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1、とある少年少女の身の上話

新章スタートです。

初めは、彼が嫌いでしょうがなかった。


幼い頃の彼はやる気が無く、ぶっきらぼうで、オマケに口調も荒い、同い年の男の子。


『いいか。貴族とは、人の見本となる者でなくてはならない』


私が尊敬する貴族たりえる姿の父とはかけ離れた人物像。

この男の子が、私の騎士になると知った時は愕然とした。

私の方が強いと言うのに。

私はそれが気に入らず彼に突っかかり、彼も私を疎んでいたのか、顔を合わせば喧嘩をしていたものだ。


……その見下していた男の子に命を救われたのです。


ある時、隣国からの帰り道にて魔物の襲撃を受けた。

少しばかり魔法の才能があるからと周りに()(はや)されていた私。

その内に誇張された評価をさも自分の実力だと勘違いし、しかし、それはただの驕りであった


あの時、モンスターが迫りくる瞬間。

向かってくるモンスターの気迫に私は恐怖のあまり固まってしまった。

爪が振り下ろされ、あわや後一歩で首が切られるかと死のイメージが脳裏をよぎり、しかし走って来た彼が私を庇い背中に重傷を負った。


……彼は生死の淵を彷徨ったです。


結局私は始終何も出来ず、彼の父と護衛の騎士が戦闘を終わらせ、私はただだだ起きない彼の横で泣く事しか出来なかった。

どれ程、泣いただろうか。


『……ごめんな』


目覚めた彼の開口一番がそれであった。


目覚めた安堵、彼への罪悪感、また話が出来た喜び、大怪我をさせてしまった自責……。

湧き上がる様々な念に、一日中泣いたはずにも関わらず、再び自分の眼から涙が溢れ出る。


涙を止められない私に、彼は慌てて何度も謝る。

私には理解が出来なかった。

何故怪我をしてしまった貴方が謝るのかと聞くと、彼は戸惑った表情をしたかと思えば、


『……お前より強くなるから』


『え?』


『今度はお前を泣かさない為に、お前を守れるくらい強くなるから。────だから、泣かないでくれ』


あの言葉はただ一時の慰めではない。

彼は真っ直ぐに私の目を見て、そう言ったのだ。


今にして思えば、彼とちゃんと顔を向き合わせたのはこの時が初めてである。


『で、でも、私の方が、つ、全然強いです』


……もう少しまともな返しは出来なかったのですか、私は……。


自身でも呆れてしまう過去の発言に、しかし、それでも彼は依然として返答してくれた。

そして子供ながらの約束とし、指切りを結んだ。


そして、


「───────────────」


窓から零れる朝日の眩しさに目を開ける。


あれから8年が経った。


二度とあんな想いをしない為に、私は力を付けた。

他者を寄せ付けぬ程に、学年主席として選出されるほどに。

彼に誓った言葉を嘘にしない為にも。


彼女は学年主席にして高等部2年Aクラス代表。

その美貌と天賦の才から付いた呼び名は【氷結の麗人】。


彼女、ラヴィーネ・トゥスクは自分の小指を見る。


彼はまだ私の前に現れない。


だけど、私は今でも信じて待っている。

彼が私に追いついて、私の前に立ち塞がり迎えに来てくれることを。





私が、シルフィ・カルケットが知っている父の顔は私の方ではなく、いつの時も机に向かい研究をしていた。


私に母の記憶は殆ど残っていない。

母は私が物心つく前に亡くなってしまった。


だが、今でも明確に憶えていることがある。

母が亡くなった日、葬儀を終えた父の顔だ。

こちらの手を握る父の顔見上げた時、涙で頬を濡らすことなく、ただ墓石を見ていた。

そして、葬儀の日の夜でも父は机に向かい、研究に没頭していた。


母がいなくなっても変わら研究に没頭する姿は何かに取り憑かれたようで、そんな父が私は怖かった。


ウォーレスから聞いた話では、私の両親はソピア王国とエルフとの関係を深める為の政略結婚とのこと。


父のあの姿は母がいなくなる前からそうであったのか。

母に会う前から、変わらずそうなのか?

母の前でもそうだったのか?


そして、そこに『──』はあったのだろうか。


その事を気にはなるが、父を前にすると言葉に出来ず聞けずじまいだ。

幼い頃、知りたくはあっても言葉にしようとすれば言い知れぬ不安がこみ上げ、言葉につまる。


そして私は魔法研究に逃げた。

研究で良い結果を出せば、父はこちらを向き褒めてくれた。

奇しくも、血の成せることであろうか、私に研究は向いていた。


故に、始めは見て欲しくて、しかし今では私は父と同じように研究に没頭していた。

母との話は聞けず月日は流れ、この居心地の良い現状に甘えている。


そのまま変わらない日が続くかと思えば、それは唐突に私の前に現れた。


セーイチ・サワベ。

クロス王国から推薦された新任講師。


初めに抱いた印象は『変わった人』。


ハーフエルフの私に忌避の感情を待たず、学園長の娘だからといって腫物を扱うように接する訳でもなく。

さも平然と私の前にいた。


しかも、変わっているのは性格だけではない。

見たこともない高度な魔法を行使し、本人はその魔法の重要性を全く理解していない節がある。

私には服を脱いだだけで常識をしっかりと説くのに、セーイチも常識が足りないと思う。


そして父との契約にもないのに、料理以外にも部屋の掃除に服の支給など、私の面倒を見てくれる。

不可解だ。


不可解ではある。

───────────だが、悪くはない。


どこかで彼とのやり取りが、セーイチが現れてからの日々が心地よく感じている自分がいる。

その理由は分かっている。


…………セーイチが来てから、生活が楽になったから。


お腹が空けば美味しい料理が出る。

部屋は片付くからウォーレスに叱られることがない。

無くなった筈の服が見つかる。

モフモフのコボルトを抱き枕に昼寝ができる。

そして、未知の物を教えてくれる。


便利になっている。


…………うん。これ以外に理由はないはず。はずなのだが…………。


「ワフ!」


チラリと下を見る。

そこには料理が入った籠を持ったコボルトが。


その籠の上には手紙があり、


『シルフィさんへ

 ごめんなさい。今日は一日そちらへ伺うことが出来ません。

 朝食、昼食、夕食に関してはコボルト達が届けます。

 しっかり食べてくださいね。


 追伸

 暖かくなって来たとは言え、ちゃんと服を着て風邪に気を付けて』


私は寝起きだったので半裸状態のまま読み終えると、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に捨てる。


別にコボルト達が悪いわけでもないし、セーイチにはセーイチの優先すべき仕事があることは理解している。

父との契約は料理を届けることだけ。

それ以上の義務はセーイチには無い。


だが、


…………何故、私はセーイチが来なかったことに不機嫌になっているのか?


全くもって不可解だ。





『現状』というものは、風のように前触れもなく目の前に現れるものでは決してない。


それに至るまでには、様々な事象・事変と言った材料が絡み混ざり合い、化学反応を引き起こして形成される。

繰り返す毎に傾向・方向性が生まれ出し、次への進路が狭まっていく。

ひとえにこの過程を成長と呼ぶ。


モザイクを身につけた宮廷魔術師、筋肉を纏うメイド姿のゴリラ、王女専属執事兼剣聖、仕事放棄精神年齢子供ギルマス、ロリコン狼、etc.……


それぞれに原因(かこ)があり、自分(いま)があり、理由(あす)がある。


これは他の人物にも差別なく同様だ。


例えば、幼くして母を失い、研究に明け暮れる父と接し方が解らないハーフエルフの女性。

例えば、落ちこぼれクラスの彼が遠い約束を果たしに来るのを未だに待ち続ける学年主席の少女。


そして、例えば、彼にもそれは当てはまる。


「子供の時。俺はここの学園祭で迷子になってさ。不安で泣いていた俺を1人の若い講師が面倒見てくれたんだ」


彼はレジナルド・ライト。

高等部2年Fクラス生徒、転生者沢辺誠一が教えるその内の一人である。


彼は対面に居るものへと独白を始める。


「その講師は、不安がる俺を慰めようとして自分の研究を見せてくれて」


レジナルドの前で立つ者は、ただ黙って話を聞く。


「目を奪われた。今にして思えば、不出来な部分も有ったよ。でも、それでも子供心に火を点けるのには十分なことさ」


そう言ってレジナルドは懐からある物を出した。

初日に見たレジナルド製作の手の平サイズの魔導具。


「その講師は人型ゴーレムの設計図や模型を見せてくれながら夢を語ってくれた。今でこそこんな小さな研究室だが、ここから登り上がりいつか夢見ていた大作を作るって」


彼が手にしている魔導具。

元はそれぞれ別のパーツを組み合わせた為か、どこかしらチグハグだ。

その魔導具もゴミ捨て場からかき集めた寄せ集めの部品で作られているのだろう。


「俺もこの人と一緒にゴーレムを作りたい。そう思って入学すると────────その講師は夢を見なくなってた」


レジナルドは対面する者でなく、虚空を睨む。

その光景を思い出すように。


「二足歩行よりもバランスが取れるからってキャタピラに。無駄な部分は省くと、デザインは質素に必要最低限。かつての話してくれた夢とは真逆の成功品」


部屋に軋む音が響く。

レジナルドが手の中の魔導具を強く握りしめたのだ。


「それでも技術力の高さは伺えた。だからこそ、久しぶりに会った講師に自分の作りたいものを話したさ。そしたら、『現実を見なさい』って、…………諭すようにさ」


聴き手は「それは」と出かかった言葉を飲み込む。


レジナルドの気持ちは大いに分かる。

だが、擁護の形になってしまうが自分と同じ立場である話の中の講師の気持ちも解らないでもない。

生きていく上ではしがらみが生じ、思い通りにはいかない。

現に自分も学園では様々な要因でままならない。


故にその講師を責めることは出来ない。

むしろ大人として正しい行動かもしれない。


だが、


「研究には金やパトロンが必要だ。その為には妥協だってしなくちゃ前に進めないのは分かってるさ。…………でも、でもさ。その『言葉』は…………その人から最も聞きたくなかった『言葉』だ」


レジナルドも作り手として講師の事情も重々承知。

だからこそのもどかしさと憤り。


「だから俺は誓ったんだ。いつか俺の魔導具でその講師を見返してやるって!その為には何でもしてやるってな!」


それは心の奥底から発っせられた言葉であった。

そこに嘘偽りない純粋。


レジナルドを形作る根幹を知り、ただ黙って聴き手と化していた人物、2年Fクラス担任である沢辺誠一はそこに至ってやっと口を開いた。


「なるほどな…………。廃棄場に行ってまでしてパーツ集めをしていたの理由が分かったよ」


レジナルドの話に出てきた講師はおおよその見当はついたし、色々と言いたいことが頭に浮かび悩ましい。

だが、講師としてその話を聞いた上でまず何よりも一番に言うべきことは決まっている。


誠一は口を開く。













「だからって人様のゴーレムの部品から盗るのはイケないと思うぞ、先生」


とりあえず、反省室に入れられているレジナルドに常識として教えた。


「…………後悔はしてる。だが反省はしてない!」


「ダメじゃねえか」


反省室の効果なし。





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