10、 宣言
~祭り前夜~
あっという間に時間は去り、祭り開催も明日へと迫る。
都市の夜は、いつにも増して騒がしい。
街道からは未だに金槌の叩く音が響き、待ち切れないのか明かりの点いた家々からは子供たちの元気な声が漏れてきている。
そんな賑やかな夜に、俺はアンちゃんと一緒に魔法で作った異空間にいた。
俺は食材を、アンちゃんには鍋などの調理器具を手分けして、準備に不備がないか確認をしていた。
「よし、食材はOKと」
誠一は片手でスマホを操作し、異次元ポケットに収納されている食材を確認した。
確認作業は楽だったのだが、いかんせん用意した食材が多く、時間がかかった。
食材が多いのは、露店で三つの技法をそれぞれ使った簡単な三つの料理を出そうと思っているからだ。
ちなみに、祭に使う食材は出来る限り、軍資金を駆使し節約して手に入れた。
近隣の村の人から畑を荒らすワイルドボア(巨大な牙が生えた黒い猪のようなモンスター)の駆除の依頼で、豚肉を確保。
トマトソースに使ったトマトは仲良くなった農家の方から、見てくれが悪く卸せないものを譲ってもらった。
また、レヌスさんが他に必要な食材を良く仕入れている、たしかビル商会と言ったか、その商会に話をつけてもらい、大量に購入する代わりに通常よりも安値で取引した。
本当に、感謝が絶えない。
とりあえずは食材の不足は見当たらず誠一が安心していると、調理器具を点検していたアンが声をかけてきた。
「お兄ちゃん。ここにある鍋、半分壊れてるよ」
「え、マジで!?」
祭で使用する調理器具は誠一が森羅万生で一から全て作った。
何故なら、今回、祭に使う調理器はバビオンには存在しないからである。
誠一は慌てて近づくと、アンは両方に取っ手の付いた鍋の底を見せてきた。
「ほら、底にいくつも小さな穴が開いてる。これじゃ、中が抜けちゃうよ」
「なんだ、それの事か。大丈夫、その調理器具はそれで正しいんだ」
「これで?」
誠一の言葉に、首をかしげ困惑するアン。
「まあ、明日のお楽しみという事で」
その顔を見て、誠一は微笑むのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
午前六時、ギルド前の大通りには、ずらりと露店が建ち並び、人も集まり既に活気付いていた。
人々は簡易的な看板を立て掛け、せっせと商品の準備をしている。
自分と同じ飲食だけではなく、アクセサリーや服、はたまた剣などの武器を並べているのが見える。
中には見慣れない服装の人も混じっているが、あれが聖都から来た商人だろうか。
その光景に見ていた誠一に、一緒に露店の準備をしていたレヌスが声をかけた。
「セーイチ、珍しいのは分かるけど、見てないで手を動かしなさい」
「す、すみません。しかし、まだ始まってないのに凄い熱気ですね」
「こんなので驚いてたら、もたないわよ。昼なんか今の何倍にもなるんだから」
現在、レヌスさんと協力して、簡易的な竈・石窯(誠一お手製)などの機材の設置をしていた。
露店の範囲も広いので、機材を置いてもスペースがある。
「しかし、一人で大丈夫なの?ただでさえ忙しいのに、三つも出すんでしょ」
「こういう事は慣れているので心配しないで下さい。それに、料理自体は熱を通せば出せる所まで調理はしてあるので、手間はあまりかかりません」
「私も用が無ければ、手伝ったんだけどね」
「こんな良い場所を取って頂いただけで、もう充分有りがたいですよ」
「そう言ってくれるど頑張った甲斐があるわ。ところで、アンちゃんはどうするの?」
「それなら、俺に忠実な子に同伴を頼んであります」
~祭開始十分前~
「セーイチ様。ブーケ、ただいま参上しました!」
誠一の前に、ギルドの係員ブーケが敬礼して立っていた。
ギルドを訪れる度にちょくちょく差し入れをしていた事で、今ではこんなに手懐け・・・もとい親しくなった。
「祭の間、アンちゃんに付き添って下さい」
「了解です!・・・ところで」
「新作のお菓子に、プリン三個とフレンチトーストのベリーソースがけ三つ・・・だろ。ついでに、祭のお駄賃で銅貨五枚をつけるよ」
「ありがとうございます!この身に代えてもアンちゃんは護り抜きます」
「よろしく頼みます。アンちゃん、渡した銅貨五枚無駄遣いしないように楽しんできな」
「うん!ありがとう、お兄ちゃん!」
笑顔で手を振るアンちゃんがブーケと手を繋ぎ、露店から離れて行った。
手を振り替えしながら同伴者がいても少し心配だなと思っていると、突如、大音量の声が街に響いた。
『えー、テステス・・・おっほん、突然の騒音失礼した。ワシ・・・私はギルドマスターのベルナンと申す』
いきなりの声に驚いたが、レヌスさんが言っていた事を思い出した。
魔導式拡声器。
簡単に言えば、マイクの魔法バージョンみたいな物だ。
滅多な事では使わないそうだ。
てかベルナンさん、あんな事言っていたが、しっかり働いているんだな。
『これより、祭開催の言葉をバビオンの領主バースから頂く』
『どうも、紹介に預かったバースだ』
ベルナンさんに代わり、別の男の声が響く。
領主様か、そういや未だに観たこと無いな。
『本来なら畏まった言葉を並べるべきなんだろうが、ぶっちゃけ面倒くさい』
『ちょ、ちょっと領主様!?』
お着きの人だろうか、第三者の声が慌てて制止に入るが、領主バースは止まらない。
『だから、手短に・・・これより祭を開始する!全員、呑んで、喰って、買って、売って、騒いで、大いに楽しみ尽くせ!』
「「「「「オオオオオオオオオ!」」」」」
ノリの良い領主の無骨な言葉に、バビオンは歓声が轟いた。
『オオオオオオオオオオ!』
『ギルドマスターも乗らないで下さい!あんた、本来は止める立場だろうが!』
『ガハハハハハハハハハ』
こうして神に捧ぐ祭の幕が派手に上がったのだった。