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第二十八話 : 騎士を望む者

 出会ったのは、小さなお姫様。

 なりたかったのは、彼女を守る騎士(ナイト)



 目を開けて一番に確認したのは、自分が今どこにいるか、ということだった。

 昨日はいきなり浴場で、着替えなければいけないという有り難くないハプニングからの始まりだったからだ。さすがに二度目はないだろうと思ってはいたが、幼馴染みのうっかり癖を知っている友弥は警戒していた。

 が、自分はきちんと乾いた服を着ている。

 そのことにまず安堵して、それから辺りに目を走らせる。


 そんな友弥を迎えたのは、相変わらず美麗な、太陽の如く眩しい神官だった。


「おはよう、と言うべきか。昨日ぶりだな、ユーヤ」

「おはよう……ございます。最高神官長(ファイス)

「アークで良い」

 正面に立った神官が天色の眸を和らげた。



「では、アークさんと」

「アークで良い」

 今度はぴしゃりと言われた。許しと言うより、これはもはや命令に近い。

 驚きに軽く目を瞠ると、アークは視線を逸らしてコホンと咳払いし、それから友弥を見下ろした。

「そなたはこの国の人間ではない。故に、私に敬意を払う必要はない」

 そうは言うが、アークは明らかに友弥よりも年上だ。

 そして日本ではよっぽど親しくもない限り、目上の者を呼び捨てたりしない。

「ええと、それは」

「では友人でどうだ」

 躊躇う友弥の、その意図を汲み取ったのかアークは言った。


「友人、ですか?」

 意外すぎる申し出に友弥は思わず間抜けな反応を返す。

 が、そんなことは構わないらしくアークは鷹揚に頷いた。

「そうだ。私は生まれと育ちもあって、友人と呼べる存在がほとんどいない。皆、地位や権力が気になるらしい。その点そなたは異世界の住人。そう言った意味で、私に遠慮することもないだろう」

「ああ、なるほど」

 もっともらしい理由、アークの言葉に友弥はすんなりと納得した。


 これが深月であれば「ぼっちなんですね」などと余計なことを言いそうなものだが、例え外見がそうであっても今の中身は友弥。

 その淑やかな容姿に相応しく、優雅に微笑んでこくりと頷く。

「では、アークと。改めてよろしくお願いします」

「それでいい。では、本日の王女たちの行動についてだが……」

 理解し合ったところで、アークは早速本題に入る。


 友弥とアーク。

 メンバーの中で最も理知的な組み合わせには、勿論アイアンクローなどの出番はなく。

 報告会は極めてスムーズに進んで行く。



「ということで、今は商人たちの町に。明日も同じになると思います」

「そうか。概ね大丈夫そうだな」

「はい」

 一通り話し終えるの待って、アークは席を立つ。

「喉が渇いただろう、茶を淹れよう」

 ここで待つようにと言い残し、アークは離れて行った。


 取り残された友弥は、ふうと息をついてもう一度辺りを見回す。

 四方を柱に囲まれたここは、昨日通された部屋とは明らかに違う。

 否、部屋ですらない。

 サロンとでも呼ぶのだろうか、壁に覆われることのない開けた処にテーブルと椅子だけが置かれ、足もとはガラスの床。

 その下には透明な水が流れ、澄んだ音色を奏でている。

 満たされる清浄な空気、全体的に白い造りは神殿と呼ぶに相応しい。

 が、至る所に施された文様が異彩を放ち、どこかちぐはぐだと友弥は感じた。



「珍しいすか?」

 食い入るように見つめる友弥に声を掛けたのは赤茶色の髪に銀の甲冑、長い外套(マント)を身につけた、友弥たちよりもわずかに幼い少年騎士。

 友弥は彼に見覚えがあった。

「きみは……」

 昨晩皇太子の言葉を伝えに来ていた、あの少年だ。

(確か名前は……)



「レヴィン」

「はい」

 名を呼ぶと、人懐こそうな鳶色(とびいろ)の瞳が嬉しそうに細められた。

「俺の名前、知っててくれたんっすね」

 光栄です、と敬礼して見せる少年、レヴィンに友弥は困惑する。

(確かアークは、王女付きの近衛騎士だと言っていたけど)

 主に話しかけるにしては、少年の態度は随分と軽々しい。

 言葉づかいにしても同じ、丁寧語のようであって全然違う、まるで先輩後輩のようなフランクさだ。

 少なくとも彼は、アークの前ではこんな崩した態度を取っていなかった。


「あの……私のこと」

「知ってるっすよ。王女様じゃないんすよね」

 訝しむ友弥をものともせず、レヴィンは快活に頷く。

最高神官長(ファイス)は隠してるみたいっすけど。でも分かるっすよ」

「何故」

 友弥の問いに少年はニカッと歯を見せて笑い。


「俺、王女様のこと大好きっすから」


 僅かな恥じらいも見せない、いっそ気持ちのいい告白。

 緊張に身を強張らせていた友弥は思いっきり拍子抜けした。

「そ、うなんだ?」

「そーっす。俺、父親が王宮詰めの文官なんすけど。小さい頃に王女様に一目惚れして、近衛隊に志願したんっすよ」

 どこまでも無邪気なレヴィンは底抜けに明るい性格らしく、聞いている方が照れてしまうような赤裸々な恋の話を次々と語ってくれる。

「王女様って、すっげー綺麗でしょう?見た目もそうだけど、その中身も。優しくて、頭もよくて。強くて、誰よりもこの世界を想ってる」


『世界を壊したい』


 リゼの言葉が頭に響く。

 目の前の少年が言うように、王女は完全な人間なのだろうか。

 それが友弥には分からない。

「そんな王女様だから、近くに居たくて」

 不純な動機っすね、と顔を赤くして頭を掻く。

 素直で真っ直ぐな少年に友弥は微笑むが、上手くはいかなかった。


 王女が――リゼが抱えるものの、その片鱗を見ているからこそ簡単には頷けない。

 レヴィンが守りたいと願う、王女は――。


「レヴィン」

 かつん、と涼しげな靴音が響いて。

最高神官長(ファイス)

 盆を持ったアークが、険しい顔で少年騎士を見つめていた。

「こんな時間に何故ここへ? 仕事はどうした?」

「……すみません」

 俯いたレヴィンはアークが苦手なのか、途端に大人しくなる。


「王女殿下がお一人でしたので、如何なされたのかと。でも」

 レヴィンがちらりと視線を寄こす。

 それには「黙ってて」という願いが込められているような気がして、友弥は咄嗟に頷く。

「大丈夫です。アークも戻りましたし、あなたも仕事に戻ってください」

 そう言って微笑むと、レヴィンはほっと息を吐いて一礼し、部屋を出て行った。


 その背を見届けたアークがテーブルに茶器を置き、再び友弥の正面に腰を下ろした。


「待たせたな。途中人に捕まって。……何か話したか?」

「いいえ、特には何も」

 問題ありませんと友弥は首を振った。

 あの少年の告白を、アークに伝える必要はないだろう。


 好きだから、傍にいたい。

 笑顔で居られるように守りたい。

 その気持ちが、友弥にはとても良く分かる。

(僕だって同じだ)

 違うのは彼は立派な騎士になり、自分は何にもなれなかったということ。

 大切だと思う少女が不安なその時に、傍に居ることすら出来ないという現実。

 思い描いた理想と、友弥は大きくかけ離れてしまった。

(僕が、したことは……)

 守りたいと願う一方で他人を傷つける。

 友弥が成し得たのはそんな醜い現状だ。


「騎士というのは……難しいですね」

 ぽつりと零れた本音、とても小さな呟きがきちんと届いたらしい。

 息を呑む気配がして、それから躊躇うようにカップが差し出された。

 温かい湯気を立てるそれに、友弥は顔を上げる。

 麗しい神官は眉を下げ困ったように笑っていた。

「とりあえず、飲むと良い。気分が落ち着く」

「ありがとう、ございます」

 のろのろと受け取ってカップに口を付ける。

 それは昨夜のものとは違う、透き通った赤いお茶だった。

 一口飲むと、すっきりとした渋みが鼻を抜けていく。

 鬱々とした気分が少しだけ和らいだ。


「美味しいです」

「それは良かった」

 その言葉を最後に、会話が途切れた。


 お互い思うところはあるのだろうが、どう切り出せばいいのかが分からない。

 言うなれば、二人は普段から「聞き役」に回ることが多く、自分から喋る性質ではなかった。

 気まずい沈黙、場はしーんと静まり返る。

 それを先に破ったのは友弥だった。

「……アークは、騎士の条件とは何だと思いますか?」

「騎士の条件?」

 唐突な問いに、しかしアークは戸惑うことはしなかった。

 カップをソーサーに戻し、「そうだな」と友弥と視線を合わせる。


「守りたいと願う心がある。それに尽きる」

「それだけですか? 力は?」

「勿論必要だ。が、それは二の次だ。力だけでは相手も己も滅ぼしてしまう」

 諭すような口調に、友弥は膝の上で拳を握った。

 想いはいつだって、友弥の中に存在する。

 守りたい。傍にいたい。

 隣で、彼女の笑顔を見ていたい。いつだって笑っていてほしい。

(なのに)

 そんなささいな願いさえ叶わない。

 目の前で大切なものを奪われ、知らない世界の運命に巻き込まれていく。

 穏やかな日々さえも、もう戻らないように思えてならない。

 朝に、夕に深月と入れ替わり。他人と関わって。

 必要だからと人を斬って、助かったと感謝されて。


 ルーウィンに交じる度に、元の世界が遠のいていく気がするのだ。


(救世主になりたいわけじゃない)

 友弥がなりたかったのは、深月を守れる騎士のような存在。

 彼女が幸せでいられるなら、他には何も望まない。

 それなのに、いつだって。


「世界は、思うようには行かない」

 街を出る前に友弥は決めた。

 どんなことをしてでも、元の世界に帰ろうと。

 せめて深月だけでも。出来れば一緒に戻ろうと。

 ここは友弥たちの常識とはあまりにかけ離れた、安全ではない場所なのだ。


 苦しんでいるリゼが居て、その助けになりたいと友弥は思った。

 力になれるのならとその手を取った。未来があると信じて、剣を振るった。

 なのに、それは望まれているものとはきっと違う。

 王女も――――そして深月も。

 血に染まった己の手を、今、深月が見下ろしているかもしれない。

 そう考えるだけで、友弥は居ても立ってもいられない。


 きつく唇を噛み締めると、錆びた鉄の味がした。

 一度は浮上した気持ちがまた沈んでゆくのを感じる。

 その時。


「そなたの言う通りだな」

 それまで沈黙を守っていたアークが、口を開いた。

「世界はいつだって不条理に溢れて、全く思い通りに行かない。どんなに力を尽くしてもあっさりと裏切られてしまう。――――神が優しかったことなど、一度もない」

 神官らしからぬ発言に友弥はアークを見上げた。

 向かいに腰掛けた彼は手にしたカップに目線を落とす。

「こちらの世界は過ごしにくいだろう。今は特殊な環境故、尚更だ」

 アークの言葉に友弥はぐっと眉根を寄せた。


 帰りたい、助けたい。

 どうにかしたい、どうにもならない。

 相反する想いと現状に押しつぶされそうな心に、彼の言葉はまっすぐ届く。


「話したくないこともあろう。そなたは信用が出来る故、あえて追求はしない。が」

 言葉を切ったアークが首を傾いだ。

 天色の双眸が柔らかく細められ、形の良い唇が緩く上がる。

「話したいことなら、いくらでも聞こう」

 そなたは私の友人だからな。

 そう付け加えて、美貌の神官は“友人”のカップに紅茶を注ぎ足した。





「斬ったっつっても、殺したわけじゃないぞ」

 何とも言えない気分で部屋に戻った深月に、ディディウスがため息交じりに告げる。

(殺してない? つまり……)

「半殺し?」

「違うわ! お前、アイツのこと何だと思ってんだ?!」

「具体的にどうなったの? っていうか何があったの?」

 物騒な発言にディディウスがすかさず突っ込むが、深月はスルーした。


 端から友弥が人を殺したなんて思っていない。

 簡単に他者を傷付けるような、そんな人でないことは幼馴染みである自分が誰よりも良く知っている。

 いつも穏やかで、争うことをよしとしない。

 諍いごとは必ずと言っていいほど仲裁役を頼まれ、嫌な仕事だって笑顔で引き受ける。

 出会った頃から少しも変わらない、優しい幼馴染み。

 深月の“王子様”だ。


「盗賊たちが商人を襲わないよう、足を狙ったのです」

 答えたのは、一番最後に部屋に入って来たリゼだった。

 食事の後、女将に呼ばれた彼女は少しの間席を離れたので、二階に上がるのが少し遅れたのだ。

「おかえり、姫。女将はなんて?」

「思った通り、宿と食事の代金は要らないと言われました」

 フードを下ろすリゼの短い銀髪が、部屋のライトに照らされる。

「おー、太っ腹」

「さすがに全てというのは申し訳ないと言ったのですが、払うなら泊めないと断られてしまいました。その代わり、明日も護衛を頼みたいと」

「へえ」

 ディディウスが嬉しそうに目を見張る。


 最初は馬車に同乗する口実に、こちら側から“護衛”を申し出た。

 それを続けて欲しいと言われたということは、期待に応える働きがあったということだ。

 食事の前に短い説明を受け、また食事中の会話からもだいたいの状況を把握していた深月は、しかしちっとも喜べなかった。

 期待に応えたのは、間違いなく。


「アイツの腕がそれだけ良かったってことだな」

 ディディウスの皮肉めいた言葉に、深月はびくりと身体を揺らした。

「ディディウス」

「事実だろ。いいじゃん、強くて何が悪いの」

 即座に(たし)めたリゼに、ディディウスは頭の後ろで手を組んで鼻を鳴らす。

「あいつらは悪党。やっつけたのは英雄。分かりやすくて良いよ」

「そういう問題ではありません。ミヅキ、さっきも言った通りです。ユーヤは最小限の攻撃で、盗賊の動きを封じただけ」

 何も言えずに固まった深月の、その肩にそっと手が置かれる。

 視線をやればリゼが、気遣わしげに深月を見上げていた。

「彼は誰かを傷付けたのではない。商人たちを守ったのです」

 だからそんな顔をしないでください、とリゼが笑う。

 その表情は少し悲しげで、そして綺麗な深緑の眸には不安そうな友弥が映っていた。

(これはトモじゃない、“私”なんだ)

「事実は必ずしも真実とは限らない。だから、ミヅキ」

 名前を呼ばれ、視線がぶつかる。

 王女の眸が深さを増して輝く。


「大切なものを見失わないで」

「大切な、もの」

「そう」

 繰り返す深月に、リゼが力強く頷く。

「見失えば何も分からなくなる。進む道も、本当の願いも皆。壊してしまう、取り返しがつかなくなる、その前に――」

 リゼの眸が一層深くなり、反して声は高くなっていく。

「……姫?」

 どこか必死なその様子に、今まで黙っていたディディウスが呼びかける。が、リゼは答えなかった。

「リゼ……」

 肩に置かれた彼女の手に、力が籠る。

「約束して。見失わないと、何があっても彼を信じると。そうすれば、私は。私は……」

「――――分かった」

 その悲痛な表情が昼のアークを思い出させて、気が付けば深月はリゼを抱きしめていた。

「分かったから、そんな顔をしないで」

 言いながら、王女の頭を抱く。

 今にも泣き出しそうなリゼは儚くて、(いと)しくて。


(もっと、強くならなきゃ)

 心も体も、いつでも前を向けるように。

 何が起こっても大切なものを守れる、自分はそんな人でありたい。

(お姫様とはちょっと違うけど)


「私、頑張ります」


 大切なもの。

 大切なひとの願いや想い。

 自分の望むもの。


「守って見せますから」

 根拠はない、完全なる未知、でもその未来(さき)は必ず自分たちで創って行けると信じて。


「みんなで、乗り越えましょう」

 想いが届くように、少しだけ身体を離して笑いかける。

 そうして合わせた視線、深緑の双眸は少しだけ見開かれ。


 それから、幸せそうに細められた。


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