閑話 虫の意地
異世界ガルテアのどこか。
奥深くの地下にて、厳重に隠された部屋が存在した。
その中には、無数の生物が檻に閉じ込められ、壁などには飛び散った血が付着し、腐臭が立ち込めている。
その怪しい部屋には男がただ一人。
その姿形は人間に近いが、肌は青く、頭からは一本の角が生えている。
その男は魔人であり、以前にコカトリスを復元した男であった。
男は黙々と机の上に並べられた薬品を慎重に配合していた。
この薬品、二週間以内にある者から作れと命令されたものだ。
「・・・ふぅ、何とか出来たか」
張り巡らせていた気を抜き、脱力する男。
目の前には時間を掛けてやっと完成した薬が。
本来ならもう少し楽に済むのだが、いかんせん、あの口煩い毒舌メイドの目を忍んで作業したため余計に疲れた。
この薬を見たら絶対に喧嘩になって機嫌を悪くするし。コカトリスの一件があってから微妙にギクシャクしてるからな。これ以上、悪化させたくない。
そうならない為に、何度難癖付けてわざと一人で買い出しに行かせたことか。
買い出しのための金も自分のヘソクリから出して。
何より手を焼いたのが、メイドが帰って来た事を知らせる為の仕掛けだ。
掃除をする際見つからないようにと隠し、至る所に設置することで完璧に接近が分かるようにしてある。
「さて、帰ってくる前に片付けーーーー」
「いえ、その必要は無いですよ」
自分のではない、もう一つの声。
男は慌ててバッと背後を振り向く。
「やはり、貴方は虫のわりに、利用価値がありますね。しっかり期限内に作り上げるのですから」
部屋の扉の側に寄りかかる顔に仮面を付けた燕尾服の男がそこにいた。
コカトリスを作れと命令しに来たあの男だ。
先程まで確かに、この部屋にいたのは己のみであった。メイド用に設置した接近を知らせる仕掛けも作動していない。
ありえない。
「お、お前、どうやってここに」
「ん?普通に入って来ただけだが。ノックでも必要でしたかな」
この男、さも当たり前のように言ってきた。
明らかに嘘だが、どうやったのか理解できない。
「で、しっかり出来たかのですよね?」
「・・・ああ、この薬を使えば半日モンスターに攻撃されないで済む。これでいいだろ」
「ええ、確かに。では、これは報酬です。・・・ああ、あと」
「・・・?・・・ガッ!?」
気付けば燕尾服の男が魔族の男の首を掴み持ち上げていた。
魔族の男は手を外そうともがくが、燕尾服の男は意に介した様子はなく淡々と話を始める。
「貴方は今回の件だけでなくコカトリスやワイバーンで色々と役に立ってます。でもね・・・虫風情が私の事を『お前』だと!失礼だろうが、ダボ!」
「ガッ・・・グギッ・・・ッ!」
燕尾服の男はいきなり激情し、言葉使いもガラリと変わった。
首を吊り上げられた男の顔は次第に青くなり、抵抗も弱くなっている。
「・・・おっと、私としたことが。失礼」
「ゲホッゲホ!・・・ハァハァ」
すんでの所で解放され、酸素を求めようとするが上手くいかず咳き込む。
燕尾服の男は激情は収まり、いつもの飄々とした雰囲気に戻った。
「私には【ファントム】とちゃんとした名前があるので、以後気をつけて下さいよ。それと、貴方の仕事ぶりに我が主は大変お喜びなので、今後も頑張って下さいね。まあ、飽きられるまでのお話ですが」
燕尾服の、ファントムと名乗った男は未だに苦しそうにしている魔族の男など気にせず、ニタァと嫌な笑顔を浮かべながら話を進める。
「では、これは貰っていきますね」
魔族の男が少し目を離していた内に、気がつけば薬と共にファントムは消えていた。
本当にそこに居たのか怪しくなるほどに、跡形もなく。
まるで、夏の蜃気楼のように、その場から消えていた。
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しばらくして、やっと呼吸が正常に戻った魔族の男。
男は床の上に大の字で倒れながら、ファントムの言葉を思い出す。
「・・・飽きられる、ね」
飽きられてしまったら、俺は用済みだってことか。
そしたら間違い無く、口封じを兼ねて殺される訳か。
・・・ちくしょうが。人の命で遊びやがって。
何か手を打たなくては。
このままでは、いつか近い未来に始末される。
それはダメだ。最悪だ。
だが、勝てるのか。
ファントムは明らかに俺を瞬殺できる程、強い。
しかも、何かしらの固有魔法を持っている。
そんな奴に挑むのか。
そんな奴に勝てるのか?
どうすればいい!?
『ご主人、ごはんですよ』
ふと、自分なんぞに付き従ってくれているメイドの姿が脳裏に浮かぶ。
・・・・・・そうだ。
俺だけの問題じゃない。
このままじゃメイドだって殺されてしまうだろう。
せめて、アイツは守らなくては。
覚悟が決まった。
無理だとしても、可能性が万が一も無くとも。
「俺が・・・何とかするんだ」
例えそれが自分の命に代えてでもだ。
次回、新章スタート!