19、甘い賽が投げられた
短めで申し訳ない
食堂の実態を知り、二日後。
誠一はミゲル学園長と会っていた。
この会合ではFクラスの方針と、現況の確認を行なうためのものであり、ミゲル学園長とはこうした会合を定期的に行う取り決めとなっている。
といっても、担任になってから、まだ日が浅い。
なので、今回は誠一が抱いた学園やFクラスの印象を聞かれるくらいの簡易的なものであり、その後は誠一が気になった事を聞き、ミゲル学園長が答えるといった質疑応答の時間が続いた。
学生食堂について。
Aクラスの担任はアレサンドロという名前で侯爵であること。
Bクラスには小国ではあるが王族がいること。
米に関しては知らない。
図書館には様々な魔法を記した本があること。
と、学園について様々なことを聞いていく内に、あることを思い出す。
「そういえば、ミゲル学園長はジョディさんを知っていますか?アモーレって宿を経営しているんですが」
不意に誠一がそう聞くと、常に冷静沈着というイメージのミゲル学園長の目が見開き、驚きを隠せないでいる。
まさか、俺の時みたくベッドに潜り込んだんじゃねえだろうな、と誠一は心配になり、だがミゲル学園長はすぐに落ち着きを取り戻し、いつも通りに戻る。
「…………随分と懐かしい名だ。そうか、彼、……彼女は元気か?」
律儀に言い直したよ、この人。
「有り余るほど元気ですよ。それこそコッチのベッドに潜り込んでくるくらい」
「相変わらずだな。私の学友もやられていたものだ」
冗談言ったら、真顔で返された。
…………というか、その学友とは図書館の司書の人じゃないだろうな。
今度、図書館に行くときに司書の人に挨拶しようと思ってたのだが。
これまでの異世界経験から、正直言って嫌な予感しかない。
…………念のため、菓子折りを用意した方が良いかな。
「セーイチ。ジョディに宜しくと伝えておいてくれないか。私は学園を離れることが出来ない身なので、挨拶も行けてないのでな」
「分かりました、伝えておきます。────それで、購買の件なんですが」
「セーイチ。君が考案した食品を購買の商品に加えたい。そう考えているということであったな」
こちらへと尋ねる言葉に、誠一は首を縦に振り、応じる。
既にその提案は話していた。
この案を話そうと考え、試作品として焼きそばパンとメロンパンを作り、ミゲル学園長に実際に食べて頂く。
事前にFクラスの生徒達にも食べて貰い、好評なのは確認済みである。
「現在、学園の施設はAクラスなどの貴族階級向けが多いです。まずは購買から改善することで、以前に御三方から言われた生徒間での格差を無くしていく足掛かりになるかと考えてます」
誠一は今発言したことを理由とし、ミゲル学園長に提案をする。
是非ともミゲル学園長に試食して貰ったのだが、
「……………」
表情が動かず、ただ口を動かし、淡々と無言で食べている。
……まさか、口に合わなかったか?
麺にパン、炭水化物と炭水化物の組み合わせは、まだこの世界の人にとっては早かったのだろうか。
中国や台湾などでは、炭水化物on炭水化物に違和感を感じ、たまに忌避する人もいるとのこと。
攻め過ぎたかと後悔しかけていると、ミゲル学園長が口を横に開き、
「このパンの1日の生産量は?」
一瞬問われた意味が分からず、だが、すぐに理解し、
「焼きそばパン、メロンパン、どちらも1日に200個作ることが出来ます。ただ、販売当初は実験を兼ねて、限定50食で売ろうかと考えてます」
授業を疎かにしない程度に、自分の今の限界を理解し、誇張なく答える。
「価格は?」
「どちらも鉄貨2枚で」
そう答えると、ミゲル学園長は片眉を持ち上げて訝しむ。
日本円に換算すると約200円である。
「安いが、利益はあるのか?」
「その点に関しては大丈夫です。まだ少量ですが、大量生産を念頭に入れると原価は売値の1/3で収まります」
「なるほど。…………」
ミゲル学園長は誠一の情報から思案する。
「購買での販売は難しい」
ミゲル学園長の言葉、理由は分かる。
……現況で購買に置いても、貴族以外足を運ばないからだ。
購買に置いても、Fクラスなどの話から、あそこを訪れるのは貴族か、その取り巻き。
更に、購買を利用する貴族は買わないだろう。
1万円以上もする高い品に囲まれて200円ぽっちの品が置かれて、貴族達は安すぎる品は買わぬだろう。
勿論、Fクラスの面々なら味を知ってるので買いに行くかもしれないが、貴族の生徒達と鉢合わせ、いざこざを起こすかもしれない。
今までの学園内での貴族の噂や、自分が受け持つ生徒達が貴族を話す時の滲み出ていた敵対心。
警戒するに越したことはない。
しょうがないか、と諦めかけた誠一。
「────だが」
だが、とミゲル学園長は続ける。
「購買とは別に、こちらが用意する仮設店舗でも良いのであれば、許可しよう。妥協案だが、これでどうだ?」
ミゲル学園長の提案に、誠一は慌てて頭を下げる。
「あ、ありがとうございます!」
「……ところで、話は変わるが、このメロンパンをもう一つ貰えるか?」
「……?ええ、ありますけど」
「1人、食べさせたい者がいてな。料理の感想を聞こうと思う」
1人と限定的であることに疑問も感じつつも、誠一は納得して、メロンパンを詰めた紙袋を渡す。
「なるほど。そういうことでしたら、どうぞ」
「助かる」
◆
後に語られる。
この時の行動が。
後に、このメロンパン1個が、誠一の今後の運命の起点となるとは、誰が分かるだろうか。
しかし、誠一はまだ何も知らず、そして、その日は会合を終え、静かに退室した。
次話は明日の24時に