6、OKマッスル!
不定期すみません
ラハバキアの朝は早い。
3月の終わり、街に吹く風は微かに温かく、春の兆しを感じさせる。
ここが日本であれば、桜が蕾をつけている頃であろう。
そんな気持ちの良さそうな朝の中、誠一はパチリと目を開け目を覚ました。
「すぴーすぴー、むにゃむにゃ・・・」
左のベットを見るとアンちゃんはまだスヤスヤと眠っている。
俺は日がさす窓の方を見る。
今日も快晴。外からさす日の光は心地よく、ついつい二度寝をしたくなってしまう。
「いい朝だ」
小鳥は朗らかにさえずり、外からは花のフローラルな香りが・・・
(・・・あれ?窓、開いてないな。じゃあ、どこから・・・)
スンスンと嗅いでみると、自分の後ろからだ。
俺は匂いの方をたどって寝返りを打つと、
「あらぁ、おはよう♡」
眼前30センチにケバい化け物がいた。
どうやら、俺はまだ夢の中らしい。しかも、とびっきりの悪夢。
「ギャアアアァァァァァァァッ!?」
ロリコン、露出狂、熟女専、etc・・・
脳裏に浮かぶは遭遇して来た変態達。
本能的に実力行使!
誠一は変態を撃退せんとパンチを繰り出すが、ジョディは器用にヒラリヒラリと躱す。
このオカマ、名はジョディ。
この宿のオーナーにして、息子を育てる親である。
ちなみにジョディは偽名で、本名はロドニゲスだそうだ。(息子さんからの情報)
そのジョディは誠一の攻撃にかすりもしないで、ベッドから立ち上がる。
全裸で誠一のベッドに潜っていたわけでは無く、幸運にも服を着ていたようだ。
・・・いや、潜られている時点で幸運もクソも何もないが。
「何で俺の布団に入ってたんだ!変態か!」
「ただのモーニングコールよ。サービス、サービス♡」
「サービスで心臓止まったらシャレになんねぇ!」
あんなもん、朝一で見るものではない。
「・・・そもそも、起こすなら布団に潜る必要ないでしょ」
「そりゃあ・・・セーイチの寝顔を見てたら、我慢できなくなっちゃって。つい」
「いやああああ!助けてええええ!」
恐怖で更に叫ぶ誠一。
すると、声を聞きつけたジョディの息子さんが部屋の扉を開けて顔を出した。
「うっさいぞーお客さん。ちょっとは静かに・・・・・・ごゆっくりどうぞ」
「ちょっと待て!今、何を勘違いした!言え、言って下さいお願いします!」
春一番であろうが、ラハバキアであろうが、誠一の一日は変わらず朝から騒がしいのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ったく。次からやんなよ、マジで」
誠一はフライパンを片手に料理をしながら、ジョディに釘を刺す。
ここでも同様に厨房を借りて、料理をしているのであった。
「お兄ちゃん、それ『ふり』ってやつ?」
「アンちゃん違うからねー。というか、どこでそんなの覚えたのー?」
おかしなことを言ってきたアンちゃんにも注意しながら、カリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグをトーストを乗せた皿に移し手渡す。
あとはサラダとアンちゃんが苦手なセロリとピーマンを入れたベジタブルスープをよそる。
案の定、セロリに気づき渋い顔をするアンちゃん。
そんな姿を見て苦笑しながら鍋を洗っていると、ジョディがこんなことを質問してきた。
「ねぇセーイチ。キッチンを使った後綺麗にしてくれるからイイけど。そんなに私の料理不味かったかしら?」
ジョディさんは残念そうに言ってきた。
「いや〜、不味くはないですよ。ただ・・・」
誠一はその言葉を否定しつつ、この宿での初日の朝を思い出す
〜 〜 〜 〜 〜
あれはこの宿に泊まり、初めて迎えた朝のことである。
「は〜い♡ジョディの愛情たっぷり朝食召し上がれ♡」
「「・・・」」
ゴトッゴトンッ
大きな皿に乗っていたものは、脂が滴るステーキ、マッシュされたポテト、葉野菜、大小まばらの野菜が入ったスープ。
傍らには果物のジュースが入ったコップ。
目覚めてこれは重い。しかも量もある。
アンちゃんの方をチラリと向くと、俺と同じような顔をしている。
「すみません、ジョディさん。ちょっと朝にこの量は厳しいかなぁと・・・」
「あら、ごめんなさぁい!他のお客さんと同じつもりで出しちゃったわ。食べ切れなければ、残していいわぁ」
ジョディさんは俺の言葉に気づいたとばかりに、恥ずかしそうに笑いながらそう言ってきた。
アンちゃんがスープの具を掬って、まじまじと見る。
「なんかこの野菜、バラバラ?」
「ゴメンねぇ。私不器用で」
俺は肉にかぶりつく。
(おっ・・・?)
味付は塩コショウのみ。
火の通り過ぎで少し焦げている。
だが、見た目から想像していたよりもすぐに噛みちぎれることに驚く誠一。
もしや、肉が叩いてあるのか?
誠一が肉に施された工夫に驚いていると、ジョディが溜め息交じりにつぶやいた。
「私、料理がちょっと苦手でねぇ。最近は上手くなってきた方なんだけど」
「・・・よろしければ、教えましょうか?自分、料理人なので」
「あらっ、そうなの!是非教えてちょうだい!」
不機嫌になるかもと思いながらそう言うと、ジョディは嬉しそうに答えた。
早速、厨房へ。
「では、いつも通りの感じでスープを作ってみて下さい」
「分かったわ。緊張しちゃうわぁ」
そんなことを言いながら、ジョディさんは玉ねぎと包丁を掴み、
「セイッ!」
パッン
玉ねぎを握り潰した。
・・・・・・・・・ぐしぐし。
目頭を指でほぐす。
「どう!どこがいけなかったかしら?」
「・・・すみません。ちょっと余所見をしてて、ウッカリ見てなかったです」
「あら、そうなの?じゃあ、もう一度やるわね」
そう言って、今度は人参と包丁を持ち、
「オラッ!」
パアッン
野太い声と共に、人参が先ほどの玉ねぎのように爆ぜた。
固い人参の破片がデコに当たった。
「どう?どこがおかしかったかしら?」
「包丁使えよ!」
誠一、2度目は流石に我慢出来ずツッコミを入れた。
「器用不器用以前の問題だよ!包丁持ってんなら使ってやれよ!」
誠一の言葉に、ジョディは片手で持っている包丁に目を向け、
「・・・はッ!」
「気づくの遅いよ!」
不安になった誠一は、他の料理について質問を。
「このマッシュポテトは?」
「茹でた芋の皮を剥いて、潰したわ。素手で」
「だから器具を使えや!」
よくよく見れば、マッシュポテトに拳の跡が見てとれる。
「じゃあ、このお肉は?」
「朝のトレーニングでサンドバッグ代わりにしたお肉を焼いたわ」
「だから、柔らかかったのか・・・」
料理の器具にミートハンマーという物がある。
名前の通り肉を叩く為の調理器具である。
これは、叩くことで肉の繊維を潰し、柔らかく仕上げ口当たりが良くなるのだ。
また、火の通りもよくなり、短時間でムラなく加熱できる利点もある。
その話を聞いて、その技術を知った過程に興味がいった。
またもや、過去の勇者が教えたのだろうか?
「なぜお肉をサンドバッグに?」
「昔、切り殺したモンスターのお肉より殴り殺したお肉の方が美味しい事に気づいてねぇ。それ以来、焼く前に殴っているのよぉ」
「な、なんて血生臭い偶然の発見なんだ」
確かに料理の技術は偶然の発見が多い。
パンもヨーグルトも作られた根底は「偶然」が始まりである。
この世界でも同じことが、しかも、目の前で起きているのは素晴らしいことである。
・・・あるのだが、なんか素直に賞賛できない。
というか、疲れた。
朝イチからのツッコミは流石に堪える。おかげで喉がカラカラだ。
「すみません。何か飲み物下さい」
「あら、それは大変!はい、これ」
ジョディさんから渡されたコップを受け取り、飲もうとするが、喉には何も流れて来ない。
コップを見ると肝心の中身が無い。
不思議に思い、ジョディさんを見るとリンゴを片手に持っていて、
「ふん」
グシャ!ボタポタ
砕かれたリンゴの果汁がコップの中に。
「はい、搾りたて」
「だから、器具を使えやあ!」
〜〜〜〜〜〜〜〜
「・・・色々疲れるので。ツッコミとか」
遠い目をしながら、自分の朝食を一口。
ああ、幸せ。
できることなら湯気上がる白米を食したいが、未だ米には出会わない。
商会最大手のビル商会社長ビルゲイさんにも聞いたが、米については知らないと無慈悲な解答が来ただけである。
今は懐かしき米をシミジミ思いながら、朝食を口に運ぶ。
「うーん、他のお客さんには好評なのにねぇ」
ジョディさんは朝食を食べる俺を見ながら、そう言った。
その発言の中には初耳の物には衝撃な内容が含まれていた。
そう、そうなのだ。
驚くなかれ。
派手や奇抜では些か表現しきれない真っピンクの外装。
更にスカート履いたガチガチの筋肉のセットのこの宿。
だが、今の言葉の通り、その宿に俺ら以外の利用客がいるのだ。
いるのだが・・・
「若造、俺らみたいに食わんと大きくならんぞ!ガッハッハッ!」
「そうだ!一に筋肉、二に筋肉、三、四も筋肉で、五に筋肉だ!」
「筋肉さえあれば、風邪もひかん!敵の猛攻からも耐えられる!素晴らしいいいい!」
発している言葉からも分かるように、見渡すばかり筋肉である。
脳みそまで筋肉で出来ているのでは?といったイロモノである。
「ここ本当に学門国家?筋肉国家の間違えじゃないのか?」
この宿の客層は、ほぼ魔法職とはかけ離れた筋肉主義の戦士職の男性である。
ここに来てから魔法がお盛んらしき光景は始めだけ。で、目の前にあるのは・・・
「ダブルバイセップス!」
「「「キレてるキレてるー!」」」
ボディビルのジムと勘違いしてもおかしくない現実である。
ハリポタではなく刃牙の世界観でした。
筋肉共がここに集まる理由はこのスタミナ満点な食事が目的・・・というわけではない。
確かにそれもあるが、大まかな理由は別にある。
「さて、ごちそうさま」
筋肉共を見ないよう黙々と食事を進める内に、あっという間に食べ終えた。
向かいに座るアンちゃんは「んべ〜」と小さなベロを出し渋い顔をしながらスープを飲んでいる。
「んじゃ、そろそろお願いしますわ。ジョディさん」
「分かったわぁ」
俺は食器を片し、この宿の裏庭へと移動した。