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17、コボルト劇場

「ひ、ひどい目にあった……」


レジナルドの魔導具暴走の騒ぎから落ち着きを取り戻し、2ーFの教室に戻ってきた一同。


レジナルドの頭にはタンコブが膨れている。


「うーん。上手くいくと思ったんだが。やはり新品のパーツじゃないと駄目か」


だが、反省してないようだ。


「お前はもう少し反省しろ!もう少しで俺のケツの穴が増えるとこだったんだぞ!」


「お前も大概に頑丈だよな、アンディー」


先程、尻に矢を食らったアンディーが抗議の声を上げるが、既に完全回復している。

生命の神秘だな。


1限目の授業から疲れてしまったが、時間は待ってくれない。


キーンコーンカーンコーン


鐘の音がなり、次の授業の合図が響く。


「よーし。それじゃあ科学の授業をするぞー」


誠一がそう言うと、学生たちはざわざわと騒ぎ出す。


「カガク、ってなんだ?」「知らなーい」

「俺は難しくさえなければ助かるんだが」

「たしかに」「テストで追試はなあ」


誠一はそれを鎮めるために、2回ほど手を叩き、こちらに注目させる。


「今回は1回目なので、簡単なことからやっていきます」


そう言うと誠一はチョークを手に取り、黒板に今回のテーマを書いていく。


それは、


「今回は【何故、水を温めると沸騰するのか?】。これを終わる頃には理解できたらなと思っています」



カレンは誠一の書いた文章を読み、しかし、理解できていなかった。


……温めたらお湯になるのは当たり前のことでは?


この疑問を抱くのは、自分以外も同様で、皆一様に?マークを浮かべている。


だが、誠一は生徒達の反応が想定済みなのか、次の話に続ける。


「そう当たり前の現象だ。冷やせば凍り、熱するとお湯になり、更に熱し続けると蒸発して無くなる。だけど、その理由を答えられるかな?」


そう問われ、しかし、誰も答える事が出来ない。

それは僕らにとっては当然のことであり、今まで疑問にすら思った事がない。


「そもそも、水とは何によって出来ているか。そうだな……カレン。これは何か答えてもらえないか」


そう言って誠一が取り出したのは、グラスに入った水だった。

指名されて少々驚いたが、見える通りに答える。


「……水、ですね」


誠一はスプーンを取り出し、コップから水をすくう。


「そう。その通り。じゃあ、このスプーンですくった物は?」


「……水です」


そして、スプーンを傾けて水の一滴が卓上に落とし、それを指差す。


「では、ここに一滴だけ机の上に垂らした。それは何か」


「水です。どんなに少量だろうと、それは変わりません」


生徒達はこのやり取りに何の意味があるのかと呆れ始めていると、誠一は指を振る。


「では、この指先を、この水滴にかすらせるように触れさせた。皆にはこれを見ることはできない。だが、確かにそれに触れ、爪先に付着した極小の物。では、質問だ。これは何か?」


少し考え、しかし、今までの流れから答えは決まっている。


「────それは、水です」


「その通り。このビーカーに入っている水は、人が視認できない最小の水が集まった集合体である。そして、その最小の物のことを『分子』と呼ぶ」


誠一は黒板に"molecule(分子)"と書く。


「これは水に限らず、全ての物質にも通じている。つまり、物質は今言った分子の集合体であるわけだ」



なるほど。

今までの問いは、分子を理解させるためのものであったのだ。


しかし、


「物質は先生が言う、その、分子の集合体だと言うのはなんとなく理解できました。……でも、そのことと水がお湯になるのが関係してるんですか?」


繋がりが見えない。


「それについては……まあ、そのまま言ってもつまらんし、ちょっとしたイメージ映像から答えを導き出してくれ」


誠一はそう言い、「おーい」と廊下に向かって声をかけると、教室の扉が開いた。


そこにいたのは、


「「「わっふー」」」


「コボルト?」


模擬戦の時にもいたコボルトである。

だが、数が多い。


てくてくと35匹のコボルトが教壇の前へと集まる。


何故か、全てのコボルトが水色全身タイツを身につけ、頭には【分子】の文字が。


「それじゃあ、このコボルト達のことを水の分子、水分子だと思ってくれ」


そう説明しながら、誠一は折り畳んで持ってきた背景セットを広げて設置する。


(((わざわざ作ったのか、このために……)))


全員が誠一の努力の方向性に驚きなからも、作業もあっという間に終わる。


部屋の内装のような背景。

その前にコボルト達は立っている。


「例えば、水を冷やしたとしよう」


すると、ビュオオオオオ!と北風の音が聞こえ、誠一の魔法による暗く青白い光がコボルト達を照らす。


……ほんとマメだな、セーイチ先生。


寒さの演出だろうか。

コボルト達は寒そうに震え出すと、お腹の辺りのもふもふの毛をゴソゴソと触る。


すると、どこから出したのかと思うほどの、文字が書かれたコボルトよりも大きなフリップを掲げる。


『ううう……寒いよー』

『ならば、皆で固まって暖を取ろう』


そうして、コボルト達はギューと一箇所に集まりだす。

そして、団子状のコボルトが出来上がった。


……可愛いなあ。


カレンは可愛いものに目がない。


ちなみに、本人は男らしくないからと隠しているつもりだが、そう思っているのはカレンだけで、全員知ってる。


できることなら、あの中心に寝そべって、もふもふを体感したい、と考えていると、寸劇が次へと移った。


「この水に熱を加えていくと、温かくなります」


青い光が消え、通常に戻る。


『いつもの熱さに戻った』

『平温ー』


団子状態を止め、わらわらと舞台上の部屋内を歩き出す。

それぞれがバラバラに動いて、自由にしている。


「そして、更に熱を加えると」


舞台の照明が赤色になる。


『ポカポカして気持ちいい!』

『部屋にこもってないで、外へ行って遊ぼうよ!』


わー!と舞台を飛び出し、散開して教室中を徘徊する。


そして、誠一が生徒達を見回して再度質問する。


「さて、ではもう一度訊ねよう。何故、水は冷やすと凍り、熱を加えるとお湯となり、加熱し続けると無くなるのか」


すると、始めとは違い、上がる手がある。


ココ・クズノハだ。


「つまり、個体、液体、気体の変化は分子の動きによるものということですか?温度を下げると分子の動きは停滞し、それが氷となり。逆に、熱を与えると動きは活発化し、お湯となります。そして、更に熱が加えられると動きが更に激化。それが気体となるということ………この考え方であっていますか?」


ココの考察に、誠一は笑顔で拍手を送る。


「満点だ」


あの寸劇でココが深くまで理解したことに、誠一は純粋に喜び、賞賛する。


すると、ココの後ろの席に座るセシルが話しかけてくる。


「なんだ、ココ。本当に理解出来てるのかよ?」


「そういうアンタはどうなのよ?」


逆に半目でココが問うと、セシルは自信満々に言う。


「あったり前だろ!つまりアレだろ。男のアレは寒いと縮こまって、テンション上がるとアレが膨張する的な感じだろ!」


大声で言った。



「あー、何ですか、お前らその蔑みの目線は!え?『何を大声で言ってんのよこの馬鹿は?』ぷふー、アレってのナニじゃないですよー。俺が言ってるのは妄想のことですー!想像力お寒いと萎んで、逆に豊かになると膨らむんですー!あれー?何勘違いしてるんですかー?何かな、ココちゃんは変なことでも考えてたんでちゅかー?これだからオパーイの無い女はダメなんでーす。そのツルペタ、鏡みたく研磨して写した自分でも見直すんだなー!あ、ココお前何を【ファイヤーランス】の準備してるんだよ!って、お前ら手離せ!避けられな────」


爆発音と叫び声が聞こえた。



セシルが弾けて黒コゲになったのを見ながら、しかし、生きてはいるので触れずにスルーしておく。


というか、セシルの捉え方も大方間違っているようで、少しはかすってもなくなくなくは無いかなと考え、頭から否定も出来ないので悩ましいものだ。


……うん。話を戻そう。


「とまあ、物体の状態の変化は分子が深く結びついているわけで。で、これを応用していくと、こんな遊びも出来る。コボルト君、例の物を皆に配ってあげて」


「「「わっふー!」」」


先程まで教室を徘徊していたコボルトは生徒1人に対して1匹が横に付き、机の上に登る。


そして、生徒に渡すのはガラスのカクテルを注ぐようなグラスとスプーン。


そして、コボルト達からお腹から取り出したのは透明の瓶であり、中には、


「これは、ジュースですか?」


「そう。今朝作って冷やしておいた桃のジュース」


コボルト達に指示を出し、注がせる。


これを成功させるコツは、グラスから離して高い位置から注ぐことである。


コボルト達に注がれたジュースは、グラスへと収まり、そして、


「え!凍っていく!?」

「魔法?」「いや、魔力は感じなかったぞ」


先程まで液状だったジュースは、瓶からグラスへ移ると共に凍り始め、注ぎ終わった頃にはシャーベット状にになっていた。


驚く生徒達に、誠一は同様のグラスに入ったシャーベットを持ち、説明をする。


「まあ、これは過冷却って言ってな。ゆっくり均一に冷やしてやるんだ。そうすることで、そのままだと液体なんだけど、こうやって衝撃を与えると凍るというわけさ」


水が氷になるには、水の分子が「自由に動き回る状態」から「決まった位置に落ち着く状態」にならなければならない。

そのためには、氷の種となる氷核が必要である。


氷核には、きっかけとなるわずかなエネルギーが必要となる。ところが条件が揃うとこのエネルギーが得られず、凍らないのである。


このように、物質が液体から固体に変わる温度以下の温度でも液体のままでいる状態を『過冷却』といい、この過冷却の液体に衝撃を与えると、一瞬にして氷に変わるのである。


……まあ、御託はこのくらいでいいだろ。


未だに呆けている生徒達に、スプーンでシャーベットを掬いながら声をかける。


「今からもう少し詳しく説明しようとは思っているが……まあ、行儀悪いけど、溶ける前にシャーベットを食べながら講義をしていこうか」


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