16、アーチを描いて
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あの後も、なんとか死守しようとしたが、敢えなくスープは食われ続け、最後に俺の手元に残ったのは空になった壺と行き場のない虚しさだけであった。人知れず涙を流したが、いつまでも落ち込む訳にはいかない。それだけ人を虜にする料理が作れたのだと思い直すことにした。
そして今現在、腹を満たして正気に戻ったのか気まずそうな顔をしているリズ王女と向かい合って事情を聞いているところだ。。
「で、何があったのですか」
俺は短刀直入に聞いた。
その俺の質問に対して、リズ王女は
「…………言いたくないわ」
口を硬く閉ざしたままであった。さっきからこの調子である。
そもそも王様から俺への依頼は「リズ王女を部屋から引きずり出す」ということだけで、理由を聞かないでも別に良いのだ。だが、ここまでやって途中で投げ出すのもなんかなぁ、と思い現状に至る。これが本人にとって大きなお世話だとしても、止める気はない。乗り掛かった船だ。
…………まあ、単に理由を知りたい、なんて下世話な気持ちも少し働いてる訳だが。
俺は再度に渡って頭を下げる。
「そこを何とかお願いしますよ、リズ王女」
「…………はあ、わかったわ。ただし、条件付きでね」
「条件、ですか?」
何だろうか。リズ王女の目というか、雰囲気が変化した気がした。
「どんなにお父様が気に入っていると言っても、貴方は部外者。もしかしたら、この話が洩れ、国にとって何かしらの弱点になるかもしれない」
「そ、そんなに大層な理由なのですか?」
「いいえ、全くもって下らない理由よ。万が一にもお父様に影響は及ばさないわ。でも、逆に考えれば『万が一』には起こるかもしれない。それが怖いの」
「………………」
つまり、遠回しに「貴方が信用できない」と。そう言われてしまった。
なるほど。
今更だが、目の前にいる子は、ただの太った子などではないのだ。この国の頂点、国王の娘なのだ。
何かが違う、感じたままに言えば、格が違う、ってやつだろう。
例え、どんなに姫様なのにファンタジー常識を破るほどのデブだとしても、例え、どんなに「中二病、乙!」と言いたくなるほどの過去を抱えてても。
目の前にいるのは、王女なのだ。
「何故かしら。誉められてるようで、底はかとなく馬鹿にされてる気がするわ。…………まあ、良いわ。今から理由を紙に書いてガスパーに渡すわ。私は一切口にしないから、そのガスパーから聞いて察しなさい。ほら、ガスパー。受け取りなさい」
リズ王女はさらさらと流れるように素早く紙に記入すると、ガスパーを呼びつける。
ガスパーはそれに対して嫌な顔をせず応じる。
まるで執事みたいだ。てか、れっきとした執事だった。いつものちゃらんぽらんを見ているせいで、すっかり忘れていた。
そして、手の届くところまで近づいてきたガスパーにリズ王女はメモを渡そうと手を伸ばし、
「────うらあッ!死ねやあああッ!」
と同時に、ペンの先端をガスパーの顔面目指して突き出した。
慌てて避けるガスパー。
「うわぉッ!?何するんですかリズ様!ついに頭の中まで脂肪で埋まりましたか!」
なんとか背中を反らして避けたガスパー。
背中が見事なアーチを描いている。
リズ王女の方を見れば、明らかに目に怒りが込められていた。それはもうみっしりと。
リズ王女がここまでガスパーに殺意を抱く理由は、
「さっきはよくも部屋から出れないことを良いことに、昔のことをベラベラと言い振らしてくれたわね!」
……ああ、やっぱりそれだったのね。
なんて、突然のこと過ぎて呆然としていたが、改めてヤバい状況であることを理解し、慌ててリズ王女にストップをかける。
「ちょ、ちょっとリズ王女落ち着いて!さっき言ってたこと思い出して!こっちの方が陛下の弱点になりますよ、絶対に!」
「国の弱みなんかより、コイツを殺す方が先決よ!」
「『なんか』って言った!国の弱みを『なんか』って言っちゃったよ、この王女様!」
「まだ怒ってたんですか!?そんな2話も前のことなんて、誰も覚えてないでしょ!」
「ガスパーはメタ発言すんな!」
もしかして、さっきまでのリズ王女の言葉、全てガスパーへの攻撃するための嘘だったのか!?
返せ!俺の純情な気持ちを返せ!
あと、ガスパーは問題発言すんな!いろいろと面倒くさくなるだろ!
ガスパーとリズ王女の二人は止まるどころか、さらに激しくなっていく。おれがどうすべきかと悩み始めた時、ある人物が音もなく動いた。
「あぁん!王女だからって舐めて、ってうおぉぉぉ?!急に何ですかメイド長?」
そう。クロス王国に遣えるメイドの長、スーさんであった。
スーさんはガスパーの首根っこ掴み上げて、攻撃をしかけようとするリズ王女を牽制していた。
スーさんは、落ち着いた声でガスパーに話しかけた。
「ガスパー。貴方は今は取り合えずリズ王女が落ち着くまで、どこかに行ってなさい」
「え……はい。それは分かったんですが、あの降ろしてくれませんか。自分で移動するんで」
「事態は一刻を争いますので」
そう言ってスーさんは動きだした。
部屋の扉…………ではなく、窓の方へと。
「あれ、メイド長?出口はあっちですよ。そっちは窓で……」
「せいっ」
ポーイ
「いや、何してんの!ここ六階だぞおあああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ………………」
スーさんが振りかぶったかと思うと、ガスパーを窓の外へと投げた。
放物線を描いて落ちるガスパーと、その光景を見ている面々。
ガスパーのツッコミがドップラー効果で聞こえた。
そのガスパーの声が聞こえなくなってから数秒すると、スーさんはまるで何もなかったかのような顔をしてこちらを振り返った。
「一件落着です。では、話を続行しましょう。リズ様、セーイチ様、どうぞ」
「ああ、これはどうもありがとうございます…………ってなるかッ!!大丈夫か、ガスパー!」
急いで窓に寄って名前を叫ぶが、返事がない。
「大丈夫ですよ。あれぐらいで死ぬ程やわな教育はしてません」
「いや、でも!」
「ふむ。そこまで言うのでしたら、しょうがありませんね。ターナ、一応死んでないか、見てきて下さい」
「い、イエス、マム!」
ターナさんはスーさんの言葉に少しの怯えが見えながらも大きな声で勢い良く返事をし、駆け足で部屋を出ていった。
なんか、メイドと言うより軍隊みたいだ。
部屋に残ったのはリズ王女とスーさん。そして、ベルナンさんと俺&アンちゃんとなった。
「スー、ありがとう。さて、やっと話を始められるわね」
すると、リズ王女はさっきまで怒り狂ってたとは思えないほど、椅子に腰を下ろしながら落ち着いた声で話を切り出してきた。
さっきまでのが、まるで嘘のように。
「……まさかですけど、今の今までガスパーとターナを部屋から退出するための演技だったんですか」
「さあ、どうかしらね。あ、ガスパーへの殺意は本物だから」
どれが本当のリズ王女なのか分からないな。やはり、この人は王女なんだな。
そして、やっぱり殺意はマジだったんだな。
「てか、聞いていいんですか」
「ん?ああ、別に大丈夫よ。ほんとーにどうしようもなく下らない理由だし。ベルナンは既に知ってるだろうし、アンちゃんは問題なし、セーイチも口は固そうだし……むしろ居た方が役に立つかもだしね」
「?でも、それならなんでガスパーとターナさんが居ても良かったんじゃ?」
「だって、あの二人絶対ここで話したこと他のメイドとかに漏らすもの」
………………おい。初対面に近い俺らより信用がなくて、執事・メイドとして大丈夫なのか。
さっきまでいた二人に呆れ果てている俺に、リズ王女を話を始める。
「本来、理由を話すのが先でしょうが、私から貴方たちに質問をさせてもらうわ。………………私って太ってるわよね」
「…………ベルナンさん、人ひとり映せる大きな鏡って近くで売ってますかね?」
「いや、その前に医者に見せた方が良いんじゃないかの。心か眼のどっちかの」
「職権乱用で処刑するわよ、そこのアホ二人。……まあ、つまりは今のが私からの質問で、そして私の理由よ」
「はい?」
「だから、この体型が、部屋に閉じ籠ってた理由よ」




