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第四十話 : 気分上々

 涼しい顔をして紅茶を口にするアーク、その美麗な顔を憎々しく思いつつ、深月は自身も紅茶を啜る。冷たくなった紅茶にはしかし渋みはなく、ほのかな花の香りが何とも爽やかだ。

 それを一気に飲み干して、深月はユハにカップを差し出した。


「で、本題だが」

「本題?」

 空になったティーカップにお代わりを貰っていた深月は、思いがけないアークの言葉に目を丸くして視線を戻した。

「そう、本題だ。何も説教をする為に、こんな時間から訪れたわけじゃない」

「え? そうなんですか?」

「何だその顔は。私はそんなに常識のない人間ではない」

「そうは言ってませんよ」

(むしろ常識の塊、カタブツ中のカタブツだわ)

 先程手痛い仕置きを喰らった深月は、心の内でケッと毒づいた。

 が、途端にアークにじろりと睨まれ、慌てて姿勢を正す。


「それで、アークさん。本題とはなんですか?」

「……これを」

 届け物はキツネだけじゃない、と言いながら、アークは自らの足元からあるもの(・・・・)を拾い上げた。テーブルに邪魔され深月からは見えていなかった、それは。

「――――ボストンバッグ!」

 叫ぶと同時にテーブルの上に置かれたのは、可愛らしいチャームの付いたダークブラウンの学生鞄。

 友弥と別れたその日に失くした、深月の私物そのものだった。

「お前のもので間違いないか?」

「はいっ。もう見つからないと思ってました……」

 そっと触れる、手のひらにはひんやりとした革の感触。

 いっそ懐かしいと感じるその手触りに、深月はボストンバッグを引き寄せるとすりすりと頬擦りをした。


「二日前に近衛の者から届けがあった。見慣れぬ意匠ゆえ検分するか迷っていたようだが、そなたの物だろうとそのまま預かったのだ」

 返すのが遅れてすまぬな、とアークが詫びる。深月は勢いよく首を横に振った。

「そんなの全然、もう諦めてましたもん」

 深月にとっては、鞄が戻ったこと自体が嬉しくて堪らないのだ。

「届けて下さってありがとうございますっ」

 満面の笑みを浮かべる深月、それにつられるようにアークも僅かに微笑んで頷く。

「開けてもいいですか?」

「もちろんだ」

 快い返事に「やたっ」と歓声を上げ、深月はボストンバッグのチャックを引いた。


「ほんとにそのままだ」

 中にはナイロン地のペンケースにプリントの入ったA4クリアファイル、小さめのポーチに稽古用のタオルが数枚、フルーツ柄のスプレーとスポーツドリンクが隙間なく並んでいた。

 何の変哲もない見慣れた小物、しかし今はそのどれもが貴重に思えて、深月はひとつひとつ手に取って行く。

「課題手つかずだっ。ピンチ~」やら「このドリンクはもうヤバい!」だの、とにかくかしましい。

「……楽しそうだな」

「はいっ。見てくださいこのポーチ、トモからのお返しなんですよ? このセンスの良さってばもう、もうっ。こっちのタオルは颯希とお揃いで……あ、颯希っていうのは弟なんですけどね」

 ウハウハと自慢の品を見せ付ける深月は、そこでぴたりと動きを止めた。

「どうした?」

「…………ケータイ」

 ぽつりと呟く深月、その指に触れたのは折り畳み式の携帯電話だった。


 シャンパン色のそれを親指で開き、電源を入れる。

 次第に明るくなるディスプレイ、どうやら電池は切れていないらしい。しかし。

「圏外だ……」

 分かり切っていたことだが「もしや」と期待していた深月は、無情な現実に肩を落とす。

 それでも諦めきれず、アドレス帳を開くと携帯電話を耳に押し当てた。

 当然繋がらない、というか発信すらしない携帯電話。

「ええい、根性を見せろっ」

「…………何をしている」

 必死に携帯電話を弄り回す深月、その可笑しな行動、そして言動に無言だったアークが胡乱な眼差しで訊ねた。

 そんな視線を知ってか知らずか、深月は視線を上げない。

「決まってるじゃないですか。電話ですよ、電話っ」

「デンワ?」

 アークが訝しげに問い返す。その反応は予想していた深月は「通信機器です」と簡潔に答えた。

「通信機器」

「そうです。これで、離れた人と話が出来るんです」

 ここに電波があったらね、と付け加えた深月は携帯電話を畳み、はぁと溜め息を吐いた。未練がましく見つめつつ、ボストンバッグに携帯電話を仕舞う。

「デンパ、というのは良くわからんが……離れていても会話が出来るとは、そちらは随分と技術が進んでいるようだな」

「そうですか?」

 魔法のような力を平然と使用する世界、その筆頭であるアークにそんなことを言われても、深月は全然しっくりこない。

 むしろ機械が進化した分、人間としては退化の一途を辿っている気さえする。

「まあ確かに、便利ではありますけど。でもこっちじゃ何の役にも立ちません」

 あーあ、と項垂れた深月、そんな主を慰めるように、膝に上った真っ白なキツネがぽむぽむとその腿を叩いた。


 コンコン、という音に、シシィを抱きしめていた深月は扉を振り返った。

「はい?」

 返事を返した深月の、その視界に「ちっ」という顔をしたアークが映る。

(しまった、思わず)

 うっかり応えてしまった深月は基本アークやユハ、セレーン以外と口をきくことを禁じられている。

 禁止令を出したのは勿論、向かいに座する美麗な神官だ。

「何用だ?」

 深月の代わりに問うアークに答えたのは、まだ過渡期を思わせる若い少年の声だった。

「レヴィン=レーヴァントです。姫様のお供に参りました」

「供?」

「レヴィン?」

 問い返すアークと深月の声が重なる。深月は再度、アークに睨まれた。



「すっ、すみませ」

「いいから、お前はもう口を開くな」

 ひっそり、しかしピシャリと告げるアークに、唇を両手で押さえた深月はこくこく頷いた。

 全く油断ならない少女は、それでも反省はしているようだ。

「私が話をする。直接関わるようなことにはしないから、お前は大人しく」

「入ってもよろしいでしょうか?」

 黙ってそこに座っていろ。

 そう続けようとしたアークの密やかな声は、その様子を全く知ることのない少年に遮られた。そして。

「ちょっと待ったーー!」

 速攻で言いつけを破った深月が慌ただしく立ち上がり、アークの説教よりも早く寝室に掛け込んでいった。次いでガタン、と何かを倒す音。「あいたぁっ」というやかましい悲鳴。

 急いで後を追ったユハの「ヴェールはここですよ」という声がしたかと思うと、寝室はシーンと静かになる。


 一連の動きに静かに瞠目していたアークはがっくりと項垂れ、額を押さえた。あのアホ娘、と溜め息を禁じ得ない。

 彼女が「待て」と言った以上、レヴィンを部屋に入れないわけには行かないだろう。

 本来なら扉の内と外、長引くようなら自分が回廊へ出るつもりだったのだ。だと言うのに。

「お待たせしました、アークさん」

 寝室から顔を覗かせた深月が「どうですか?」とくるりと回って見せる。

 ヴェールを深く被っている為、彼女の特徴である漆黒の眸も同色の髪も、見えないようにきちんと隠れていた。

「……まぁ、いいだろう」

 溜息と共に頷いたアークは。

「口は」

「閉じときます!」

 深月に釘を刺すことを忘れなかった。


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