置かれている。
椅子やら皿やら、お酒に、魚の干物。
それに、
「お、おおっ…………おおおっ!!」
俵が、米俵が、お米があった。
いや、藁の俵が積んであるだけなので、中身は見えないが、俺には分かる。
アレこそ、正に、俺の探し求めていた、愛し求めていた、米だ。
そして、自分の頰を何かがつたって落ちているのに気づく。
頰を指で触れる。
涙だ。
無意識に泣いていたのだ。
その事実にふっと少し笑い、涙をぬぐう。
「……よし!ここが倉庫ってことは、ジョージが言っていた人の持ち物かな」
とりあえず、ここを出て挨拶をしようとし扉を目指して、
「ん?………スンスン」
何か焦げ臭いなと思ったら──────倉庫ごと大爆発した。
目の前が爆炎に塗り潰され、誠一は吹っ飛んだ。
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