4、強者
「・・・て、ちょっと待てい!」
危ねえ、そのまま雰囲気に流されて衛兵に連れて行かれるところだった。
このままじゃ、留置所から一歩も進めねえじゃねえか。
「何だ?」
「俺は正当防衛しただけだ。あっちが先に仕掛けたんだよ!」
「受付の君、この男が言っている事は本当か?」
衛兵が受付のお姉さんに聞いた。
受付のお姉さんは突然の質問に驚きながらも答えた。
「え?あ、はい、その通りです!」
「なるほど」
良し!これで行かずに済む。
受付嬢の発言に安堵した誠一。
「ただ、挑発をしていました」
「・・・なるほど」
「オイッー!?」
しかし、受付嬢は誠一にとって余計な事も言った。
そこは空気を読んで、黙っててくれよ!
うわ、衛兵さんの俺を見る目が完璧に犯罪者を見る目になった。
どうしよう、どうすれば良い!?
・・・最悪、頭に衝撃を与えて衛兵の記憶を飛ばすか。
「それくらいにしといてやってくれないか」
その時であった。
不意に二階から老いた、しかし良く通る声が響き、その場にいた全ての人が反応した。
全員の視線を独り占めしたのは、一人の老人であった。
小柄で線が細く、どこか悪戯好きの子供を想わせる顔をしている。
老人が階段を下りて来るのを見て、受付嬢が驚愕した。
「ギ、ギルドマスター!」
ギルドマスター!?あの小さな老人が!
俺が軽く殴っただけで折れそうな小さな体だぞ。
衛兵の男性は大物の登場に慌てながらも、老人に弁解しようとした。
「し、しかし・・・」
「ワシも見とっての。小僧が挑発していたのは事実じゃが、今回は外で伸びている奴らが全面的に悪い」
何故だか知らないが、老人は俺を庇ってくれている。
ギルドマスターは笑顔で衛兵にウインクをし、頼み込んだ。
「ここはワシに免じて、目を瞑ってくれないかね」
「・・・分かりました。今回だけですよ」
「ああ、それと外にいる奴らは、ブタ箱にぶち込んどいてくれ。罪状は殺人未遂での」
衛兵は俺を見ながら渋々と、ギルドを去って行った。
俺は何とか二度目の留置場行きを回避したのだった。
ホッとしていると、ギルドマスターが声を発した。
「おい、そこの小僧」
小僧って俺の事か?
一応、俺の精神年齢はジジイだから、違和感を感じるな。
そんな事より、このギルドマスターのおかげで助かったのだ、感謝をしなければ。
「先ほどは助けていただき、ありがとうございました」
「おう、若い奴には珍しいシッカリした小僧じゃの」
ホッホッホッと朗らかに笑う。
俺は不意にホブスさんから手紙を頼まれていたのを思い出した。
「すいません、え~と・・・ベルナンさん?」
「ほ、どうしてワシの名を?誰かに教えてもらったのか」
「ええ、ホブスさんから聞かされました」
「ホブスじゃと!?」
誠一の口からホブスの名が出た瞬間、ベルナンの顔から笑顔が消え、驚愕に染まった。
ホブスさん、『俺は顔が広かった』と言っていたが、一体何をしたんだ。
ギルドマスター、固まってしまったぞ。
心配になっていると、ギルドマスターであるベルナンさんが復活し喋りだした。
「・・・これまた懐かしい名じゃの」
「あの、どういった関係だったんですか」
「な~に、ワシがまだ若かった頃、少しの」
何があったのか気になる。
詳しく聞こうとしたが、一人のギルドメンバーが口を挿んできた。
「あの、失礼とは承知ですがギルドマスター」
「何じゃ」
「まさか、先ほどから口にしている『ホブス』とは・・・」
「お主の想像通り『斧鉞の狼』のことじゃよ」
ベルナンさんが『斧鉞の狼』と言葉が出た瞬間、ギルド内が騒然となった。
突然の事に俺は訳が分からず、ベルナンさんに聞いた。
「あの、これは一体?」
「ん?ホブスから聞いてないのか。アイツは元Sランクで、『斧鉞の狼』と畏れられ有名なのじゃよ」
「マジですか!?」
俺は隣にいたアンちゃんに顔を向け知っていたか確認するが、アンちゃんは顔をブンブンと横に振り否定した。
通りで強いわけだ。
ホブスさんの過去を知り驚愕していると、ベルナンさんはアンちゃんに気付いた。
「もしかして、この子供は」
「ホブスさんの娘のアンちゃんですよ」
「こ、こんにちは」
アンちゃんは緊張しているのか、震えた声で挨拶をした。
「おお、こんにちは。可愛らしいのう、この子にあのバカ面のホブスの血が半分流れているとは到底思えんの」
「ベルナンさん、ホブスさんにサラッと毒吐きますね。何かあったんですか」
ホブスさん、昔はやんちゃしてそうだしな・・・イメージだけど。
長話を興じてしまったが、俺は本題を思い出した。
「あの、ホブスさんから手紙預かってきたんですが」
「む、アイツが手紙か。今日は槍が降るのかの」
誠一は懐から取りだした手紙をベルナンに渡す。
ベルナンは予想外のプレゼントに驚きつつ、冗談を交えながら手紙を読む。
途中ベルナンが目を一瞬細めたが、すぐに戻った。
誠一はその事に気付かない。
読み終わったのか手紙をしまうと、誠一に話しかけた。
「久しぶりに、ホブスの様子が聞きたいから、用事が終わったらワシの所に来なさい」
「え、あ、分かりました」
そう言い残し、ベルナンは階段を登って行った。
「・・・という訳で、遅くなったが登録頼むわ」
ベルナンさんにも呼ばれている事だし、さっさと登録を済まさなければ。
俺はそう思い、受付の子に話しかけた。
しかし、何で受付の子は疲れた顔をしているんだ?何かあったのだろうか?
受付の子は誠一から声をかけられ、しばし沈黙していたが、本来の仕事を果たすために対応する。
「凄い事があったのに、混乱しないのですね」
「もう慣れた。そういえば、名前聞いてなかったな」
「慣れるっておかしいでしょ・・・私はブーケと言います」
「俺は誠一だ。ところで、登録には何が必要なんだ」
「はい、え~と銅貨十枚と身分証ですね」
「高いのか、安いのか良く分からないな」
ガルテアでは鉄貨、銅貨、銀貨、金貨と四種類ある。
鉄貨は日本で言うところの百円で、銅貨は千円、銀貨は十万円、金貨は一千万円となっている。
銅貨十枚。つまりは一万円ほどだ。
「安いですよ。ただし、再発行には銀貨一枚と高くなりますので、気をつけて下さい。ではまず、身分証を提出してください。持ってますよね」
「ああ、たぶん」
「何故、曖昧なんですか」
言い淀む俺にブーケは疑いの目を向けて来る。
俺は不安になりながら、カードを取り出した。
最初にスマホと一緒にズボンのポッケに入っていた銀のカードだ。
「なんだ、持ってるじゃないですか」
このカードはホブス夫妻にも確認をとり、身分証だと判明した。
だが、本当に使えるかは確認できず分からなかった。
なにしろ残念神が作ったものだ、またミスがあるかもしれない。
誠一の不安など知らず、ブーケはカードを受け取り、水晶にかざす。
「え~、セイイチ・サワベさん、二十歳・・・と。確認しました」
「良かった(ボソッ)」
その言葉を聞き、誠一は息を吐き安心した。
その後はブーケに簡単な質問や使う武器を聞かれ、登録の作業が進んでいった。
「では、最後にこの水晶に触れて下さい・・・はい、登録は終了です。これでセーイチ様は今日からギルドメンバーです。それと、こちらがギルドカードです」
「やっと終わった・・・」
登録は意外に律義で、一時間ほどかかった。
ブーケさんからギルドカードを受け取ったので、今日はもう帰りたいが、ベルナンさんに呼ばれている。
「ブーケさん、ギルドの二階は勝手に上がっていいのか?」
「はい、大丈夫ですよ」
「色々、ありがとね。・・・そう言えば」
「何ですか?」
「最初はあんなにオドオドしていたのに、今は落ち着いているね」
「何回も驚きすぎて、慣れてしまっただけです」
「・・・なんかゴメンなさい」
少しの罪悪感を感じながら、俺はアンちゃんを連れ、二階へと登って行った。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「遅くなりました」
「なに、部屋を片づけるのにちょうど良かったよ」
マスター室で、俺は高そうなソファーに座り、ベルナンさんと対面していた。
アンちゃんは疲れて隣で眠ってしまっている。
ベルナンさんはソファーに背を預け、話を切り出した。
「それで、セーイチ君。君は『勇者』なのじゃね」
「ブフッ!?」
いきなり爆弾を落とされて吹き出してしまった。
その俺の様子を見て、ベルナンさんは笑った。
「ホッホッホッ、手紙にそう書いてあったよ」
「そ、そうですか」
俺は表情を繕いながら、内心焦っていた。
ホブスさんはベルナンさんに教えてしまったが、大丈夫なのだろうか。
まだこの人は完全には信用をできない。
「大丈夫じゃよ。言いふらすつもりは無い」
誠一の心を見透かしたかのようにベルナンは声をかけた。
「ただ、小僧の慌てる顔を見たくて口に出しただけじゃ」
「おい!」
俺が突っ込むと、ホッホッホっと笑うベルナンさん。
本当にこの人はギルドマスターなのか。
まだ顔を会わせて一時間も経ってすらいない。
正直に言えば、この人を完全には信頼できない。
だが、ホブスさんも信用していることだし、とりあえずは信用することにした。
しかし、もし、もしも悪用するつもりなら、やりたくはないが力で脅すしか―――
「そう怖い顔をするな。それにワシを脅すのは無理じゃよ」
ベルナンはまたも誠一の心を読んだかのように、言葉を誠一に放った。
ベルナンは先ほどまでの子供のような無邪気な笑みではなく、不遜な笑みを浮かべていた。
ベルナンの虚を突いた言葉に誠一は動揺しつつも、問いかける。
「・・・一応聞きますが、何故です」
「ワシが強いからじゃ」
誠一の問いに、まるでそれが当然の如くベルナンは即答した。
「強くなければ、ギルドの長は務まらん」
自信に満ちた声。
しかし、俺は目の前にいる人物がとても自分の脅威に足りえるとは思えない。
もしかして、俺の力を甘く見ているのか。
だが、ベルナンは否定した。
「別にワシは小僧の力を勘違いしている訳では無い。単純な力比べじゃ当然ワシは負ける。じゃがの・・・」
「――――――――ッ!?」
不意に言葉を区切ったかと思うと、ベルナンはいきなり誠一に飛びかかった。
無意識に誠一はベルナンの突飛な行動に、反射的に拳が出ていた。
(やばい、手加減し損ねた!)
突然の事に力を抑えきれず、1ホブスの威力で放たれた拳。
それは途中で止められず、そのままベルナンの頬を穿ち、
気付けば、誠一は仰向けで床に倒れていた。
自分の身に何が起こったのか全く理解できず、茫然とした。
確かに、自分の拳は当たったはずだ。
だが、倒れているのは俺だ。
「い、一体何が・・・」
「言ったじゃろ」
視線を声がした方に向けると、
「ワシが強いから、無理じゃと」
ベルナンさんが天真爛漫な笑顔を浮かべ、俺に手を差し出していた。
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