0話・おおかみ
「きゃぁぁぁぁ!」
路地裏に響いたのは、あどけなさの残る少女の悲鳴だった。
がるるる……すぅ…
彼女の目の前では、少女の二倍程はある大きな獣。
初めはいきなり現れた生き物に驚いていたが、
そのうち自身の小さな身体を遥かにしのぐ獣の大きさに、少女は身を震わせるようになった。
この獣に食べられる、死んじゃう。
怖い。
獣は真紅の瞳で少女を睨んだ。
あぁ、私食べられちゃうんだ。
ほら、大きな口が迫ってきて…。
獣は口を開け、少女を一噛みで食いちぎってやろうとでもするように、少女に近づいた。
彼女が最後に見たのは、獣の鋭い牙だらけの口が身体に突き刺さる寸前の光景だった。
……獣は少女を口に咥え、そっと歩き出した。
まるで帰巣本能が行動を支配しているように機械的に。
ふいに、鈴の音が路地裏に鳴り響いた。
獣は、音の出どころを探し辺りを見回す。耳が忙しなく動いた。
数秒経って、みつけた。
そこには一人の青年が立っていた。
「おおかみ、お遊びはそこまでだ、その子を離してもらおうか」
青年は青色の澄んだ瞳を"おおかみ"に向けた。おおかみも目を逸らさない。
次の瞬間、青年の瞳は紅く染まり、地面が大きく波打った。
煉瓦造りの道のはずだが、地面は生き物のように波打ち、おおかみの足場を揺らす。
獣が一瞬怯んだのを見計らい、青年は腰に掛けてある日本刀を取り出した。
「模造刀でも無いよりマシだ…」
そう呟いた青年は、大きく踏み込んだあと、おおかみとの距離を詰めた。
至近距離に持ち込まないと勝ち目はない。
「うぁぁぁぁ、当たれぇぇぇ!」
模造刀を、青年はむちゃくちゃなフォームで振り回した。
しかしおおかみは軽い動きで刀を避ける。このくらい造作もない、とでもいうように。
どうやら次の手も既に読まれているらしい。
あぁ、分かってる。まともに扱ったこともない武器で敵うはずがないってこと。
でも、数ならどうだ?
こういうとき、二人組の有難さを感じる。
だから、うまくやってくれよ?
「篠崎!分かってるな⁈」
篠崎と呼ばれた少女は、路地裏を囲む塀の上にいた。
おおかみは、塀を背に青年の攻撃を避けていたため、その声に後ろを振り向いた。
「はいはい、分かってます先輩。
おおかみ、後ろも気にした方がいいよ?」
そこには模造刀を振り降ろすモーションの篠崎の姿。
狙いは的確に。首筋!
得物を最大限に振り下ろすと、
ガツン、と鈍い音がして、おおかみが少女を取り落とすのが見えた。
「恵美ちゃん!」
おおかみはどうやら敗北を認めたようだ。
物凄いスピードでこの場を去っていった。
「はぁ……怖かった…」
篠崎は、力が抜けた様子でその場にへたりこんだ。
「新入生…は、気絶してるだけみたいだな」
「よかった…笹原、恵美ちゃん」
篠崎と青年は、ずっと彼女を探していた。
学園内で迷子になったのではないか?
…おおかみに目を付けられてしまったのでは?
目を付けられてしまったのは確かだが、最悪のシナリオを避けることはできた。
篠崎の知り合いには、おおかみに攫われて戻ってこない子がいるから、その怖さは知っている。
六年前から続く"おおかみ"によるこの行為は、
攫われた子供達が軒並み姿を消してしまったことから、
"おおかみ"と"神隠し"
"おおかみかくし"
と呼ばれている。
「最近、以前にも増して頻繁におおかみが現れるようになってきた」
「今日もなんかおかしかったね、なんか、焦っているように見えた」
「警戒、するしかないよな」
星の宮学園において、"おおかみ"から生徒を守る組織"ガーディアン"のとある少年のお話。
「真代が聞いたらどうなるでしょう」
「さぁ。近々、あいつにもバディが必要だとは思ってたんだ」
「………恵美ちゃんも心配だし、戻りましょう、先輩」
_____episode,0
本編で書き足りなかった部分を追加した話になります。