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第三十三話 : 茜舞う街で ~ side友弥 5~

 晴れ渡る空、長閑な田舎道を(ほろ)馬車が走る。

神司(かむづかさ)っていうのは、神殿に属していない神官のことなんです」

 荷台に直接乗り込んだ友弥の隣で、同じように揺られるリゼが説明する。

「今は夜以外でも闇の力が濃いんです。だから、民間の中でも神力(じんりょく)の強い者が、様々な地域でその力を振るっています」

「何故、神殿に属さないの?」

 友弥の疑問にリゼは口元に手をやり、困ったように笑う。すると彼女の聖獣が、幌の中からにゅっと顔を出した。


「神殿ってのは、色々と面倒なんだよ」

「面倒?」

「そっ。世界を背負うっつー、とてつもない責任があるからな。規制が厳しい。条件がある、試験もある、身辺調査もある」

 ディディウスの言葉に、友弥は警察官を思い浮かべる。

 日本という国を守るその職業は、身長や体重、年齢など様々な制限が定められているらしい。

 神官と警察ではその仕事は全く違うだろうが、「守る」という部分のみならば同じと言える。


「神殿は世界の要だからな。どこの誰とも知れないヤツを入れるわけにはいかない。王都の主神殿は尚更だ」

「神官を育てるのには時間がかかります。でも闇による被害は広がるばかり」

 神殿はいつだって人手不足だとリゼは言う。

 守る為に門は狭くなる、しかしそのせいで神官は集まらない。悪循環だ。


 そこで各地の神殿は、救済措置として一般の市民から協力者を募った。

 神力の強い者を集め、その神力を認められた者たちを市民の救い手としたのだ。

「これにより小さな村や島民、移動を続ける行商人たちなど、神殿に赴けなかった人々が救われるようになりました」

 そうしてそう言った救い手を、神殿と分けて“神司(かむづかさ)”と呼ぶようになったらしい。


「私は、どちらも同じだと思いますけどね」

 そう言ったリゼは草原に目をやり、穏やかに微笑んだ。

 最高位の巫女姫にとっては、救うべき人々もそれに応える者たちも、貴賤を問わず皆等しいのだろう。

 それはとても彼女らしいと、友弥は思った。



『守りたいと願う心がある。それに尽きる』

 アークの言葉を思い出す。彼とは昨夜、少しだけ話をした。

 友弥たちの居た場所、日本という国や、幼馴染みたちとのありふれた日常を。

 悩みそのものを話せたわけではないが、それでも幾分か気持ちは晴れたように思う。

 きっとアークは面倒見がよく、温かい性格なのだろう。

 そんな人物が深月の傍にいることに友弥は安堵し、それから少しだけ嫉妬した。

 しかしそんな感情を抱いたのは自分だけではない。

 アークは、恐らく。



「気持ちいいですね」

 草花を唄わせる優しい風に、リゼが口元を和らげる。パタパタと動くフードを軽く押さえながら、遠くなっていく景色を眺める。

 その横顔はやはり深月に良く似ていて、友弥は眩しさに目を細めた。


 この世界に来て、今日で四日。その時間は短いようでいて、恐ろしく長く感じる。

 深月と離れていることも、その理由の一つだろう。

 どんなに想っても会うことは出来ない。声すら、聞くことは叶わない。

 ベルトに下げたポシェット状のバッグを探る。固くて冷たい感触。人と人を繋げる物。

「……繋がるわけない、か」

 ぽつりと呟く、その手には、幼馴染みの双子と自分の笑顔。

 ディスプレイの待ち受けをそっと撫でて、友弥は静かに携帯電話を閉じた。



 街に着いた友弥たちはオルフたち親子と一端別れ、昼食を取った後はのんびりと街を散策した。

 幾つかの店を覗き、足りないものを買い足す。

 そうしている内に商品を卸したオルフたちが合流し、また街を出る。

 見晴らしの良い道を行く為か、昨日とは違い今日は比較的穏やかに幌馬車は進んだ。



 二つ目の街に着いたのは、三時を回ろうかという頃だった。


 商品を卸した後はそのまま引き返すという親子に、友弥たちは別れを告げる。

「本当は、帰りの護衛も頼みたいところなんだが」

「いっそウチの専属にならないか?」

 あながち冗談でもなさそうな二人に友弥は苦笑する。

 生憎、自分は剣士ではない。この世界の人間ですらない。

「ありがたい申し出だけど、その依頼は受けられないんだ」

 答えたのは友弥ではなく、御者台近くにいたディディウスだった。

 

 少年に化けた聖獣は馬に餌をやり終えたらしく、その頭を一撫でしてオルフたちに歩み寄る。

「この後は、この街で仕事が有るんだ。お得意様だからないがしろには出来なくってさ」

 さらっと(うそぶ)いたディディウスに友弥は軽く目を瞠ったが、隣に立つ王女は「残念ですが」とすぐに話を合わせる。

「次の仕事は長期になりそうなので、ここでお別れです」

「また会ったら、その時は宜しく」

「一宿一飯、お世話になりました」

 示し合わせたかのようなテンポの良さ、恐るべきチームワークに言葉を失くす友弥をよそに、主従は揃って頭を下げる。友弥も慌ててそれに(なら)う。

「そうかあ、じゃあ仕方ねえな」

「いやいや、こっちこそありがとな。町に来た時はぜひ寄ってくれ」

 じゃあな、と手を上げて、商人親子は御者台に乗り込んだ。


 それに愛想よく手を振り返すディディウスとリゼに友弥はしばらく呆気に取られ、それから呆れとも感心ともつかない溜息を漏らした。





 友弥がその唄を聞いたのは、もうすぐ深月と入れ替わろうかという、十六時を過ぎた頃だった。

 

 宿にて汗を流した後、協会に行くというリゼと共に友弥は再び外に出た。

 協会とは件の神司(かむづかさ)たちの屯する場所で、ディディウスいわく「民間の為の神殿」らしい。

「ちょっと近況を聞いてきます」

 ディディウスと共に協会に入って行くリゼを見届けて、友弥はクリーム色の壁を見上げた。


 それはアパートに似た石造りの建物だった。

「きょうかい」という響きから何となく聖堂をイメージしていた友弥は、味気ない建物をぼんやりと見つめる。

 その耳に、幼い抑揚が届いた。


「いくよっ、せーのっ」

 振り返った友弥の瞳に映ったのは、円になって遊ぶ子供たち。

 年齢も性別もばらばらな彼らは、手をつないでぐるぐる回る。

 最初に口を開いたのは、赤茶けた髪をした十歳くらいの少女。


――世界は光で出来ている

 歌うように紡がれる言葉。

 否、きっと唄なのだろう、言葉には独特の節がついている。


――このせかいじゅうすべてがひかり

 次に歌ったのは子供たちの中でもひと際小さな男の子。

 言葉は随分たどたどしく、その足どりもおぼつかない。

 するとその手を取った少年が、フォローするように続きを歌った。

 どうやら遊び唄のようだ。


――太陽王と月の巫女

――彼らは不変と希望の光

 一人、また一人と口ずさむ。

 その光景は友弥に、幼い頃を思い出させた。



『かーってうれしいはないちもんめ』

『まけーてくやしいはないちもんめ』

 あのこが欲しい、あのこじゃわからん。

 響く歌声。

 欲しいと言われるのはいつも、友弥以外の子供だった。

 異質な自分は常に取り残される側だった。

 ひとりぼっちにされる友弥は、この遊びが大嫌いだった。

 それを変えたのはやはり幼馴染みたちで。

 

『ト~モが欲しいっ』

『トモ兄はやらないっ』

 双子は歌詞を勝手に改訂し、友弥を取り合っては口喧嘩をしていた。

『ほらほら、喧嘩しないで』

 宥める自分の顔は、嬉しさを隠しきれずに緩んでいたことだろう。

 双子に出会ってから、友弥の孤独はどんどん薄れていった。



「あーっ。ちがうよお」

 不満を含む高い声音に、思い出にふけっていた友弥ははっと顔を上げた。

 声の先には、動きを止めた子供たち。

「何だよ、剣は右で、盾は左だろ?」

「普通はそうだけど、でもこの唄は逆なのっ」

「そんなのへんだよ」

「変でもなんでも、そういう唄なの」

「でもさあ」


 どうやら彼らは、唄の歌詞について言い合いをしているらしい。

 背の高い少女が間違いを指摘し、少年たちがそれに反発して、ああでもないこれが正しいと白熱している。

 条件反射とでも言うのだろうか、友弥は思わず止めに入ろうとした。が、すぐに思い直して段差に腰を下ろす。

 彼らは何も、喧嘩をしている訳ではない。

 証拠にその顔はどれも明るく、くすくすと笑い声が混じっていた。


「じゃあ決定、異論はないね?」

 少し大人びた物言いをするのは、先程の背の高い少女。彼女は誇らしげに胸を張り、左右を見回してうんと頷く。

「ではもう一度。せーのっ」

 再開される唄遊び、一人、また一人と高らかに歌う声。


 ぐるぐると円を描く彼らは楽しそうで、声は弾んでいて。

 瞼を閉じて耳を傾けていた友弥は――――しかし間もなくして立ち上がる。



 時は夕暮れ。

 空は青く、しかし雲は朱色に染まり、大地には影が降り始めている。


 逢魔が時。


 そう呼ぶことを、友弥は知っている。

 それを今、ここで思い出したのは――――――。

 


――生きていくもの死に逝く魂


――はめつへいざなう闇の声



 暗澹たる(ことば)は、あくまでも無邪気に歌われる。

 


――光を砕いて

――くらきをうたえば


――見えざる真実響き合う


 止まらないわらべ唄。友弥の心臓がどくどくと脈打つ。

 早くはない、むしろ重いくらいのその拍動が、今はやけに耳につく。

 だというのに、唄はきちんと意味を連ね、正しい言葉で友弥に届くのだ。


「この、唄は……」

 知らず、友弥は呟いた。しかしそれも、すぐに掻き消される。

 響き渡るのは幼い抑揚。


――ひかりとやみはせつなをきざんで



 茜色に染まる街、はしゃぐ彼らは歌い、踊る。



――(いと)しい世界を



 世界の行く末――――このルーウィンの、始まりと終わりを。




――つくりだす





「お待たせしました、ユーヤ」

「思ったより時間食った。急いで帰らないと――って、おい」

 ディディウスに肩を掴まれ、友弥はゆっくりとそちらを振り返る。その額には汗が滲み、碧の眸は戸惑いに揺れていた。

「なんだよ……どうした?」

「……何でもないよ」

 帰ろうか、と。

 訝しむ主従に背を向けて、友弥は陽の沈む道を歩き出した。


  


  

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