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第七話 : 外見なんて飾りです

 二人は少女を川から運び、バッグの近くまで戻るとそこに少女を横たえる。

 心なしか青ざめて見えるその顔を覗き込んで、深月はぶるりと震えた。

 鳥肌がおさまらない。


深月(みづき)……寒いの?」


 無意識に両腕をさする深月に、友弥(ゆうや)が声を掛ける。


「寒い……?」


(そうかもしれない)


 なんたって全身ずぶ濡れなのだ。


「暖かくしないと風邪をひくよ」

「そうね。本当ね」


 ぼんやり答える深月。


「着替えようかな」


 何故か無事だったバッグの中には、あの後着るはずだった剣道着が入っている。

 よいしょ、と腰を上げた深月は振り返って――――停止した。


 いつの間に起こしたのか、小さな焚き火を背に友弥がこちらを見ている。



 ――――――深月の姿で。



「えーと、火に当たらない? って言おうとしたんだけど……」


 着替えるほうがいい? と問いかけられ、深月は我に返った。


(忘れてた……)


 どこかからかうように、こちらを見ている友弥。ただしその表情こそ違うが、姿は深月そのものだ。



(入れ替わってたんだった~~~~っ)





「深月より少しだけ早く目が覚めたんだ」


 ぱちぱちとはぜる炎の向こうで、深月の姿のまま友弥は言った。


 結局服は自分ごと乾かすことにした深月は、焚火の前で膝を抱えている。


「少しでも明るいうちにと思って歩いてみたけど、川を見つけてすぐに戻った」


 深月が心配だったからね、と友弥は笑う。


「結局木しか見れなかったなぁ」


 どこな情けなさそうに言う友弥に、深月は俯いていた顔を上げる。


「戻ってみたら深月はまだ気を失ったままで…。怖くなって、結局無理やり起こした」


 ごめんね、と謝る友弥に、深月は(かぶり)を振った。


「起きた時にトモがいてくれて嬉しかった」


 それに、と深月は思う。

 さっき、友弥が見えなくなった時、深月もすごく怖かった。

 一人ではないということはそれだけで心強いのだ。


「助けてくれて、起こしてくれてありがとう」


 深月の言葉に、友弥はやっと安心したというように笑った。


(そういえば……)


「ねぇ、トモ。心臓は大丈夫?」


 友弥がいなくなったあの時、深月の心臓は破裂しそうなほど痛んだ。そうして気が付いたら、身体が入れ替わっていたのだ。


「心臓?」


 友弥はきょとんと聞き返す。


「そう。痛かったり、苦しかったりしない?」


 あれは思い出すのも嫌になるほど壮絶な痛みだった。

 友弥は深月に心配させまいと、黙っているのかもしれない。


「別に何ともないよ」


 不思議そうに首を傾げる友弥。


(これは……本当に大丈夫そう? (いや)でも……)


 こういう時、友弥は絶対弱音を吐かない。


(やせ我慢、には見えないけど……)


「どうしたの深月?」


(んー? どうなのトモ、本当に何ともないの?)


「深月、顔が怖いけど」


(そんな顔したってだめよ。いくら表情を作っても、“私”の顔じゃ威力は半減なんだから!)


 誤魔化されないぞ、と深月がカッと目を見開いたその時。



「ぶっ……あははははっ!」


 友弥が吹き出し、お腹を抱えて笑いだした。


「えっ……。え?」

「深月、眠いんでしょう?」

「へ?」

「さっきからずっと、そんな顔してる」


(いや確かに、暖かくって気持ちいいなぁとは思ってたけど…)


 ほんの少し前まで寝ていたようなものなのだ。

 特別に眠いわけじゃない。


「トモ、私別に……」

「深月」


 友弥は両手を前に出して。





「おいで」


 ――――王子様スマイルが炸裂した。




「ふっ」


(おおおおおおおおおぉおおおお!)


 深月は慌てて自分の口を塞いだ。顔が、というよりもう頭が熱い。


(おいでって何だおいでって何だおいでって~~~~~~~~~~っ)


 “おいで”に何の意図があるのかは全くわからないが、表情、仕草を合わせたトリプルアタックに深月は爆発寸前だ。


(何もう何のサービス? サービスなのかな私もう死んじゃいそうなんですけど!)


 のあ~~~っと頭を抱ているとすぐ横から「深ー月」という声が聞こえた。


「!?」

「深月がぜんぜん来ないから」


 自分から寄ってみた、と笑う友弥は、隣に腰を下ろしたかと思うと


「よっと」


 手を伸ばして深月を抱きこみ、そのまま地面に寝転がった。


(――――――――のえぇぇぇぇぇえぇぇ!?)


 ホームラン並みに予想外の友弥の行動に、深月は言葉も発せなかった。


「服も乾いたし、こうしたほうが暖かいでしょ?」

「いいいやあの、トモさん?!」

「どうしてさん付け? 深月は面白いなあ」


 くすくす笑う息が、耳に掛かっている。


「ははは、放し……」


「だーめ」


(だーめ、って……小悪魔!? トモは小悪魔さんなの?!)


 腕の力はますます強まる。


「暴れないの」


 窘める声は、小さい子供に向けたように優しい。


「お願いトモ……」

「深月」


 少しだけ強く呼ばれた名前。


「そろそろ」


 観念しなさいね、と。


 自分であるはずのその声は、甘い響きを持って、深月の抵抗を奪うのだった。





「どうしてこんなことになったんだろう……」


 友弥(ゆうや)(正確に言うと深月(みづき)だが)の腕に収まりながら、深月は呟く。


「さあ。もしかしたら夢かもしれないよ」

「夢?」


 友弥の言葉に深月は瞬いた。


(目はバッチリ開いているけど……)


 こんな状況で眠れるわけがないと早々に諦めた深月。

 せめて奇行に走らないように悟りを開こうと頑張っているが、そちらの方はまったくもってさっぱりだ。


「そう。本当は病院のベッドの上にいて、僕は麻酔が効いて眠っている」


(なるほど。まるごと夢オチパターンね)


 ふむふむ、と深月は頷く。


「じゃあ私は?」

「深月は勿論無事。目が覚めたら、一番に顔が見たい」


 穏やかなその笑顔は、友弥特有のもの。

 しかし炎に照らされて輝く黒い瞳は間違いなく深月のものだ。


「きっと夢だよ」

「トモ」

「だから、寝てしまおう」

「でも……」


 まだ仏の境地に達せていない深月は戸惑うが、それをなだめるように友弥は続ける。


「こんなに真っ暗じゃ、今日は何も出来ないよ。朝にならなきゃ動くに動けない」

「う」


 至極尤もな意見である。

 思わず言葉に詰まると、何故か友弥がため息をついた。


「あーあ」

「……トモ?」


 深月はぎくりとした。


(もしかして、思ってることがだだ漏れた?!)


 ついに邪まな願望が、友弥に気付かれてしまったのか――――。


 絶望する深月だが、友弥はまたも予想の遥か上を行く。


「折角のシチュエーションなのに、抱き締めているのが自分なんて悲しい」

「――――――は?」


 大真面目にごちる友弥に、深月の目が点になる。


「まあ、僕の目には最初から、深月としか映ってないけどね」

「ええ!? ええっと……」

「どんな姿でも、深月は深月だよ」


 噛みしめるように言われた言葉は、少し熱を持っているように聞こえて。




(私の気持ちも伝わればいいのに)




「……私にも、ちゃんとトモに見えてるよ」


(言った!)


「深月」

「おおやすみ!」


 逃げるが勝ち、と深月はきつく瞼を閉じた。


「おやすみ、深月」


 穏やかなその声に、深月は次第に眠りに落ちていった。



◇◇◇



 木々の間を抜けるようにして、闇の獣が蠢く。

 待ち望んだ瞬間を迎えたそれは、空腹を満たす為に活動を始める。

 地面を這いずり石を舐め、枝を揺らして彼等を探す。


 しかし獣の求めるものは気配すらせず、まるでそれが常であるかの如く世界を静寂に保っている。


 地にも空にも水面にも、彼らの姿は見当たらなかった。何故なら彼等はひっそりと息を潜め巧妙に姿を隠していたから。



『闇はあらゆる生命(いのち)を食らう』



 それは誰もが知る世界の理。

 闇夜に開かれるは命がけの隠れ鬼。

 不参加は許されない、それは敗退(リタイア)――――即ち死を意味する。


 それ故彼らは必死であり、闇も容易には見つけられない。


 餓えのあまり狂いそうになった獣は意味もなく右に左にと暴走を繰り返し、かと思うと突然川に向かって猛然と駈け出した。

 水を求めて直進しそして――――――たどり着いた水際で獣は“例外”を見つける。


 寄り添いあって眠る一対の男女。

 まだ幼い、人間。


 それらは恐れとはまるで無縁と言うような、安らかな顔で眠っている。



 獣は狂喜した。


 何故ならそれらは獣の一番の好物だったから。

 生けとし生けるものの中で最も色濃い感情を持つ、人間という生き物。

 その内に少なくない闇を秘めた者たち。


 最高の獲物に、獣は喉を鳴らした。


 起こして逃してしまわぬよう、一歩一歩地面を擦るようにして近づく。

 逸る気持ちを抑えつつ距離を縮め、鋭い咆哮を上げて獣は地を蹴った。高く跳躍し獲物に向かって飛びかかる。


 しかし。


  ――――――パシンッ


 獲物の遥か手前で獣は弾き飛ばされた。

 凄まじい衝撃に悲鳴を上げ獣はその場にのたうち回る。



 何もない筈だった。自分と獲物を隔てるものなど、障害など何もなかった。

 そこには自分の好む闇ばかりがあり、獲物を喰らえといわんばかりだったのに。


 獣は威嚇するように吠えた。獣を弾いたその場所には、獲物を守るように薄い光の紗が出来ていた。


 光――それは獣が最も忌み嫌うもの。

 全てを屠る闇の眷属でも相反する性質に打ち勝つことは出来ない。


 それでも獣は諦めきれなかった。

 若くみずみずしい人間、その肉はきっととろけるように柔らかいのだろう。


 込み上げる衝動に突き動かされるように獣は再び大地を蹴った。

 刹那。



  ――――――――シャラン



 涼しげな音が鳴り響き、まともな断末魔も上げられぬまま、獣は霧散した。滅せられた。


 強すぎる力、あり得ない奇跡によって。




「お前などが近づいて良い者たちではない」


 それは高圧的な声音。

 そしてその背後には、暗い天から突然現れた光の支柱。


「弁えろ」


 吐き捨てるように呟くは、闇夜に眩い白銀の乙女。


 並び立つ月と太陽の輝きを受ける、深緑の瞳の少女だった――――――。


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