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第五話 : 世界の呼び声

 


―世界は光で出来ている


 この世界中すべてが光


 太陽王と月の巫女 彼らは不変と希望の光


 生きて行く者 死に逝く魂 破滅へ(いざな)う闇の声


 黒き塔へと登る時 人の心が見えるでしょう


 光の純潔 現れて 危うき天秤 傾ける


 左に(つるぎ)を 右には盾を


 光を砕いて(くら)きを歌えば 見えざる真実 響き合う


 儚き祈りを 空へ溶かして 舞い散る破片は 碧の彼方へ


 奏でる調べは感喜と戦慄

 

 孤高の暁 未来を導き 優しき宵は 約束の地に


 光と闇は刹那を刻んで


 (いと)しい世界を


 作り出す―

                〜ルーウィン連歌〜



◇◇◇



 身体が動かない。

 限界まで竹刀を振り回し、汗を流した稽古後のような疲労感がある……。


 というわけではない。

 むしろふわりと軽くさえある身体は、しかし地面に縫い留められているような気だるさを伴う。


(風邪引いたかなぁ)


 ぼんやりそんなことを考える。


(夏風邪、とか?)


 一般的に夏風邪は馬鹿が引くものと言われている。


(お腹を出して寝てたから? 布団を蹴ってしまうから?)


『だめだよ深月(みづき)。パジャマをちゃんと着ないと、夏でも風邪をひくよ』


 深月は寝相が悪いんだから、と、片割れのいつもの台詞が響く。


『大丈夫だもん。甚平のが好き』


『大和撫子が甚平て』


 相変わらず細かい片割れ。


『せめてもっと女の子らしいのにしなよ』


『これはいいの』


 これでは参謀通り越してオカンだと、深月は呆れてしまう。


『深月』

『いいんだってば』


『深月』


 次第に遠くなる、颯希(さつき)の声。



 ――――――……づき……みづき……。



 繰り返し呼ばれるそれは、まるで子守唄のようで。

 深月は再び眠りに落ちる。



 ことはなかった。



「――――――深月っ!!」

「ぅはいっ!!」


 耳元で爆発した怒声に深月は慌てて飛び起きて



  ごいんっ



 額を力いっぱいぶつけた。


(〜〜〜〜ったぁいいぃぃぃッ)


 額を掻きむしって涙目になった深月は、敵を確認しようと顔を上げ――いきなり抱き締められた。


「深月っ!」

「と……も?」

「良かった……。もう目を覚まさないかと……」


 そのままぎゅうぎゅうと締め付ける友弥(ゆうや)に、深月はぐえっと漏れそうになる声を堪える。


「トモ、苦しい……」


 もう少しお手柔らかに、できれば優しくと訴えたい深月を友弥はあっさり離した。

 かと思うと、今度は両手で頬をそっと包まれる。


「怪我は……どこか痛いところはない?」


(それはもう物凄く痛いですよ。……デコが!)


 訴えかけて深月はすぐにその言葉を飲み込んだ。


 彼が訊いているのは、そういうことじゃない。

 友弥の眼差しは思いがけず真剣で、どこか痛ましげだ。


(何なに何ナニ?)


 眉根を寄せて見上げるが、友弥は何も言わない。


(クイズ? なぞなぞ? ……ダメだ全然わからない。ヒント、トモさんヒント下さい)


 懇願の眼差しに友弥は切なそうな顔をした。


「守ってあげられなくてごめんね、深月」


 そうして深月は思い出す。


(そうだ、バスがスリップして――――)


 深月たちは事故に遭ったのだ。それもガードレールに突っ込むという最悪の形で。


「と、トモ、私たち……」


 まだ確認していないが、もしや足が無いとかいう状況なのでは――――。


(ガクブル!)


「うん、助かったみたい」

「ホント?!」


 涙目で怯えていた深月は、友弥を拝みそうになる。

 しかし実際に深月がとった行動は、そのさらに上を行くものだった。


 あろうことか、勢い余って友弥を押し倒したのだ。

 ゴン、と何とも小気味良い音が響く。


「――ごごごめんなさいっ」


 慌てて飛び退こうとした深月はその手をガシッと掴まれた。

 先には、くしゃりと顔を歪めた笑顔。


「僕は大丈夫。深月が元気そうで安心した……」


 そのまま引き寄せられ、深月は再度、友弥の胸に収まった。





 深月は困っていた。


(流れのままにハグされちゃったけど……)


 このシチュエーション、先ほどから体温が上がっている気がする。


(なんだか今日は接触が多くないかしら? ん? 接触? これが世に言う接触不良なの?)


 深月は混乱している。


(離れたいけど放してほしくない……。嗚呼、これぞ乙女矛盾(パラドックス)!)


 友弥の両手は、深月の背にしっかりと回されている。

 そして深月の腕は、それごと抱き締められているので横にぶらんと下がったままだ。


(ここは思い切って抱き返すべき?!)


 指をわきわきと動かす深月は、忙しなく視線を動かした。

 挙動不審な深月はそこで初めて気がつく。

 辺りが薄暗いことに。


(あれ……)


 バスに乗ったのはまだ正午になる前だった。

 事故に遭い、気を失っていたにしても時間が経ち過ぎていないか。

 よくよく目を凝らしてみれば、鬱蒼と生い茂る樹木が見える。

 ――――否、樹木しか見えない。


 いったいどこに放り出されたというのか。


「と、トモ……」

「なぁに、深月」


 耳元で優しく問い返され、深月は瞬間言葉に詰まった。


「えええっと、あの、そっそのっ」

「うん?」


(だめだ、背筋が……)


 ぞくぞくと粟立つ。これ以上ささやかれては堪らない。

 あの、あの、と繰り返しついに深月は――――――。



「なんだかとっても暑くない?!」



 とんちんかんな発言をしたのだった。


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