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母の記憶

 母との思い出は私の記憶にはない。


 母の私物が我が家にはない。母の写真さえもない。そして、理由は分からないが家族三人で写っている写真もたった一枚しかない。我が家のリビングには三枚の写真がフレームに入れて飾られている。

 一枚は恐らくお宮参りの時の写真。これが母が私の母である事を示す唯一の写真で、唯一の記録。二枚目は父と母の結婚式の写真。和装して緊張している両親。親父は若々しいが、当然に面影はある。だが、母の顔にはやはりピンとは来ない。そして、三枚目は私が幼稚園に入園した時の写真だ。つまり、当時の私は母の姿を、この二枚の写真でしか見た事がなかった。

 母が生きていたらどんな人生だったんだろう。ふとそう思う時が昔からあった。勿論、父は男手一つで必死に育ててくれた。それに物心ついた頃から母がいない生活をしていたので、母がいない寂しさはあっても、悲しみはなかった。だから、幼い頃に母の事を聞くことはなかったと記憶している。

 そして何より、私と母が親子であったと目に見えて分かる記録が、たった一枚の写真しかないのでは、母に母としての愛着が湧く訳もなく、むしろ私は母の話を親父に聞く事によって親父に母親がいなくて可哀想な思いをさせている、などというコンプレックスを背負って欲しくなかった。親父さえいてくれれば私は十分幸せだったからだ。


 そんな風にしか母を知らない私が、ある日を境に天国にいる母に心から感謝する事になる。そうなるきっかけになったのは、私が妻と結婚したい旨を、初めて親父に話した時だった。






  

 お祝いに飲みにでも行くか、そう言って親父の行きつけの焼鳥屋に連れて行かれた。結婚が余程嬉しかったのか、それとも寂しかったのか、親父はいつになく酒を飲んだ。そして、酔っ払って母の話をし始めた。


「真美が生きてれば何て言ったかなぁ」


「真美?」


「お母さんだよ」


 笑いながら親父は突っ込んだ。どこの家庭も子供が生まれて、月日が経つと夫の事をお父さん、妻の事をお母さんと呼んだりすると聞く。でも、親父の場合、妻をお母さんと呼び始める前に亡くしてしまったからか、未だに母の事は真美、と名前で呼ぶ。こんな些細な事でさえも、切なさを感じた。

 そして、それと同様に真美、と言われてもすぐに母の事であるとピンと来ない俺にも母との繋がりの薄さを感じる。


「どうだろうね。嫁姑問題とかあったのかな」


「そうだなぁ。それで父さんと真一が間に挟まれてこうやって二人で愚痴りあったりなぁ」


「母さんって…どんな人だったの?」


 親父が俺の目を見て黙った。俺の記憶じゃ母さんの事を聞くのはこれが初めてだ。親父のリアクションを見る限り、あまり聞くべきではなかったのかもしれない。


「真美はな、元々病弱だったんだよ。心臓が弱い人でな。結婚する前から父さんは知ってたんだ。それでも、定期的な通院と治療を進めていれば日常生活に支障はなかった。当時、死んだばあちゃんが大反対してな。心臓に病気なんかあったら子供も産めないんじゃないかって」


「ひどいなそりゃ」


「いや、ばあちゃんの話も一理ある。現に、真美は真一と言葉を交わす事なく、何を教える事なく、旅立ってしまったんだからな。結婚するって事は男だろうが、女だろうが相手の人生に責任持つ事だし、子供を産めばその責任は何倍にもなるんだからな」


 勿論、俺も今回の結婚を安易に考えていた訳ではなかったが、親父のその言葉に襟元を正されたのは事実だ。


「結婚して二年か。真美のお腹に赤ちゃんがいるって分かった時は・・・真一には悪いけど複雑な気持ちもあったよ。真美はすごい喜んでたけどな、父さんは不安の方が強かった。体が出産に耐えられるのか、二十年近く子育てする元気はあるのか、そして、真一に寂しい思いをさせないかどうか」


 自分がお腹に宿った時の両親の気持ちを聞くのは何とも不思議だが、俺と同じ様に親父にも若い頃があったんだな、なんてごく当たり前の事を思ったりもする。


「陣痛ってすごい痛いらしいんだよ。出産する時に陣痛室って所があってさ、いよいよ生まれるって時までその部屋で待機させられるんだ。真一が生まれる時もその部屋に何人か妊婦さんがいてな、カーテンで仕切られたベッドでみんな苦しんでるんだよ」


「すごい状況だね」


「痛いーーー!!!とか、もうやだーーー!!!とか、絶叫が絶え間無く響いててさ、父さんオロオロしちゃってなぁ。でもな、真美は痛いとも、苦しいとも、やだとも、一言も言わなかったんだよ。勿論、真美だけ痛みがなかったなんて訳じゃない。十時間以上、その痛みに耐えて、痛くてどうしようもなくなると、涙流しながらお腹に手を当てて真一に頑張れ、頑張れって声掛けてな。私以上にこの子の方が痛いだろうからって。その姿に父さん涙止まらなくてさ」


 そう言う親父の目も潤み始めた。親父と母さんの数少ない思い出。そんな中に自分が参加していた事が少し嬉しい。自分の記憶には無い<三人家族>の思い出だが、親父の記憶にはきちんと存在している事がありがたい。


「母さんはどんな人・・・か。どんな人だったか、って聞かれたら一言で言えば強い人だったよ。体は小さいし、おっとりしてて、おっちょこちょいだけど、芯は強い人だった。こんな小さい体でそんなにそんなに背負い込まないでいいのに、って父さんはいつも思ってたな」


「そっか。母親としては?どんなお母さんだったの?」


「そりゃ一生懸命だったよ。子育てってさ、どうしても自分の親、義理の親が口出しする場面があるんだ。でも、親世代がやっていた子育てと、今の子育てでは何十年の時間の経過があって、その度に子育ての仕方は変わる。昔は良しとされていた事が、研究が進んだ今の時代ではダメだとされる事なんてザラにある。でも、親世代はそれを認めてしまうと自分の子育てが否定されるようでなかなか認めてはくれない。だからと言って、親の言う通りの子育てなんて出来はしない。真美は色んな本読んで勉強してたよ。生まれて四ヶ月くらい経った頃かな?何故だか急に真一の生活リズムが昼夜逆転する時期があってさ。昼間は寝てるくせに夜中に起きて遊び出すんだよ。その時も真美はたくさん調べて、父さんの仕事に支障きたさないようにって父さんは別の部屋で寝かしてくれたなぁ」


「へえ。すごいな、それは」


「父さんに真似しろって言われたって父さんには絶対出来なかった。自分でも、父さんは赤ちゃんだった真一の面倒よく見てたなって思えるけど真美のそれとは比べものにならないよ。真一の事が可愛くて可愛くて仕方なかったんだろうなぁ」


「・・・今の俺、母さんが見たら何て言うかな?」


「そうだな。きっとここで父さんの隣に座って、真一にちゃんと言ってるよ。立派な息子に育ったねってな」


 そう言って親父は潤ませた目を、誰も座っていない空席に向けた。




 親父に初めてこうやって母さんの話を聞いて、そしてそれを自分の記憶に投げ掛けても、やはり記憶は何も反応してくれない。でも、確かに、親父が語っていたその当時は、家族三人幸せな時間を過ごしていた事は間違いなかった筈だ。

 その数日後、私は改めて母の私や父に対する愛情の深さを知る事になるが、この日は間違いなく私の母に対する考え方が変わるきっかけになった日だった。

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