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第三十五話 : 君と月と太陽と

 貴方が幸せであるために、私が出来ることはなんだろう。



 涼しい風が伏せた睫毛や薄布越しの肌を撫ぜていく。

 初夏を思わせるこの国の、思いのほか心地よい夜。

「目覚めたか」

 瞼を持ち上げた友弥を迎えたのは、陽の光と空の色を持つ美しい青年。

 淡い月の光を浴びたその姿は麗しく、かつ神秘的で夜のしじまによく馴染む。


「おはようございます、アーク」

 柔らかく笑う友弥の、その笑みにつられるように神官は口端を緩めた。

「おはよう。調子はどうだ?」

「問題ないです。ここは……庭園ですか?」

「そうだ」

 アークが首肯する。友弥はぐるりと辺りを見回した。

 友弥が今夜目覚めたのは、屋外。屋根の付いたその場所は、小さな丸テーブルと揃いの椅子があるだけのこじんまりとした東屋(あずまや)だった。 



「アークは、ルーウィン連歌という唄をご存知ですか?」

 定例の経過報告を終え、友弥は本日一番の気がかりを話題に上げた。

「ルーウィン連歌?」

「はい。どうやら遊び唄のようなのですが……」

 友弥の問いにアークは考えるように眉を寄せ、やがて首を振る。

「いいや、知らないな。というより何故、そなたが知っている?」

 それは至極尤もな質問だ。友弥は異世界からの迷い子であり、この世界の唄を知る理由はない。

 アークも知らないようなものなら尚更だ。


「街の子供たちが歌っていました。一人が歌いまた一人、もう一人と、歌い継いでいくものらしいです」

「らしい、ということは」

「子供たちから聞きました。ルーウィン連歌という名前も、その内容も」

「内容?」

 そう、内容だ。

 まるでこの世界の先を暗示するかのような、あの唄は。


「ルーウィン連歌はただの遊び唄ではないように思います」

「と言うと?」

「誰かが作り、意図的に流しているような気がするのです」

「……どういうことだ?」

 アークが訝しげに問う。しかしそれはきっと、友弥本人に向けられたものではないだろう。


 友弥を“友人”と呼んだ彼は、自分を信用してくれている。

 そう思うからこそ、友弥はこの話を持ち掛けたのだ。

 信頼できる“友人”に、相談する為に。

「この唄は夕方、協会の近くで耳にしました」

 そうして友弥は語る。

 この唄を持ち帰った、その理由(わけ)を――――。


 夕方、深月と入れ替わるその前。

 協会の入り口でリゼ達を待っていた友弥が聞いた、子供たちの遊び唄。

 最初は微笑ましく聞いていた友弥がこの唄に疑問を持ったのは、その歌詞の内容があまりにも似つかわしくなかったからだった。

「唄にはこうありました」

 言って、友弥は(そら)んじて見せる。



 ――――世界は光で出来ている

 ――――この世界中全てが光

 それはまさに、このルーウィンを表す(ことば)

 アークが傾聴しているのが分かる。



 ――――太陽王と月の巫女

 ――――彼等は不変と希望の光

 月の巫女と言うフレーズは、リゼを思い起こさせる。



 ――――生きて行く者 死に逝く魂

 ――――破滅へ誘う闇の声

 歌う声に合わせるように、暗い木々がざわざわと騒ぐ。



 ――――黒き塔へと登る時 

 ――――人の心が見えるでしょう

 塔という言葉に友弥が連想するものはただ一つ。

 今リゼ達が目指しているという、闇を封じる“聖域”のみ。

 顔を上げると、アークは真摯な瞳でこちらを見据えていた。

 友弥は続ける。



 ――――光の純潔現れて 危うき天秤傾ける

 ――――左に(つるぎ)を 右には盾を

 子供たちが揉めていた部分。これは友弥も疑問に思う。

 一般的に利き手とされる右、そこに攻撃の要たる得物が握られないと言うのは、何ともおかしな話だ。

 が、それは大したことではない。

 問題はここからなのだ。




「………………」

「どうした?」

 不意に黙り込んだ友弥に、アークが問う。

 友弥は迷っていた。

 続けるべきか、それとも。


「……具合でも悪いのか?」

「いえ……続けます」

 気遣う声に背を押され、友弥は再び口を開いた。

 この唄の意味するもの、導くものが、悪い未来(さき)ではないようにと祈りながら。

 詞を、紡ぐ。



 ――――光を砕いて (くら)きを歌えば

 ――――見えざる真実響き合う

 アークが息を呑む、微動だにしなかった天色の瞳が僅かに揺れた。

 唄は終盤に差し掛かる。

 友弥は迷わなかった。



 ――――儚き祈りを空へ溶かして

 ――――舞い散る破片(カケラ)(あお)の彼方へ

 示される先は光か。



 ――――奏でる調べは感喜と戦慄

 闇か。



 ――――孤高の暁 未来を導き

 ――――優しき宵は約束の地に

 この詞はどういう意味なのか、友弥には分からない。



 ――――光と闇は刹那を刻んで

 相容れぬもの同士が混じり合う、その時。



 ――――(いと)しい世界を

 ――――作り出す


 この唄は、何を伝える為なのか。

 


「……終わりです」

 言って、友弥は深く息を吐いた。

 それほど長くない唄、そして印象的な歌詞だからこそ、友弥は覚えることが出来た。

 が、唄はそれ自体が重みを持つかのように、(そら)んじた友弥に疲労を感じさせる。

 知らず汗ばんでいた友弥の額を、夜の涼しい風がさらりと撫ぜる。

 その心地よさに友弥は目を閉じ、今度は軽く息を()くとゆっくりと瞼を持ち上げた。


「この唄は旅人が、街の子供たちに教えたそうです」

「旅人が?」

「はい。真っ白な髪をした、優しそうな大人だったそうです」

 旅人は数日前に街を訪れ、子供たちに唄を教えるとこう付け加えた。

「この唄を、なるべくたくさんの子供に伝えるように、と」

「子供に? ……大人には知られぬようにということか」

「どうでしょう。少なくとも子供たちは、隠そうとはしていませんでした。でも……」

 この唄には「闇」という、このルーウィンにおいて禁忌とされている詞が入っている。

 それも否定するばかりではない、まるで「解き放て」とでも言うような。


「この世界の者たちなら、忌避するかもしれぬな」

 あまりに闇を擁護しすぎる、と。

 友弥の思考を読み取ったかのようにアークが告げた。

「私もそう思います。この唄を伝えた者は、何を考えているのでしょう」

 正確には、何を企んでいるのか、だ。

 聖域に封じられているという闇、抑えている呪い。光を失くしては生きられないという世界。

 かの“旅人”が望むのは――――。


「この世界の、変革かもしれぬな」

 答えたのはアークだった。

 彼は白磁のカップを持ち、しかし口にはせずにまたテーブルへと戻す。

 何かを考えるように、アークの視線は白磁の水面に落とされる。

「変、革……ですか?」

 言葉の意味が分からず、オウム返しに聞き返す。

 そんな友弥を、天色の眸が真っ直ぐに射貫いた。





 ルーウィン連歌。

 友弥が耳にしたというその唄、歌詞を聞いたアークは、ある一つの可能性を思い浮かべていた。

 


 世界の行く末を導き出すかのような唄、にも関わらず、その核たる神殿にその唄は報告されていない。

 それはつまり、この唄を伝えた者が神殿内部に居ないということだ。

 もしくは内密に動きがあるか。

 だとしたらそれは、世界を覆す行為と見なされる。

 光があって初めて成り立つこのルーウィンにおいて、神殿はある意味、国家よりも重要といえるのだ。

 この唄に込められた、意味。

 それは世界を脅かすような不穏なものでも、飲み込もうとする禍々しいものでもないようにアークは感じた。

 この唄に込められたもの、それは。


「ユーヤ」

「……はい」

 名を呼ぶと、僅かな躊躇いの後、はっきりとした返事が返った。

 闇と言うよりは黒檀のような、強い輝きを放つ眸。

 彼女――今は“彼”であるその容姿は、馴染み深い者を思い出させる。

「そなたにまだ、話していないことがある」

「話していないこと?」

 戸惑う瞳、瓜二つのその容貌。

 本来の持ち主である深月よりも、入れ替わりになった友弥のほうが彼女(・・)に近い。

 アークの昔馴染みであり、巫女姫であるこの国の王女に。

 その理由は明瞭、優雅な物腰と纏う雰囲気が、二人は似ているからだ。

 そして最大の理由は――――。


「ユーヤとミヅキ。異世界から来たそなたたちは、光という概念において間違いなく“純潔”なのだ」

「――――どういう意味ですか?」

 “純潔”という単語に友弥が強い反応を見せる。

 当然だろう、先程の唄にも出て来た。それも、この世界を混沌に導くような陰翳を持って。

 だからこそ、アークは包み隠さず話すのだ。

 友人が疑心暗鬼にならないように、己を信じてくれるように。


「この世界の人間は皆、光の色彩を持って生まれてくる。それは知っているな?」

「リゼから聞いています。その色によって、個人の神力(じんりょく)が決まるのだと」

 陽ならば金の髪、青い眸。月ならば、銀の髪に緑の眸。色が近ければ近いほど、その神力も強いとされる。

「そうだ。だがそれは、純粋な色ではないのだ」

「純粋ではない?」

 どうやらそちらは聞いていないらしい。

 友弥は眉を潜め、「どういうことですか?」と小さく首を倒す。

「陽の色彩は金と緑、月は銀と青。これが真実の色彩だ。つまり」

「つまり?」

「私たちは躰と魂魄、それぞれ別の光を宿しているのだ」

 告げる端から、顔が歪む。

 何とも分かりにくい説明だと、我ながら思ったのだ。

 アークは苦笑しながらも、足りない情報を補うべく説明を続ける。


「例えば私は、月の躰に陽の魂魄を宿している。眸が青いのはその為、そして神力は、その魂魄の影響を強く受ける」

「つまりリゼは、緑の眸を持つ陽の躰に、月の魂魄を持っている。だから“神国の月姫”だ、と」

「理解が早いな」

 その通りだ、と頷きつつ、アークは感心した。

 友弥と深月。彼らの世界には、“神力”という概念はない。闇に侵されても、光に縋ってもいないのだから当然だ。

 それでも彼らはこちらの話を真剣に聞き、真実を知ろうとする。

 世界に関わろうとする。


「だからこそ、なのか」

 ぽつり、アークは呟く。

 異世界からの訪問者である彼らにこそ、高い神気が宿るのは。

 他をも想える心があるから。

 だから彼らは“純潔”なのか。


「ユーヤ。そなたやミヅキ、異世界の者たちは皆この(ことわり)に当てはまらない」

「では」

「その躰の本来の持ち主。ミヅキは陽だ。その躰も、そして魂魄も。そしてそなたは」

「……月、ですか」

「そうだ。それが入れ替わりの原因ではないかと私は考えている」

 友弥が瞠目する、それが真実であるかは定かではないが、恐らくは間違いないだろう。

 予てからの疑問、夜にのみ行われる“入れ替り”とは。 


「古い文献で読んだことがある。同一を許されたのは“陽”のみであると」

「何故」

「月とは、陽があって初めてその光輝を持ち得るもの。それ単体では力を持たぬ、それ故だと。そう、文献には記されていた」

「じゃあ深月は、僕に巻き込まれた……?」

 呆然と、友弥は呟く。

 かなり動揺しているのか、その口調がいつもと違う。

 その心中を逸早く察し、アークは更に継ぎ足した。


「巻き込まれた、と言うのは些か言いすぎだ。近くにいたからこそ、お互いの力がうまく作用したのだ」

 アークの言葉に友弥が顔を上げる。

 辛そうに歪められた漆黒の瞳には、悲しさよりも悔しさが濃く現れている。

 守りたいのという想いにそぐわない現実が、もどかしくて堪らないのだろう。

 その気持ちは理解出来る。だからこそ、アークは表情を和らげた。


「秘めたる力が目覚めれば、入れ替わりも無くなろう」

 だから気を落とすな、と。

 労わるアークに返って来たのは王女にそっくりな()の。

 


 痛みを堪えた悲しい微笑だった。

 

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