AnotherStory バビオンの変わらぬ暮れ
とある賑やかな酒場。
ギルドでの一仕事を終えた者達が酒を飲み、疲弊した体を癒す。
その中に紛れて、1人の男がカウンターで酒を飲んでいる。
その男は疲れた顔をしており、辛気臭いせいか他の客は男から離れている。
しかし、そんな男に声を掛ける者がいた。
「よお。待たせたか」
「すまんな。先に飲ませて貰ってるよ」
もう一人の男は気軽に挨拶をし、隣に座る。
取り敢えず目の前にいるマスターに酒を頼み、口を開く。
「どうだい最近調子は」
「変わらないよ。パウルこそどうなんだよ」
「こっちも変わらない1日だったよ。残念なことに、な」
「そうか。そいつは残念だ」
「「はあ…………」」
遅れてきた男はどうやらパウルと言う名前らしい。
2人は深い深い、それはもう深い溜め息を吐いた。
すると、目の前に頼んでいたお酒と、何故か料理が乗った皿が置かれた。
2人が顔を上げると酒場のマスターが立っており、
「俺の奢りだ。これでも食って元気でも出せ」
その一言だけ告げて、マスターは厨房に戻っていった。
「ありがとう、オヤジ」
「ほんと、ここは俺らの憩いの場だよ。で、何だろうか、これは?」
マスターの心意気に感謝をし、持ってきてくれた料理に目を向ける二人。
皿の上には一口サイズほどの茶色の物体。それと一緒に輪切りされたレモンが添えられている。
何の料理か分からず二人揃って訝しげに見ていたが、パウルがふと思い出した。
「ああ、そうだ。確か、これは揚げ物だ」
「アゲモノ?」
「ほら。お前も知ってるだろ。あの特A級危険人物にカテゴライズされてるレヌスの宿に泊まっている物好きな奴。確か……セーイチと言ったか」
その名を聞いた瞬間に男は、うげっと苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ん?どうした、マッシュ」
「いやな。そいつ、前に会った。てか、連行した」
「そ、そいつは、なんとも…………やはり、あのロリコンの仲間という訳だ」
「飯の時にまでアイツらの話は止めてくれ。いつも追っかけてるんだからな」
マッシュと呼ばれた男はため息を吐き、酒を一気に飲み干す。
「何なんだよ、マジであの変態達。毎度のように奇行を繰り返して。それでいて無駄に強いし、手に負えねえよ。アイツらのせいで索敵能力と捕縛術が上手くなってるしよぉ」
マッシュの口からダムの放水の如く愚痴が流れ出す。
そんなマッシュをパウルが宥める。
「まあまあ、そう気を落とすな。あの変態共のおかげで町の犯罪数が減ってるし。……後処理を全てこっちに投げられたがな」
「その減った分、その変態達が問題起こすんだろ」
「そ、それに、このセーイチって奴は評判が良いんだぞ。人気のない町の清掃クエストを自分から受けに行くし、腕っぷしも強い。ギルマスの相手をしてくれるしな。最近じゃ、料理教室を開いてるらしい」
「はぁ~ん。てことは、ここのオヤジもそこで習って、その成果がこれってわけか。あむ、もぐもぐ……旨ッ!旨いぞ、これ!」
「そんなにか?どれどれ……おお!外はカリッとしてて、中からジューシーな鶏肉が。この塩加減が酒に合うな」
美味しい料理を食べ、二人は笑顔になっていた。
「とにかく、今日くらいは飲んで忘れてしまおう!」
「そうだな。オシッ!今日は飲むぞー!」
『きゃあああぁ!いつもの変態が出たわー!』
『下着泥棒!!』
『追え!逃がすなあああ!』
『先輩!混乱に乗じてギルマスがまた逃げました!』
『何が「疲れました。探さないで下さい」だ!!まだ事務仕事始めて30分も経ってないだろ!』
『ブーケ!しっかり見張ってろって言っただろ!』
『すみませえええん!』
外から響く騒ぎに、一気に二人の顔が苦虫を噛み潰したようなものになった。
今日は久しぶりの休日。
いつもなら追いかけ捕まえる義務があるが、今の二人は見て見ぬフリをしてもいいのだ。
だが―――――――――――――
「……行くか。オヤジ、お代はここに置いとくから」
「ったく、休日くらいゆっくりさせてくれないのかね」
二人は酒が注がれたコップを空にして、立ち上がる。
そんな心底嫌そうに出口に向かう二人の背に酒場のオヤジが言葉を投げる。
「まったく。もっと器用に生きれば良いのによお」
「おい!これしきの事態で慌てるんじゃねえ!それでもお前ら衛兵か!こんなに五月蝿きゃ捕まえるに捕まえられないぞ」
「マ、マッシュ総隊長!今日は休日では」
「ああ、そうだったよ畜生。だけどな、俺にだって、この町の衛兵として平和を守るっていうチッポケなプライドがあるんだよ。オラ、ぼさっとしてねえで三人一班で組んで警備につけ!下着泥棒を見つけ次第、警笛を鳴らして知らせろ」
「「「「「はいッ!」」」」」
「ダメだ!見つけてもスグに逃げられちまう。どうすれば…………」
「諦めるな。捕縛は私がする」
「副ギルドマスター!何故ここに」
「こっちが良い気分でお酒を飲んでいたらギルマスが逃げたと言うではないですか。それで急いで来た次第ですよ」
「すみません。自分達の力が及ばず」
「気にしないで下さい。何時もの事なのでもう慣れっこですよ。それに、あの馬鹿を捕まえられるのは私しか居ないでしょ。急いで捕まえますよ、皆さん」
「「「「「了解!」」」」」
今日のバビオンも又、いつもと変わらぬ喧騒に包まれた夜になるのであった。