24、ウチのもんが大変迷惑おかけしました
「────つまり何だ?廃棄場で魔導具に使えそうな部品を探してたってことか」
「はい。そうです」
誠一の言葉にレジナルドはこくりと頷く。
誠一の目の前、タンコブを頭に作ったレジナルドは正座しながら、誠一に質問されていた。
「何でこんな時間に?」
「1番警備員が手薄なのが、この時間なんだ」
「確信犯かつ常習犯の言葉ね……」
ココは呆れながら言う。
情状酌量の余地無しである。
レジナルドが背負っていたカゴには、自分から見たらただのガラクタにした見えない物が詰め込まれている。
「これ、使えるのか?パッと見、あそこの山になってるのと変わらないように見えるけど」
「そこら辺は大丈夫。しっかり選別してるから。ただ、中々見つからなくて」
それで、「どこだ、どこだ」と言ってたのか。
しかし、
「まさか、七不思議の1つが、自分の生徒が元凶とは……」
「七不思議?なんだそれ?」
バレたら俺怒られるかな、と考えていると、こちらの話にレジナルドが食いついた。
しょうがないので、セシルが説明する。
「かくかくしかじか、まるまるうまうま」
「勇者の遺物が!是非とも分解したい!」
「いや、まだそうと決まった訳じゃなくてな」
と声を掛けるが、既に聞いちゃいねえ。
「よし!そうと決まれば、早速次行こう」
「はあ……しょうがねえ。で、次はどこだ?」
誠一が聞くと、答えたのはアビゲイルだ。
「次はクラスEの学舎。そこの男子トイレです」
◆
【開かずの間のトイレ】
E棟の学舎の一階。
そこの男子トイレが舞台です。
E棟一階、初等部の子達の階、そこの男子トイレ。
個室が3つあり、その最も奥の個室。
そこは、何時も空いている。
誰かに命令された訳でもなく、故障している訳でもなく、鍵が閉まっている訳でもない。
だが、何故か皆が使わない。
まるで全員が何かを避けているかのように。
そんなある日、1人の催した生徒が個室を使おうとしたが、手前の2つは使用され、鍵が閉まっていた。
我慢が出来なかった生徒。
そして、ふと、奥の個室を思い出す。
決して誰も使わない個室。
そこなら必ず空いている。
生徒は少し迷いはしたが、背に腹は変えられない。
生徒は個室の扉に手を掛け、入る為に押そうとしたが、何故か扉が動かず、開かない。
鍵は開いている、だが、開かない。
生徒は更に力を込めて、もう一度押す。
すると、微かに開き、
『ん?』
己の手に違和感を覚える。
細い糸のような感触。
見れば、何かが手に絡んでいるのが見えた。
黒く、細く、そして長く。
髪だ。人の髪が、自分の手に絡まっている。
ぞっと体中の血液が引くのを感じた。
そして、この髪の続く方を見ると、
『───────』
『ひいいいいいっ!?』
開いた扉の隙間から、コチラを黙って凝視する女性の血走った1つの眼がそこにはあった。
◆
「何でも女子からイジメられて男子トイレに閉じ込められた女生徒が、その個室で自殺したとか」
「なるほどなぁ」
日本で言うとこの、花子さんか。
「で、その現場に来たわけだけど。……普通のトイレだな」
「ですね」
見た感じ、F棟にあるトイレと変わらない。
というか、まんまである。
「結構、ここでの話有名なんですって。ここのE棟、校門に近いから、Eクラスじゃない生徒も利用するとか」
「あー、俺もたまに帰り道使うわ」
「便利なんだよな、ここのトイレ」
ジーンとアンディーも利用したことがあるらしい。
「2人もその奥の個室は使わないのか?」
「いや、そもそも小便だからな。来るとしたら」
「個室は稀だな」
実際に件の最奥の個室に手をかけるが、何事もなく普通に開いた。
やはり、実体験が欲しい。
「というわけでセシル、Go」
「い、いきなりの無茶振りだよ!人を何だと思ってるんですか!俺は犬か、犬ですか?いいや、犬じゃありませんワン!」
相変わらずテンション高いな。
抗議してくるセシル。
すると、アビゲイルが一歩前に出て、
「お願い、セシル君。貴方が頼りなの。ダメかしら」
「はい!是非ともこの巨乳の忠犬セシル、やらせて頂きます!見事に女幽霊を見つけて、それでもし幽霊がエロかったら捕縛してみせます!」
巨乳、偉大なり。
180度態度を改めて、クネクネとするセシル。
そんなセシルに蔑んだ目を向けながら、ココは吐き捨てるように言う。
「先生、人選変えた方が。コレだと幽霊がキモがって出ないです」
「おっとー、どうして男子生徒が一人多いのかなぁ?あ、なーんだ!怪奇現象かと思ったら、男じゃなくて、ただの胸の無い残念女子ココちゃんかー!これは失敬失敬、ってへ」
「死ねえ!」
「甘いわ!アンディーガード!」
「ばげらあっ!」
「「「アンディー!」」」
セシルの命を刈り取らんとする首への鋭い一撃。
それを読んでいたセシルはアンディーを身代わりにし、代わりにアンディーはトイレの窓を突き破って外へと飛んだ。
しかし、セシルとココはアンディーについて気にしない。
「今度は逃がさないわよ!」
「や、やべぇ!」
アンディーという名の使い捨て盾を失ったセシルは幽霊騒ぎの元である個室へと逃げ、鍵を閉めようとする。
だが、
「あ、あれ?か、鍵が閉まんねえ!?え、ちょ、ちょっ、待!トイレの扉、掴むとか無さ過ぎ!待てココ!ギィヤァァァァァァ!」
鍵を閉めようとしたが閉められず、そのままココに引きずり出されるとマウント取られてタコ殴りにされる。
血の海が広がっているが、自業自得だし、今はそんなことより気になることが。
ジーンに個室に入って貰い、試してみる。
奥の個室の鍵を閉めるが、外から開けようとすると、鍵がすぐに元の位置へと戻り、扉が開いてしまう。
「本当だ、鍵壊れてんな。……もしかして、このトイレが全員に使われなかった理由、これか?」
人間とは同調しやすい生き物である。
鍵が閉まらないので、Eクラスの生徒が使わなくなっていく内に暗黙の了解となり、それを知らない生徒達は誰も使わないことに、同調し、そして、誰も入らなくなったのだろう。
だけど、この個室は【開かずの間のトイレ】であった筈だ。
閉じるどころか、逆に開いてしまっているし、それに女子生徒の幽霊はどこから来た?
七不思議について考えていると、カレンがずっと黙っていることに気づいた。
また怖がっているのかと思い、表情をうかがうが、そこには恐怖ではなく、
「……どうした、カレン?そんな申し訳無さそうな顔して」
「え!いや、えーと…………実は」
「実は……?」
「……多分、というか、間違いなく今回の七不思議、僕が発端です」
「……はぁ!?」
カレンは、たいそう気まずそうにそう言った。
◆
「以前に僕、あの個室に入ったことあるんです。そ、それで僕、鍵が壊れてること知らなくて」
「大きいの?ねえねえ、大きい方?」
血まみれのセシルが下らない所で反応し、すぐにココに殴られて静かになる。
「お、大きい方じゃなくて。僕が立って小さい方をしてると、他の男子生徒の視線が凄くて、いつも個室で」
「カレンちゃん。そこまで詳しく言わなくて良いのよ……」
「苦労してるんだなぁ」
「それで、そこの個室に入ってたら急に扉が開きそうになって」
便器に座っていると、扉まで微妙に手が届かない。
そこで、
「慌てて閉じようとして、それで【退屈な髪長姫】を使って閉めたら、叫び声が聞こえたんです……」
「……なるほど」
「す、すみません……。まさか噂になってなんて」
カレンは恥ずかしそうに、赤くなった顔を隠してうずくまる。
レジナルドに続き、カレンと。
七不思議の内2つが、ネタ元とは。
……なんか、流れからして不安が。
「おい、先に聞くが他の七不思議はどんなのだ?」
嫌な予感を断ち切りたく、先に聞いておく。
「だ、大丈夫です!次のは、研究棟のお話なんで!」
誠一の不安に、カレンは自信満々に説明する。
「【不死身の人体実験】なんですけど。なんでも、毎日毎日、ある男子生徒が三階から飛び降りても、大量の血を流してても次の日には何事も無かったのように生きていて。研究棟の人体実験によるものじゃないかって」
カレンの説明の途中、廊下から何かが駆けてくる足音が。
ドドドドド!バーン!
「テメェ、セシル!よくも身代わりにしやがったな!(ガラスの破片が刺さりながら)」
「丁度いいトコに居たお前が悪い!(顔を血塗れにしながら)」
2人はどちらも大怪我なのに、いつも通りに殴り合いをしている。
「「「不死身な生徒……」」」
「えー、えっと、その」
「また、ウチのクラスかい!」
ツッコミ。気づけばツッコミを入れていた。
「ほぼ半数がFクラス産地のネタじゃねえか!地産地消ですか!」
「せ、先生、落ち着いて!」
「というか、私達のクラスにあんまし七不思議の情報回って来なかったのって……」
「元ネタがいるんじゃなあ」
3/7がFクラス関連という事実。
このままだと残りの全部が「Fクラスが原因でした、てへぺろ」なんてことにもなり兼ねない。
「あ。でも、この2つは絶対俺ら関係無い」
いつの間にか喧嘩を止めていたセシルとアンディーの2人が、会話に加わる。
誠一は期待を込めて聞いてみる。
「……どんなのだ?」
「そいつに出会ってはいけない。それは認識出来ず、触れたら最後。身体を侵食してくる染色体。【増える発禁指定】」
「施錠した筈なのに、気づけばベッド横にたたずむ巨体で奇妙な姿。恐怖の代名詞【家政婦姿のゴリラ】」
「関係ないけど、めっちゃ関係あるっ!」
関係ないよ。
確かにFクラスには関係ないよ。
でも俺にはある。身内ネタである。
改めて、自分の周りのキャラの濃さに気付かされる。
……そもそも、なんで俺は学園に来たんだっけ?
怒涛のサプライズネタばらしに当初の目的を忘れかける誠一。
勇者関連のこと探しに来たら、出てくんのはいつも通りの顔ぶれ。
勇者どこいったよ。というか、七不思議作った責任者出てこい。謝るから。
「それで、最後の2つは誰がやった?」
「……この教師。諦めて、俺らだと決めつけ始めたぞ……!」
「まあ、そちらの方が精神的にも楽なんじゃないかしら」
聞こえてるぞ。
とりあえず、ちゃっちゃと終わらせて図書館行きたい。
今なら大抵のことでは驚かない自信ある。
「でも、最後の2つはあやふやというか、捉えどころが無いというか」
「……?あやふや?」
「話にまとまりが無いんです。色々な説があって」
◆
【薄明の少女】と【謎の図書館】
【薄明の少女】に関しては、目撃情報が多々あるが特定の場所がない。
研究棟で、学舎で、食堂で、街で、校門で、修練場で、ふらりといきなり現れる。
それはまるで精霊のようだと、誰が言ったか。
透き通るような白い肌に、シルクのような煌びやかな髪。今にも消えてしまいそうな透明感。
気づけばそこに居て、知らぬ間に消えていく。
それが【薄明の少女】である。
対して、【謎の図書館】に関しては【薄明の少女】の逆。
特定の場所はある。だが、目撃情報がない。
無いのに、話だけがそこにある。
それは、夜な夜な動き出す死体。
それは、独りでに飛び回る蔵書。
それは、地下深く隠された遺物。
様々な話が駆け巡り、しかし、目撃者がいない。
それでは単なる噂だ。
だが、何故かこの話だけは、同じ内容が、何世代にも語り継がれる。
それこそ、裏で誰かが操作してるかの如く。
◆
「とまあ、こんな感じで」
「……そうか。やっと、それっぽいのが来たな」
【薄明の少女】に関しても気にならなくは無いが、それよりも今は【謎の図書館】だ。
やっと御本命がお出ましだ。
というか、最初からこの話だけ聞いとけば良かったと後悔。
「それじゃあ、図書館に行くか」
「あ、許可とかは?大丈夫なんでしょうか」
「今更だなあ。それなら昼間の内に司書のウォーレスさんに話は通してある」
◆
「本当にありがとうございます。手配して頂いて」
「いえいえ。自分も生徒の時は、友人と共に色々と探索したものですし」
友人と、か。
ミゲル学園長にも子供らしい時代があったんだなと感慨深くなる。
「で、どうでした?収穫の方は」
「ははっ、まあぼちぼちですかねぇ」
……豊作、を通り過ぎて、狂作過ぎて胃がもたれました。
これで図書館の方も実は身内が絡んでたなんてなったら、泣いてやる。
脇目も振らずにジタバタして、わんわんと泣いてやる。
「それで、お願いしたものは」
「はいはい、これですね」
そう言ってウォーレスが手渡した物は、勇者のメッセージが残されていた、あの本。
もう一度裏表紙を見るが、あのメッセージは確認できる。
一応、生徒達にも確認させてみる。
もしかして、この枠の模様に見せかけた文字が見えてるのは転生者の自分だけという可能性もある。
確認し、しかし、生徒達には枠は見えていた。
模様は視認できるが、それが文字だと認識は無い。
「まあ、見えてはいるんだな」
スマホの時計を確認。
【23:59】
記された時間まで、あと僅か。
生徒達に、何かを見逃さない為に監視して貰うよう指示する。
残り1分。
本を確認。
変化なし。
文字が勝手に動き回って文章を作るなんてことは無い。
残り30秒。
図書館を確認。
変化なし。
何処かが光を発したり、隠された扉が開くなんてことは無い。
残り5秒
変化なし。
生徒達からの報告も無い。
そして、1秒。
変化は────。
◆
変化は、何も無かった。
「…………何も起きない」
スマホを見ると【00:00】を指し示している。
その事実に、誠一は拍子抜けし、それと共にどこかで安堵の気待ちが湧いていた。
……勇者のジョージも悪ふざけで書いたんだろうな。
夜も遅いし、茶番に巻き込み世話になった生徒達を家に送らなくてはならない。
「……全部ガセだったみたいだし、今日はここまでということで。すまんな、皆」
そう言いながら、生徒たちの方を向く。
しかし、
「「「……………………」」」
生徒達からの応答が無かった。
「────ッ、おい!どうしたお前ら!」
声をかけるが生徒達に反応は無く、魂が抜かれたみたいに呆然としている。
見ればウォーレスも同様の状態であった。
そして、彼等は独りでに図書館の入り口へと動き出す。
「ま、待て!どこに行くんだ!」
慌てて生徒達を止めようと手を伸ばすが、しかし、その動きは止められる。
声だ。若い男の声が誠一の耳に届いた。
『大丈夫大丈夫。安心してよ、御同輩。彼らはただ眠りに帰るだけさ』
ケラケラと明るい声だ。
戦闘態勢を取り、すぐに周囲を見渡す。
しかし、姿は見えない。
すぐさま、音の反響による敵探知も行うが、
……誰もいない!
そんな筈は無い。確かに声が聞こえるのだ。
声からして近くに居るのは間違いない。
誠一は焦り、しかし、こちらの戸惑いなど気にしてないのか、陽気な声がまた響く。
『だーかーらー。慌てなさんなって。それと、そんな探さなくても普通にいるってば。上を見上げてみ』
その言葉、未だ何者か不明であるが、だが誠一はそれに従い、
『よっ、おはようさん!』
誠一の真上、そこに声の主はいた。
いや、宙を浮いていた。
その姿は青年。
彼は頭上であぐらをかいて浮かんでいる。
突然の事に付いて行けない誠一に、しかし、浮遊する青年は此方を気にせず言葉を続ける。
『はじめましてだな、後輩にして御同輩。俺はジョージ・ベルフウッド。元・勇者だ』