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37、大人の役目とは

あの後、修練場を出ていったアレサンドロと、それについていったAクラスの生徒達。

アレサンドロは取り繕うとはしていたが、明らかに動揺していたことが見て取れた。


あの姿を見て胸の中がスッとなると同時に、やり過ぎたかなと後悔の念が少々残っている。

貴族相手だし、後々問題に繋がらならないか心配でもある。


まあ、今それよりも大事な事は、


「あの首席の子に勝てるようにしないとか……」


『聞いた話だと難しいな』


俺は図書館にて幽霊の元勇者ジョージと相談しながら、2人して頭を悩まして唸っている。


思い出すのは、青髪の少女。


只でさえ使い手の少ない氷魔法。

それを詠唱を省略して上級まで扱えるとは。

魔法だけではない。

先の戦いで身体能力も高いことは(うかが)えた。

身体強化の魔法をかけても、魔法をかける基盤が悪ければ上手くいかないのだ。


このまま成長すれば、あれ程の技量だ。

ベルナンさんやレヌスさんの様な達人枠まで到達する可能性のある有望株、金の卵だ。


『そこまでの秀才が学園で生まれたってのは、元学園元締めからすれば嬉しい話だけどな。けど、Aクラス全員がそのレベルって訳でもない筈』


あんなレベルが沢山居たら、お手上げだ。


「一応の条件としては【文化祭のクラス対抗戦でAクラスに勝つ】こと。だから、必ずもあの子に勝たなくちゃいけない訳でもないが……」


しかし、必ず対抗戦で障害となるのは事実。

あそこまでで無くとも、時間を稼げる程の力を付けなくては。


「やっぱり、個々の個性を伸ばす形になる感じか」


『今から勝つにはそれしか無いなあ。────ということは、()()()を進めてくれてんの?』


「そっちの方は神様から貰った能力で完成してるよ。それに、もう適任者も決まってる」


『生贄の間違いじゃね?』


「言い方ってのは大事なんだよー。それにちゃんとミゲル学園長の許可を貰うんだから。合法合法」


『当人が断れないように、正当な手段で逃げ道塞いでるとも言うな、それ』


ジョージの言葉を聞こえないフリをして話を進める。

気にしたら負けだ。


「そんな訳で、明日の放課後ここに来るから。そん時に試しに動かそう」


『ん?もう出来てんだし、今日の放課後はダメなのか?もしかして、ハーフエルフの子に用事でも』


ジョージとは異世界トークが気軽に出来るので、ちょくちょく足を運んでは話をしている。

なので、シルフィの事も知っているのである。


「いや、そっちじゃ無くて」


なんと言えば良いか。


「ちょっとしたお詫びに、ね」


『…………?』





「スゴーイ!ここがお兄ちゃんが言ってた学生寮なんだね!」


「そうだけど、本当にこれで良いのかいアンちゃん?」


「うん!私、リエラちゃんの話を聞いて一度来てみたかったの」


アンの言うリエラ・クズノハとは、Fクラス生徒狐の獣人であるココ・クズノハの妹だ。

そして、誠一とアンは昨日訪れたジーン達が暮らす学生寮に来ていた。


この学生寮に来たのはアンからのリクエストだ。

というのは、昨日帰りが遅くなってしまった事にアンは拗ねてしまったのだ。


最近ずっとシルフィさんの介護、んんっ……じゃなかった、料理のデリバリーで遅くなってたし。

ちょっと放任し過ぎたかとは思ってたので、お詫びを兼ねて何が良いかを聞き、今に至る。


因みにシルフィさんのご飯はどうなっているかと言うと、





コンコン


「……セーイチ、入って。…………?」


返事が無く不思議に思い、シルフィは扉を開ける。

※服は着ています


誰もいない。

それはおかしい。

誰かがノックをしたのだから。


すると、下からクイクイと白衣が引っ張られる。

下を向くと、


「「わふ」」


「…………」


バケットを持った給仕の衣装を着たコボルトが2匹居た。

そう言えば、朝に夕方は来れないと言っていたような事を思い出す。

昼間も訪れなかったし。


……そうか、今日は来ないのか。


そう思うと、何故か自分の胸の奥で、きゅっと微かな違和感を覚える。


「…………?」


身体の何処かに異常かと思い、脈拍と熱を測るが、特に変わりはない。

ただ、何かが心許ない?のである。


「……くぅん」


ふと、コボルト達を放置していた事を思い出す。


もう一度、コボルト達を見る。

見ると、コボルトの鼻はバケットから香る匂いでヒクヒクと動き、口からヨダレが垂れている。


「……一緒に食べる?」


「「わん!」」





「という訳で、また宜しくなるぞジーン」


「……別に構わねえけど。俺は今日疲れてるから」


それだけ言うと頭に包帯巻いたジーンは奥へと引っ込んで行った。


……なんか元気無かったな?


何処か身体でも痛むのか、と心配になっていると、女子棟の方からタタタタと軽い足音が聞こえ、


「アンちゃん!」


「リエラちゃん!お待たせー!」


小さな狐の獣人のリエラがアンを出迎え、2人の笑顔は花が咲いたようだ。


「もうリエラ、走らないの。すみません、先生。はしたない所見せてしまって」


「そんなことないさ。それに子供は元気が一番だよ」


リエラに続くよう共有スペースに現れたのはリエラの姉、ココ・クズノハだ。


「むしろこっちがお世話になってるからなー。……シルフィさんとか」


「あ〜。年上の筈なのに妹をお風呂に入れてるみたいでしたよ」


そんな雑談をしていると、男子棟方からも見慣れた顔の生徒達が現れる。

アンディーとセシルだ。


「よっす、先生」


アンディー、お前気軽に挨拶してるけど。


「アンディー。お前、確かゴーレムの攻撃モロに食らって5メートルくらい上空に打ち上げられてなかったか?」


「あー、あれなー。メチャクチャ痛かったし。ほら見てくれよ、あのせいで腕に青タン出来ちまって」


普通はアザぐらいですまんぞ、あれ。

生命の神秘、ここに極まれり。


ケロッとしてやがるが、コイツの回復力とタフネスはどうなったんだ。


「……一度、専門家に見せてみたいな」


「それが私達も同じ考えで見せたんですけど、何も無かったんです。不思議なことに」


そうココが話すと、一変して汚物を見るような目でセシルを見た。


「で、そこの変態は何しに来たの。また覗き?私、これから妹達と一緒にお風呂に入るのだけど」


ココの言うように、今回アンちゃんは大浴場に興味があるようで、お風呂セット持参で来ている。

因みに、木桶とアヒルさん人形は俺作である。


ココの吐き捨てるような言葉にセシルはと言うと、


「へへ〜ん、ココちゃん馬鹿でやんの〜!覗きは隠れてやるから覗きで、正々堂々前から入るのは違うもんねー!この正論に何か意見のある人ー?はーい、そこのココちゃん!」


「子供達の悪影響になるから今すぐ死んでくれない?」


うん、いつも通りの無駄にテンション高いセシルだ。

そして、狂言というか正直言ってキチガイ成分多めの発言は止まらず、


「というか、誰がその胸を見るんですか〜?比喩で言うよ、アビゲイルが丸く大きなメロン様なら、ココは皮!ペラーンペラペラー!自分の身体でより分かりやすく説明するよー!腕を前にかざしてー、降ろしてー。ほら、身体周りがスンッ、スンッ、スンッ!せめてボンキュボンの音を奏でろ!ピアノを見習え!」


「ファイアーボール!」


ココが放ったファイアーボールがセシルの顔面に命中した。


「ぐベポプら!?」


9割がた勢いとノリの言葉だけど、10割聞き流して良い内容であった。


「……ほーら、リエラにアンちゃん。ここだと馬鹿が移るからお風呂に行きましょうねー」


「「はーい」」


女子達はそのまま何事も無かったかのように風呂へと向かう。


「アンちゃん。俺は中庭の方にいるから、ゆっくり浸かって、終わったら呼んでくれ」


「分かったー!」


「ココも宜しく頼むな」


「任せて下さい」


そう言って女子達は風呂の方へと消えていった。


「よーし。それじゃあ案内してくれるか、アンディー」


「イイっすよ。中庭はコッチから通ります」


そう言って、2人は中庭へと向かって行く。


後には焦げたセシルが倒れている。

ただ誰も気にせず、いつものことなので、何も無かったかのように全員行動をするのであった。





アンディーに連れられ、誠一は中庭に足を運ぶ。

中庭の半分はテラスのように、そしてもう半分は畑となり家庭菜園が行われている。


アンちゃんがお風呂に入っている間はお手隙なので、その間に家庭菜園をしていると聞いて気になっていたので見に来たのであるが、


「存外、しっかり作られてるな。うん、良い出来だ」


失礼ではあるが学生ゆえに手抜きかと思っていたが、なかなかどうして。

野菜の匂い、ハリツヤを見るに、立派なものである。

普通に商品として卸せるくらいだ。


「ここに住んでる奴の中に農村育ちが何人かいてさ。そいつらの指導で育ててんだ。で、皆で分け合って


「なるほど。それにしても沢山の種類があるな。トマトにナスに、ジャガイモに…………ん?あれは」


見回していると見慣れた野菜、しかし、この世界では珍しい野菜が目に入る。


「大葉……だな。うん、この独特な香りは間違いない」


しかも沢山生えている。


「アンディー。この大葉は?」


「先生知ってんのか。流石料理に詳しいだけあるなー」


アンディーの反応からして、現地人からしてもやはりこれは珍しい物のようだ。


「その葉っぱ、ココが家から種を持ってきたもんでさ。なんか、昔からココの家で食べてる野菜らしいぜ」


「ココが、ねぇ」


クズノハという和名といい、大葉といい、明らかに何かあるなココの一族には。


……ていうか、お米関連で出会った狐の葉子さんが関わってそうだなあ。


ほぼほぼトリプルリーチなのだが、まだ断言はしないでおこう。

確かあの人、400歳ぐらいだし、何かは知ってる筈だ。

再びあの場所を訪れるのも悪くないだろう。


……それに、そろそろお米もあるかもだし。


明日……は駄目だ。

明後日の夕方にでも行くか。


さて、それはそれとして、


「大葉だけ全然収穫されてないな。このままだと、旬を逃すぞ」


ただでさえ大葉は成長スピードが速いのだし。


「あー。それ変わった味で俺は好きだけどさ。単体じゃなあ。正直飽きちまうよ」


そう言えば、ここは異世界であった。

調理方法は焼くか煮るで、味付けは塩コショウなど至ってシンプルで、料理の質は食材の味で決まると言っても過言ではない世界。


確かに、【焼く】【煮る】のコマンドで大葉は単品オンリーは厳しいし、パンには合い難いか。


……このまま捨てるのは勿体ないしな。


「なあ、この大葉を料理してもいいか?」


「え?まあ、別に構わないけど……一応、女子達にも聞かないと。面倒くさいけど、男女からの許可を得るのが決まりなんで」


女子からも許可か。

まあ、無難なルールだな。


しかし、女子からとなると。

ココが風呂から出るまで待つか?


「───あら?そこにいるのはセーイチ先生ですか?」


そんな事を考えていると、タイミングの良い事に女の声が聞こえてきた。


その声は聞き覚えのあるもので、振り向いた先には、


「アビゲイル。……それに、カレンも。2人して中庭でどうしたんだ?」


もしかして夜の密会かとも一瞬思ったが、カレンの容姿を見たら「ないな」とすぐさま否定する。


というか、カレンその寝巻き。

なんでそんなモコモコなのチョイスしたんよ。

可愛くて似合ってるけど。


アビゲイルも出るとこ出て、普通の質素な寝巻きなのにエロスがある。

さっきのセシルではないが、分からんでもない。

というか、本当に学生?


「セーイチ先生。何か失礼な事を考えてませんか?」


ギランとアビゲイルが殺気混じりの気配飛ばしてきたので、話をそらす。


「気のせい気のせい。ところで2人は何しにここへ?」


「僕たちはお話をしながら、少し中庭のテラスで涼んで居たんです」


「私、カレンちゃんに洗髪剤の相談をしていまして。カレンちゃん、髪のお手入れがとても上手なんですよ」


「ア、アビ〜。だから、ちゃん付けは止めてって〜」


ふーむ、仲睦まじい百合っぷり。

片方男だが。


……って、本題を忘れかけてるぞ俺。


「アビゲイル。ちょっとお願いがあってな」


「…………?」





それからしばらくして。


「おらー、出来だぞお前ら。大葉入り鳥チーズフライ、召し上がりなー」


「「「いただきまーす!」」」


誠一は大勢の生徒達に料理を振舞っていた。


大葉の数が数なので、アンディー達に食べたい生徒呼んで貰ったら男女含めて50人くらい集まってしまった。

いや、呼んでとは言ったが、来すぎだよ。


「美味え!」「何これ!?サクサクしてる」

「ち、チーズが溢れて、アチ、アチチ!」

「ココちゃんの大葉にこんな使い道あったんだね」

「やばッ、ソースかけ過ぎた」

「あ、テメェ!それ俺の!」「良いでしょ、別に」


「あんまし数ねぇから、1人2個までな」


今、中庭では揚げ物を食す学生達でわいのわいのと騒がしく、誠一の能力によって作られた仮設調理場では料理が振舞われている。


食べているのは、俵のような形をした大葉入りのチキンフライ。

鶏のムネ肉を薄くスライスし、麺棒などで叩き薄く伸ばす。

軽く塩胡椒したら、その鶏肉の上に、チーズと細く刻んだ大葉を乗せ、中が溢れぬよう丸める。

鳥肉ではなくとも、豚バラなどでも良い。

叩いて伸ばす必要無いし。


形を整えたら、小麦粉、溶き卵、細か目のパン粉を付けて熱した油に入れる。

生焼けに気を遣いながら、カラリとキツネ色に上がったら完成。


ザクッと包丁で切り分ければ、中からトロ〜リ流れ出るチーズと、大葉の香りが食欲を(そそ)る。


更に、これにプラスして叩いた梅を入れるのも抜群だ。

大葉手に入ったし、今度梅干し作ろ。


油の処理が面倒な時は、少なめの油で揚げ焼きも良いだろう。

学生時代の時、コロッケなどはそうして作っていたものだ。


今この場にはFクラス以外の生徒もおり、初めて食べる揚げ物に感動し、目を輝かせている。


……購買が上手く行ったら、揚げ物の惣菜屋みたいな新規店舗作るのもありかな。


その店はビル商会に任せないで、自分で経営する。

コロッケやメンチカツを単品で売って、パンなどに挟みたい場合はビル商会経営する購買で別売りの格安サンド用パンを買ってもらうとか。

ビル商会とウィンウィンの関係を築けるし、ゲヘヘヘへへ…………なんか、最近ビルゲイさんやジョージに毒されているような。


邪念を頭から振り払う為に手を動かし、鍋や包丁など後片付けをしていると、フライを食べ終えたアンディが話しかけてきた。


「やっぱ先生が作る飯は美味ぇな。今度、おんなじの授業で作ってくれよ」


「運が良ければなー。……させるか」


「いてっ!」


話をしながら取っておいたフライに手を伸ばすアンディー。

それには気づいていたので軽くチョップして阻害すると、恨めしそうな目で見られる。


「余ってんなら、ちょっとくらい良いじゃんか先生」


「余りじゃなくて、取って置いてるんだよ」


そろそろ出て来る頃だろうしな、と考えていると、丁度良く待ち人が現れた。


「お待たせ、お兄ちゃん!」


「おう、アンちゃん。お湯のお風呂はどうだった?」


「うん、気持ち良かった!今度はお兄ちゃんも入ろうよ」


「はっはっは、そうかそうか……………言っとくがアンちゃんが言ったのは俺は男湯でアンちゃんは女湯で他意はないぞ。だから、皆一歩引かないで。お巡りさん呼びに行こうとしないで。そしてリッツ!今すぐペンを置け!教師を同人誌のネタにするな!」


……ったく、油断も隙もあったものではない。


心の中で悪態をつきながらも、チキンフライを紙に包む。


「ほら、そこに座りなよアンちゃん。リエラちゃんの分もあるから。さあどうぞ」


「ありがとうございますセーイチ先生!」


「お兄ちゃんの料理は美味しいんだよ!」


「ハハ、嬉しいこと言ってくれるねぇ」


火傷に気をつけるんだよと注意をしながら手渡すと、ベンチに仲良く2人で座り、ほふほふとフライを頬張る。


2人の仲睦まじい姿を見守りながら、ココにもフライを手渡す。


「……わざわざすみません先生。妹の分まで」


「構わないさ。……むしろ、ココの大葉を使ってしまったわけだし。悪かったな」


「いえ。毎年、消費しきれなくて困っていたので。助かります」


ココはそう言ってフライにかじりつくと、ボソリと「……あ、美味しい」と呟く。

前の宴会の時でも思ったが、ココって意外と肉食だよな。


さて、これでほぼ全員に行き渡った訳だが、まだ一つだけフライは余っている。

いつもなら匂いにつられてそろそろ現れても良い頃であるが、一向に姿を現さない。


さっきのこともあったし、同室であるらしいカレンを探して聞くことにする。


「あ、いたいた。おーい、カレン」


「先生?どうかしました?」


「ジーンはどこに行ったか知ってるか?」


カレンならジーンが何処に行ったか知ってると思い聞いてみると、カレンは心当たりがあるのか、こちらの言葉に応じる。


「それなら、ジーンは屋上いますよ。多分ですけど」


「屋上?」


「……セーイチ先生なら大丈夫かな。屋上まで僕が案内しますよ」







俺はアンちゃんに少し離れると声をかけて、移動する。

俺はカレンに連れられ、階段を上り学生寮の屋上へと着く。


そして扉を開けば、そこには汗だくになり息を荒げて倒れているジーンの姿があった。


ジーンが地に倒れ込んでいるのを見て何かあったのかと心配になり、慌ててジーンの元へ行く。


「おい、どうしたジーン。大丈夫か?」


「はぁ、はぁ、……んあ、先生?どうしてここに?」


息切れをしながらも、ジーンはしっかり受け答えをする。

どうやら発作でも起きて倒れている訳では無く、ただの疲労で倒れていたようだ。


「いや、実はジーンを探しててな。カレンに案内して貰ったんだよ」


「カレンが……?」


「ごめんね、ジーン」


カレンはどこか申し訳なさそうな顔でそう言った。


見れば、この屋上には模擬刀や的などが置かれ、ちょっとした訓練場のようである。


「もしかして、ジーン。ここで鍛錬してたのか?」


「……悪いかよ」


その通りなのかジーンはバツの悪そうな顔をする。

今日はゴーレムとのハードな戦闘があったというのに、こんな遅くに鍛錬をするとは。


ジーンは俺が住んでいる宿のアモーレでジョディさんの息子に稽古もつけて貰っている。


当然の疑問が頭に浮かぶ。


「何でそこまで鍛えるんだ?」


「……関係無いだろ」


返ってきたのは拒絶。

限界まで動かして疲弊した身体を気力で立たせ、ジーンは屋上から去ろうとする。


「そうか」


触れるなと案じさせる行動。


だが、今回は敢えて空気を読まず、そして当て勘で投じる。


「首席の子か」


その言葉に階段へ続く扉へと伸ばしていたジーンの手がピタリと止まる。


……当たりか。


ぼぼ賭けだったが、ベルナンさん仕込みのカマかけは成功か。

ジャックポット並みの運の良さだけどな。


ジーンは振り向かず背中を向けたままだが、構わず続ける。


「今日の合同授業でだ。気づいてなかったかも知れないが、彼女はジーンを見ていた。ジーンだけを観ていた。……鍛えている理由は彼女が関係してるのか?」


誠一の語り掛けにジーンを無言を貫く。


しかし、


「──────」


ジーンは一度、自分の左手を、その小指に視線を落とす。

そして、何かを確かめるように小指を動かす。


「……そんなの気付いてたさ」


誰に向けたものでもない小声で呟かれた言葉だが、転生の恩恵による優れた誠一の聴覚はそれを拾う。


「なあ、先生。詳しいこと話す義理はないから、言わねえけど。一つだけ答えてくれ」


ジーンは振り返り、誠一の顔を見ながら問い掛ける。


「俺は強くなれるか?」


真っ直ぐな、飾り気の無い純粋な問い。


その真摯な問いに、俺は昼間の図書館でのことを思い出させられた。


『あそこまでで無くとも、時間を稼げる程の力を付けなくては』


俺は一瞬でも、そんな事を考えてしまっていた。


……それは『逃げ』と同類じゃねえか。


もし教えが上手くいかなかった時へと、自分への『言い訳』だ。

何が『負け癖が付いてる』だ。

俺が先頭切って弱腰なんてどうすんだ。


俺は反省の戒めとして、自分の頬を全力で殴る。


ドゴッと轟音が響き、鼻と口の端から血が伝う。


2人を側から見守っていたカレンは誠一の突然の凶行に目を白黒させる。


……マジで痛ェ……。


こんな馬鹿みたいに強靭な身体になってから久しぶりに痛みを感じているが、そのおかげで自分の中が理路整然とハッキリした。


「約束する、ジーン」


上手くいかないかも知れない。

成長させられないかも知れない。


だから、どうした。

そんな事はどうでもいい。


そんな事ばっかり言って、失敗を恐れ自分を守るのはもう辞めだ。


これは誓いだ。

俺が背負うべき重さで、向かうべき到達地点。


「必ずFクラスを、お前を、強くする!そして、Aクラスに勝たせる!」


『成功』だけでなく、『失敗』すらも請け負うのが自分たち大人の役目だ。

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