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第四話 : ソフトタッチは控えめに

「こら」


 講堂を出た深月(みづき)は、耳慣れた声に振り返った。


颯希(さつき)

「ダメじゃん大和撫子。すごい注目浴びてたよ」

「う……。不可抗力だもん」

「ふーん」


 反抗的な台詞とは逆に、深月は顔を赤らめて俯く。

 こんな時の片割れの反応は二つ。

 ダメ押しとばかりに突っ込むか、フォローしてくれるか。

 少し考える素振りを見せて、颯希は後者を取った。


「まぁあれくらいなら問題ないだろうけど。でも気をつけなよ」

「――っ! うん! 気をつける!」


 少しだけ優しくなったその声音に、深月は全力で返事をする。


「ほらまた」


 颯希に再び注意され、深月は口元をおさえると目だけで周囲を確認した。


(誰も見て……ないな。よし!)


 「大丈夫」の意味を込めて笑いかけると、なぜか颯希はものすごく微妙な顔をした。


「何て締まりのない……」

「え?」

「なんでもない。じゃあまた、道場で」


 そのまま教室に向かおうとする颯希に、深月は叫ぶ。


「颯希、道場まで一緒に―」

「やだ」


 深月の願いはまたも打ち捨てられた。



 バス停への道を、深月はとぼとぼ歩いた。

 どうして嫌がられるのか、その理由がわからない。


(昔はお姉ちゃんお姉ちゃんって、可愛かったのに)


「深月」


 いつからあんな風になってしまったのか。


(腹立たしいを通り越していっそ悲しい。いや、むしろ淋しいよ)


「深月?」


(大丈夫だよね? お姉ちゃんの威厳とか、威厳とか、威厳とか……)


「深ー月!」

「はい!」


 一際大きいその呼びかけに顔を上げて、深月は固まった。


 息がかかりそうなほど近くに、友弥(ゆうや)の綺麗な顔がある。


「やっと気づいた」

「――――ッ」


 気づいたどころの話ではない。


(――――っぎゃあああああっ! ち近いっ、眩しいっ、鼻血出る〜〜〜〜っ!)


「深月? 顔が赤いけど…」


(やばい。これはやばい。失神してしまうかもしれない!)


 主に出血多量で。


「今日暑いからなあ」


 とか何とか言いながら手を伸ばしてくる友弥に深月は。


「っはあっ!」


 気合一声。


 額に触れるぎりぎりで、深月はその手を白刃取りした。


「深月……」

「大丈夫! ちょっと……そう、考え事しててっ!」


 深月の行動は全然「大丈夫」ではないが、それを誤魔化すためにも深月は矢継ぎ早に喋った。


「講堂でのこと思い出しちゃって! あの時は、騒がしくして本当にごめんなさい!」



「あぁ、あの時」


 意外にもすんなり身を引いてくれた友弥に、深月はほっと息を吐く。

 あの近さは心臓に悪いし、白刃取りの体勢は中々に辛い。しかしそんなことはおくびにも出さず、深月は肩を落として見せた。


「注意の最中に騒ぐなんて、って反省してたの」


(えいっ、だめ押しの上目遣いだっ)


 ごめんなさいを顔全体で表す深月の頭に、友弥はぽんと手を置いた。


「そんな顔しないで。それに」


 深月は騒いでなかったしね、と優しく覗き込む友弥。

 そして深月は。



(ぬ、ぬ、ぬおおおおーーーーーーっ)



 猛然と駆け出した。



 深月の全力疾走は五分と経たずに終了した。

 理由は簡単、目的のバス停に着いたのだ。


「そんなに走らなくても、バスには間に合うよ」


 相変わらず穏やかなその声に、深月は思わずぼそりとぼやく。


「バスなんかどうでもいいもん」

「え?」

「ううん、何でもー」

 ないの、と続けようとした深月の言葉は、彼女が振り返った瞬間奪われた。


  ブブーーーーっ


 深月の眼前に、いきなりバスが現れた。

 かなり強引に割り込んだのか、後続車にクラクションを鳴らされまくりちょっとした渋滞を作っている。

 合図を間違えたか、車線変更が遅れたのかもしれない。

 が、そんなことより。


(びびびびっくりしたぁああああ〜)


 あまりの衝撃に心臓が爆音をたてている。


「深月! 大丈夫?!」


 友弥に名前を呼ばれても、深月はすぐに反応出来ない。


(逆襲?! どうでもいいって言ったから?! バスにも耳があるの!?)


「深月?」

「あっ、えっと、大丈夫……」


 心配そうな声にやっとのことでそれだけを返すと、その言葉を待っていたかのように昇降口の扉が開いた。



「どうぞ」



 見るからに頼りなさげな顔色で運転手が乗車を促してくる。

 正直まったく乗りたくないが、これが最寄り駅停車のバスである。


「深月、一本遅らせようか?」

「ううん、いい」


 気遣う友弥に首を振る。

 深月は挑むような気持ちでバスに乗り込んだ。



 そしてそのことを、深月は後悔することになる。




 ステップを上がりあちこち見回すが、、座席は空いていなさそうだった。

 仕方がないので中に進み吊革を掴もうとすると、後から乗った友弥(ゆうや)がちょいちょいと手招きした。


「ちょっと嫌かもしれないけど」


 そう友弥が示すのは、一番前、運転席の真後ろの席だった。

 轢かれかけた深月(みづき)としては、確かに進んで座りたい席ではない。

 とは思うものの、折角友弥が見つけてくれたのだ。

 深月は有難く座らせてもらうことにした。


「発車します。ご注意ください」


 お決まりのアナウンスとともにバスが動き出す。

 席が全て埋まるほど人がいるのに、車内は不気味に静まり返っていた。

 きっと先ほどのあり得ない運転のせいだろう。


 軽く頬を引き攣らせた深月を、横に立った友弥が不安げに見やる。


「本当に大丈夫? 気分が悪かったらいつでも言って」

「平気。ありがとう、トモ」


 それに、今さら降りるのは負けた気がするのだ。


(今さら尻尾を巻いて逃げたりしないわ。どっからでもかかってらっしゃい!)


 っしゃー、とこっそり拳を握りしめて深月は窓を見やった。



(いい天気。一回着替え取りに帰ろっかな)


 外は快晴、天気予報によると今日は真夏日らしい。いくら道場にエアコンがあるとはいえ、かなり蒸し暑くなるだろう。


(飲み物はオッケー。スプレーはあるし、シートも……)


「お昼はうちで食べるでしょう?」

「え?」


 頭の中でボストンの中身を確認していた深月は、とっさに応えられない。


「母さんが、深月とオムライスを作るって張り切っていたよ」

「あ、うん、そうなの」


 友弥の母はどうやら女の子が欲しかったらしく、一緒に作ろうといつも深月を誘ってくれる。

 その料理は和食から中華、洋食、お菓子に至るまで絶品だが、深月は主にお米料理に目がない。


「楽しみ」


 にへらっ、という表現がピッタリな深月の笑顔に、友弥は小さく瞠目した。

 途端に上機嫌になった深月に、友弥は前かがみになると囁く。


「今日はこのまま、二人で出掛けようか?」

「ふぇ?!」


 思いがけず甘いその声に、深月は耳を押さえて身を引いた。

 途端に顔が熱くなる。


(どういうこと? どういうこと? どういうこと?!)


「たまにはデートしようよ」


 友弥はとろけそうな甘い顔で深月を見ている。


「ええっと、その、ええ?!」

「料理は、いつでも出来るでしょう?」


 友弥の顔が、また近づいてくる。


「深月」


 身体中の血液が集まっているのではないかというくらい顔が熱い。

 沸騰しそうだ。


「嫌?」



「いや゛ーーーーーー!!」




 車内に響き渡る甲高い叫び声に、深月ははっと我に返った。


「暴れないでコウちゃん、危ないわ」


 後部座席の方から、小さな子供の泣き声がする。


「やっ、ママはなして!このバスこわいもん!」


 泣きじゃくるのは四、五歳ほどの男の子。


(あぁ、確かに……)


 火照った顔を両手で包んで、深月は深く息を吐いた。


(びっくりした。無意識に嫌、って叫んじゃったのかと思った)


 そんな勿体無い、と深月は思う。落ち着いて考えれば先ほどの誘いはとても魅力的で、その状況はおいしい。


(耳元での甘い囁き……ご馳走様です)


 緩みそうになる頬をそのままつねる。またもや奇行に走る深月を、しかし今度は誰も見ていなかった。


 えっえと繰り返される子供の嗚咽が、ぴたりと止まった。

 刹那。


「コウちゃん!」


 今度は母親が声を上げる。

 腕を振り切った子供が、昇降口目掛けて猛ダッシュしたのだ。

 咄嗟に友弥が腕を伸ばすが、運転手が動揺したのか、途端にバスがガタンと傾く。

 バランスを崩した友弥の横を、子供は走り抜けた。


「うんてんしゅさんおろしてぇえっ」


 涙で顔をくしゃくしゃにした子供は、運転席の青年に飛びつき、そして。




  キキイイイィィィーーーーッ




 耳障りなブレーキ音とともに、バスが左にスリップする。車体が大きく揺れ、乗客の悲鳴が車内にこだまし――――深月の視界に迫り来るガードレールが映る。


 大きく目を見張った深月の、その頭を誰かが抱え込んだ。


 友弥と、視線が絡まる。


(あぁ、庇ってくれたんだ)


 そう理解した時、深月は全身に強い衝撃を受けた。




 奪われる視界、遠のく全ての音――――。




 意識は急激に暗転して行った。


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