5、化物
多くの要望・疑問があり、鳥モデルのバジリスクから、コカトリスに変更しました。
迷惑をおかけして、すみません。
本当にボケたなと思い、自分が嫌になる。
確かに、俺は死にかけたり、異世界に来て浮かれていてた。
“アイツ”がさっきまで気絶し、動いていなかったのもあろう。
だが、だがだ、百歩譲っても―――
「ゴゲゲゲゲッ!」
こんなにも近くにいる“化物”に気付かなかったのは、マヌケすぎるだろ。
コカトリスの赤い瞳は怒りに満ち、誠一だけを映している。
コカトリスから放たれる殺意。
誠一は向けられた殺意に、体が震え、心が絶望に染まる。
思わず逃げたくなる。
だが、
「あ、ああ・・・ッ!」
誠一は自分の隣で怯える少女に目に入った。
まだ幼く、これから楽しい人生が待っているのだろう。
気づけば、誠一体の震えは消えていた。
誠一は意を決し、怯える少女に小声で指示を送る。
「逃げろ、お嬢ちゃん」
「え?な、なにを」
誠一は少女の返答を待たず、全力で走り出した、
―――コカトリスに向かって。
「―――ッ!だ、ダメ!」
少女は誠一のしようとしていることに気づき、制止の言葉をかける。
だが、男は止まらない。
化物へと進める足を止めない。
恐らく落下の際、この鳥は下敷きになったのだろうと推測する誠一。
だから、怒りの矛先を俺に向けている。
奴は俺にしか意識が向いていない。
だからこそ、今なら俺が囮になり、少女を逃がすことが出来る。
「こっちだ、チキン野郎!」
声を大きく張り上げ、威勢をはる。
元々、二度目の人生だ。
儲け物で貰い物だ。
対して、少女の人生は一回のみ。
なら、ここで体張るのは当たり前だ。
料理ができないのは残念だが、しょうがない。
空高くから落ちても無事であった頑丈な体だ。
負けるだろうが、逃げる時間ぐらいなら稼げるだろう。
こんなことなら、護衛のためにでも攻撃の能力を願えば良かったなと後悔し、苦笑する。
逃げ出したい感情を押し殺し、コカトリスめがけて全力で踏み込み、体ごと飛び込んだ。
「ウオオオオオオオオオオオオオ!」
「グケケケケケケケケケケケケケッ」
捨て身の攻撃。
コカトリスは非力な俺の行動を見て嘲笑うかのように鳴いた。
そして邪魔な虫を払おうと、鋼鉄の如き羽を振り下ろす。
唸りをあげて振り下ろされる命を断つ死神の鎌。
地から足を離した誠一に避けるすべはない。
現実は無慈悲である。
誰かを護らんとするが為に戦っても、弱ければ負ける。
負けて、潰され、そして死ぬ。
弱者が物語のように英雄になれるわけがない。
【弱者】が【強者】には絶対に勝てはしない、これが必然であり、常識だ。
ドゴンッ!!
「ゴビュラフッ!!?」
「「・・・・・・へ?」」
故に“強者”である誠一に負ける理由はない。
異世界のイレギュラー、沢辺誠一は振り下ろされた翼を撥ね返し、コカトリスを吹っ飛ばした。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
周りにあった木々がへし折れ、コカトリスが飛ばされた跡ができている。
先程起きた出来事を、未だに受け止められず呆然とする誠一。
そして、何度も残された跡を何度も見て、やっと理解する。
「うえええええええっ!?ちょ、なんで!?」
今、何が起こった!?
神様のくれた能力のおかげか?
だが、自分は料理関係の希望しか書いてない。
一体、俺の身体に何が起きているんだ。
確かに落下の衝撃に耐えられた時点でおかしいとは思っていたが、明らかにこれは異常だ。
「・・・だけど、今はそんな事はどうでもいい」
理由は全く分からない。だが、勝機が見えた。
このまま行けば、生き残れるかも知れない。
この勝負には負けられない。
少女を護るため、自分の身を守るため、そして、
「そもそも生き返ってからまだ一度も料理せずに死ねるか!料理を作るためにもお前を倒す!」
料理の為にも勝たなければならない!
なんとも残念な宣言と共に、立ち上がったコカトリスに向かって駆ける誠一。
完全に油断をして防御をしなかったため、モロに攻撃を食らったコカトリス。
誠一は相手が立て直す前に倒さんと、ダメージを食らった今が好機とばかりに攻めに転じた。
コカトリスは翼を使い避けようとするが、受けたダメージが抜けきっておらず、回避するのに時間がかかった。
誠一はそこを見逃さない。
「オラァッ!」
「ブゲロッ?!!」
大きく踏み込み、ガラ空きの腹めがけて全力でアッパーを放つ。
踏み込んだ地面に亀裂が走り、振り抜かれた拳は唸りをあげる。
小さな体からは想像できないほどの威力を込めて放たれた拳は、コカトリスの巨体を浮かした。
(いける!)
攻撃に手応えを感じ、誠一は勝利を確信し始めた。
そして、その確信が、心に自信を生み、慢心へと転じる。
かつて人間から様々な忌名を頂き、災厄として恐れられた魔物コカトリス。
その化物は一方的にやられるだけでは終わらない、終わらせるはずがない。
コカトリスは誠一の心の緩みから生まれたスキを突き、受けた力に抗わず身を任せ後方へ飛び、一瞬の内に誠一から距離をとった。
「やばッ!」
「グゲーーーーー!」
誠一の攻撃は頑丈な身体を利用し凄まじい威力があるが、それは接近戦でしか発揮されない。
異世界には魔法が在るが、元地球人である誠一は魔法の使い方どころか、どんな魔法があるのかすら知らない。
つまりこの瞬間、攻撃は相手のターンに変わってしまったのである。
慌てて接近しようとするが、今度はコカトリスが許さなかった。
コカトリスの銀色の羽が逆立ったかと思うと、幾千もの羽が一斉にこちらに向かって飛んできた。
放たれた羽は銀の矢の如く一直線に誠一に向かい、軌道上の木々や岩を粉砕し止まることなく進む。
(あの羽、金属ででも出来てるのかよ!?)
どんなに誠一の身体が頑丈といえど、あの攻撃を受け続ければ無傷ではすまないかも知れない。
(畜生!包丁でも何でもいいから、せめて武器になる何かがあれば!)
そんな嘆きなどお構い無しに、銀の光を放つ雨が誠一に降り注いだ。
早く料理をしたいのに、バトルってこれ如何に