9、ワクワク
そこは、広大な空間であった。
所々にびっしりと独特の匂いを放つ壺が並べられている。
その混雑した空間の隅に一人。
「・・・・・・・・・・・・・・・」
白の衣を身に纏った男が、火をかけた鍋を一心不乱に無言でかき混ぜていた。
その光景は、儀式をする魔法使いの老婆を彷彿とさせる。
しばらくすると、動かし続けていた手が止まった。
男は容器を満たしていた紅の塊を握り潰し、鍋に注ぐ。
鍋の中は、マグマの如くグツグツと煮たっている。
不気味な雰囲気を漂わすこの男の正体は一体、誰な―――
「お兄ちゃん、何してるの」
「おお、アンちゃん。今、トマトソースを作ってるんだ」
・・・正体は皆さんの想像通り、料理大好き誠一であった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「祭ですか?」
「そう。二週間後に開催されるのよ」
バビオンを訪れ、早くも一ヶ月。
危険な依頼(自分にとっては全く身の危険は無かったが)を受け、軍資金も貯まり己の夢へと着実に進んでいる。
ベルナンさんとの特訓にも慣れ、最近ではベルナンさんの能力にも対応できるようになり、組手で勝ち星を取れ始めた。(力は1ホブスに手加減してである)
まあ、その事が面白くなかったのか、ベルナンさんがムキになって本気出してきたのだが。
いい歳した爺さんが、頬を膨らませてへそ曲げるって、子供かよ、あの人。
今日も一通り終わり、『小人の楽園』で食事を取っていると、レヌスさんが気になる事を口から洩らした。
「元々は神様への小さな奉納祭だったんだけど、今じゃ他の地から足を運ぶほど結構大きな祭りになって三日間続くのよ。しかも、今年は祭の最終日、こんな辺境の都市にクロス王国の王様まで来るんだから」
「王様ですか」
ガルテアの三つの大陸の内の一つ、人類大陸。
その人類大陸は四つの王国に分かれ、それぞれが統治している。
そして、誠一たちがいるバビオンはクロス王国に属している。
そのクロス王国の王様が来るのだ、滅多にない事だろう。
王様か、初めて見るな、どんな感じだろうか。
日本の天皇みたいな感じか。
未知の王族のイメージをしていると、レヌスさんがある提案をしてきた。
「それでね、セーイチ。あなた、その祭で露店出さない?」
「俺がですか?」
「そうよ。露店でさまざまな料理売れば、セーイチの目的に一歩近づけると思うのだけど」
「なるほど・・・!」
確かに、ただでさえ大きな祭なのに、王族の人が訪れるのだから、当日は大勢の人々に都市が充たされるだろう。
料理を披露し知ってもらうのには、好都合な状況だ。
誠一はすぐさま答えを返した。
「やります、是非やらせて下さい!」
「分かったわ。絶対そう言うと思って、既に場所は取ってあるわ」
レヌスは誠一の予想していた応えを聞き、頷く。
だが、誠一は付け加えてレヌスに言った。
「でも、祭の時にアンちゃん連れていくのはダメですよ。色々な意味で危ないですから」
「・・・チッ」
隙あらば、アンちゃんを狙う変態。
自分の思惑が誠一にバレ、舌打ちをするのだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
レヌスさんから祭について聞かされた後、俺はギルドマスター室を訪れていた。
祭の期間中は特訓を免除してもらうため、ベルナンさんに断りをいれに来たのだ。
「――――という訳で、良いですか?」
「別によいぞ。というか、ワシもその日忙しくての。セーイチに断りを明日言うつもりじゃったし」
「そうなんですか?」
「ああ。祭には、よそから大道芸の一団や商人が来るんじゃ」
「なるほど、護衛などの仕事ですか」
「いや、買い食いしたり大道芸見たり、全力で祭を楽しむからじゃ」
「働けよ!あんた、ギルマスだろ!」
「だってだって、聖都の最新の玩具が売られるし、流行の劇があって楽しみなんじゃもん」
「じゃもん、じゃねえよ!!良い歳した爺さんが駄々こねるな!」
久々のツッコミで疲れたセーイチ。
取り敢えずはベルナンの許可も取れたので帰ることにした。
宿までの帰り道、俺は露店で出すメニューを考えていた。
(簡単でシンプルな料理の方がいいな)
今回の第一の目的は調理の技法を学んで貰うことだ。
簡単であれば、真似やすいだろう。
(祭ならば、買ってすぐに食べれるものが適しているか・・・)
先程、ベルナンさんが劇などの催しがあると言っていた。
手に持って食べるなどが有るかもしれない。
料理についてしばし黙考していた誠一の顔が不意にほころぶ。
「さ~て、楽しくなってきたぞ」
誠一は刻一刻と近づいてくる祭に心が弾み、料理の仕込みの為に宿へと急ぐのだった。
短くて、すみません。
これからも頑張ります!




