8、 俺でなきゃ見逃しちゃうね
あの後、何とか薊を強制的に落ち着かせて事を得た。
被害としてはアンディーが気絶したぐらいなので、いつもの事だ。
ノーカンノーカン。
というか、失礼ながら今はアンディーには構ってられない。
遂にココと葉子さんが対面したのだ。
男子生徒からの熱い視線、そして、同性からの羨望の眼差しを、その美貌で受けながら葉子さんはゆったりとココ・クズノハに近づく。
彼女がココだと教えていない筈なのに、葉子さんは迷う事なく進んだ。
「……誠一よ。この子が葛ノ葉の姓を持つ子かの?」
「そうです。ココ、挨拶を」
「は、初めまして。ココ・クズノハです、いえ、ございます!」
さながら傾国の美女が突然自分に声を掛けた事に慌てるココ。
しかし、
「え……?」
そんなココを葉子さんは静かに抱きしめた。
腕の中で呆けてしまうココ。
その頭を優しく、慈しむように撫でる。
「綺麗な………綺麗な髪じゃな。良く手入れがされておる」
「えっと、あの……ありがとうございます?」
突然の事にどうして良いか困惑するココであったが、何故か自分の頭を撫でる綺麗な手が懐かしく感じ、心が暖まっていく。
「……すまぬな。お主と逢えたことに感激してしまい、つい。許してはくれぬか」
「いえ、そんな。あの……それでその。失礼ですが、貴女様は一体」
「そうであったな。自己紹介がまだであった。わっちは葉子。天照葉子。400もの長い年月を生きる半精半人であり、…………そして、ココ。其方とは、かつて遠い日に血を分けた血縁者じゃ」
「───え、えぇと……あの」
ココは葉子さんから告げられた言葉に戸惑いを見せる。
だが、戸惑うのも無理はない
……関係はしていると思ってはいたが、まさか血縁者とは。
しかし、ココが戸惑う顔を見せるのも珍しい。
ここは助け舟を出すかと思い、口を開こうとして、
「えーー!血縁者ってないないない!だって胸の大きさ全然違うじゃん!」
悟りを開いていたアホがただのアホに戻っていた。
◆
「目が覚めたら、『豊満』の体現者が居てビックリしたって言うのに、更に驚き!ココが血縁者?血縁者って血が繋がってるていうこと、俺知ってるよ!なのではい、異議あり!体格が遺伝されてないのはどういう事?遺伝ならゼロにならない筈の豊満成分がココの広大な平面には見当たらない、全滅!つまり、これらから導かれることは…………崇拝対象の豊満女神様、何かの間違いでは?」
「ファイヤーランス!」
「ぶげいシャッ!!」
◆
ココの放ったファイヤーランスを食らって強制的に沈黙させられたセシル。
しばし呆気に取られていた葉子さんはココへと質問をする。
「あー、ココよ……あれか?西洋の妖怪の類かの?」
「いえ、ただのバカで、覚えなくていい物です」
そう言いながらトドメを刺す為にコゲているセシルに近づくが、葉子さんの声に足を止める。
「……ふむ。だが、そのモノノケの言葉にも同意である。確かにわっちとココの関係性にて少しでも証拠が無くてはの」
……どうやら葉子さんの中でセシルは物怪認定されたようだ。
葉子さんはそう言ってココへと近づき、一枚の呪符を渡した。
その呪符は誠一が先程見せて貰った呪符とは異なり、荘厳なる装飾と格式ばった呪文が書かれていた。
その呪符を目にして、いち早く反応したのは巫女の薊。
「よ、葉子様!それは!?」
「…………?」
慌てふためく薊をよそに、葉子さんはココへとその呪符を渡す。
ココはそれをただ静かに受け取る。
「それに魔力を込め、『急急如律令』と唱えるのじゃ」
「こ、こうですか?────急急如律令」
ココは素直に従い祝詞を告げると、結果は一瞬だった。
『御用でしょうか我が主』
鬼だ。
一体の鬼が音もなくそこに現れた。
5メートルを優に超えるか。
一本の角が生え、その身体は硬い筋肉で覆われている。
その巨体の鬼が、ココへと膝をついて傅き、ココの命令を待っている。
ココは怒涛の展開について行けず、思わず固まる。
「これは……!?という事は本当に葉子様の血を引くお方!」
しかし、その光景に誰よりも驚いたのはココではなく、薊さん。
そして、鬼を真似るようにココの前へと跪く。
「ちょ、ちょっと、突然どうしたんですか!?頭を上げてください!」
『御意』
「いや、そっちのオーガに言ったんじゃなく!」
立ち上がった鬼へと的確なツッコミをしつつ、薊さんの行動にココは慌てる。
しかし、薊さんは従わずに頭を下げたまま。
「いえ、そのような事など!その式神を従わせたという事は、葉子様の血縁者に間違いなく。つまり、貴女様は葉子様の血を受け継ぎし、ひみ───!」
薊さんが述べつ幕無しに何かを言おうとしたが、その前に葉子さんが薊さんの後ろに移動していて、
「ていっ」
「こぉ!?」
薊さんは葉子さんから首へ扇子を叩き込まれ、気絶しパタリと倒れる。
……強制的に黙らされたが、結構ヤンチャな手を使うな葉子さん。
白眼をむいて倒れる薊さん横で、何も無かったかのようにココへと話しかける。
「さて。これで分かった事であるゆえ、式神を戻すとするかの。……茨木童子よ、戻れ」
『────御意』
葉子さんの言葉に、茨木童子と呼ばれた鬼は黙って従う。
その姿は嘘のように萎んでいき元の呪符へと戻り、葉子さんの手へと飛んでいき収まる。
「この呪符……式符と呼ぶのじゃが。これは特別性での。わっちの血が流れる者、そして適正者しか使えぬ呪符である」
「でも、私は……」
「先程のファイヤーランス、と言ったかの」
ココは何かを言おうとしたが、葉子さんが言葉を重ねる。
「あの術の行使……発動までが拙いものであったな。……あれは、わっちの血が色濃く流れているからであろうな」
「…………どういう事ですか?」
ココの問いに応えたのは葉子さんでも俺でもない。
「血統魔術ってのから解釈できる観点だな」
「ジョー、じゃなかった、ウォーレス。その、血統魔術ってのは?」
ジョージが話に介入する。
ついつい中に入っているジョージの名前で呼びそうになりながらも、俺は質問をして話を促す。
「適応進化というべきか。例えば、火魔法が得意な人間と火魔法が得意な人間を掛け合わせ、産まれた子供は比較的火魔法に長けている。そして、更に同じように続けていけばどうか?」
ジョージは授業のように後ろを振り返って、質問して生徒たちの反応を見る。
そして答えたのは貴族であるカレン。
「火属性の魔法が優秀になります。これは昔に良く見られた貴族の風習です。今でも残っていますけど」
「ああ、その通り。そして、この火魔法が得意な子供が使うであろう魔法は何か?……そう、勿論火魔法だ。火魔法特化方針のその子孫は生まれてくる度に火魔法を使い続けるだろう。すると、どうなるだろうか?」
「火魔法が誰よりも秀でて得意になるんだろ?」
身も蓋も無い言い方をすれば、食べ物の品種改良と同じだ。
例えば、コシヒカリのように。
あれは元から有る種ではなく、人間の手によって収量が多く食味に優れた品種と、病気に強いとされていた品種の掛け合わせで作られた。
「そう。たが、悲しきかな。何かを伸ばそうとすれば、必然的に何かが犠牲になるもの」
そこまでジョージが言うと、ココが口を開く。
「つまり、火属性の才が大きくなる程、他の属性魔法の才が無くなる、と。でも……それが私の体質と何の関係が?私の両親は普通の平民ですよ」
「そうだな。だが、これが1つの魔法属性如きのお話じゃなく、その魔法を発動する為の根幹、1つの魔法系統として見ればどうか?」
ジョージは魔法陣を出現させ、打ち合わせなどしていなかったにも関わらず応じるように話に耳を傾けていた葉子さんも魔法陣を織りなす。
1つは円環、1つは五芒星。
全く違う形の魔法陣。
「それこそ何百年とその地の魔法系統に慣れ、そして、更に祖先がその魔法系統に異常なほど特化していたとすれば。その血を受け継いできた子孫は、異国の地での魔法系統を使いこなす事が出来るか?」
ジョージは全員に問い掛けるが、誰も答えない。
しかし、それは不理解という意味ではない。
これを答えるのは、1人だ。
その1人が口を開き、回答を告げる。
「つまり、今まで私が魔法が上手に使えなかったのは、努力しても上達しなかったのは……この血のせい。そもそもが私が生まれた土地での魔法自体が私に合ってなかったから…………そういう事ですね」
その言葉は重く、重く吐き出され、己の中で深く理解する為の発言であった。
ココはそう口にしてから動かない。
うつむいており、その表情は伺い知りようがない。
……努力していた事が、根本から覆された訳だものな……。
ココ・クズノハは真面目で優等生だ。
魔法行使の授業では、クラスで最も熱心に取り組み、そして心底悔しそうな顔を何度か目にしてきた。
その様子に慰めるべきと考え、誠一行動に移そうとするが、それより先に動く者か。
「ココよ」
葉子さんだ。
葉子さんはゆっくりとした足取りでココへと近づき、優しく言葉をかける。
「ココ。其方は特にわっちの血が色濃く、先祖返りと言うべきか、そのせいで魔法に障害を来たしてしまった」
そして、俯いたままのココへと声をかけ、
「どうか、わっちを恨んでおくれ。それで少しでも気休めになるなら…………ココ?」
「──────」
葉子の耳が細く、しかして切れることの無い長い音を拾う。
ココだ。
ココが悲しみで俯いていたのではなく、ただただ目を瞑り深く、深く、深く……深呼吸をしていた。
やがて、その呼吸はピタリと止まると共に、ココが顔を上げる。
そこには、悲哀も後悔も一切無く、晴々としたものであった。
「葉子さん。確かに過去の努力に費やした時間は返ってきません。ですが、それが決して無駄になったとは思ってもいません」
その言葉は決して負け惜しみでも、見栄でも無い。
ココの心の淵からの言葉。
「私の努力の根幹にあったのは、完璧主義なんかの立派なものではありません。いつだって有ったのは、ただの負けず嫌いによる苛立ちです」
ココは真っ直ぐに葉子さんの顔を見る。
「そんな私が、もし魔法が使えていれば……私はそれで満足して、勉学に励まず怠けていた筈です。……それこそ私のような魔法が苦手な人達を蔑んでいたかもしれない。……そして、血の繋がった葉子さんとも会えることも無かった」
その言葉に迷いは無く、そして、ココは葉子へと頭を下げ懇願する。
「お願いがあります。私にこの国の魔法を、陰陽術を教えて下さい!」
……見当違いな心配だったか。
俺が思う以上に、ココは立派な生徒であるという事を再認識させられた。
葉子さんは自分へと下げられたココの頭を見て、ふっと肩の荷が下りたように笑みを溢す。
「流石はわっちの、葛ノ葉の名を継ぐものよの……。頭を上げんかココ。その願い、むしろわっちの方からお願いしたいくらいじゃよ」
葉子さんはココの頭を再び優しく撫でる。
その光景は、側から見て、言わずとも2人が同じ血を持つ者で有るのが感じ取れる姿であった。
◆
そんな良い感じな時に、黒こげのセシルが目を覚ましかける。
「……む、あれ?皆どうし────」
「せい」
「カペっ?!」
何かを言う前に、アビゲイルがセシルの首にスナップの効いた手刀の一撃入れてまた気絶させた。
2人以外それに気づいていたが、見なかった事にした。




