21、初耳ですが 中編
~昼~
コンコン
リズ王女の仕事部屋、執務室の扉をノックすると「入っていいわよ」と声が返ってきた。
ガチャと音がし、入ってきたのは料理を持ってきた誠一であった。
「失礼します。昼食をお持ちしました」
「あら、やっとかしら。12時11分の腹時計が鳴ったからそろそろだとは思ったけど」
「分刻み!ほんと、正確ですね、そのご自慢の時計」
「自慢というか、自前ですよね。しかも大きな。プププ、ってすみませんちょっとした執事ジョークですよ。だから殺気こもった目で羽ペン向けないで下さいよリズ王女」
いつものようにじゃれあう二人。ほんと仲いいなあ、姫と執事っていうより、幼馴染みみたい。
そんな殺気剥き出しのリズ王女とガスパーは置いといて、俺は昼食の用意をすます。
「どうぞ、メンチカツ糖質制限Verです。ソースは既に掛かっているのでどうぞ」
1つの皿に香ばしい拳ほどの大きさをした狐色の料理が二つ、山盛りの千切りキャベツに沿うように盛り付けられている。その上には黒色の液体が。
色が唐揚げに似てなくもない、が唐揚げとは違い表面が茶色の何かで覆われている。
観察するが全く味が想像できない。
謎、謎、謎である。
その後もしばし考えるが、
「・・・食べればいっか」
リズは考えるのを止めた。
勢いよくフォークがメンチカツに向かって刺さり、リズ王女の口へと
「あむっ、むぐむぐむぐ」
吸い込まれた。
朝とは違いメイドの目がないからか、豪快に食べる。
まず始めに、サクッと心地よい音が耳へと届く。
そして間髪いれずの肉汁の放出。
美味しい。
中にはぎっしりとお肉が詰まっているのに軟らかく、ほろほろと崩れ肉汁が溢れてくる。
また、中には肉だけでなく細切れにされたキャベツが。
キャベツのザクザクとした食感と熱せられたキャベツのほんのりとした甘さがメンチカツに変化を与え私を飽きさせない。
そして、何よりも特質すべきはメンチカツにかかっている黒いソース。
醤油かと思いきや全く違う。
醤油は一つのものから凝縮された旨み。しこし、これは何種類もの掴みきれないほど多くの味が絡み合うことで産み出された旨み。
深いコクと香りがメンチカツと合わさりグレードアップさせている。
ふと、千切りにされたキャベツを思い出す。
今度は一口サイズにメンチカツを切り分けキャベツと共に口に入れる。
ザクザク、シャキシャキ、サクリッと異なる食感が口の中でコントラストが生まれる。
メンチカツの油をキャベツが抑え、ソースとキャベツの味が絡まる。少しソースが濃いと思ったが、この相棒の為だったのか。
早く己の口を次のメンチカツで満たそうと、ナイフとフォークを動かそうとするが、ここで待ったがかかる。
「リズ王女、少し落ち着いて。よく噛んで食べて下さい」
「だって、美味し過ぎるのだもの」
リズのその言葉に誠一は心底嬉しそうな顔をする。
「ありがとうございます。でも、よく噛むことは痩せることに繋がるので大事ですよ」
その言葉にリズは驚愕する。
なんでも多くの回数噛むことで満腹感が増すらしい。
あと、美容にもよいのだとか。
「まあ、急ぐと喉に詰まらす可能性もあるからなんですが。取り合えず25から30回噛むように意識してください」
リズはその言葉に従い、噛むことを意識しながら食べる。
「リズ王女、食べながらで良いので耳を傾けて下さい」
誠一がそう言うので、しばし意識を向ける。
「もし、どうしても、お菓子やパンを食べたくなったら気にせず言って下さい。用意しますので」
と言っても毎日は無理ですよ、と付け足す。
その誠一の言葉にメンチカツを黙々と食べているリズ王女に代わってガスパーが疑問を投げる。
「それダメなんじゃないですか。パンとか食べたら普通の食事になってしまうのでは?」
「大丈夫。糖質制限用のがあるので」
そう言って誠一は1つのパンを取り出した。
「このパンはグルテンフリーと言いまして、簡単に説明すると糖質制限されたパンです。豆を挽いて作った粉からできています」
「なるほど、麦の代用品ってことですか」
「そうです。そのメンチカツの衣も本来はパン粉を付けて揚げるのですが、今回は豆腐から作った油揚げというものから出来ています」
薄切りした木綿豆腐から生地を作り、複数回揚げることで油揚げは出来る。
この油揚げの中に牛挽き肉とキャベツ、塩胡椒、ナツメグを入れて混ぜたタネを入れフライパンで焼きメンチカツの完成。
誠一の説明が終わるのと同時にメンチカツを食べ終えたリズがナイフとフォークを置いた。
「ふぅ、ご馳走さま」
「お粗末さまです、リズ王女。ところで、リズ王女はこの後もずっと仕事ですか」
「その予定だけど?」
「時間がありましたら、15分か30分ほど散歩に行って下さい。これはどちらかと言えば痩せることよりも、ストレス解消を目的とします。脳の老化防止にもいいんですよ」
ダイエットに成功しても、過度なストレスが貯まってしまっては元も子もない。
それに、この散歩の提案には別の理由もある。
今後、運動もダイエットプランに取り組むつもりの為、そのとっかかりである。
いきなり「毎日走れ」と言うのではなく、まずは外に出る面倒臭さを解消しつつ運動へと移行しやすくするつもりだ。
また、パンなど糖質を多く含む物をどうしても我慢できない時に俺はいっそ食べてしまった方が良いと考える。
しかし、1週間か2週間に1度など、「食べ過ぎず」に「ときどき」にだ。
パンには大豆粉、デザートはベイクドチーズケーキなど糖質の少ないチーズでほぼ構成されるものを提供する。
「料理人として、全力で要望に御応えしますので。何でもお申し付けください」
「ふふ、ありがとう。夜食も期待しているわ」
「頑張ります」
誠一は恭しく胸に手を当て一礼し、退出した。