2話・王子様は守護者
雨宮が僕のクラスにやってきてから一週間。
彼女が他の人と話すことは、ほとんどなかった。
休み時間は読書をし(しかもかなりの濫読派らしい)、授業中は時折外を眺める。
その姿は、雨宮によく合っている。
なんというか、寡黙な少女のイメージは、彼女にぴったりなのだ。
かくいう今日も、少女は誰とも喋ることなく、放課後を迎えた。
少なくとも僕が見ている中ではね。
そういえば、
今日は金曜日だったな。
ガーディアンメンバーが一週間に一度、全員集まることになっている日だ。
そういえば篠崎は、雨宮もガーディアンに入るって言っていたっけ。
なら、一緒に行った方が良いかな。
集合場所は、メンバーが一度は迷ったことがある場所ベスト1なんてからかわれるくらいだ。
僕は教室に人が少なくなるのを待って、雨宮に近づいた。
僕は笑顔をいつも絶やさないようにしてるから、あんまり悪印象を与えることはないんだけど。
「雨宮さん」
雨宮は、声に反応したのか、ゆっくりと僕の顔を見た。そういえば雨宮の眼は綺麗な蒼色だ。
瞬きをするたびに、長いまつ毛が憂い気に震える。
……いつの間にか人の顔を観察する癖がついてしまったみたいだ。
僕をしばらく見つめた雨宮は…
迷惑そうな表情を顔に浮かべた。
"……………"
雨宮の声は聞こえなかった。
あーあ。初対面で印象を与えてしまったかもしれない。
雨宮の心は、読みにくい方なんだな。
たまに、僕の能力でも心が読めない人はいる。心を閉ざしてる人。なにも考えていない人。
そして、誰も信じていない人なんかが多いと思う。
「雨宮さん、実は聞いたんだけど。ガーディアンに入るってほんと?それなら、案内するよ」
僕の言葉に、雨宮は少し考える動作をして、小さく頷いた。
「………はい。お願いします」
よかった。断わるタイプのように見えたから。
それにしても雨宮が会話しているのを、僕は初めて見た。意外としっかり話せるんだな。声も通ってるし。
"……………"
ただ、このままだと会話が続きそうもないので
「じゃあ、行こう。案内するよ」
僕は雨宮の手を取り、ガーディアン本部まで連れて行った。
もちろん雨宮の満面の嫌な顔付きで、だ。
「それでは、一週間の報告をお願いします」
「高等部二年からです。二週間に渡る警備は順調に進んでおり……」
一週間に一度の定例会議、先輩たちは個々の報告をしていく。
わかったことは、ここ二週間ほど、おおかみが出ていないということ。
おおかみはガーディアンが最も恐れる相手だ。
生徒を夜な夜な攫っていく獣。
僕たちは、生徒を奴から守るためにあるんだ。
一連の話に、雨宮は、さして興味がなさそうに下を向いている。
いざというときのために、僕は、少女を隣の席に座らせていた。
あ、もしかしたらおおかみの話は、彼女には理解し難かったのかもしれないな。
新入生には経験がないこともある。
説明したほうがいい。
そう思って、彼女の肩を叩こうとした手は、綺麗な小さい手に払いのけられた。
よくみると雨宮の手だ。
またも少女の顔には、嫌な表情が浮かんでいた。
なにが気に障ったか分からなかったから、正直困惑してしまったよ。
「………触らないで」
どうやら、僕の手は、彼女のハラスメント・コードに引っかかってしまったようですね。
「ごめん」
僕は謝りの言葉を述べる。
謝りの言葉は、案外その人の表情で決まると知っているから、
僕はいかにも済まなそうにした。
すると、
彼女の機嫌をさらに損ねてしまったみたいだ。
今度は睨みつけるみたいにこちらを見てくるのだから。
「最後に、新しいメンバーの紹介です。あ、雨宮さん。立って、自己紹介してくれる?」
ナイスタイミング!
進行役のリーダーに、心の中で感謝をして
僕は心の中でガッツポーズをした。
雨宮というこの少女は、とても扱いにくい。そのことがよーくわかってしまったからね。
かたん。かたかた。
僕の隣の椅子が静かに引かれた。
雨宮は、堂々と立ち上がって見せて、それから一礼をした。
「雨宮小春です。……よろしくお願いします」
「はい、みんな歓迎すること!あ、あなたは、真代くんとしばらく組んでもらうことになりますから、彼からしっかり学ぶように」
「「よろしくお願いします」」
「では解散!」
それを鶴の一声に、メンバーは一斉に立ち上がりはじめた。
なかには、美人と組めてよかったな、今度俺にも紹介しろよ、なんて言ってくる奴もいる。
わかってはいたけど、ついに雨宮とバディになったわけだ。
一応挨拶くらいはしとかないとさ。
そう思って、ほんとにただそう思って、
僕は手を差し出したんだ。
「バディよろしく。改めてだけど、僕は真代 侑己」
さっきの挨拶はどこへやら、
ぼんやりとした表情の雨宮をしていた雨宮だが、
僕の言葉の後に
そこには、驚いた表情の雨宮がいた。
いや、もともと表情の起伏が少ないとわかっているから、すこしの顔の変化でそう言っているのだけど。
たしかに彼女は驚いていた。
信じられない、とでもいう風に。
そのとき。
"……ましろ ゆうき"
頭のなかに流れてきた声は、たしかに雨宮のものだ。
まぁ、とりあえずいい。
僕は、これをきっかけに、雨宮でも心を読むことはできるんだな、なんて思ったわけだ。
僕のバディ、雨宮 小春は、俗にいうクーデレのようだと思った。