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第五十三話 : 証

※一部無理やりな描写があります。苦手な方は次話へ移動して頂くようお願いします。

 世界は裏切り続けるもの。

 揺るぎない事実は魂の奥底に。

 消えることのない(きず)として、幾重にも幾重にも刻まれている。






「……あれは」

 賓客として与えられた一室、窓の外を何の感慨もなく見やっていたライズは、視界の端を過ぎる影に軽く眉を上げた。

 降り出した雨と帳の降りた庭園に人の姿はなく、静かに雨音が響くのみのはずだ。けれど今、そこに繋がる回廊を、確かに進むものがあった。

 白い布に包まれた、何か。

 人気のない回廊を、灯りさえ避けるかのようをこそこそと、しかし足早に移動している。


「…………」


 他国の間者か。あるいは暗がりに乗じた、何かを企む輩達(・・・・・・・)か。

 考えるより先にライズは立ち上がり、外套を放り投げると剣を掴んで扉を押した。あからさまに警戒する警備兵には目もくれず、影の消えた回廊へと足を向ける。


 リラムに於ける貴族王族間に走る亀裂。神殿への不満、王太子を取り巻く重鎮たちの暴走。


“神興国”と呼ばれるこの国の内部事情は既に他国の知れるところであり、もちろんライズとて例外ではない。

 ある程度の権力を持つ国は皆、内乱に乗じてリラムを手に入れようと目論んでいる。弱まっているとはいえ光に対する民の信頼は厚い。その頂点であるこの国には、まだまだ利用価値があるのだ。


 が、ライズはそんなものには欠片も興味がなかった。


 自ら治める帝国は列国が認める軍事強国であり、国土も群を抜いて広い。資源は豊富とは言えないまでもそれなりに採掘が見込め、気候も悪くない。

 何より、わざわざ手を出すまでもなく神興国には終わりが見えていた。

 力を増す闇、増えていく被害、離れていくであろう民の心。


 光に縋る無様な姿、その最たるものである神官たちと、頂点に立つ巫女姫という存在――――。

 不可侵とされ崇められてきたその者が、己の無力を悟った時。“月姫”と呼ばれるその躰に、何の価値も見いだせなくなった時。

 輝かしい(かんばせ)が苦悶に歪められるのは、何よりも楽しい見世物であるに違いない。

 そちらのほうがよっぽど、ライズにとっては関心を惹かれる事柄であった。

 だからこそライズは、巫女姫であるこの国の王女に会いに来たのだ。

 絶望に染まるその前の、麗しいと言われるその貌を確かめる為に。場合によってはライズ自ら、背を押す役目をしてやろうと。

 奈落の底に突き落とす、えもいわれぬあの感覚。

 単身この国に足を運んだのはそんな、悪趣味な暇つぶしの一環だった。





(――――あれだな)

 城を抜けた先、神殿とは反対側の緑深い一角。外へと繋がる林の中に、ライズは目的のモノを見つけた。

 辺りを忙しなく見回す影は降り続く雨などものともせず、一心不乱に奥を目指すその背は小さい――否、華奢という表現が最も相応しい。

 そしてライズは、己の直感が正しかったという確信を得た。注意深いようで無警戒な、その背後に腕を伸ばした。


「――――……っ」

 白い布を無造作に掴み払い退ければ、思った通りの者が姿を露わにした。

「こんな時間に何処へ行く、ミヅキ?」

「……………皇太子、さま……」

 呆然といった様子で呟かれたのはまたしても敬称。名を呼ぶという誓いは何処へやら、それとも最早口癖になりつつあるのか。

 いつものライズであれば、真っ先にその呼び方を否定するところだ。

 けれど、この時に於いてはその範疇ではなかった。


 それよりも目を引くものが、今目の前に広がっているからだ。

「……その恰好はなんだ? ミヅキ」

 取り払った布の下から現れたのは、まったく見慣れぬものの数々。否、一度だけ見たことがある。

 深緑の襟とタイ、同色のスカート。腕も脚も剥き出しにしたその恰好は、目の前の少女と初めて会ったとき、本人が身に着けていたものだ。

 故に、何よりもライズの目を引いた。

「……いつもの服はどうした。さっきまで身に着けていたものは? こんな雨の中、わざわざ着替えてどこへ行く?」

「こ、これは……散歩、みたいなもので……」

 問い詰めるかの如く質問を浴びせかけるライズに少女は口ごもる。荷物の紐を握りしめ、俯いてこちらから視線を逸らす。そうしている間にも雨粒は降り続け、少女の小さな肩を濡らす。

「ほお……こんな夜に、供もつけずに、か?」

 ライズは口端を吊り上げ、少女の手首を取った。もう片方の手で細い顎を掴み、強引に上げさせる。

「こ……っ」

「もう一度訊こう、ミヅキ。どこへ(・・・)行く?」

 覗き込めば、少女は濡れた睫を小さく震わせた。ライズより遥かに深い漆黒の眸は、自らを捕らえた者への驚きで大きく見開かれていた。

 しかしそれも一瞬で、少女ははっと我に返ると腕を振るって枷から逃れる。

 払われた腕。射抜くような――否、怯えたような揺れる眸。

「……なんのつもりだ」

「か、帰るんです」

 つっかえながら、少女が口にする。距離を取ろうとしているのかじりじり後退しながら、それでも視線が反らされることはない。

 その行為は何故か、ライズの神経に酷く障った。

「帰るだと? どこにだ? お前の国にか?」

 ざり、と一歩踏み出せば、開いた距離が一気に縮む。動揺そのままに躰を揺らした少女は、逃げ場を探すかのように背後に視線をさ迷わせる。

「それはどこだ? ディズラスか? シーダか? それとも辺境の二ランか?」

「し、知らない……」

 答える声は寒さからかわずかに震え、いつもの威勢の良さは微塵もなかった。ただただこの状況に戸惑い、一刻も早く抜け出そうともがいている。

 そんな少女の姿はライズに、更なる苛立ちを募らせた。


「――――帰すと思っているのか? この俺が、みすみすお前を手放すとでも?」

 告げた瞬間に、自らの貌が意地悪く歪むのを感じた。“虐帝”と呼ばれる自分のそれはさぞかし凶悪で、酷薄に映ったことだろう。その証拠に、少女は弾かれたように踵を返した。

 そのまま走り去ろうとする姿の、なんと愚かなことか。



 逃がさないと、言っているのに。



「――――あっ」


 濡れた肩を強く掴みぐいと引けば、小さな躰は簡単に、ライズの胸に収まった。

「こ、皇太子さま、離し……」

「この国が嫌だというのならレスティアに来い。妃として迎え入れてやる」

 からかうようにそう口にすれば、少女の肩がぴくりと跳ねた。強く抱いている為顔は見えない。故に、少女の思考は読み取れない。

 なぜ今、この時になって「帰りたい」などと言い出すのか。言われるままに王女を演じていた少女が、誰からも隠れるように、その身一つで城を抜け出すのか。

 少なくとも朝の時点では、そして剣を合わせたその後も、そんな兆候は一切見えなかった。

 では神殿に帰ってから、何かが起こったというのだろうか。

 

 まあライズにとって、そんなことはどうでも良い。

 重要なのは、少女を何処へも行かせない――自分から離れさせないことなのだ。

 なのに。


「お断りします」

 両の掌でライズの胸を押し、少女は再び距離を図る。

 拒絶の言葉とその行動に、ライズの苛立ちはいや増した。

「何故だ? 神気臭いこの国が、嫌になったのだろう?」

「……この国を出たいわけではありません。私はただ、アークさんと」

 何かを訴えようと動く、小さな唇。

 その言葉を、少女の真意を。


 

 ライズが聞くことはなかった。



「え――――っ?」

 抱き寄せた少女の腕を掴み、引きずるようにして歩き出す。狼狽える気配には一向に構わずに、手近な幹に目をつけると細い躰を無造作に放った。少女は雨に濡れた背中を、同じく湿気た幹に打ち付ける。

「…………かっ」

 はっ、と少女の唇から空気が漏れた。苦しそうに息を吐き、潤んだ漆黒の瞳を痛みに歪めてライズを見つめる。

「こ、た……し、さま……?」

 どうして突き飛ばされたのか、そんな疑問をありありと浮かべたその顔に。腹立たしいまでに愚鈍さに。


 ライズは腹の底が冷えていくのを感じた。


「その名を口にするなと、何度言えばわかる? ミヅキ」

 否、聞きたくないのはその名前だけではない。他のどの男の名前も、この少女の口からだけは聞きたくはない。

 自分以外の男がその傍らに寄ること自体、想像することも厭わしくて堪らない。

 これ(・・)は自分のもの。

 他でもない、ライズ自身が決めたこと。誰であろうと、逆らうことは許さない。


 少女本人が拒むのであれば、それは――――。



「皇太子、さま……」

「聞かぬな、本当に。やはりお前は……」

 一切の感情を切り捨てたような声が自らの内から生まれる。冷え切った少女の躰を覆うように、幹にどんと拳を当てた。そして。


「躾が必要だな」

 花嫁殿(・・・)、と。

 耳元で低く囁いて、ライズは少女に歯を立てた。



「――や……っ、っだ、痛いっ」

 噛まれた耳朶を庇うように上がってきた華奢な手を、ライズのそれが捕らえる。次いで上がったもう片方の腕も掴み、幹を挟んで少女の背後で一つに束ねる。呻く少女に再び唇を寄せ食んだところを舐め上げれば、「ひゃっ」と何とも色気のない声が上がる。

 もう一度、今度は先程よりも強く咬みつけば、少女は堪らず悲鳴を上げた。

「痛っ、や、皇太子さまやめ」

「問題ない。“躾”だからな」

 言って鼓膜に息を送れば、少女の躰がびくりと震えた。ああ、とライズは口端を緩める。


 望んだモノが手の内に在る。己が意思ひとつで、どうとでもなる。

 それは何と甘美な感覚なのか。


 女を抱くのは初めてではない。数えきれないくらい床に入れてきたし、その中には手練れの女も何人もいた。

 帝国一の権威を前に、女は幾らでも寄ってきた。

 でも。


「……甘いな?」

「え?……っ」

 鎖骨をゆっくりと撫でながら、白い首筋に唇を這わせる。強く吸い上げれば、少女はひあっ、と声を上げた。

 その声も、そして肌も。少女の纏う匂いさえも。

 何もかもが、酷く甘い。


 それは欲した相手故か、あるいは男を知らぬ躰だからか。


「や、いた、痛いの、ほんとに……」

 もう嫌だと訴える少女は、自由になる両足を必死にばたつかせる。しかしそんなものは何の抵抗にもならない。露わになった脚の間に、ライズは自らの膝を差し入れる。

 それだけでもう、少女の動きは封じてしまえた。自由を失った少女は諦めずに身を捩るが、そんなことで振りほどかれるほどライズの腕は弱くはない。単純な男女の体格差と、そして軍人として鍛えたライズの力だ。

「無駄だ。どう足掻いてもお前は俺に敵わない」

 ひとつ、ふたつ。少女の身じろぎをすべて封じて、その白い皮膚に赤い華を咲かせていく。少女がライズの者であることを刻んでいく。

 女を悦ばせる術は熟知していたが、ライズは敢えて少女を乱暴に扱った。


 ライズが唇で(なぶ)る度に少女は身を震わせ、熱を含んだ声で鳴く。それが、ライズには堪らなく心地よい。

 穏やかさなど必要ない、無防備に開かれた唇を塞がないのは少女の嬌声を聞く為なのだ。

「う、や……っ、も、やめ」

「この状況でその台詞。煽っているようにしか見えんな」


 瞳を潤ませ頬を濡らし、紅くなった唇でか細く懇願する。

 

 そんな少女の姿はどんな娼婦達よりも扇情的で、ライズは欲の赴くままに火照った柔肌に顔を埋めた。



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