7、お茶三杯
「誠に申し訳御座いませんでした!!」
Wao,Japanese DOGEZA!……なんて変な驚き方してしまうぐらい、ゴンと轟音立てながら勢いの良い土下座である。
あの後、葉子さんの呪符を使って巫女さんを静めた後に説得の甲斐あり、何とか誤解が解けたようで。
聞けば、葉子さんは前回の襲撃と蛇使いの女の件については教えていたが、俺の事に関しては伝えていなかったらしい。
事前に説明だけでもしてくれれば良かったのに。
そうだよ。
それこそ詳しく『火の中から突然現れた涙男が蛇を素手でぶん殴ったら蛇灰になって、敵を良く分からん背後霊的存在が殴り倒して。膝抱えて泣いてたからオニギリあげたら消えた』って……。
……うん、意味不ですな。
最後の方なんか米あげたら消えたって、成仏でもしたみたいな感じだし。
米で成仏って。キョンシーかな俺は。
こんなん事情知らん人は、真顔で言った人の正気を疑う。
少し想像してみる。
もし、ベルナンさんがそんな事言ってたら、少なくとも俺は優しい顔で頭のお医者さんを紹介する。
下手すれば敵から洗脳か呪い、又は戦闘によるショックで錯乱してるのではと勘違いされかねない。
嘘じゃ無いからこそ厄介である。
事実は小説より奇なりってやつだな。
「わっちからも、すまなかった……虫の良い話ではあるが許してやってはくれぬか?」
葉子さんもコチラに手を着き、頭を下げる。
同じ土下座の筈なのに、こちらをお淑やかというか気品溢れる土下座だ。
この巫女さんの土下座も綺麗なのだが、日本刀みたいにビシッと鋭さを感じる土下座で、葉子さんの方は優雅というか雅びというか極上の糸で織られた絹って感じか。
などと脳内で土下座講評会を開催していると、巫女さんは葉子さんが頭を下げた事に酷く驚いた様子。
「よ、葉子様!頭をお上げ下さいませ!拙者の為に頭を下げるなど……この所業は全て拙者が原因、願わくば拙者の首1つで怒りをお納め下され!」
「わー!要らね要らね!要らないから切腹するな!」
覚悟を決めた顔をして脇差を取り出して腹開こうとするので、慌てて引き止める。
この子は何でこうもまあ思い切りが良すぎるんだよ!
切れ味全開。
……ていうか力、強っ!
先の戦闘でもそうだが、こんな細腕のどこに力を秘めてるんだ?
腕を掴んで何とか阻止していると、葉子さんは頭を上げ、ふぅとため息を吐き、巫女さんに待ったをかける。
「止めよ、薊」
「ほら、葉子さんもこう言ってますし。落ち着いて下さい。あ、そうだ!俺、お土産を持ってきたんですよ!」
この巫女さんは薊さんと言うのかと頭のメモにチェック入れつつ、何とか話をそらそうと話題作りにお土産を出す。
ここは糖分をとって、落ち着いて貰おう。
甘いものは良いぞ、心の栄養分だ。
葉子さんには米を食べさせて貰った恩があるし、陰陽術について聞きたいことがある。
又会った時用に、緑茶に合うよう丹精込めて作った菓子折りであり、
「はい、どうぞ!」
と言って、仕舞って置いたスマホの中から取り出す。
スッパーン。
その菓子折りは見事に真ん中から斬られていた。
……そういや、さっき薊さんに斬られてたの忘れてた……。
俺と葉子さんは無言で切られた菓子折りを見つめ、薊さんは思いつめたような表情で冷や汗を流す。
「「…………」」
「やっぱり切腹を!」
「わー!待て待て!」
又もや切腹を試みる薊。
そして、それを止める俺。
鎮火させようと注いだら、水じゃなく油だった気分だ。
今度は見兼ねた葉子さんが話をそらしに来た。
助け舟有難い!
「……して、誠一。今度は何用かの?しかも、あんなに大勢の子供を連れて」
何とか薊さんを落ち着かせ、俺は葉子さんに返答する。
「あの子達は俺の生徒で。実は自分、学園で先生やってまして」
「なんと……寺子屋で教職とは。正直言うと意外じゃな」
意外、とな。
……勝手な考えだが、俺は阿呆に見えるのかな?
いやね、確かに米燃やされて泣き噦る、パッと見で不安定な大の大人が教えてるとなると心配にはなるか。
そんな事を考え、少し自分の人間性が不安になるが、
……でも、まあ俺ロリコンじゃないし、モザイクないし、メイド服着ないし……うん、立派な大人だな。
今までの知人と比べ、自信を取り戻す。
しかし、こう言われると人間ちょっと見栄を張りたくなってしまい、つい口が滑る。
「実はこう見えてもゴーレムとか作ったり出来るんですよ」
ジョージにも褒められたし。
ほぼチート能力のおかげだが。
その言葉を聞いた葉子さんは口元を扇で隠しながら、片眉を上げる。
「ほう。『ごうれむ』とやらがイマイチ分からぬが……あの子犬が抱える首の事かの?」
「首?」
そう言って葉子さんが向いた先にはコボルト達が。
そして、コボルト達が抱える様に持っているのは、
『『初めまして』』
首だけになったゴーレムのカクとスケ。
しかも、コボルトは2人の頭をまるで遺影でも持つかの様に抱え、手にはどこでつんだのやら花が幾本か。
「喋る上に精巧ではある絡繰じゃが……下は無いのかの?」
「「…………」」
……そういや壊されたんだった。
「やはり、拙者の切腹で!!」
「だから待て待て待て!!」
またもや自責の念から切腹しようとするので慌てて止める。
そんな俺ら2人の遣り取りを見て、勘の良い葉子さんは何故首だけなのか察してくれたようだ。
「……本当にすまぬな」
「それは良いですから、これをどうにかっ、ウゴォオ!?」
「あい分かった。……薊よ。其方の命、勝手に使う事をわっちが許さぬ。それに誠一は其方の首なぞ要らぬと申しておるぞ」
「しかし、それでは!」
「まあ待て。なればこそ、薊、其方は誠一の願いに応えよ。それで良かろう」
葉子さんはそう言うと、コチラに目配りしてくる。
なるほど。
こういう類の堅物タイプは何か罰が無いと納得しないってことか。
だが、突然お願いとは……簡単には思いつかない。
どうしたものかと迷っていると、ふと視界の隅にある湯呑み茶碗が入った。
「じゃ、じゃあ!お詫びがしたいなら、外にいる生徒たちにお茶でも出してくれないかな?多分喉乾いてるだろうし」
「……!承知!」
◆
勢いよく部屋を出て行く薊さんの後姿を見て、一息吐く。
「ふう……疲れたぁ……」
「すまぬな……悪い奴ではないのじゃが、ちと堅物での」
「あれが『ちょっと』ですか?」
……あ、目を逸らした。
しかし、まあ、人払いも出来たことだし本題に入ろう。
近くにいたコボルト達にカクとスケの破損したパーツの回収するように頼むと、カクとスケを抱えながら走っていく。
「さて。……改めてご挨拶を。今回は知らせも無しに突然の訪問、失礼しました」
「良い良い。そういった事にはジョージの頃から慣れておる。…………して、何が目的かの?」
やはり察しが良い人だ。
話が早くて助かる。
「葉子さんに尋ねたいことが2つあって来ました」
主な要件は1つで、後はついでと言うか気になるだけと言うか。
「葉子さん、陰陽術についてご存知ですか?」
その質問に対し、葉子さんは手にしていた扇をパッと閉じ、微笑を浮かべて答える。
「ああ、勿論知っておるとも」
パチリと音が部屋に響く。
再度扇が開かれた時、そこには、
「これは……ファイヤーボール?」
球体の炎が俺と葉子さんの間にユラユラと揺れていた。葉子さんと相まって狐火に見えなくもない。
見てくれは、こちらの知っている初級魔法と何ら変わりがない。
しかし、
「そちらの魔法陣、こっちの魔法陣と系統が違いますね」
「そうじゃな。わっちも昔にジョージから見させて貰ったが、其方は円であったかの」
一瞬見えた魔法陣は、自分の知らぬ魔法陣であった。
こちらの魔法陣は循環を表す円だとすれば、葉子さんの魔法陣は相生相剋のバランスを示す五芒星。
続けて葉子さんは一枚の札を取り出したかと思えば、火球へ向けて飛ばす。
このまま火球に触れれば燃えてしまうかと思われたが、
「────急急如律令」
聞き覚えのある祝詞。
それは戦闘中薊さんが唱えたいた言葉だ。
火球へと接する寸前、札は葉子さんの言葉に従うかの如く姿を変える。
瞬く間に水の球となり、火球を覆い尽くす。
「そのお札……。もしかして詠唱省略……いや、むしろ魔導具の類?」
「コレは呪符と申してな。使い切りではあるが、魔力を込めて"急急如律令"と唱えれば瞬時に陰陽術を行使出来るのじゃ」
急急如律令。
確か、『とく速く我が願いを聞き届けよ』といった意味だったか。
しかし、紙に魔法とは。
レジナルド辺りにでも見せたら喜びそうだな。
それにしても、
「こちらの魔法と同じで、どれも魔力は使うんですね」
「何を当たり前の事を…………ああ、なるほど」
俺の発言を聞いて一瞬戸惑いの色を見せたが、すぐに俺が何を言いたいのか理解した葉子さん。
「薊の力のことか」
「最後の姿。そして、その前の拘束首を捻じ切る怪力……あれは一体何ですか?」
あれは俺特注魔力封じの拘束具だ。
魔法無しの、素の状態で破壊出来る物ではないのは、俺が一番理解している。
「誠一が気になるのも当然か。あれは"気功"と"降霊術"と言ってな────」
◆
「────と言う訳でな」
「なるほど」
陰陽術だけでなく、そんな物まであるのか。
大陸から離れた島国とあってか独自の技術が発展している。
……これから先に使えそうだな。
「葉子さん。色々とご教授有難うございました」
「良い良い。わっちも誠一には迷惑かけておるからの。所で、もう一つの訪問理由は何だったのじゃ?」
「ああ、それはですね。自分の教え子に1人、ココ・クズノハと言う名前の子が居まして」
と言いかけると、葉子さんの顔が急に驚愕の色に染まる。
「何じゃと……葛ノ葉……いや、まさか」
葉子さんが呆気に取られた反応から、誠一はやはりかと自分の勘が正しかったことを知る。
そろそろ生徒達の方に合流しようかと考え、
……ん?何やら外が騒がしいような……。
「せ、先生!ここに居たんですね!」
「カレン……?どうしたそんなに慌てて?」
外が騒がしくなったかと思えば、縁側にカレンが走って現れた。
慌てていたので、お茶を飲ませて落ち着かせる。
「ほら、お茶でも飲め」
「あ、ありがとうございます…………ふう。僕達、さっきまでお茶と甘い豆のお菓子頂いてて」
「……ああ、薊さんが出してくれたのか。ちゃんとお礼したか?」
お茶だけでなく、お菓子までとは。
お願いしたとは言え、この好待遇は後でお礼をしなきゃな。
しかし甘い豆の菓子ねぇ……餡子か?
いや、甘納豆の線も有るか。
などと、お菓子が気になり考えを馳せていると、
「いえ、あの……そうじゃなくて。お茶はちっちゃな可愛い狐の子から既に渡されていて……」
……あれ、雲行きが怪しくなってきたぞ?
カレンが言うちっちゃな子ってのは、多分伊波ちゃんだな。
「それで?」
「そしたら、ついさっき、あのお姉さんが現れて。手にはお茶を持ってたんでしたけど。僕達は既に貰ってた訳で……」
……あーなるほど。
とりま耳をすます。
すると、優れた聴覚は遠くの騒ぎ声をハッキリと捉えて、
『放せええ!お茶一つまともに出せず、それどころか気もきかずにお茶菓子のことなど考えてなかった愚かな自分などっ…………もはや、切腹しかあるまい!』
『突然なんなんだ、この女は!?』
『全員、取り押さえておくんだ!』
『ってか、滅茶苦茶に力が強くて、ブゲバっ!?』
『『『アンディー!!』』』
『いとをかし』
『テメェも手伝えや!』
……なるほど。
葉子さんも何が起きているのか察したのか、苦笑を浮かべる。
俺は一先ず落ち着いてお茶を口に含んで、
一息吐く。
そして、湯呑みを置くと、よっこらせと立ち上がり、
「────たがら、要らねえって!何回やれば気が済むんだー!!」
ダッシュで薊を止めに行った。




