36、首席の少女
ウォーレスからシルフィさんの身の上話を聞いた、翌日。
不安な中で迎えた、Aクラスとの合同授業。
流石に露骨なの来ないよな、と思っていたが、
「これはヒドイな」
誠一が呆れて見ている視線の先では、
「ギャー!」
「メディック、メディイイック!」
「コイツ魔法が効かな、プベがッ!?」
「「「アンディー!!」」」
Fクラスの生徒達が、3メートル大のゴーレムにボコボコにされていた。
ゴーレムと言っても、少し特殊な形をしている。
ゴツい甲冑のような装備を身に纏った上半身に2つのアーム。
それを支える下半身は二本の脚ではなく、キャタピラである。
人型ではなく、作業率重視の面白みの無いゴーレムだ。
どちらかと言えばロボットというより、ショベルカーとか重機を見てる気分。
アームのハンド部分も五本指ではなく、ショベルカーのフォークみたいな形をし、掴むというより挟むだな。
こういう荒々しいデザインも好きだが、コスト削減の為に極限まで削られているのか、マジ●ガーZなどのロボットアニメ慣れしてる誠一からすると、パッと見で寂しい。
これ作ったのは、現実主義で効率主義ではなかろうか。
……あ、またウチの生徒が吹っ飛ばされてる。
そもそも。
合同授業の内容をザックリ説明すると、こうだ。
始めは、ゴーレムの最新研究についての講演。
それはまともであり、むしろ面白いものだった。
魔導具大好きレジナルドなんかは、齧り付くように見ていた。
講師は、齢35にしてゴーレム研究第一人者と名高い、グロリア・ボトロ。
いつも機嫌が悪いのかと勘違いしてしまう程、その眉間にはシワが刻まれている男性。
そこまでは、講演までは良かった。
その後の実技が問題なのだ。
見て分かるように、授業の一環としてグロリア・ボトロ氏が手掛けた古い世代の鉱山用ゴーレムと戦わされるハメになっている。
……ウチの生徒、全然敵ってない。
何が、"実際の性能を実感"と"生徒達の貴重な経験を積ませる"だ。
こんな無茶苦茶な案を通したのは、Aクラスの担任であり、
「ああ、また殴られてしまいましたねえ。それにしても、Fクラスの生徒諸君は戦力差も分からないのですかね?無駄なことを」
俺の隣でニヤニヤと笑みを浮かべて、Fクラスの生徒達がゴーレムにやられる様を見ている、この男。
教師であり、貴族でもある、アレサンドロ・ロドリゲス。
正直言おう。
会って半日も経っていないが、俺はコイツが嫌いだ。
反吐がでる。
「あーあ、何て拙い魔法なんだろうか。傷1つ付けられないなんて。この偉大なる学び舎の下で、一体何を学んできたのか?それとも、教師の能力の無さが起因しているのかねえ……おおっと、これは失礼したかな」
「いえいえそんな。アッハッハ」
殴って、黙らせたい。
先程からこの男の口から出る言葉は上から目線で、全てを下にでも見ているんじゃないだろうか。
現在修練場におり、本来ならAクラスFクラスの生徒と教師だけの筈だが、何故か余計に他に十数人の教師やら係員、研究員などがいる。
名前も知らぬ彼彼女らは、Fクラスの生徒が良いようにされるサマを見て、ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべている。
……アレサンドロの取り巻きかなんかか?ご苦労なこって。
それに、観客席にいる部外者だけでなく、Aクラスの生徒達も同様だ。
「見ろよ、あれ」
「ぷっ、ダッセェ」
「学園の恥だわ」
「時間の無駄使いじゃね」
「必死過ぎんだろ、あの顔」
誠一の優れた聴覚は、離れたAクラス生徒達の囁きを拾う。
……教師が教師なら、生徒も生徒か。
嫌気がさしながら見下した発言を続けるAクラス生徒を見ていると、1人異色を放っている生徒が目にとまる。
……ベッピンさんだなあ。
1人だけ、他の生徒たちの話に加わらず、ジッと一点を見ている青髪の美しい少女。
腰にはレイピアを帯刀し、視線を晒さず一点を注視している。
どこを見ているのか気になり、彼女の視線を追うと、
……ジーン?
彼女の視線の先、そこにはジーンが居た。
既に他のFクラスの生徒達がリタイアする中、残り1人となっても最後まで粘りゴーレムと戦うジーン。
懸命に傷つきながらも、ゴーレムの間合いの内側に入り込み、関節部の繋ぎ目を模擬刀で狙っている。
その頑張りを見るAクラスの生徒は「みっともない」だの「無様だ」などと嘲る中、
「…………」
その青髪の少女だけは、嗤わずにジーンの戦う姿を真摯に観察している。
見られている事に気づかぬままジーンは奮闘をし、しかし、ついにゴーレムの攻撃を避けられずに吹き飛ばされてしまう。
攻撃をまともに食らって気絶したジーンの元へカレン達が駆け寄り、その姿を見て更に観客やAクラス生徒が嘲笑する。
しかし、青髪の少女だけは嗤わずに真摯な表情でジーンを見て、
……と思ったら、なんでか不機嫌そう?
少女の表情は先程と違い、ジーンがカレンに介抱される様を見て、何故か御機嫌斜めなご様子。
少女に気を取られていたが、見下した声が誠一にかけられて、視線を戻される。
「あれ?どうやらFクラスの生徒さん達、全員終わったようですね。まあ、亜人や平民には荷が重かったか」
「……ロドリゲス先生。亜人は差別用語です。そのような発言は」
「おっと。これは失礼しました」
どこが失礼しただよ。
その高慢ちきな顔から一欠片も謝罪の意が見えない。
「だけども、私の教え子達の戦いを見た後では、彼らの不甲斐なさが目につくのは仕方がないことですよ」
その言葉の後、前に出てくるAクラスの生徒。
しかし、それは全生徒ではなく、出てきたのはその内の1人。
ジーンを観ていた、あの青髪の少女だ。
「1人だけですか?」
「これで終わってしまっては不甲斐ないまま。観客の為にも示しをつかせなくては」
Fクラスと対峙していたゴーレムは補修の為か、裏へと下り、全く同じ機体が代わりに出てくる。
「始めなさい」
アレサンドロの掛け声を機に、少女は風のような素早さで翔ける。
……速い!
距離が離れていたにも関わらず、始まって僅かの内に少女はゴーレムの懐へと入り、肘内側をレイピアで突き刺した。
……高度な身体強化魔法。それにレイピアも魔力で強化しているのか。
あの一瞬での内に施された強化魔法。
無駄の無い、息をするように行われた魔法行使。
アレサンドロではないが、彼女はウチのクラスの生徒よりも格が上であるのが僅かな時間で分かる。
卓越した技巧の持主であることに驚かざるを得ない。
ゴーレムは彼女と比べ遅れながらも敵を叩き落とすべく右手を振るが、距離を取られて難なく避けられてしまう。
左手は致命傷を受けたのか、肘から先は動かない。
的確に装甲の弱い部分を狙った攻撃。
彼女のレイピアは見た感じ結構な業物であるが、これを成したのは彼女の腕があってこそのもの。
速攻で相手に致命傷を負わせ、百点満点をあげるべき戦績なのだが、傷を与えた当の本人は不満げな顔をしている。
何か気に入らないことでもあったのだろうか?
彼女は苛立たしげにふぅと溜息を吐くと、レイピアを鞘へと仕舞う。
ゴーレムが迫ってくるにも関わらず、彼女は泰然として詠唱を開始する。
「───────」
その体の内で渦巻く魔力の量、聞こえてくる詠唱からして、彼女が狙っているのは、
……上級魔法……しかも詠唱を省略しているのか!
ゴーレムが迫っているというのに、落ち着いたままで詠唱を続ける少女。
迫り来るゴーレムは少女の届く距離まで近づき、先程の報復と言わんばかりに右腕を振り下ろそうとし、
「"最果ての冬よ、その凍てつく風で彼の者に終わりを知らせ"、フィンブル」
透き通った、しかし、冷気を含んでいるかのように静かな声であった。
ゴーレムの腕は振り下ろされる事なく、彼女の眼前で止まっている。
彼女の繰り出された魔法により、一瞬にしてゴーレムは氷のオブジェと化したのだった。
溢れ出す冷気に、少女の吐き出す息は白く染まる。
「……先生、もう良いですか?」
彼女は何事も無かったかの如く、さも平然としてアレサンドロにそう問いかける。
アレサンドロは上機嫌に応える。
「勿論ですとも!流石は学年首席、それでこそ生徒の示しになると言うもの。教えている私も鼻が高いというものです」
「そうですか。ならば良かったです……」
少女の感情の込められてない棒読みな返しに、アレサンドロは不機嫌そうにピクリと眉を動かす。
だが、すぐにそれは終わり、アレサンドロは誠一の方を向く。
「しかし……このままでは、Fクラスの生徒達が哀れですねぇ」
「……?」
わざとらしい物言いに疑問を持ったのも束の間。
アレサンドロは誠一に耳を疑う提案をしてきた。
「このままではFクラスに悪い噂が流れてしまいます。なので、どうでしょうセーイチさん。名誉挽回の意味を込めて、次は貴方がゴーレムに挑むというのは?」
◆
……これが本命の狙いだったか。
呆れ果てながら、誠一はストレッチをする。
目の前には補修を終えたゴーレムが設置されている。
「生徒が1人で出来たのに、講師が1人で出来ないのか……ねぇ」
先程アレサンドロが口にした挑発紛いの言葉を思い出す。
Fクラスをボコボコにしたのも、Aクラスは1人で倒させたのも、この為の布石であるとは。
どうですか?なんて聞いてきたが、相手は貴族で自分は平民。
提案を蹴っては後々問題になりそうだし、それに俺が断って変な噂が流れれば、俺を推してくれたウェルナー陛下やミゲル学園長に迷惑がかかる為、断れない。
それを見越してのアレサンドロの発言が、恨めしい。
公の場で手が出せなくても、授業で怪我したならそれは事故だ。
ゴーレムの本来の所持者であり開発者であるグロリアの方を見る。
視線が一瞬合ったが、すぐに目を逸らされてしまう。
アレサンドロの息が掛かっているんだろうな、と邪推する。
そもそも、合同授業と題して、ゴーレムを二機も引っ張ってこれるのだ。
関係があってもおかしくはない。
まあ、一瞬とは言え申し訳無さそうにしてたから、この行為に根っこから賛同している訳ではないのだろう。
対してアレサンドロなんか、嘲笑を隠そうともしてないし。
俺とゴーレム以外は全員観客席にいる。
Fクラスの生徒達が心配そうにこちらを見守る中、嬉々としたアレサンドロが声を掛けてくる。
「準備はいいですか、セーイチさん?」
「……大丈夫ですよ」
舌打ちしそうになりながらもそれを堪え、声に応じる。
「それでは……始めなさい!」
キャタピラを回転させ轟音を立てながら接近するゴーレム。
俺は、どれ程のものか探りを入れる為にファイアーボールを放つ。
当たりはした。
しかし、傷一つ付けることなく、ファイアーボールが散った。
下がって距離を取りながらも、次は弱めのファイアーランス。
しかし、放たれた火の槍もゴーレムに当たっただけで、傷も付かずに終わる。
違和感を感じ、転がっていた石ころを強化した足で勢い良く蹴飛ばすと、カツンと当たってほんの微かなカスリ傷が付いた。
……うわぁ、何か仕組んでやがんな。
このゴーレム、明らかに魔法に対して耐性がある。
その上、キッチリとした物理耐性もある。
さっきの蹴り石、銃弾ぐらいの威力があったのだがカスリ傷だし。
今思うと、ウチの生徒達が戦っていたゴーレム、魔法が効きにくかったような。
それに、もしかしなくも、Aクラスの少女が戦ったゴーレムは普通の装甲だったのでは。
そんな事に呆れていた誠一であるが、十分な距離まで接近したゴーレムが腕を振り上げ、
「おいおい。危ねえなあ」
先程まで自分が居た場所を見れば、振り下ろされた腕により地面が抉れてる。
……魔法で体を強化してても、当たったら重傷ものだぞ。
先程の生徒達の時より、出力が上がっている。
避けたから良かったものの。
ゴーレムから距離を取りながら、アレサンドロの方を見るが未だに嘲笑は消えていない。
怪我しても御構い無しというより、重傷狙いかよ。
側から見れば、俺が魔法が効かない為逃げ回っているように見えるのだろう。
(弱体魔法を解除すれば、デコピン一発で粉砕させる自信はあるが……)
先程のFクラス生徒たちの戦闘。
同様に、魔法によるダメージが通し辛いこともあって苦戦したのは分かる。
だが、半数以上の者達が、始めから無理だと負け腰で挑み、すぐさまギブアップしていた。
確かに、ゴインゴイン轟音立てながら迫ってくる3メートル級のロボットと戦って勝て、なんて言われたら怖気付くのも頷けるが、問題はそこではない。
……負け癖が付いてるんだよなあ。
ゴーレムの攻撃を避けながら、そう考える。
負けて仕方がないという思考を取っ払う必要がある。
でなければ、これから本腰を入れて生徒達の強化する上で、必ず弊害になる。
「倒すなら地面を深くまで泥にして、沈めさせるのが1番楽だけど……」
ダメージが通りにくいと言うだけで、魔法を無効化する訳ではない。
あんな大きさだ。自重で容易く沈むだろうが……。
出来ればインパクトある方法で勝ち、生徒達に俺の力を知ってもらいたい。
これから教える時に、駄目だ無理だと言われずに俺を信じて貰うために。
俺は逃げていた足を止め、ゴーレムの方を向く。
詠唱は省略し、自身の周りには20もの水球が出現する。
「ウォーターボール、20連射」
ゴーレムに向けて初級水魔法を乱射する。
狙いはバラバラで数発は地面に着弾し、当たったとしても魔法耐性装甲に初級魔法如きがダメージを与えられる訳がない。
たが、キャタピラと地面は充分に濡れた。
地面に手を置き、魔法の詠唱をする。
「"冷気よ、我が敵の熱を奪え"、フロスト!」
Aクラスの彼女と比べてしまえば、チャチで初歩的な氷魔法ではあるが、効果は十分だ。
這うように氷が濡れた部分を伝い、キャタピラと地面を凍らせる。
こちらへと迫っていたゴーレムは、突如摩擦を失ったことでスリップする。
操作しようにも凍結により足を取られバランスを崩し、すぐに停止をしようにもキャタピラが言うことを聞かない。
俺は静止できずに迫るゴーレムの頭上へと跳びながら、ゴーレムの足元に土魔法で落とし穴を作る。
このぐらいなら、ベルナンさんへの嫌がらせとかで作りまくったから、無詠唱でもお手の物。
作られたのは横に広くとも30センチ程の浅い穴だ。
本来の機動力であるならば避けられたそれを、しかし、制御する術のないゴーレムはハマり、更に前へとバランスを崩し、
「地球仕込みの延髄斬りだオラァ!」
隙だらけの後頭部目掛けて蹴りを食らわせる。
ガゴンッ!と轟音を上げて繰り出された衝撃がトドメとなり、ゴーレムは盛大に倒れて土煙を巻き上げる。
ありがとう、アントニオ猪木。
おおおおお!とFクラスの方から歓声でどよめくが、誠一は次の準備へと取り掛かる。
見た目こそ派手だが、鉱山用の上、更に魔改造されてるので倒れたくらいで壊れる訳が無い。
なので、立ち上がり体勢を立て直すまでの間に、準備を行う。
「何をしている!早く立ち上がらせろ!」
ガヤで憎たらしい上から目線野郎の声が聞こえるが、そう慌てんなって。
最後は全鬱憤込めた派手技でブッ壊してやるからよ!
何とかしてゴーレムは自力で立ち上がるが、既にコチラの準備は終えている。
誠一の横には、土魔法で形成された大砲。
中には拳大の弾丸が込められ、弾頭形状は狩猟で身近なホローポイント。
「全員、耳塞いで口開けろ!」
一応最低限の障壁を張っとくが、警告をしておく。
Fクラスの生徒が素直に従い行動したのを目にしてから、火薬代わりに火魔法によって爆発を起こし、
「発射!!」
瞬間、雷でも落ちたかと勘違いするほどの爆音が修練場を震わせる。
アレサンドロが椅子からずり落ちている姿を横目で確認してほくそ笑みながら、ゴーレムの姿を視認する。
「丈夫だとは知ってたけれど……まだ、動くのかよ」
ゴーレムは砲弾にモロに当たり吹き飛ばされ、修練場の壁にめり込んでいた。
腹部には貫通しきれなかった弾丸がめり込んでいるにも関わらず、ゴーレムの腕は火花をあげながらも動いている。
壊れる寸前にも関わらずまだ立ち上がろうとする姿にはロマンを感じ得ないが、既に弾丸には魔法が細工してある。
「……"爆炎よ、爆ぜて中身をぶち撒けろ"エクスプロード」
誠一の詠唱が引き金となり、めり込んだ弾丸が赤く光ったかと思えば、ゴーレム内部から爆発が起こる。
今度こそゴーレムは形も残らず大破し、部品がそこかしこに散らばる。
アレサンドロがゴーレムが爆散した驚愕で開いた口が塞がらないようだ。
「一丁上がり!」
Fクラスから歓声が上がる中、アレサンドロの間抜け面を見て少しは溜飲が下がった誠一だった。




