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第四十九話 : Get Over ~ side友弥 8 ~

 幼馴染みである少女と、巫女姫である彼女。


 屈託のない笑顔と、穏やかな微笑み。

 艶めく黒と煌めく銀。

 明るい黒曜瞳(オブシディアン)と憂いを帯びた緑柱瞳(エメラルド)

 二人は似ているようでいて、その実まったく似ていない。

 似ていないと、感じるようになってきていた。


 それでも。





「とも…………」

 自分を呼んだ消え入りそうな声は、間違いなく。

 最愛の少女と、まったく同じものだった。





 疼く痛みとままならない呼吸に意識が朦朧とする。視界にとらえた巫女姫に、いるはずのない少女が重なる。

 遠く離れてしまった少女。

 陽だまりをくれた愛おしい少女。


 醜悪な獣がそれに触れようと腕を持ち上げている。



 ――――――許さない。


 彼女を連れて行くのは、自分から奪うものは、誰であろうと許さない。




 彼女は光。

 僕の、ただ一つの――――――――――。





「――――――ああぁぁああああああああああああ!」


 迸る絶叫、友弥はゆらりと立ち上がると手にした長剣を両の掌で握り締め。

 あらん限りの力をもって、暗い空へと振り上げた。





「なん、だよ、これ…………」


 己の役割を捨てて主に駆け寄ろうとした聖獣は、空を見上げて立ち尽くした。

 彼にとって最も大切な存在である巫女姫の、目と鼻の先。もっと言うなら接近した獣の――――真上。

 

  

 ゴオオオォォ、と低いうなり声を上げるものが、中空に姿を現した。

 

 重なったふたつの真円に複雑な文言、太古の御世に操られた文字、それらを綴る赤い軌跡が、異形の頭上で輝きを放つ。

 わずかに暗い赤。体の奥から流れ出した血液のような、それを誘う薔薇のような深紅。


 ディディウスが見たこともないような禍々しくも神々しい巨大な方陣が、まるで爆発から生まれ出でるように唐突に姿を現した。


 解かれた結界により闇に傾いた林道が、放たれる紅い光によって照らし出される。

 異形の体液に焼かれた大地、雨に濡れてなお乾いた樹木、剣を掲げて立ち上がる、紅い光を纏った少年。

 そして。


「…………姫?」


 濡れた幹に背を預け、うっすらと開いた瞳で空を見つめる銀色の少女。

 ディディウスが視界に捕らえたその姿はか細く、今にも消え入りそうに儚い。

 しかしその唇は弧を描くように緩く持ち上がり、満足だとでも言うようにしっかりと笑みをかたどっていた。




 躰が熱い。 

 長剣を握る手が、踏みしめた足が、胸や腹、躰の中心が熱くてたまらない。内側に生まれた熱に臓器が焼かれてしまいそうだ。

 それは高熱にうなされる感覚にも似ていて、全身が鉛のように重く、わずかな吐き気を伴って友弥を苛む。一瞬でも気を抜けば倒れてしまいそうで――――けれど、なぜか意識だけははっきりとしていた。


 林道を紅く染める光は、間違いなく自分が作り出したものだと友弥にはわかる。巫女姫(リゼ)でも聖獣(ディディウス)でもない、主従の清らかさには似ても似つかないその色彩は、白い皮膚(おもて)に隠された、暗い血液(うちがわ)そのものだ。

 方陣は二重の真円がそれぞれ違う方向に回り、刻まれた文字のひとつひとつが怪しく浮かび上がる。光が増す度にそちらに送り込まれるように、友弥の躰に籠る熱が引いていく。



 怒りで真っ赤に染まった視界が、次第にクリアになっていく。



 ぐったりと目を閉じる巫女姫と、道を阻まれ顔を歪める聖獣。異形は伸ばしかけた腕を引っ込め、上下左右と忙しなく伸び縮み体液をまき散らす。それは唐突に現れた方陣に狼狽えているように、友弥には感じられた。


 冷めていく躰に誘われるように、自分の中で何かが目覚める。熱の代わりに器を満たす、底知れぬ何か。形容しがたいその感覚はけれど心地良く、友弥に新たな力を教える。


 何も出来ない、誰も救えない情けない自分。嘆くばかりの弱い心を打ち砕けと。

 殻を破れと叫ぶそれは、友弥自身なのか、それとも。


 巫女姫(リゼ)に神託を与えたという、かの全能神(かみ)なのか。


(今はどちらでも構わない)


 大切なのは手に入れたモノ、現状を変えられる神力(チカラ)があるという事実。

 友弥はひとつ息を吐き、深く吸うと空を仰いだ。

 血色に煌めく禍つ方陣、飲み込まれんと蠢く醜悪な獣、取り込もうとする触手たち――――。

 巫女姫である少女も、聖獣である少年も、すべて。


「守って見せる」


 得物を利き手だけで支え、切っ先を異形へと向ける。弾かれた所為で距離はだいぶ離れてしまったが、そんなことは最早どうでもよかった。

 刃はひとつではない、この剣先が呪いに届かなくとも、神力は必ず届く。

 目覚めた力はすんなりと友弥に馴染み、その使い方は自然と脳裏に刻まれる。意識を右腕に集中させ、さらにその先の――上空に浮かぶ方陣へと送り込む。紅の文字が輝きを増す。

 かと思うと次の瞬間には膨れ上がり、確かな質量を持って陣から離れた。叩き付けるようなイメージで、友弥は剣を振り下ろす。

 放たれたのは深紅の大槍、方陣から飛び出したそれらは異形を閉じ込めるように次々と降り注ぎ、瞬く間に薔薇色の檻を作り出していく。ウォオオ、と唸り声を上げた異形が逃れようと身を捩るが、檻は触れた瞬間にその躯を焼き溶かした。

 ギュオアァ、と不気味な咆哮が走る、しかし友弥はそれに構わず、長剣を両腕で構えなおすと異形に向かって走り出した。


「――――ッ、馬鹿、やめろ危な……っ」

 成り行きを呆然と見つめていたディディウスが慌てたように叫ぶが、友弥の耳には届かなかった。むせ返るような臭気に肌を焼く瘴気、眼前に迫る(まだら)の異物の濁った瞳――――。


「もう、終わりだ」


 眠れ、と静かに命じて、友弥は得物の切っ先を焦がされた大地へと突き立てた。異形の降り立つ、そのわずかばかり手前へと。檻が一斉に光る、それは目を焼くような攻撃性を以って異形へと襲い掛かった。


 逃げ場を、視界を奪われた異形は唸りとも悲鳴ともつかない声を上げ、うねうねと触手を蠢かせる。失われる躯、焼かれる痛み、恐れてやまない光の神気――――。

 ならばせめてと、異形は最後の悪あがきを試みた。目と鼻の先にあるソレ(・・)を取り込む、そうすればきっと、この檻を壊せるに違いない。

 妬ましいほどに神々しい娘、それさえ内に取り込めば――――――。


 ずるり、と触手を伸ばそうとした、その時。

 檻の内に血色の、巨大な火柱が上がった。




 ――――――――――――――――――――――




 耳を(つんざ)く凄まじい断末魔。焔は異形のすべてを吸い寄せ、その体液も本体をも飲み込みんで焼き尽くす。


「終わりだと、言ったはずだ」

 畳み掛けるように告げた友弥は、静かな瞳でのた打ち回る異形を見つめる。形を失っていくその様は醜くもあり、悲しくもあった。

 かつては光だったもの。世界を守るはずだった、幻獣と呼ばれた生命。面影すらない今の姿を、誰が望んだというのだろうか。

 こんな皮肉な結末は。



「もう、眠れ」

 そっと、友弥は手を伸ばす。業火を生み出すその檻に、更に想いと神力(チカラ)を込めた。

 そして。


 バチン、と焔が弾けて消える。

 巨大な方陣がぎらりと揺らめき、異形の腕を、足を、憎しみを、すべてを。



 暗い大地に封じるよう様に、浸み込ませるように押しつぶした。







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