23、喧嘩するほど仲がなんとやら
酒を嗜みながら回想をし終えた誠一は、リズ王女の方へと視線を向ける。
「しかし、ここまで上手く行くとは」
謎の可憐な美女がリズ王女であるというサプライズの後、貴族達が王族に挨拶をするべく王座の前には長蛇の列が出来ている。
男性はリズ王女を褒めちぎり、女性はその美貌について問いただしている。
男性の方が熱心にリズ王女と接触を図るかと思いきや、女性の方が我先にとリズ王女の挨拶へと向かっている。
まあ、一年も経たずで仰天の変わり様。
これには美女と野獣の野獣も目が飛び出る程の驚きであろう。
女性というのはいつになろうと、いや、いくつになろうと美というに執着する者で、例え異世界であろうとも、その法則は不変のようだ。
大変膨よかな貴婦人から、これ以上どこを削るのだという十分細い若者まで。
誰と問わず女性達は皆、王への挨拶という名目で痩せる方法を聴きだそうと必死だ。
そんな女性の強かさを目の当たりにして「うへぇ」と心の中で呟いていると、ビルゲイさんが話かけてきた。
「いやぁ、期待以上の反応だ。これから忙しくなりそうですね、セーイチさん。私は貴女から教わった豆腐の調理法と豆腐の料理を貴族様達に売り、貴方は王女に貢献したという箔が付く。いい事尽くめですね」
既にビルゲイさんは頭の算盤を弾き己の懐に入るであろう銭の勘定をしているようだ。
ビルゲイさんの言う通り、俺はビルゲイさんに豆腐のレシピを売った。
いや、「売った」と言うのは少し語弊がある。
売ってくれと頼まれたからビルゲイさんに「買って貰った」と言うべきだな。
こんな物が欲しいのか?と疑問に思いつつも、提示された大金に目が眩みサッと飛びついてしまった俺であるが。
良く良く考えてみれば、貴族を相手に、しかも女性を標的にして売り出すのであれば、売上など軽く銀貨200枚は超えるのではと。
などと考え、もっと高く売れば良かったのでは後悔の念も湧きかけたが、すぐに引っ込んだ。
俺が異世界に来た理由は、料理を異世界に広める為である。
この商談は料理への見解や興味を深めるいい機会になるだろうさ。
そう自分に言い聞かし納得していると、ビルゲイさんが話しかけてきた。
「しかし、あのドレス。やはり映えますね、はい。我が商会お抱えの針子が腕をふるって直した甲斐があったというものですよ」
「直した?あのドレスをですか?」
「ええ、どうしても直して欲しいとリズ王女の遣いであるメイド長様から内密に頼まれまして」
おいおい、俺に話していいのかよ。内密なのに。
しかし、直したって事はリズ王女が部屋に籠る直前にに破ったドレスか。
他に着る物も有っただろうに、わざわざ直して着るとは。お気に入りか、それとも何か大切なドレスなのか?
「あのドレス、何か特徴でもあるんですか?」
「特徴ですか。ええ、有りますよ。あのドレスに使われている糸は伸縮性にとても優れており、体型が太くなろうと伸びてサイズにフィットする優れ物ですよ」
ほほう、そいつ良いな。成長期のお子さんをお持ちの方は喜びそうだ。マタニティドレスなんかにも適してそうだな。
だが、リズ王女はその服の限界を超えてしまった訳か。そりゃ、ショック倍増ですわ。
「それにしても、詳しいですね」
「それは当然です。何て言っても我がビル商会からリズ王女へのプレゼントにと購入された物ですもの」
「なるほど、貰い物ならそりゃ大事にするわな」
「・・・・・・実はそれだけではないのですよ」
ほろ酔い気分で口が軽くなったのか、ビルゲイさんは小声で囁いてきた。
俺はその言葉の意味が気になり、話を促す。
「どういうことですか?」
ビルゲイさんは周りを見回し、誰も近くに居ないことを確認してから話し出した。
「あのドレス、実はある執事がリズ王女にプレゼントしたもので。その執事はリズ王女の幼い頃から付き従い、日々コッソリと支えようとしているのですよ。例えば、香草などで主人のストレス解消を図ったりとか。少しでも書きやすい羽ペンとか。誰とは言いませんが」
『お久しぶりです。ビルゲイ様』
『おお、ガスパー様じゃないですか!いつもご利用ありがとうございます。それで、今日は如何なる用件で?いつものインクに羽ペンですか。あ、それとも新しい香草でしょうか』
ふと、俺が初めてビル商会を訪れた時、ビルゲイさんとガスパーの会話を思い出した。
あれはガスパーが使うのかと思っていたが、リズ王女の為に買っていたのか。
「おっと、どうやら酔いが回り過ぎたようですね。少し夜風に当たって来ます。あ、それとこの事は内密でお願いしますよ」
そう言ってビルゲイさんはフラフラとした足取りでその場を離れていった。
酔って喋ってしまったのか。それとも、酒を免罪符に誰かに打ち明けたかっただけだろうか。
さしずめ俺はロバの耳の王様でいうところの”不気味な洞窟”かね。
しかし、ガスパーがねぇ。
喧嘩するほど仲がいいとは良く聞くが。いやいや、まさかな。
幼い頃から一緒におり、男はプレゼントを贈り、破れたドレスを直して大きな場で着るほど大切にする少女。
二人はもしかするとーーーー
「・・・・・・ま、いっか」
確証もない妄想なんざ、下衆の勘繰りってやつだ。
王城でのパーティーだけあってか、とてもいい酒がある。なんでもドワーフが手掛けた酒精の強い酒なんかもどこかにあるらしい。
およそ俺が手も出せない高級品であろう酒を飲まなければ損というものだ。
俺はグラスを傾け酒を飲む。
才色兼備の言葉が似合うようになった王女とその傍らに佇む若き専属執事を横目に映しながら。