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第三十四話 : 夏祭り

 どうして自分はここにいるのか。

 その答えは、未だ出ない。



 木製の板に固めのマットという、もはや定番になりつつある覚醒場所。

 例の如くベッドの上で目覚めた深月は、開眼と同時に口を開いて。

「アークさんのわからず屋ーーーーーーっ」

 けたたましい叫び声を上げると素晴らしい腹筋で上体を起こした。

 その動きはまさに、まな板の上の鯛。とびきりの活きの良さだ。

 が、しかし。


「……ミヅキ?」

 如何にも恐る恐るといった呼びかけは、当然板前などではない。

「あの……」

 戸惑う深緑の眸、首を傾げたことで肩口から零れた、絹糸のような銀の髪。

 テーブルイスからこちらを窺う、深月と瓜二つの少女――リゼだ。

「おはよう……ございます」

 控え目な王女はその微笑みも慎ましく――――。

(ってそんなわけあるかぁっ)

 どう見てもドン引きだわ、と自分にツッコミを入れた深月は、その動揺を悟られまいと表面を取り繕おうとした。

 そして。

「――――――――ハァイ、リゼ!」

「…………は?」

 失敗した。


「……うっ」

(ぎゃああぁぁぁぁぁ!)

 深月は心中で盛大に悲鳴を上げる。

(何だハァイって、どこのアメリカかぶれなのっ)

 振り上げていた拳をさりげなく開いてみた深月だが、「Hi!」が通じない世界では全くもって無意味だ。

(いたいよー居たたまれないよー)

 ますます困惑するリゼを前に打つ手のなくなった深月。

 アークのブリザードとはまた違う意味で寒くなった、その部屋の空気を変えたのは天敵である聖獣だった。


「相変わらずうるさいやつだな」

 盆を片手に入ってきたディディウスは、どうやら夕食を運んで来たらしい。「起きぬけくらい静かに出来ないのか」などと憎まれ口を叩きつつ、テーブルに料理を並べていく。

 深月はとりあえず両腕を下げ、助かったと思いつつも唇を尖らせた。

「だって、アークさんてば固いんだもの。すごく固い。かつお節並みよ」

「何だそれ」

「世界一固いと言われる日本のソウルフード」

 の内のひとつ、とぼそっと付け足す深月。一番のソウルフードは何たってお米だ。そこは譲れない。

 しかし聖獣は「そこじゃねえ」と眉間に皺を寄せ、やがて深々と息を吐くとテーブルイスの背を引いた。

「もういいから、さっさと座りなよ」

 素っ気ない反応にますます憮然とする深月だが、それでも逆らうことはせず、ディディウスの言う通り大人しく席に着く。

 理由は単純にして明快、並べられた料理の一つに白米があったからだ。

「分かりやすいやつだな」

 呆れているのか馬鹿にしているのか、それともそのどちらもなのか。

 判断しかねる曖昧な呟きをしかし深月はさっぱり無視し、「いただきます」と両手を合わせると白米の器に手を伸ばした。



 夕飯は部屋の中で済ます。

 これは昨日、話し合いの末に決まったことだ。

 かの聖獣曰く。

「女口調が気色悪い」

 らしい。


 気色悪いという言葉に些かむっとした深月だが、それでも「確かに」と頷いた。

 友弥の顔は端正でその容姿も中性的と言えなくもないが、さすがに女言葉はきつい。

 赤の他人が見たら間違いなく“そっちのひと”だと思われてしまう。

 日本で言うところの「オネエさま」だ。


 だったらと男らしく振る舞おうとした深月だったが、これが意外と難しかった。

 意識しすぎた深月の“男口調”はちっとも男らしくなく、ただ語尾に特定の言葉が付いただけというかなりお粗末な仕上がりだった。

「俺はトモっていうんだゼ」

 や、

「よろしくジャン」

 などがその代表だ。


「もういい。要は、お前が喋らなければいいだけだ」

「ちょっと。何その、汚いものを見たような顔」

 傷付くわーと眉間に皺を寄せた深月だが、自分でも微妙だと感じただけに強く反論は出来ない。

「では食堂を利用せず、夕食は部屋で取りましょう」

 その方が気も休まるでしょう?

 微笑んだリゼの提案に、深月は勿論ディディウスも「そうだね」と頷いた。

「ボロが出ると尻拭いが大変だからな」

 神妙な顔で「自重しろよ」などと付け加えたかの聖獣に、深月の“枕アタック”が炸裂したのは言うまでもない。 

 なるべく平和にという王女の努力も空しく、怒涛の罵詈雑言合戦は昨夜も繰り広げられた。



「ごちそうさまでした」

 好物を十分に堪能した深月は「満足満足」と幸せそうにお腹をさする。

「神殿のごはんも美味しいけど、やっぱりお米がないとねぇ」

「神殿は小麦が主食ですからね」

 食後のお茶を淹れるリゼが、ほんわりと笑う。

「そうなんだ?」

 そういわれてみれば確かに、朝はパンで昼は麺だった。麺はラーメンやうどんではなく、パスタのようなもの。

 それを野菜と一緒に香草で炒め、クリームスープをかけてベーコンを添える。

 味は絶品だった。


「まぁ元々、この国の主食が小麦だからな」

 手際良く食器を片づけたディディウスが自分のお茶を受け取り、ガラスの瓶に手を伸ばす。聖獣は中から角砂糖を手づかみ、自らのカップにぽとりと落とした。

「米っていうのは一部の地方でしか作られてなかったんだよ」

「そうなの? なんで?」

「さぁ?」

 ディディウスはカップに挿し入れたスプーンをくるくると回す。

「米がこの国に入ったのは近年なんですよ」

 愛想もへったくれもないディディウスをフォローするかのように、リゼが続きを語る。

「元は一人の旅行者の希望だったそうですよ。何でも祖国では名の知れた、有名な貴族だったとか」

「そいつが小麦生活に耐えられなくなって、自国から米を取り寄せたらしい」

「それを契機に米料理が流行し、以降、この国でも米を作るようになったんですよ」

「へぇー」

 お米に歴史ありねぇ、と深月はしみじみ呟く。

 かの貴族の気持ちに深月は激しく共感できる。し、そのおかげでこうして、異国の地でもお米が食べられているのだ。

 ありがたいことこの上ない。

「それでも、まだまだ輸入が中心ですけどね」

「だからこういう宿場では、米の方が多いんだよな」

 最先端意識ってやつかね、とディディウスは鼻で笑った。

 

 が、それはともかく。

「……ねぇ、ディー。あなたお砂糖入れすぎじゃない?」

「ん?」

 またひとつ、角砂糖をつまんだディディウスが首を傾げる。

 その手元にあるお茶は深月のものと同じ透明な朱色――――ではない。

「さっきから思ってたんだけど、やりすぎでしょ」

「何言ってんだ、あと二つは入れる」

「いやいやいやいや」

 ディディウスの主張に深月は激しく首を振った。


 この国の主食の歴史、その話が繰り広げられている間ずっと、ディディウスは角砂糖を足し続けていた。

 一つ入れ、スプーンでかき混ぜ、また手に取ってカップに落とす。

 それを繰り返した結果、彼のカップは。

「明らかに飽和溶解度超えてるよ、お茶濁りまくってるじゃない」

「この茶はこうやって飲むんだよ」

「そんなじゃりじゃり音を立てる飲み物はありません」

「醍醐味だろ」

「意味がわからない」

 再び首を振る深月。だが他者の意見などどうでもいいのだろう、ディディウスは宣言通り砂糖を投入し、今度は混ぜもせずに口に運んだ。深月は声にならない悲鳴を上げる。

(み、見てるだけで気分が悪い)

 うげぇ、と舌を出した深月に、何故か得意げに笑うディディウス。「そのドヤ顔は何だ」と問おうとした深月は口を開き。


「――――――――っ」


 開きかけた唇をそのままに、勢いよく背後を振り返った。


 石造りの壁にはめ込まれたガラス窓、真っ白なカーテンのその向こうから、纏わりつくような気配を感じる。

(こ、れは……)

 その気配に、深月は覚えがあった。


 粘着質な悪意、憎悪、あるいはその全て。


「――――またか」

 真っ先に動いたのはディディウスだった。

 甘すぎる飲み物をテーブルに置いた聖獣は、迷いない足取りで扉に向かう。

「片づけてくる」

「私も一緒に行きます」

「姫はここにいて」

 追いかけようとした主を手で制し、ディディウスは深月を見やる。

「そいつも居るし」

「でも」

「この街には協会もある。それに」

 言い募るリゼを遮って、ディディウスは顎を反らす。

「俺はそんなに弱くない」

 自信たっぷりなその態度は如何にも彼らしいが、主である少女は頷けなかった。

 外にいるのは間違いなく危険なもの、そんなところに一人で行かせるなんて出来ない。

 ――――否。したくない。そしてそれは、深月も同じだった。

 だったら方法は一つだ。


「私も戦う」

 言って、深月は踵を返す。

「え?」

「はぁア?」

 仲良く声を重ねる主従に、深月はにんまりと口角を上げる。そうして目を閉じ、意識を集中させた。

(大切なのはイメージ、イメージ……)

 言い聞かせるように繰り返す、その度に体が熱くなるのが分かる。

「ミヅキ……」

 リゼの声が聞こえる――それに応えるように、深月は汗ばむ頬を緩める。

(大丈夫、大丈夫だよリゼ)

 約束した、守って見せると。

 そうして今、深月はチカラを手に入れたのだ。

 どこまで通じるかは分からない、もしかしたら、自分はそんなに強くないかもしれない。

 でも試す価値くらいはあるはずだ。

「アークさんには止められたけど……」


『その神力(じんりょく)を外で使うな』

 麗しい神官の言葉が頭を過る。

 でも深月は止めない。

 このチカラはきっと、こういう時の為にある。


 窓の外――夜の街に現れたのは。


「呪いなんかに、私は負けない――――ッ」

 強い決意を込めて叫ぶ、その躰が花緑青の光に包まれた。


「――――――っ」

 眩しさに瞼を庇ったリゼと目を見開くディディウス。

「お、前……」

 聖獣が食い入るように見つめる先には、肩で息をする深月。

 そしてその手には。



「……………………え?」



 目を開けた深月は、自分の手を見やり間抜けな声を上げた。

 本来の深月のものよりも幾分筋張った、少年らしい友弥の手。

 そこに握られたのは豪奢な装飾銃(ショットガン)

 ――――ではなく。


「水…………てっぽう?」


 ひくりと頬を引き攣らせる深月。

 まるで縁日に出される景品のような小ささ、軽さ、クリアな銃身(ボディ)

 現れたのは可愛らしすぎる武器。



「………………」

「………………」

「………………」

 ぼふん、と。



 衝撃と落胆、湧き上がった恥ずかしさから深月は再びベッドに沈んだ。


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