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第八話 : こんにちは異世界

「希望は光かしら」


 誰かの尋ねる声がする。


「闇は絶望かしら」


 無機質に、淡々と。

 問いかけるのは幼い抑揚。


「迷いは苦痛なものかしら」


 そんなこと、考えたこともない。


「拒絶は盾になるかしら」


 そんなの知らない。


「信じて待てばいいのかしら」


 繰り返される問いかけは、どこか責めているようにも聞こえて。


「どこにいるの?」


 暗闇の中、深月(みづき)は声の主を探した。


「間違いは正さなければ」


 凛とした声が響いて、深月はくいと袖を引かれた。



「あなた……」


 そこにいたのは少女。

 全身を包む純白のローブに、額には金のサークレット。

 眩い銀髪と深緑の瞳をしていて、背は深月の胸くらいまでしかない。


「あなたは……誰?」


 深月は呆然と問う。

 自分とよく似た幼い少女は、しかしその色彩と纏う空気が全く異なる。

 少女の小さな唇が動く。


「私はリゼ=ヴィーラ。光を支える二柱(ふたはしら)のひとつ」

「光を……支える?」

「彼は純潔であるが故に、その姿を保てなかった」


 見ると、深月は元の姿を取り戻していた。


「彼って……トモのこと?」


 少女はこくんと頷く。


「彼は月。そしてその器も。同一を許されたのは太陽のみだから、彼は体から弾き出された」

「……言ってる意味が全然わからない」

「あなたも同じよ。あなたもまた、純然たる光」

「私も?」

「器を失くした彼を受け止めて、あなたも器を飛び出した。そうして自然と彼の中に入ったの」

「……つまり、入れ替わったのはトモが原因ってこと?」


 それとも私? と深月は眉根を寄せる。


「いいえ、それは違う」

「じゃあどういう」

「ここに来たから」


 きっぱりと、少女は答える。


「ここって……どこ」

「あなたたちを必要とする場所」


 少女の言葉に深月は首を傾げる。


「何それ、どういう意味?」

「世界はあなたを、彼を待っていた」

「生まれてこのかた都内在住です」

「あなたたちの世界じゃない」


 深月をまっすぐ見上げて、少女は続けた。


「運命は廻り始めた。わたしたちは拒むことを許されず、抗う術もない」

「何、何の話……」

「お願い、わたしたちを助けて。この世界に、ルーウィンに闇を取り戻すの。そうすればわたしはあなたたちを帰してあげられる」

「助けるって……」

「リラムの太陽王に伝えて。予言は陛下の偽りだと。真実は、あなたにこそあると」

 少女の姿が薄らいでいく。


「ちょっ」

「わたしたちはまた会える。追憶の塔(プロセット)神庭(かむにわ)で、きっと」

「待って……ッ」


 慌てて伸ばした手は空しく闇を掴んで。

 眩い少女は跡形もなく消えていた。



◇◇◇



 暖かな日差しと穏やかな風。

 葉擦れの音と、それに交じるかすかな鳥のさえずり。

 近く水に匂い。


 さらに近いのは馴染んだ気配。心地よい温もり。


(あったかい……)


 なんて幸せな瞬間だろうと、深月(みづき)はすりすりと頬ずりする。


「深月……」


 耳慣れた穏やかな声。


「んー」

「くすぐったいよ」

「う……?」


 くすくす笑う声に深月はゆるゆると目を開ける。


「おはよう」

「……はよう」


 夢の余韻に浸ったままの深月はぼんやりと返した。

 こちらを見ている碧の眸。瞼にかかる茶色の髪。

 陽を受けてセピアに輝くそれは手触りがとても良さそうで、触れたくて、深月は手を伸ばす。


「トモの髪の毛、柔らかーい」


 へらっ、と笑う深月の頭を、今度は友弥(ゆうや)が撫でた。




「好きだよ、深月」




「嬉しい。私もー」


 寝ぼけたまま返事をする深月。そして。


「!?」


 深月はがばりと起き上がった。




  ごいんっ




 そしてまたしても、思いっきり頭をぶつける。


「ったぁーい」


(何かこれ、昨日もあったような……)


「大丈夫、深月?」

「うん……。――――ってトモ!!」



 勢いよく顔を上げた深月を後ろに下がることで避けた友弥は、困ったように笑いながら言う。


「深月はもう少し、ゆっくり体を起こすとといいと思うよ」


 苦笑する友弥の顎のあたりは赤くなっている。



「ごごごごめんなさい……! ……それと、その、あのっ!」

「うん?」

「いいい今、なんて……」


 どもりながら深月は懸命に訊いた。


(確か今、好きだよ、み、みづ、みづ……。きゃーーーーーーーっ)


 頬を紅潮させた深月は、興奮と緊張で瞳を潤ませる。



 それを見た友弥は目を丸くして、それからゆっくりと顔をそらす。


(照れてるの? トモさん照れてるの?)


 やーん、と頬を抑えた深月だったが――――。



「朝だよ」


「え?」


「朝だよ深月、って言ったけれど」


 衝撃の一言。



「おはよう深月」


 にっこりと、友弥はさわやかに本日二度目の挨拶をした。



「の……」

「の?」



(NO――――――――!!)


 深月の心の中で、滂沱の涙が流れた。





 どうしたら“朝”と“好き”を聞き間違えるのか。

 はずかしすぎる聞き間違いに深月(みづき)は突っ伏した。


(穴があったら入りたい穴があったら入りたい穴があったら――。……いや、もういっそ掘って埋まるか)


 ボストンバッグの中にシャベルはあったかしら、と記憶をたどる。

 もちろん学生鞄にそんなものは入っていない。



 深月はまた混乱している。



「まだ眠い? でもそろそろ起きて、顔を洗っておいで」

「…………」


 見当違いな友弥(ゆうや)に深月はむくりと体を起こし、ボストンバッグを掴むと無言のまま川に向かった。







「いなくなった?」

「というより、居なかった」


 顔を洗って戻った深月は、昨夜介抱した少女がいなくなったと告げられた。

 てっきり彼女も川にいるのだろうと思っていたので、たどり着いてその姿が見えないことを疑問に思い友弥に尋ねたのだが、その答えは予想外だった。


「目が覚めた時にはもういなかったよ」

「あんなに顔色が悪かったのに……」


 昨夜、焚き火に照らされていた彼女の寝顔はお世辞にも健康的とは言えなかった。


「ていうことは服は」

「剣道着のままじゃないかな」


 あらまあ、と深月は瞬いた。



 昨日、着替える着替えないのやり取りの後結局深月は濡れたままでいることを選んだ。

 友弥の身体で着替えるのが恥ずかしかったからだ。

 もちろん友弥にも「そのままで」とお願いした。

 しかし火の傍で動ける二人と違い意識のない少女は、濡れたままだと確実に風邪を引く。

 迷ったものの、深月は自分のボストンバッグから剣道着を出して少女に着せたのだった。


(いやー、あれは葛藤だったね)


 見た目友弥の深月が気を失っている少女を脱がせるのだ。


(いくらトモが私の王子様でも、あれはキツかったわー)


 軽く変態気分を味わいながら深月は少女に道着を着せたのだった。

 その少女が消えた。


「攫われたってこと?」


 今は物騒なご時世だ。有り得ないことではない


「もしかしたら、自分で帰っていったのかもしれない。彼女にとっては僕たちも十分怪しかったと思うし」


 確かに友弥の言うとおりだ。

 全く知らない人間の傍で目覚め、しかも勝手に着替えさせられたのだ。

 逃げなければと思うのは寧ろ当たり前だろう。


「探したほうがいいのかしら」


 少女が自分の意思で消えたのだとしたら、見つけたとしてもあまり意味はない。


「どうかな。とりあえず、そろそろ僕たちも移動しようか?」


 そう言って友弥は自分のスポーツバッグを持ち上げた。



「どっちに行けばいいかしら」


 こういう時、映画や小説なら川沿いを進むことが多い。

 上流でも下流でも、人が住んでいる可能性があるからだ。

 案の定友弥は「川の傍を歩こう」と提案した。


「最悪今日も野宿かも知れないから」


 それはとっても困る。が絶対ないとは言い切れないので、深月は頷いて友弥と共に川に向かった。




 おおまかにでも現在地を確認するため、深月たちは下流に向かった。うまく森を抜けることが出切れば、周りを見渡せるかもしれない。そう考えて一時間ほど黙々と歩いた。


結果。




「…………」




 願い通り、辺りを見渡せる場所に出られた。出られはした、けれど。



眼下に広がる景色に深月は絶句した。



 足元は鹿でも登れなさそうな断崖。

 その数十メートル下には、一度入ったら到底抜け出せそうにない広大な森。

 間を縫うように流れる川。

 森の向こうには石造りの大きな門、レンガの建物、テントや幕を張った露店と見慣れない街並み。

 まるで異国、知らない時代にタイムスリップしてしまったかのよう。

 開けた視界で二人を待っていたのは、そんな途方もない光景だった。


「ねねねねえ、トモ」


 同じく言葉を失っているのだろう、何も言わない友弥の制服を震える指でそっと握る。


「何、深月?」


 その声は深月が思っていたよりずっと冷静だ。


(王子! さすが、頼りになる~~~~っ)


 一気にテンションが上がる深月。


「ここはどこなの?」


 恋愛フィルターでまわりが見えなくなっているその瞳に、友弥はのほほん、と笑った。


「どこだろうね」


 あくまでのんびり返ったその声に、深月は頭を抱えて座り込む。


「とりあえず先に進もうか。ほかに道は……」


 振り返った友弥が、大きく目を瞠った。

 



「見つけたぞ。俺の花嫁」


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