2、驚きすぎると声が出ないよね
「どうぞ、こちらです」
留置所で一人静かに涙した後。
しばらくすると衛兵の一人が俺たちをどこかに連れていくのか、付いて来るよう指示をしてきた。
何処へ連れて行くのかは知らされてはいない。
だが、留置所でないなら俺はどこだっていい。
・・・・・・どこだっていいんだ!
「どうしたの、お兄ちゃん?」
「へ?い、いや、何でもないよ」
おっと、意識が暴走しかけてた。
危ない危ない。
アンちゃんのおかげで、何とか正気に戻れた。
衛兵に連れられ歩くこと30分。
留置所から繋がる地下を歩いていたので、今、自分がどこに居るのか、どれ程歩いたのかも分からない。
不意に衛兵が歩みを止めた。
何事かと思うと、進行方向には壁。行き止まりだ。
まさか迷ったのかと疑いの目を衛兵に向けるが、それはいらぬ心配だった。
「少々お待ちを」
そう言って衛兵が壁に手を触れ、何かボソボソと呟いたかと思うと魔法陣が壁に浮き上がり、突然目の前の壁が消え、明かりが地下の暗かった道にさす。
流石は学門国家。
いちいち凝ってるな。
そのまま衛兵は光さす方へと歩くので、俺らも従って付いて行く。
地下道を抜けた先は、煌びやかで高価そうな絨毯がひかれた廊下。十人が横に並んで歩いても余裕がある程
に広く、そして長い。
「・・・もしかして、ここって城の中か?」
明らかに壮大な造り。
なにより、この廊下を見ただけで分かる気品溢れるオーラは、以前クロス王国の王城で感じた物に似ている。
だが、俺の疑問に目の前の衛兵は答えることなく、黙々と歩みを進める。
長い廊下を歩き終えた先には、大きな扉が。
目的地はここなのか、衛兵も止まった。
「どうぞ、中へ。私達の上司に当たる方がこの先にいます。くれぐれも御注意を」
この扉の先に俺らを呼び出した張本人がいるのか。
しかも、衛兵さんが「御注意を」と言うほどの人物。
ここが城だと鑑みれば明らかに位が高い人物の筈。
失礼がないよう注意しなければ。
俺は気を引き締め、覚悟を決めて扉を開け部屋へと踏み込んだ。
そして、そこには全裸の変態が立って居た。
俺は後ずさり、そっと扉を閉めた。
そして、目尻を軽く揉む。
「・・・・・・・・・ふぅ」
この扉の先に俺らを呼び出した張本人がいるのか。
しかも、衛兵さんが「御注意を」と言うほどの人物。
ここが城だと鑑みれば明らかに位が高い人物の筈。
失礼がないよう注意しなければ。
俺は気を引き締め、覚悟を決めて扉を開け部屋へと踏み込んだ。
すると、そこには股間にモザイクが掛かったM字開脚でピースをきめた笑顔の全裸がいた。
「やあ、こんにち――」
「なんで悪化してんだよ!?」
「ぶべらっ!」
気づけば俺は反射というより、ほぼ本能で動いて目の前の変態を殴っていた。
変態は殴られた勢いで床に顔を打ち付け、うずくまったように動かなくなる。
見たくもないケツがこっちを向いてるのだが、何故かモザイクが掛かっている事で見ずに済んでいる。
てか、なんでモザイク?
アンちゃんの教育上非常に悪いので手で目隠しをしている。
「どうしたの、お兄ちゃん?何が起きたの?」
「大丈夫だ。アンちゃんは一生知らなくて良いから」
アンちゃんの目隠しを注意しながら振り向き、先ほどまで案内してくれた衛兵の方を向く。
「あれ、何?」
「アレは私達の上司です」
『あれはペンです』並みの英語の例文で聞きそうな回答が返ってきた。
「あれが上司!上司!?」
「はい。だから先ほど言ったでしょ。御注意を、と」
「誰がそれで分かるか!」
淡々と返答してくる衛兵。
・・・てか待てよ。
上司ならお偉いさんだよな。
今更ながら殴ったら不味かったのでは。
しかも、無意識だったので、2.5ホブス程の力で殴ってしまった。
「ど、どうしよう。やっちまった」
あわわと心配になる俺だったが、衛兵さんは大丈夫だとこちらを落ち着かせる。
「安心して下さい。ああ見えても、あの人は凄いので」
衛兵さんが視線を向けた先では、倒れていた変態がムクリと立ち上がった。
「いやぁ、良い一撃だったよ」
何と、あの変態、もとい衛兵の上司は俺のパンチを食らったというのにダメージを受けた様子がなくケロッとしている。
そして、股間には未だモザイクが掛かっている。
謎だ。
「ねえ、お兄ちゃん。何か目元がゴワゴワする」
「ゴワゴワ?・・・何じゃこりゃあッ!?」
目隠しをしていたアンちゃんがそんな事を言ったので、視線を下げると思わず驚きの声が出てしまった。
・・・・・・・・・・・・何で・・・何で俺の手に、
「モザイクが掛かってんだーッ!しかもマジでゴワゴワする!?気持ちわり!」
このおかしな現象に心当たり、というか目の当たりしていた俺はバッと全裸の方を向く。
「はっはっは!そう、そのモザイクは私が原因さ!」
そう言って、緑色の髪の男はモザイクで隠れた股間を突き出しながら、高らかに宣言した。
「自己紹介がまだだったね。私はイルク・モルザ!ソピア王国宮殿魔術師にして、ソピア国お抱えの魔法研究者。そして、私の固有魔法【隠蔽されし淫靡】は質感を持ったモザイクを自由自在にあらゆる部位に取り付けることが可能だ!」
「ツ、ツッコミ所が多すぎる!」
これまた強烈な奴が現れた。
てか、モザイクをこっちに突き出して強調すな。
そして、アンちゃん、俺の手のモザイクをツンツンしない。バッチいぞ。
何故か満足そうな顔をしたイルクは佇まいを直し、指をパチンと鳴らした。
すると、俺の手にかかっていたモザイクが消えた。
・・・後で手、洗っとこう。
「さてさて、自己紹介も終わったことだし。そろそろ本題に入ろうか」
どうぞ、と部屋にあったソファーに座るよう勧めてきたのでアンちゃんと座ると、イルクも対面に座る。
全裸のままで。
「じゃ、話を始めようか」
「おい、ちょっと待て」
全裸のままで話をしだそうとしたイルクに、流石にツッコミを入れる誠一。
イルクも俺の意図を察したのか、笑顔で話してきた。
「安心してくれ。ソファーが汚れないように、直ではなくモザイクを間に敷いて座ってるから」
「そこじゃねえ!」
全然こちらの意図を察してなかった。
てか、モザイクを敷くって何。
「話す前に必要な事があるだろう。何かを隠すとか」
「ああ!これは失礼だったね」
俺の指摘に申し訳なさそうにしたイルクはーーーー目の部分に目線モザイクを掛けた。
「だから、そこじゃねえ!何で悪化させんだよ!」
「え?乳首にも必要だったかい?」
「もういいです、股間だけで・・・」
ツッコミに対して真顔で驚かれた。
もうヤダ、この人。
アンちゃんの教育にも悪いので、早く話を終わらせないと。
俺はコホンと咳払いをし、イルクに話を切り出した。
「で、俺らはどういう要件で貴方に呼ばれたんですか?謁見するのに、いちいち警戒態勢満々で拘束する理由が分かりません。しかも、クロス王国の正式な書状もあったというのに」
「うんうん。それについては申し訳ないと思ってはいるよ。でも、クロス王国直々のお願いだったしね」
「クロス王国から?何でまた・・・」
クロス王国からのお願いって、他国に頼める程の権限持ってる人物なんて、ウェルナー陛下ぐらいしか当てはまらない。
首を傾げ、何かしでかしてはないか思い浮かべるが、皆目見当もつかない。
「本当に知らないようだね。まあ、君が本当にセーイチなら入れ違いでそうなるかな」
そんな眉間に皺を寄せ考えている俺の姿を見て、イルクはそんな事を言った。
知らない?入れ違い?
どうしてだろうか。
飄々とイルクから語られた言葉は湖に石を投げ込んだように、俺の胸に小々波を立てる。
俺はゴクリと乾いた喉に唾を何とか飲み込む。
「教えて下さい。一体、クロス王国で何があったんですか?」
すると、イルクは口を開いて言った。
さも普通のたわいも無い会話のように、軽く、変わらず。
それが、明らかに異常な内容だというのに。
「何って、クロス王国が襲撃されたんだよ。で、君は容疑者」
その質問から返ってきた言葉に俺は愕然とするしか無かった。




