10、FクラスのマイナスA
イダート学園入学式の午後。
「なあ聞いたかジーン。何か俺らのクラスに新しい教師が来るらしいぞ」
「新しい教師?このFクラスにか?」
ジーン・カーターは中等部の頃からの級友であるアンディーの情報を聞き訝しむ。
「1年のクラスならまだ分からなくもないが、何で2年のクラスに?」
ここはイダート学園高等部2年Fクラス。
俺、ジーン・カーターもその一員である。
気になったのでアンディーに聞いてみたが、肩をすくめて首を横に振る。
「さあ、知らね。風の噂だしな」
「信憑性にかけるな。……レジナルドにセシル、何か知らないか?」
俺は前に座っていた2人の男子生徒、ゴーグルを付けたボサボサ頭のレジナルド・ライトと、一見優男に見えるが只の変人のセシル・ウッドにも声をかける。
レジナルドは何かしらの手のひらサイズの魔道具を分解していた。
またどこかしらのゴミ捨て場で拾ってきたのだろう。
レジナルドは手を一旦止め、愛用のゴーグルを外してコチラを振り向く。
「いや、知らないな。少なくとも嫌味な奴じゃなければ俺は何だっていいよ」
「相変わらず魔道具だけにご執心かよ、お前は。……おい、セシル。……セシル、聞こえてんのかー?」
もう片方のセシルは双眼鏡片手に窓から身を乗り出して何かブツブツと呟いている。
「B、A、A、C、C、B、……Eは今だに三人か」
「何してるんだ、お前」
「見て分からない。春の実りのチェック中」
「……俺の目の前には麦畑じゃなく、新入学生の女子生徒しか見えないんだが?」
「うん。今年は少々不作だね」
うん、話が噛み合ってるようで噛み合ってない。
コイツ、黙ってれば見た目は優男風イケメンなのに。本当に変態である。
「俺らの新しい担任の噂なんだが」
「女性、女講師か!」
「いや、知らんから聞いたんだが」
「そ、ならいいや。後のエロより目先のエロってね」
どうやらセシルも知らないようだ。
セシルは実りウォッチングを再開した。
その集中力は凄まじいもので、好きこそ物の上手なれと言わんばかりに、だからこそ2人の接近に気づかず双眼鏡を除き続ける。
「A、A、C、A、A、A…………ッ何!Gカップだと!なんたるワガママボディ!これは拝みに行かなくては!」
「朝っぱらから、何やってんのよ変態!」
「ゴガッ!?」
背後に接近した2人はセシルの頭にカカト落としを食らわせた。
クリーンヒットを受けたセシルは短い悲鳴をあげて、気絶。
意識を手放しても双眼鏡を手放さないのは見事としか言いようがない。
「全く。そこの馬鹿三人。この変態猿を野放しにしないでよ」
俺はセシルにカカト落としを入れた本人に目を向ける。
ココ・クズノハ。
狐の獣人である彼女は不機嫌なこともあってかフサフサの尻尾がくるりと巻かれている。
スレンダーな体に整った可愛らしい顔。 俗に美少女と呼ばれる枠なのだろう。
……まあ、欲を言えばもう少し胸があれば申し分ないのだが。
不機嫌そうに腕を組んで胸を張っているが、そこには眼を見張るもの、というか張るものがない。
神様も無慈悲なものだ。
「……何か失礼なこと考えてるでしょ、ジーン」
「いんや、別に。というか、俺らはセシルの飼育員じゃねえぞクズノハ」
眼をそらして話もそらすべく、クズノハに抗議をする。
すると、宥めるようにクズノハの隣から女性の擁護が入った。
「そうよ、ココちゃん。セシル君だって人間だもの。バナナ一本で手懐けられたら苦労はしないもの」
「アビゲイルちゃん。実は擁護してるようでDisってるよね」
アンディーが苦笑いしながらそう言った。
擁護、といっていいかは怪しいが、そう述べた女性はアビゲイル・クルス。
凹凸の激しいグラマラスな体つきで、俺よりも長身である。
艶やかな長い黒髪に、右目下には泣きぼくろが扇情的。
性格もおっとりと穏やかで、ドレスを着せればパッと見、未亡人か人妻にしか見えないだろう。
聞いたところによると、この学園内にはアビゲイルのファンクラブがあるとかないとか。
これで俺らと同い年というのだから驚きである。
ちなみに余談であるが、本人は歳上に見えることを気にしているらしい。
「……なんか私の紹介より長くない。主に2倍」
「気のせい気のせい」
本当に勘がいいんだから。
と、そんなやり取りをしてる間に「ううむ……」とセシルが意識を取り戻した。
「やっと起きたわね、セシル。全くアンタはいつもいつも変態なことばかり。同じクラスの身にもなってよ」
クズノハの説教を聞きながら、セシルは振り返ってクズノハを見る。そして、ただ一言。
「────マイナスA」
「誰がマイナスAよ!?何でマイナスよ!あるわ、Aくらいあるわ!寄せればBはあるわよ!」
「む、見覚えのある凹な胸だと思ったらココか」
「凹って、えぐれてるってか!胸で判断しやがったなこの野郎!」
クズノハはセシルに掴みかかり、今にも窓から突き落とさん勢いだ。
慌ててクズノハを羽交い締めして抑える。
「待て待て早まるなクズノハ!ここ3階だぞ!」
「離して、ジーン!あの全女の敵を殺さなきゃ!」
「おい、セシル!命欲しかったらクズノハに謝罪しろ!」
アンディーがセシルに説得を図るが、当の本人は呑気に鼻くそほじっている。
……このクソ野郎。羽交い締めを解いてやろうか。
「ふん。真実を口にして何が悪い『セシル君、謝りなさい』はい!すいませんでした!僕はゴミ屑以下です」
アビゲイルが「めっ」と一声かけるだけで、態度が一変した。アビゲイルに対して土下座敢行である。
セシルの2人の対応違いは驚異の差であり、胸囲の差によるものである。
更にクズノハの殺意が高まったようなので、羽交い締めが解けないように強化する。
「こーら!違うでしょ。謝るのは私じゃなくてココちゃんにでしょ」
「はい、おっしゃる通りです!………ココ、ごめんな」
アビゲイルの言うことに従い、素直に謝るセシル。
その顔はとても申し訳無さそうであった。
ほの様子にまだ怒り心頭のクズノハではあるが、理性は戻ってきたようだ。
これでもう大丈夫か、と思った俺は羽交い締めを解こうとして、
「世の中好みは人それぞれらしいからよ。………だがら、そのさ、強く生きろよ」
さも真剣に親身にしんみりとした顔で言って、ココの肩をポンと叩いた。
そのワンシーンを横目で見ていたレジナルドは一言。
「────南無」
◆
次の瞬間、顔を凹ませた男子学生がFクラスの窓から時速30kmの速さできりもみ回転しながら飛んでいった。
◆
「わざわざ悪いね、案内させてしまって。えーと……カレン・ウォーカーさん」
「僕のことはカレンでいいですよ、セーイチ先生」
目の前の女子生徒カレン・ウォーカーはそうはにかんで答えた。
彼女はカレン・ウォーカー。
自分が担当するFクラスの1人、クラスのまとめ役委員長である。
学園長のミゲルさんが案内にと頼んどいてくれたらしい。
彼女は小さい顔に長い睫毛、小柄でスレンダーと、容姿も非常に整っており、ミスコン出れば一位間違いなしだ。いや、本当に。
だが、それよりも気になるのは、
「────やはり、気になりますか僕の髪」
「え。あ、あー。まあね」
異様にまで長い髪。
三つ編みに編まれていても尚長く、地にまで着きそうな髪。
だが、ボサボサとか不潔などという事は全くなく艶やかであり、手入れが隅から隅まで行き届いているのが見て取れる。
「何かの願掛けかな?」
「あー………あはは。たしかに願掛けと言えば願掛けですねコレは」
そう言ってサラリと自分の髪を撫でる。
……うーむ、絵になる。
3日前の面接にて出された課題のことで不安で胃が痛かったが、こうして「先生」と呼ばれると気分が上がる。
いや、セクハラじゃないですよ。
ただ、こんな感じで若い生徒に囲まれて授業をすれば。気持ちだけでも若くなるってものだ。
………もう一度言うけどセクハラじゃないからね。
大事なので2回言いました。心の中で。
昨今、アルハラやらパワハラやら何ハラ何ハラ煩いので予防線を張っていく。
「ほら、セーイチ先生。あそこが僕たちの教室です」
「ん!おお、ありがとう」
カレンは3階のある一室を指差して教えてくれた。
その教室からは若さ有り余って元気が良いのか、何やら少々騒がしい。
と思っていたら、
突然、顔を凹ませた男子学生がFクラスの窓から時速30kmの速さできりもみ回転しながら飛んできた。
「「──────」」
突然のことに2人して絶句。
飛んできた男子生徒はそのまま狙ったかの如く誠一に向かって飛んでいき、誠一は無意識にお姫様抱っこのように受け止めていた。
「えーと、彼は?」
「せ、セシルです。僕のクラスメイトの」
すると、セシルが目を覚ました。
「────はっ!一瞬、川の向こうでおばあちゃんがブレイクダンス踊ってたと思ったら、まさかのお姫様抱っこ!しかも初なのに男性、お嫁に行けない!チェンジ、チェンジで!巨乳のお姉さんを呼んで早く抱きしめてー!」
ああ、これいつものだ。
レヌスさんやジョディさん枠。
まあ、こういった事例には慣れてる。悲しきことに。
なので、今までの経験から学んだ対応をした。
「そいっ」
「ぬひゃんっ!!」
セシルは誠一に投げられ、元に戻るように落ちてきたFクラスの部屋に戻っていった。
ドゴンと音が聞こえたが気にしない。
キャッチ&リリース
これ世の理。




