25、異世界産電池
次の日の朝、誠一は自分が受け持つFクラスの教室を訪れる。
「おはよう。全員いるかー?」
そう聞くと、うーす、はーい、と返す言葉が上がる。
その言葉を聞きながら、生徒の数を見ていき、
……いつも通り、しっかり居るな。
誠一は、教室のいつもの席にジーン達7人がいるのを確認し、ほっと安堵の息をもらす。
◆
昼休み、誠一は図書館へ訪れていた。
ウォーレスも挨拶がてら確認したが、特に変わりは無かった。
そして、ここを訪れた目的は、
『お、やっと来たか。ほら、全員無事だったろ』
「……まあな」
目の前に浮かぶ青年。
彼は初めの時と変わらず、空中にプカプカと浮かんでいる。
他にも生徒がいるが、気にした様子の者は見当たらない。
見えているのは自分だけのようだ。
彼を見つけると共に用意しておいた人除けの魔法を発動。
これで会話を聞かれる危険性はない。
昨夜、あの瞬間から存在している彼は、自分をジョージ・ベルフウッドと名乗った。
生徒達が突然おかしくなったのも、コイツが元凶だ。
……いや、元々おかしな子たちであるが、そう言うアレでなく、人形みたいになった変貌へのおかしさである。
今日、授業後に確認したが、至って普通であった。
図書館での話を聞いても、「結局何も無かった」と記憶が改竄されていた。
『そう警戒しないでくれよ。誠一、沢辺誠一であってるよね』
「間違ってはないよ」
未だに信用はしきれないが、言葉通り生徒達には危害を加えてなかったので、警戒は緩めても良いだろうと判断。
彼に対して、分かってることは3つ。
自称であるが彼はこの学園の創始者ジョージ・ベルフウッドであること。
自分以外には姿や声を認識できないこと。
そして、彼は死んでいること。
『というか、頼むから開幕から殴りにかかるのは勘弁してくれ。ビビったんだぜ、あれ』
つまるところ、率直に言って「幽霊」と呼べる存在である。
昨日、というか今日なのだが、ジョージの姿を確認した瞬間に誠一は殴りかかったが、攻撃はすり抜けただけである。
……というか、異世界来てから俺の開幕からの不意打ちって避けられ続けてるような。
人生ままならないものであるが、今それは置いておく。
あの後、有効打が入らないので、ジョージとはまた後で会うことにし、しょうがなく図書館を後にしたのだ。
そして、勝手に動く生徒達を付いていったが、ジョージが言っていた通り、学舎へと戻って行くのを確認している。
……悪意は無いのだろうが、いかんせん怪しい。
『もっと話そうぜー。こっちは200年ぶりくらいに人と話せてテンション上がってんだって』
目の前にいる幽霊はヘイヘーイ、と手を振ってアピールしている。
「……本当に、学園創始者のジョージなのか?」
『あー、またそれかー?そう言われても、俺、幽霊だし。物的証拠なんかは無いしなあ……』
ジョージは肩をすくめて、お手上げのポーズ。
「じゃあ、生徒達にかけたあの催眠みたいな魔法。あれの説明をしてくれ」
『んー?そんなことでいいの。まあ、誠一の想像してるイメージの魔法さ。ある条件を満たして深夜0時を回ると発動する仕掛けだよ。内容としてはその本の周囲にいる者に記憶の改竄、それと自宅へ帰るようにする呪いさ』
「催眠術みたいな魔法だな。ところで条件って?」
『トリガーとなる特定の本が、所定の棚から取り出された状態でいること。それが発動の条件』
それは、と誠一の中で答えが生まれる。
「そのトリガーが、あの本。メッセージが書かれた本か」
『そういうこと』
あの本には魔法が施されている。
そして、目の前の青年はこの魔法学園の創始者。
器用な魔法の1つも頷ける。
だが、
「例えば、メッセージに気づかずとも、この本の置く場所をミスったら常時発動するわけだろ。それじゃあ不味くないか?」
ちょっと手に取って、面倒臭いからと手頃な所に置かれる。
そんな状態もざらにある。
『そこに関しては大丈夫。この魔法の発動条件に設定している本は全部、勇者直々指定の貴重品の類だからさ。捨てられることも無いし、必ず司書のチェックが入る。それに生徒への貸し出し許可も降りることはない』
「ふーん……ん?全部?」
ジョージの説明に理解を得つつも、ある言葉に引っかかりを覚える。
「もしかして、あの一冊以外にもあるのか」
『そりゃあな。こんな広いなら当たりの母数多くしなきゃならんし。100冊くらいは同じのが置いてあるよ。……まあ、まさか1冊目から当たり引くとは予想外だけど』
ジョージは本当に驚いているようである。
……その引きの強さに関しては女神様からの特典だろうなあ……。
「あと、もう一つ。何で俺だけその催眠が掛からなかった?」
『魔法の発動時。本を手に持ち、そして、その人物が設定した莫大な魔力値数を超えている時、持ち主は除外される。そして、俺が目覚める仕組みさ』
莫大な魔力量。そして日本語のメッセージ。
つまり、それで転生者の選別をしていたのか。
「それで?」
『……?それでって……取り敢えず全て話したけど』
「いやいや、肝心のが残ってんだろ。何でメッセージを残して、自分から幽霊になった?」
わざわざ、こんな大掛かりのメッセージを残し、しかも日本人に向けてである。
『あー、そっかそっか。そこら辺、気になるよな』
ジョージはあぐらから立ち上がり、といっても浮いてるのだが、こちらへ目線を合わせる。
そして、誠一の質問に答える。
『単純に楽しそうだな、と思って』
…………ん?
「楽しそうって、それだけ?何か伝えなきゃいけないことがあるとか、そういうのは?」
『ないない。ゲームで助言くれる賢者でもあるまいし。魔法の研究してたら、「あれ、俺天才じゃね?」という神がかりな幽霊になる魔法の発明して。それで、自分で試してみたのよ。でも、これには理論上、自分が死んだ後に膨大な魔力が必要でさ』
膨大な魔力って、
「まさか、メッセージ残したのって。魔力持ってる転生者をここに連れてくるため……!」
『YES!大正解!』
思わせぶりなメッセージはその為か。
人を電池代わりかよ。
自分が描いていたジョージ・ベルフウッドの人物像がガラガラと瓦解していくのを感じる。
『いやぁ、本当に感謝してるしさ。何かすることは出来なくても、助言くらいなら出来るし。じゃんじゃん言ってくれ』
「……お前を消す方法」
『おいおいおいっ、物騒すぎるだろ!そんなこと教えられる訳ないじゃんか!』
「ちっ、使えねぇ」
『む、無茶振りされて、かってに評価が下がっていく……!』
取り敢えず、この目の前の元・転生者は有害でもあるが、無害である。
そういう認識にすることに決定。
そうして誠一が頭を痛めていると、昼休み終了の呼鈴が鳴る。
『ほら。そろそろ昼休みが終わるし。そろそろ戻った方が良いぜ』
「……はぁ、そうするよ」
『話はまた今度なー』
次が授業であるため、移動を開始する。
この図書館に入った時とは違って、退出する足取りはとても重たいものであった。
◆
勇者ジョージの幽霊との会話で疲れても、授業は進み、一日の仕事が終わる。
「じゃーね、先生」「さようならー」
「おう。気をつけてな」
生徒たちに帰りの挨拶を交わしながら、誠一も帰宅の準備をする。
……今日は早く寝よう。
ジョージと対話して色々と疲れている誠一。
キャパオーバーである。
そして、教室を出ようとし、
ピンポンパンポーン♩
『────Fクラス担任講師セーイチ・サワベ。セーイチ・サワベ。ミゲル学園長がお呼びです。至急、学園長室までお越しください。繰り返します。Fクラス担任講師セーイチ・サワベ。ミゲル学園長がお呼びです。至急、学園長室までお越しください』
ピンポンパンポーン♪
いきなり此方を呼び出す声が、学園中に流れた。
これは以前の祭の時に体験した魔導式拡声器であると理解。
つまりは魔法版スピーカーである。
そして、今流れたのは学内放送的な何かであろう。
「……もう少し帰るのは遅くなりそうだな……」
誠一は更に重くなった足を一歩一歩進ませる。
◆
そうして誠一は気の進まぬまま学園長室を訪れ、ミゲル学園長と会い、開口一番に告げられた。
「仮設店舗にてパンを売買する件だが、────その話を進めるのが難しくなった」
……怒涛の展開だなあ。
ひとまず帰って、寝たくなる誠一であった。
16日から2週間ほど更新が出来なくなると思われます




