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20、時は流れは早く、そして彼は速く

すぐに、ここが夢だと気づいた。


あまりにもとっぴな光景が目の前に広がっていたからではない。


……また、この夢か。


幾度と繰り返し、今と同じ夢を自分は見ている。


それは脳が見せる空想の光景ではなく、己が体験した過去の経験である。


そこは病室であった。

無駄に広い個室に、ベッドが一つ、そして、小さな人影が二つ。

上半身を包帯で巻かれベッドに横たわる明らかに重傷な少年と、それに付き添う頭に包帯を巻いた泣き顔の青髪の少女。


少年は空のように澄んだ彼女の髪が好きであった。


……本人の真面目すぎる態度は気に食わなかったが。


当時から魔法が使えなかった落ちこぼれでヤル気の無かった自分は、優等生で真面目ちゃんの少女とそりが合わず、少女からすれば自分が怠惰なところが気に入らなかったのだろう。


なので、少年自身も少女が嫌い、とまでは行かなくても苦手意識を持ち、少女の容姿に見惚れていたことは絶対に言うものかと思っていたものだ。


両親が仲良く、というか、主従的な関係でもあったので、良く顔を合わしていた。

少女は顔を合わす度にこちらに絡み、ネチネチと正論を言ってくるので、不機嫌な俺はいつかこの女泣かしてやると考え、


……今思うと、馬鹿だよなぁ、俺。


結果的には俺が今目の前の少女が目を腫らすまで泣かしている原因であり、今振り返っても彼女の泣き顔は自分が気まずくなり後味最悪なだけであった。


その2人の光景を他人事のように第三者視点で見ていると、動きが起こる。


ベッドで気絶していた少年が目を覚ましたのだ。


少年はしばらくボーとしていたが、少女がいることに気づく。

そして、彼女の額に包帯が巻かれているのが見えて、


『……ごめんな』


開口一番に謝る。


……頭のケガが痛くて泣いているのかと勘違いしたんだよな。


その光景を眺める自分は、馬鹿だなと苦笑する。

自分の方が生死彷徨うほど重傷だったと言うのに、他人の心配とか。


いつもなら気にくわない少女に対して、謝罪の言葉を言うことは無いだろうが、この時は弱り、そして少女の泣き顔を目にし、いくばしか素直であった。


それで、とりあえず謝った、というわけである。


少女は少年が目を覚ましたことに安堵の感情を見せながら、しかし、


『…………ウ、うう……よ、よがっだ、ヒッ……ズズッ』


止みかけていた涙を再び流し、さらに顔をくしゃくしゃに歪めて、少女は嗚咽を漏らす。


謝ったら更に泣かれて、


……焦ったなー、こん時は。


俺は何か悪いのか分からずに、背中を走る激痛に我慢しながらも、慌ててもう一度「ごめんな」と謝る。


すると嗚咽を我慢しながら、少女が俺に問う。


『……スンッ、ふぇ……な、何故、謝るのですか?わ、私が、わたしを庇って大怪我をしたと言うのに!』


そう言うと、また彼女たちは泣きじゃくる。


真面目だなと、と思いながら、やっと彼女の泣いている理由が自分にあると理解する。


少年からすれば予想外の答えだった。

まさか、自分が身を犠牲に助けたことに泣いているのとは予想だにしない出来事である。


だが、彼女の泣き顔を見て、ふと


……運が良かった、ただそれだけだと気づいたんだ。


彼女の前に身を呈したが、何の意味もなく貫かれ、少女共々死んでいたかもしれない。

近くに自分の父親が駆けつけなければ、敵に少女が殺されていたかもしれない。


何も自分は守れておらず、ただ、運が良かったのである。


助けてはない。

ただ、自分がさまざまなものから助けられたのだ。


改めて、魔法が使えない以前の問題で、自分は無力だと思い知らされ、


『……お前より強くなるから』


え?と少女が顔を上げる。


俺は彼女に、そして情けない自分に誓うように、少女に声を上げる。


『今度はお前を泣かさない為に、お前を守れるくらい強くなるから。────だから、泣かないでくれ』


『で、でも、私の方が、つ、全然強いです』


……今見ても、ストレートだな、相変わらず……。


彼女の頭固いというか、素直というべきか、歯に衣着せぬ台詞に、それを傍目から見るだけの自分は乾いた笑いをこぼす。


しかし、少年は違った。


その少女の言葉に、少年は動じず、


『それでもだ!今はそうでも、時間がかかっても、必ず追い越して、お前より強くなる!』


だから、


『お前がこれから泣かなくてすむように守ってやる!約束だ!』


その言葉聞いて少女は、ゴシゴシと涙を拭い、応え、


『…………わ、私だってこれから強くなるつもりです。いえ、なります!それでも……私を守ってくれるんですか?」


『それでもだ!お前を守れる奴になる!』


間髪入れずに言い切る俺。


……無鉄砲過ぎたろ、俺。


何の確証を持ってその自身が湧くんだよ、と思い、しかし、よく言ったと誇らしく思う自分もいる。


少女の涙は既に引いている。

少女は俺の言葉を聞き、そして、左手の小指をこちらに出してくる。


『……指切り』


少女の行動に、少年は少し恥ずかしいのか、顔を赤らめながらも応じる。


少女の小指に自分の小指を絡め、


『約束です』

『ああ、約束だ』


そして─────





ジーン・カーターはそこで目が覚めた。


次第に意識がはっきりしていく。

ここは学生寮の一室。

見上げた先には、二段ベッドの二段目が見え、つまりは自分は一段目で寝ている。

今日は土曜日。

授業がないのでゆっくり寝ようと思っていたが、いつもよりも速く目が覚めてしまった。


身体を起こすと、もう8年も経つというのに背中の古傷に微かに痛みがある。

夢を見たのはコレが原因かと、背中の傷を触れる。


背中には、爪で抉られたように斜めに走る3本の傷がそこにはあった。


その昔からある傷に気を取られていると、二段目から見慣れた顔がひょこりと出て、こちらを見てくる。


「ふぁ〜……おはよー、ジーン」


ルームメイトのカレンだ。

カレンはまだ眠そうに、こちらへと挨拶をする。


「おはよ。悪いな、起こしちまったか」


「んー?そんなことないよー」


そう言いながらカレンが二段目から降りてくる。

その姿を見て、


「……どうかした?」


そう聞いてくるカレンの寝巻きは、着崩れて鎖骨の辺りが見えており、────率直に言って、艶かしい。


……落ち着け、俺。コイツは男だ。


何でコイツはこの顔で男なのだろうか?

ただでさえ、男は起きたら朝は決まってスタンディングオベーションである。


……先に言っておくが、俺はノンケだ。


だが、もし今の光景を誰かが、例えばだがセシルとか、見たら、面倒くさくなるのは間違いない。


只でさえ、カレンのファンクラブの連中にはよく思われてない現状である。


補足であるが、ジーンは知らぬが一部のファンクラブ、それも女性だけで構成されるクラブには、むしろ眼福認定され、好まれている。


ジーンは目を覚ますために洗面所へと向かおうとして、ふと、ドアノブに伸ばした自分の左手、その小指が目に入る


ドアノブに手を伸ばしたまま止まり、


「ジーン?どうかしたの?」


「……いや、何でもねえよ」


ジーンは何事もなかったように、扉を開けて洗面所へ向かった。




土曜日の昼。

場所は打って変わって、誠一は学園にいた。


いつも通り、現在の宿アモーレで訓練をした後、アンちゃんと護衛にコボルトを置いて、ここにいる。

コボルトには色々と護衛用の自作アイテム渡してるので、心配はない。


今日学園に来たのは施設を見て回ることと、図書館を訪れることである。


学園の施設は大まかに、研究棟、A〜Fクラス毎に分かれた学舎、食堂、修練場、図書館といったものだ。


研究棟には国に所属する魔導研究者達が、技術発展のために各自テーマを持ち、研究を行っている。

簡単に言えば、大学の研究室だ。

そして、研究だけでなく、講師として働くこともあるとか。

たまに修練場でゴーレムを動かすなど、実験する姿も見られる。


学舎についてはA棟、B棟、C棟、……とそれぞれクラス毎に建物が分かれている。

初等部は一階、中等部は二階、高等部は三・四階と分かれている。


補足であるが、学生達が寝泊りする学生寮は学園の敷地外にあり、旧学生寮と新学生寮存在する。

言わずもだが、大まかにだが、旧にはD〜Fクラスの生徒。新にはA〜Cの生徒が在籍している。

貴族の中には、学生寮ではなく個人用に自分で用意した豪邸に住んでるとか。


羨ましい話だ。


そうして大まかに見て回る内に時間は過ぎ、気づけば昼だ。


……年とってから尚更実感するけど、1日24時間って思ってたより短いよなぁ……。


その内の1/3は寝て終わる。

そのくせ辛い時は長く、楽しい時は短く感じる。

時間の神様はドSに違いない。


アンちゃんの昼食用に弁当を渡しておいたが、夕食の準備は手をつけてない。

誠一は今日のメイン目的である、図書館へと向かった。





荘厳。

図書館の扉の先に広がる光景に、正にその言葉が相応しい。


図書館は学園内のどの施設よりも広い。

見渡す限り、本、本、本。

まるで世界中の書物がここに集まっているかと錯覚させ、それが理路整然と並べられている光景は神秘を秘めているかに見える。


その何処か現実離れした壮観に目を奪われていた誠一。

そのすぐそばから声が掛けられる。


「何か本をお探しでしょうか?」


見惚れて、人が居るのに気づいていなかった誠一は肩を跳ねて驚き、声がした方を向く。


そこに立っていたのは、分厚い本を片手に抱えた男性。


男性はこちらが驚いたのを見ると、苦笑まじりで謝罪を述べる。


「ああ、脅かせてしまったようで申し訳ない。私はここの司書をしている者です」


そう言って軽く頭を下げる男性は、ここの司書だと言う。


……この人がジョディさんが言ってたミゲル学園長の友人……同い年には見えないな。


ミゲルさんは50代のナイスミドルだが、目の前の司書は20代後半ぐらいにしか見えない。

若作り……にしたって限度がある。


……いや、待てよ。


ここまで広い図書館である。

もう1人や2人ぐらい司書がいても、おかしくはない。


「あの、どうかしました?」


「失礼。つかぬことをお伺いしたいのですが」


「はあ、何か?」


司書が訝しんだ顔でこちらを見て、


「ジョディさんの知り合いの司書の方を探してるのですが。あ、ジョディさんは、アモーレという宿を経営しているゴリラみたいな人なんですけど」


話の途中で、すると、目の前の司書が動く。


掌をこちらに見せるように掲げるポーズ。

司書はちょっと待ってくれと無言でこちらに提案。


しばし、互いに無言。

そして、司書は後ろをスッと振り返り、




────司書は脱兎の如くダッシュで図書館の奥へと駆け、この場を去って行った。




見事なフォームで誠一の目の前からあっという間に走って消える。


その突然の行動に呆気にとられ、


「……ちょ!?ちょっと待って!」


逃げられたと気づき、すぐさま追いかける誠一であった。


次話も、24時更新です。


※8月16日から1週間半から2週間ほど更新が出来なくなると思われます。申し訳ありません。

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