33、壁に耳あり
シルフィさんの食事係を請け負ってから3日。
誠一は教壇の上でため息を吐きながら、授業も終わったので後片付けをしていた。
「はあ……」
「どうしたんすか先生?」
誠一の疲れた様子を見て、アンディーが声をかけてくる。
「ん……アンディーか。いや、特に何も無いよ」
「そっすか?はたから見ると疲れてるようですけど」
「そんな事無いぞ。じゃ、また明日な」
「ああ、またな先生」
誠一は挨拶を済ませると、いそいそと教室を退室する。
そんな誠一の後ろ姿を少し離れた所から見ていたセシルが呟く。
「………怪しい」
「何だよ、セシル。唐突に」
セシルの突然の発言に訝しむジーンとカレン。
「最近、朝も昼も夕方も何処かに行ってるみたいだし……もしかして、女!女の所に通ってるに違いないわー!ちょっと何処の女よ、この泥棒猫!」
「何で女口調なんだよ……」
「しかも奥さんポジションだよね」
キーッ!とハンカチを噛みしめるセシルに呆れた目を向けるジーンとカレン。
その3人にアンディーも話に加わる。
「でもよ。実際のところ怪しくね?」
「だからさ、女だって女!逢い引きに違いないぞ、何て羨ましいんだ!」
「……まあ、セシルの馬鹿は置いとくとして。何かしら変化があったのは確かだろうな」
「何処に行ってるんだろうね、先生は」
そんな事を話し込んでいると、背後からセーイチの情報が流れてきた。
魔導具を改良しているレジナルドからだ。
「研究棟に入ってくのを見たぞ、俺」
「レジナルド。それ、本当かよ」
ジーンが疑うように聞くと、レジナルドは魔導具から目を離して肯定する。
「間違いないぞ。警備員の周回時間を確認している時に、入っていくのを見かけた。確か……そのまま6階の部屋のどれかに入ってくのは外から見えたな」
「よーし、今回は情報代として何故警備員のチェックを入れてたのかは触れないでおこう」
「衛兵沙汰は止めなよね、レジナルド」
「安心しろ。そんなヘマはしない」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
レジナルドに呆れるカレン。
しかし、その情報は非常に有用なものであった。
「しかし、研究棟か……入れるとしたら関係者か、身分を保証されてる貴族様だよなぁ」
貴族……となると。
アンディー達はジーンとカレンの方を向く。
「「「……」」」
「「……うん?」」
◆
「ったく。何で俺らがやらにゃならないんだ……」
「ふふふ」
「何だよカレン。笑いやがって」
「いや……ジーンはそう言いつつも協力してくれるなって思って。面倒見が良いよね」
「うっせ。そもそも焼きそばパン3つと取引でもなきゃ行かねえよ」
あの後、焼きそばパン3つで手を打ち、2人で研究棟の方に来ていた。
最近、仮設購買部の方が大繁盛で混雑しており、買えるかどうかは生徒同士の早い者勝ちで決まるぐらいだ。
F棟は購買部に近いとは言え、買うのに苦労することには変わりない。
「まあ、どうせ下らない結果に終わるだろうし」
「あ……ジーン、隠れて!」
「……話をすればか」
『シルフィーさーん。誠一ですー』
2人して曲がり角から顔だけを出すと、誠一が部屋の扉をノックしてる姿が見えた。
思わず隠れてしまったが、
「……ところで何で隠れるんだ?」
「え?えーと……なんとなく?」
隠れる必要など無い。
そもそも、本人にちゃっちゃと聞いてしまえば帰れる。
「何してんだか……さっさと声かけて────」
『……待ってた(ガラガラ)』
部屋の扉が開いたと思ったら、全裸の美女が現れた。
そして、誠一は笑顔で、焦る事なく落ち着いた様子で女性を部屋へ引き戻し、扉を閉める。
そのR指定光景を見た2人は固まってしまっていた。
◆
「「「わふっ!」」」
「おう、お疲れさん」
部屋を掃除しているコボルト達に挨拶を返し、誠一は貼り付けた笑顔で裸体のシルフィに問い詰める。
「あはは。もー、シルフィさんったら今日はどんな理由で服脱いだんですかー?魔法の実験で爆発して?それとも熱くてかなー?」
最初は慌てるしかなかったが、1日に1・2回も裸体にエンカウントすれば嫌でも慣れる。
最初は胸がドキドキしていて目を逸らしていたが、何か……脱ぎ癖のある赤ん坊の面倒見してるみたいで、今はもうシルフィさんの裸見て、恥ずかしさは起こらない。
素晴らしくも哀しきかな、人間の適応力。
シルフィさんも恥じらい無く、いつも通りの全裸だ。
……いや……よく見ると、心なしか機嫌が良いような?
いつもの無表情ではあるが、短い間とは言えシルフィの機微が分かるようになってきた誠一。
それは当たっていたようで、
「……セーイチの魔法の再現。……上着だけ」
シルフィさんはふんすと鼻息荒げて、無地のTシャツを見せてきた。
「……セーイチの魔法を解析、再現してみた」
「再現って。あの魔法陣からですか?」
誠一はシルフィの言葉に耳を疑う。
その驚きは魔法陣を渡して3日しか経っていないから、ではない。
何故なら、
「だって、あの魔法陣だと個人の魔力量じゃ足りないって」
誠一が作った強制着服魔法は、その地味な効果に対して、莫大な魔力を利用する。
それこそ、一般人100人分でも全然足りないほどの魔力量を。
俺のスキル【想造魔法】。
使い勝手は良いようで、実際は雑なのだ。
例えば、【人差し指に火を灯す魔法】。
これをイメージした場合、人差し指に火を灯すことは出来るが、人差し指以外に灯すことは出来ない。
また、確かに思い浮かんだ通りに魔法を作れるが、イメージ通りに出来てしまい、その為に使用される魔力量などは加味されていない。
「この前、この魔法陣だとシルフィさんでは発動出来ないって」
「……だから、改良した」
無地のTシャツをこちらに渡しながら、シルフィさんは言った。
「……上着だけに魔法陣を固定し、無駄を省き、簡略化させた。……無地で文字がないのは、その結果」
誠一はシルフィの言葉を聞き、感嘆するしかなかった。
シルフィさんは簡単に言っているが、とても難易度の高い技である。
既に存在する魔法陣はそれで完成品であり、何処かを削れば上手く作動しないか、暴走をしてしまい、帳尻合わせをしなければならない。
それは魔法の階級が高ければ高いほど、困難であるのは勿論である。
これは魔法について詳しくなければ出来ない芸当だ。
「流石ですね。ミゲルさんが推してくれた理由も分かります」
「……いいえ、凄いのはセーイチ」
「へ……?」
「……セーイチに興味がある。……その魔力量もだけど、あの魔法陣を作れたことに」
ジッと見上げて、俺の瞳をジーと覗き込む。
裸体には慣れたとは言え、上目遣いシチュエーションに「興味がある」なんて台詞に反応してしまい、思わずドキリとする。
「そ、それはそうと!コッチが出来たなら、時間停止魔法も使えるようになったんですか?」
深く聞かれても困るので、話を慌ててそらす。
すると、少し困った顔をして(はたから見ると無表情なのだが)、視線を戻す。
「……それはまだ。……だから、研究」
「待て待て。服を着なさい」
そのまま魔法の研究に取り組もうとするのを止めさせて、シルフィさんが作った服を渡す。
シルフィさんは素直に指示に従い、服を着ようとするが、
「……穴が、入らない」
「サイズが合ってないですね、この服」
服を着ようとしているが、頭が穴に引っかかり着れないようだ。
今は首元の穴から、シルフィさんのつむじだけが出ている状況だ。
「……改良の弊害。……寸法調整も大まかにしか設定が出来ない。……着せるの手伝って」
◆
突然の我等が教師の痴態現場を見てしまった2人。
ようやく衝撃から復活し、再起動していた。
「まさかセシルの予想が合ってたなんて……」
「……い、いや!ももも、もしかしたら勘違いかもしれないし!?」
「どんな勘違いだよ。裸の女が出迎えた時点でOUTだろ」
顔を真っ赤にしながらカレンはジーンの言葉を否定しようとするが、否定には証拠不十分である。
ジーンの切り返しに、あうあうと黙ってしまうカレン。
だが、しばらくして、
「……ちょっと聞いてくるね」
「あ?おい、カレン!」
好奇心はネコを殺すとは言うが、湧き上がる好奇心自体を殺すことは出来ない。
誠一が入って行った部屋の前までカレンは1人で近づくと、恐る恐る扉に耳を寄せる。
……だ、大丈夫。セーイチ先生がそんなフシダラな事をする筈が……
すると聞こえてきたのは、もぞもぞと2人が服を擦り合わせているような音で、
『……ん、痛い』
『うーん、上手く入らんなぁ……やっぱシルフィさんの(服の)穴が狭いですね』
『……どうするの?私、待てない』
『ちょっと自分の指で穴を広げてみてくれないですか?こうガッと入れてぐい〜って』
『……分かった。……ん』
聴き取りづらい部分もあったが、2人の会話が聞こえた。
扉から耳を離して、スタスタとジーンの方へ戻る。
「…………」
「どうしたカレン?先生何してた?」
「……先生が手解き受けて、肉体関係を受けていた」
「マジでナニをしてるんだよ本当に!」
◆
「何か、外騒がしくないか?」
「……それより、早く研究したい」
「駄目ですよ。服着てからじゃないと研究させません」
「…………(ジーーー)」
「ん?どうしましたシルフィさん?」
シルフィは誠一の服を見ていた。
誠一は自分よりも体が大きい。
今、誠一が着ている服は余裕で自分の体が入るだろう。
「……よし」
◆
「ふ、不潔だよ……うう」
カレンは顔を真っ赤にして蹲っている。
本当にコイツはエロ耐性ないよな。
男共の下ネタトークにも顔を赤くして話に加わらない。
しかし、こんな所で事に及ぶか?
「流石に聞き間違いだろ。気のせいだって、カレン」
「で、でも〜」
「……ったく。盗っ人みたいな真似はしたくねえんだが」
未だ蹲るカレンを置いて、カレンの真似をするように移動して扉へと耳をつける。
何かの聞き間違いで、
『……もう待てない。セーイチ、脱いで』
『何で!?』
『……セーイチの方が穴大きい。使い込まれててゆるゆる』
『ちょ、ちょっと引っ張るなって』
『……誠一のは私の(身体)を悠々と入れられる』
『だからって俺は男だぞ!って、無理やり入れようとするな』
「……」
ジーンはすっと耳を離し、カレンの元へと戻る。
「ど、どうだった?」
「……先生の後ろが使い込まれてゆるゆるだった」
「どういう事!?」
女性の裸体を見た時以上に衝撃を受け、静かにはしていられない2人。
その騒がしさは廊下によく響き、
「何してんだ、カレンにジーン?」
「「あ」」
扉が開き、誠一が顔を出していた。




