32、食事をお届け……
とりあえず、裸の女性はミゲル学園長から渡された服を着て、一時的に本などを端に寄せて片付けたソファに女性とミゲル学園長、椅子1つに誠一が座った。
そして、ミゲル学園長から切り出された内容は、
「食事係、ですか?彼女の?」
「そうだ。まずは紹介から。私の娘、名はシルフィ・カルケットという。シルフィ、挨拶を」
「……シルフィ・カルケット。よろしく」
感情の見えない、流れ作業のように棒読み。
感情の起伏の乏しさと美貌も相まって、まるで西洋のお人形さんである。
そして、髪に隠れてて分かり辛くて今更ながら気づいたが、彼女は、
……ハーフエルフか。
耳が常人よりも尖っており、所謂エルフ耳。
図書館司書のウォーレスを思い出す。
彼もハーフエルフであった。
ミゲル学園長がエルフではないので、母親の方なのだろう。
遅まきながら、自分の名乗りをしていない事に気づく。
「これはどうも。自分は」
「……知ってる。父から聞いてたから。貴族の教師達に睨まれているセーイチという名前の新任教師と」
「あ、そうですか…………え、待って。なんかトンデモな情報が聞こえたよ」
俺って貴族様方に睨まれてんの。
何もしてないじゃないか。というか、むしろされた側だし。
購買開設の邪魔とか。
嘘だよねと確認の視線をミゲル学園長に送るが、
「貴族達はセーイチが無事購買運営へと漕ぎ着け、売れ行きが好調なのが面白くないのだ」
「そんな無茶苦茶な……」
「まあ、仮設購買に関してはあのビル商会が関わっている。そう易々と表立った行動は取らない」
何気に凄いんだなビル商会、もといビルゲイさん。
貴族達も手を出し難いとは。
そこまで凄い人とは思わず、正直言って舐めていた。
「だが、その内セーイチには手を出す可能性がある。今よりも学園内で発言力を持っておくことに損はない。そこで、私の娘だ」
ミゲル学園長はシルフィの頭を優しく撫でた。
「私の娘は魔法学の知識が豊富で、君の研究にとって力となるだろう。娘にも了承は得ている。ただ、その代わりとして」
「食事を作ること……ですか?」
「そうだ。この部屋を見て分かるように、娘は魔法学など興味を持った物にはとことん没頭するが」
「ああ……なるほど」
……ズボラなのね。
まあ、部屋見て分かるし、さっきの全裸三連チャンからして、無気力というか抜けているというかどこか天然入ってる。
「あまりに没頭する余り、食事をせずに夜を越すこともある。研究の助力の代わりとして、娘に食事を取らして欲しい。朝と夜だけでも頼めないだろうか?」
「いや、自分の方が助かるというか有難いというか……でも、そもそもミゲル学園長の娘さん用の食事を俺が作っても良いんですか?」
ミゲル学園長の娘さんなら間違いなく貴族。
結構な重役だし、そんな役を一介の平民教師で良いのだろうか?
しかし、それは杞憂のようだ。
「以前、パンの試作品を君から貰っただろう。あれは娘に食べさせる為だ」
ああ、購買の話を切り出した時か。
誰に食べさすかと思ったら、シルフィさんにか。
「娘も珍しく手を止めて黙々と食べてな。それにセーイチ、君の料理はクロス王国のウェルナー陛下のお墨付きだと耳にしたからな」
「そ、そんな……!恐縮です……」
そんなヨイショしないで欲しい。
こういうのは慣れていない。
「謙遜することはない。私も正当な評価だと考えている。……それで娘の食事の件、どうだろうか?」
そう聞かれ、誠一は考える。
購買の方はビルゲイさんに任せきりで、正直な所お手すきではある。
これといって断る理由はないし、研究の力を貸してくれるのは非常に助かる。
それに、とチラリとシルフィさんの方を見る。
「……何か付いてる?」
「いや、何も付いてないよ。ないない」
何故か惹かれる。
依頼とは別で、この子の世話をしてあげたくなる。
何故かは分からないけど、俺の心はそう囁いている。
「……その依頼お受けします。むしろ研究のご助力の方、よろしくお願いします」
「感謝する。明日の朝から頼めるかね」
「大丈夫です。では、授業前に……あの、届ける場所ってこの部屋で良いんですか?」
「……それで良い。私はここで寝泊まりしている」
寝泊まりって……。
どんだけ研究大好きなんだよ。
「では、娘の事を宜しく頼む」
「任されました」
……と、まあ快く答えた誠一。
食事届けるだけなら大丈夫大丈夫、なんて軽い気持ちだったのだが。
ハーフエルフの女性にして、イダート学園学園長の娘シルフィ・カルケット。
彼女の事を甘く見ていたと後日知るのであった。
◆
翌日。
授業開始前に、研究所のシルフィさんの下へ足を運ぶ誠一。
片手には籠を持ち、その中には片手間に食べれた方が良いかと考え、サンドイッチと水筒に入れた野菜の出汁から取ったスープ。
今回の具は野菜がメインであり、肉や魚系統の具は入れてない。
昨日、聞くことを失念していたが、彼女はハーフエルフだ。
エルフという種族は、基本肉や魚を好んで食べず、野菜や野草、木の実を好んで食べるとか。
なんでも、鼻が良いのか肉や魚は血生臭くて受け付けられないとか。
……レバーとか以ての外だろうな。
スマホのアプリからの知識だけで、この目で生エルフを見たことないから大っぴらげには言えないが、そうなのである。
そして、その血を引いたハーフエルフは食生活はどうなるのか。
これに関しては、曖昧だ、としか言えない。
人によってマチマチらしく、肉や魚が苦手な人もいれば、余裕で食べれる人もいる。
これと言った境界線が無く、あやふやなのだ。
以前、シルフィさんが食べたであろうメロンパンと焼きそばパン。
焼きそばパンの焼きそばには、キャベツや紅生姜など野菜のみで肉は入ってない。
これはコスト削減の他に、宗教の食のタブー問題を考えた結果である。
こういうことは本当に繊細な物だ。疎かにしてはいけない。
なので焼きそばパンにはエルフでも食べれるのだが、メロンパンには上のサクサクしたクッキー生地にバターなどの乳製品が入っている。
意外と知られていない事だが、牛の乳は「血液」から出来ている。
なので、牛乳は勿論、チーズやバターなどの乳製品をエルフは受け付けない。
そして、乳製品であるバターを含んだメロンパンを食べたということは、恐らくであるがシルフィさんは肉などが大丈夫なタイプなのだと推測する。
というか、ミゲル学園長が特にこれと言った注意要項言ってなかったから大丈夫だろう。
しっかりしている人だし、言い忘れたなどは無い筈だ。
……でもまあ、一応なあ。杞憂だろうけど。
念のため、初日は無難なサンドイッチとスープである。
「シルフィさーん。居ますかー?誠一でーす」
軽くノックをし、扉の外から声をかける。
起きていたのか、反応はすぐであり、
『……開いている。入って』
本人の許可も貰ったので扉を開ける。
「失礼しまーす」
すると、部屋の中で仁王立ちする全裸女性が居た。
というか、シルフィさんであった。
誠一はピシャンッ!とすぐさま扉を閉める。
「まさかの全裸天丼4杯目?!シルフィさん、今日俺が来るって知ってたよねー!」
閉めた扉の向こうからツッコミ入れるが、
「……何故閉めるの?(ガラガラ)」
「開けるな!脱ぐな!服を着ろー!(ピシャンッ!)」
構わんと言わんばかりに扉を開けてシルフィさんが出て来ようとするので、また扉を閉めて要点を告げる。
すると、シルフィさんが、
『……まだ昨日の魔法陣、観察し切れてない』
と、扉の前から告げてきた。
「まさか、シルフィさん……その為に服を脱いで」
「……さあ、見せて(ガラガラ)」
「嘘だと言ってよマーニー!(ピシャンッ!)」
今度は開かないように外側から手で押さえる。
シルフィさんが内側から開こうとしているのか、ガスガスと扉が微かに動くが、俺の力の前では扉は開かない。
しばらく抵抗があり、しかし、無駄だと気づいたのか静かになった。
やっと諦めたか。
昨日も服を燃やすなんて強硬手段取ったし。
アグレッシブなのか、無気力なのか。
ベルナンさんやイルクさん、ジョディさんとは別ベクトルの厄介さだ。
別ベクトルというか、方向性の無さというか。
……というか、静か過ぎない?
急な静寂に不安に思った誠一。
扉に耳を当て中の様子を聞いてみると、シルフィさんがまるで魔法の詠唱のようなのを唱えていて、
というか、魔法の詠唱だった。
それも、中級。
『……"爆炎よ、我が眼前の敵を打ちく』
「待たんかー!!見せる見せるから!」
「むぐっ、むがむが」
扉を開けて、すぐさまシルフィさんの口を塞ぐ。
マジで何をしようとしてんだ、この子は。
もう少しで俺諸共爆砕されるとこだったぞ。
というか、構図的にマズイ。
全裸女性の口を押さえてるなんて。
すぐさま昨日の強制着服魔法を発動させ、手を離す。
折角着させた服をまた燃やされても困るので紙を取り出し、魔法陣を紙に書き写すという魔法を創造して発動させる
そうして書き写した強制着服魔法の魔法陣をシルフィさんに渡す。
「……ありがとう」
「へーそーかいそーかい。どーいたしましてー……お願いだから服脱がないでくれ」
「……(ジー)」
「聞いてねえし……」
はぁと溜息を吐くと、学園のチャイムが鳴り響く。
授業開始10分前の合図だ。
「やべえ!もう授業が始まっちまう……シルフィさん、ご飯ココに置いていくから!食べてくださいね!良いですね!」
「……(ジー)」
返事は無いが、時間が無いのでここを出て行く事に。
去り際に一応念の為にと、サンドイッチが痛まぬようにと、触れれば解除される時間停止魔法をバスケットにかけておく。
「それじゃ、また昼に!」
誠一は授業へと走って去って行ったので気付かなかったが、
「…………」
扉が閉まる寸前、シルフィの両目はバスケットに釘付けとなっていた。
◆
何とか授業に間に合い、昼休みになったのでシルフィさんの元へ訪れ、現在部屋の扉の前にいる。
依頼されているのは朝と夕方のみだが、今日の朝は忙しかったので、確認ついでである。
ただ、扉を開けるのに少し勇気がいる。
……朝から心臓に悪かったな。
転生前だったら確実に心臓発作起きてたな。
まさかこんな事で若返りに感謝する日が来ようとわ。
……親バカホブス、ロリコンレヌス、精神年齢ガキのベルナン、モザイク全裸のイルク、ゴリメイドのジョディ……
あれ……思いの外心臓に悪い人達ばっかに遭遇してるな。
てか、個性強すぎて回想に割り込んで来たんだが。
心臓に負担かかり過ぎではないだろうか、俺の異世界人生。なんなの、この悪夢のアンハッピーセット。
異世界のクーリングオフ制度は何処?
まあ、流石に今度は全裸じゃないだろう……と願う。
切に願う。
ノックをすると、「……どうぞ」と声が返ってくる。
待っててもしょうがないので、さっさと開けると、
「…………」
「……ふぅ。良かった、全裸じゃない」
……いやいや。なんで服着てることにホッとしてんだよ。
これが通常であるのに、違和感しかない。
服着てるのが当たり前だろうに。
シルフィさんはこちらが入って来たのに気にせず、机の上の物を観察している。
いつもの気の抜けたような顔ではなく、真剣な眼差し。
その横顔にしばし見惚れるが、コホンと咳払いをする。
会話も無しで飯だけ置いていくというのも味気ない。
まだ強制着服魔法を調べてるのかと思いながら、シルフィさんが覗き込んでいる物を見ると、
……朝食の入った籠?
「えーと、何してるの?」
「……観察」
「あー。ごめん、今のは質問の仕方が悪かった。何で朝食の入った籠を見てるの?」
「……籠に施された魔法を観察してる」
「魔法って……あ」
部屋を出る直前に掛けた時間停止の魔法を思い出す。
……しまった。
全裸の不意打ちに、時間的猶予の無さで、いつもみたく使ってしまったが。
……時間を停止させる魔法なんて使える奴は現在この世界には居ねえ。
いつも「料理の保温とか超便利じゃね?」なんて電子レンジ感覚で使って重宝しても有り難みゼロになってたとは言え、大失態だ。
あんまり他人に見せるなと言われてたのに。
まあ、失態もあるが、別のことも気になることがある。
というか、本筋の話、
「その魔法、人の手が触れたら解除するようになってんだけど」
「……そう。だから、まだ触れないで。……観察が終わるまで」
「……てことは、朝食食べてないのかよ」
肯定するようにきゅるるるる〜と可愛らしい虫の音がシルフィの腹から響く。
初っ端から失敗かよと、掌で顔を覆って反省する誠一。
これに関して、魔法陣を紙に渡すのは流石に気が引ける。
まあ、時間停止かけてるからサンドイッチが腐ることないし、その内飽きるだろうと考え、朝食については諦める。
……それに、
「気のせいか……朝来た時より散らかってないか、この部屋」
「……研究する事が増えたから」
遠回しに肯定の返事が返って来た。
気のせいではなかったようだ。
このままだと更に物で散乱するのが目に見えている。
ミゲル学園長の依頼には無かったが、部屋の片付けもしなくては。
自作したゴーレムのカクとスケに任せるかと考えたが、いやと頭を振り自分の考えを否定する。
カクとスケを観察しようとして掃除の邪魔をするだろうし、その上、最悪の場合は無理矢理2人を分解するなんて自体もあり得る。
とすると、アイツらに頼むか。
シルフィさんが籠に集中している内にスススと一旦部屋の外へと出る。
また目の前で魔法を発動したら、また興味を持たれて終わりが無い。
誠一は一瞬の内に彼らを異空間から召喚させる。
「来てくれ、コボルト達」
「「「わっふー!」」」
ポポポポンと小さなコボルト達が、誠一の声に呼応して空中に空いた穴から出てくる。
その数、10匹。
「突然の招集ごめんな。お願いがあるんだけど、頼めるか?」
「「「わふ!(訳:神様の為ならば)」」」
「だから、神じゃないっての……まあ、ありがとう。後でお菓子をあげるな」
「「「わっふっふー!(訳:やったー!)」」」
という訳で、コボルト達を連れて部屋に戻る。
すると、シルフィは気になったのか、チラリとコチラを見て聞いてくる。
「……その子達は?」
「俺の相棒のコボルトだ。この部屋の掃除をさせたいんだけど。いいかな、シルフィさん?」
「……別に構わない」
そう一言だけ言い、魔法の観察に戻るシルフィ。
本人の許可を頂いたことだし、掃除に取り掛かって貰おう。
「今からこの部屋の掃除を頼む。全部はやらなくていいから、出来る所からで。要らない物があれば部屋の片隅にまとめて置いといてくれ。分からない物があれば、シルフィさんに確認を取って判断してくれ」
「「「わん!」」」
「シルフィさん。触ったら爆発する、なんて命の危機になる物とかはないですよね」
俺がそう質問すると、思い当たる物が無いかを考えてるのか数秒無言が続き、
「……死に陥る物はココには無い」
シルフィさんからの解答も返って来たことだし、なら大丈夫だな。
……掃除は良しとして、朝食の代わりはどうするか。
「シルフィさん、食べれない物とか有ります?エルフ的にコレはNGとか」
「……特に無い」
食べれるタイプなら、俺の昼飯でも食べれるってことだな。
コボルトの時に取り出しておいた自分の昼飯。
ちょっと今日は洒落て、スライスしたオニオン、レタス、マスタード、マヨネーズ、レモンを一絞りした焼かれた鯖をサンドしたトルコ名物「サバサンド」。
手に持った自分の昼食を、シルフィさんに手渡すことにする。
「朝食まだ何でしょう。代わりにコレを食べて下さい」
「……契約は朝と夜のみの筈。これは受け取れ────」
「いいから。ご飯食べてないんでしょ」
そう言うと、ぐうぅとシルフィさんのお腹が鳴る。
俺は押し付けるようにサバサンドが入った袋を渡し、部屋の扉へと手に掛ける。
「今度は食べて下さいね。空腹じゃ賢い頭も回りませんよ。それじゃあ」
これ以上何か言われる前に、言う事だけ言って部屋から去る。
◆
コボルト達は手を振り見送り、シルフィは渡されたサバサンド入りの袋を見る。
朝食を摂らなかったのも、部屋の掃除も父との契約外のことだ。
……学園長である父へのごますり?
そう考えるが、
『食べて下さいね』
先程そう言った彼の顔を思い浮かべると、確証も無いのに何故かそれは無いと分かる。
でも、それではこんな自分に優しくする理由が解からない。
「……変な人。……ん?」
ふと、周りを見るとコボルト達がコチラをジーと見ている。
最初はコボルト達もお腹が空いているのかと思ったが、違うと気づく。
……食事中に埃を舞わせない為に、私が食べ切るのを待ってる。
モンスターなのに行儀がいい。
出来れば、もう少しこのまま魔法の観察を続けたいが、つぶらな瞳に見られてか、ふぅと息を吐き近くの椅子に座る。
シルフィはサバサンドを取り出し、齧り付く。
「……美味しい」
そう一言呟き、シルフィは黙々と食べるのであった。




