7、日課のトレーニング
この宿に筋肉が集まる理由、それは宿の裏にある修練場。
宿の客はタダで利用することが出来る。
そして、その修練場では誠一とジョディさんの息子、名前はガルダナである、2人が向かい合わせで立っていた。
その2人を囲むように周りにはジョディさん、アンちゃんを始め、ここの宿の客も観戦している。
「それじゃあ〜、始め!」
「・・・ッ!」
ジョディさんの掛け声と共に、誠一は走ると同時に魔法を発動。
無詠唱魔法。
本来魔法を発動するには呪文を唱える必要があるが、魔法の技術が上達すれば呪文を省略して発動することができる。
だが、高等技術の上、唱えるべき呪文が長い程困難になる。しかも下手な内に行おうとすると、普通に呪文を唱えるよりも遅くなってしまう。
ただでさえ魔法に不慣れな誠一。
無詠唱でマトモに発動出来る魔法は初級中の初級のもののみ。
魔力で練られた魔法は風を生んだ。
それは微弱。
そよ風程度の威力、倒すどころかダメージを与えることなど不可能。
それ故に、誠一の目的は攻撃ではない。
そよ風により吹き上げられた砂は、ガルダナの顔面へ飛んでいく。
「む・・・」
狙いは目潰し。
ガルダナが目を瞑ると同時に、間合いに入りアゴをめがけて拳を繰り出す。
しかし、
「ぐがッ!?」
声をあげたのは誠一。
ガルダナは目を瞑っているにも関わらず拳を避け、更に誠一の死角から喉元に爪先で蹴り込む。
たまらずたたらを踏む誠一だが、直ぐに下段蹴りを繰り出す。
喉への攻撃をモロに入っていた。
というのに、誠一がまだ動くことにガルダナは驚きつつもヒラリと軽やかに避け後ろへ下がる。
誠一は間髪入れずに掌をガルダナに向け、呪文を唱える。
「火よ、敵を穿て!ファイヤーボール!」
「甘い」
掌に火の玉が形成し、今放たれようとした瞬間。
誠一の肩に衝撃が走り、魔法の照準がズレる。
修正しようにも時に既に遅く、火の玉は向かってくるガルダナの数センチ横をかすめ飛んでいった。
誠一は次の行動へ移ろうとするが、顔面に、いや自分の両眼へと何かが迫って来た。
慌てて顔を傾け、飛来物を避ける。
これがいけなかった。
避けることを選択した為に、誠一の足が止まってしまった。
気づけばガルダナは既に誠一の懐へと入り、誠一の腕を掴んでいた。
「やばッ!?」
「オラァッ!」
ガルダナの気合い一閃。
腕を絡め取られた誠一はガルダナに投げられ、宿の壁にぶつかるまで飛ばされた。
「ぐわっ!」
「勝負あり!」
アンちゃんは壁まで飛んだ誠一の元へと駆け寄った。
「大丈夫、お兄ちゃん?」
「安心しなアンちゃん。俺は無駄に頑丈だからね」
あんなに派手にやられた誠一はスクッと立ち上がり、服に付いたホコリを払う。
「やっぱり勝てないなぁ。これでも強くなった筈なんだけど」
ガルダナとやるのはこれで7回目であるが、未だこちらに勝ち星なし。
弱体化魔法を常にかけているとはいえ、今まで一年間ベルナンさんの元で鍛錬してきたのだ。
その分、何気にショックはデカい。
「いやいや、弱くないよお客さん。強い方だって」
落ち込んでいる俺にガルダナが励ましの声をかけてきた。
それに続いて審判をしていたジョディさんも加わる。
「そうよぉ。息をするように狡い手を繰り出すところなんて素晴らしいと思うわぁ!」
「それ、褒めてます?」
「褒めてる褒めてる。大抵の奴はあれで一発食らって伸びてるさ」
などと、褒めて?くれてる訳だが、俺としては釈然としない。
「いやでも、現に負けてるし。ジョディさんに至っては気づいたら負けてたし」
ガルダナと戦う前はジョディさんと組手をしたが、今でも何をされたか分からない。
確かに見ていた筈なのだ。
目潰しをされた訳でも、そっぽを向いていた訳でも、ましてや魔法を使われた訳でもない。
なのに気づいた時には懐まで入られ拳を正中線上、つまりは複数の急所に食らわされていた。
あまりにもレベルが違う為、息子さんのガルダナと組手をし、その都度助言を頂くことに。
腑に落ちない俺を励まそうとしてかガルダナが声をかけた。
「それは俺と親父がおかしいだけさ」
「・・・さいでっか」
自分で言ってしまうのか。自覚あったんだ。
「でも、セーイチの身体の丈夫さは異常よねぇ」
「確かにな。俺、喉を潰すつもりで蹴り入れたのにピンピンしてんだから」
「私もチョイ殺しのつもりでやったのに、気絶すらしないんだもん」
「おい、そんな危ないの食らわされてたの俺」
やはり、この2人も脳筋枠だ。
もしも、神様によってこの身体が強化されてなければ俺はこの世界で何度死んでいることやら。
くわばらくわばら。
「ところで、腕への衝撃は何をしたんだ?魔力も感じなかったし魔法じゃないのは分かるけど」
むしろ、魔法ではないと分かっているせいで余計に何なのか分からない。
「あれなら、これを指で弾いたんだよ」
そう言ってガルダナはポケットからある物を取り出した。
「これは・・・ただの鉄球か」
大きさはパチンコ玉ほど。
出来が粗く、表面は凸凹してる。
こんなチャチなもんで腕を弾かれたのか。
指で弾いただけなのに、どんだけ威力あんだよ。
「もしかして、目に向かって飛んできたのも」
「これ」
おいおい。
あの威力だ。下手すると失明するぞ。
といった思いを視線に乗せて訴えると、
「お客さんが避けれるスピードに手加減しといたから大丈夫だよ」
・・・そういう問題ではないのでは。
というか、今更なのだが。
「面接明日に迫っているのに、こんなことしてていいのか俺」
この都市に来てから既に六日間経っており、面接は明日へと控えている。
まあ、顔合わせするだけなので、そこまで気張ることはないのだが。
「そんなこと言っても、もう必要な物は買っているんでしょぉ」
「そうなんですが・・・しっかり教えられるかどうか不安で」
「大丈夫よ。それに初めのうちで大事なのは『何が出来るのか』じゃなくて、『何をしたいのか』よ」
学園側から指定された道具の購入は既に完了している。
三度も目を通したので不備は無し。
魔法のことについても、バビオンに滞在してから勉強もしていた。
確かに、神様から貰った馬鹿げた能力でどんな魔法だろうとイメージすれば、それに適した魔法陣と使い方が分かる。
だが、携帯の使い方を知ってても内部の設計が分からないように、俺は魔法のことについてはズブの素人。
それについてはベルナンさんから嫌という程教わった。
学園で働くと聞いてから必死で勉強した甲斐あり、今は少しは人並み以上の知識はある。
「わたしも学校入るの!」
「アンちゃんも?それは良かったわねぇ」
アンちゃんの入学するという言葉を聞いたジョディさんが一瞬顔をしかめたように見えたが、すぐにいつも通りのゴツい笑顔戻っていた。
気のせいかと思い、さして誠一は気にとめなかった。
「もし何か困ったことがあったら、私に言ってね。力になるわ」
「…………?ありがとうございます、ジョディさん」
さて、もう一戦戦ったら、明日の最後の確認をしますか。
「ガルダナ!もう一度組手を頼む」
「おう。構わないぜ、お客さん」
誠一がジョディの元を離れて、ガルダナと組手をしに向かう。
その姿を見てジョディは言葉を漏らす。
「この都市の学園に獣人を、ね。………セーイチ達を送り出した人は何を企んでいるのやら」