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第二話 : 彼女という存在 〜 side 颯希 〜

 彼女とは、生を受けたその時から一緒だった。


 一言で表すなら、「綺麗な人」。


「綺麗な満月の夜に生まれたから」


 という理由で付けられた名前がよく似合う姉は、まだほんの赤ん坊の頃からとても可愛いと評判だったという。

 事実、物心付いた時、颯希(さつき)は自分を勝ち組だと確信した。


 小さい頃は身体が弱く、病気がちで颯希はよく虐められた。

 他の子供達に比べて背は小さく、ひょろりと細くて生気も無かった。

 入退院を繰り返しているため友達が作りにくいということも理由の一つだろう。


 そんな弟を心配して姉はいつも側に居た。



「だいじょうぶよ」


 そう言って頭を撫でてくれる姉の手は温かく、その笑顔は綺麗で、それだけで十分だと颯希は思っていた。

 姉を独り占め出来るのは自分だけだと、何処か優越感みたいなものもあった。



 それは大いに間違いだったと知ったのは、退院後、初めて幼稚園に通ったその日の朝だった。



「たいちょう! おはようございます!」


 母と別れて教室へと向かっていた颯希と、その手を引いていた姉に掛けられた謎の一言。


「たいちょう……?」


 恐る恐る振り返った先には、なんと顔見知りのいじめっ子たちがずらりと並んでいるではないか。


「きゃあっ」

「おつとめごくろうさまです、たいちょう!」


 女の子じみた悲鳴を上げた颯希に、姉は見たこともない自慢げな笑顔を向けて口を開く。


「さつきをいじめたわるいこは、みーんなおねえちゃんがやっつけたの。だから」


 衝撃の告白に絶句する颯希に、姉はといつもの一言を添える。


「だいじょうぶよ」





 姉は綺麗なジャ◯アンだった。





 お姫様だとばかり思っていた姉は実はとてもたくましく、おまけに変わりものだった。

 ツヤツヤのツインテールに巻かれたフリルリボンも、お花の付いたワンピースも。

 姉には猫に小判。豚に真珠。


 ひどい言いようかもしれないが事実である。


 朝、玄関では可愛らしく揺れるそれらは、夕方になるとボロボロのヨレヨレになっていた。

 一日中外で走り回ったり、木に登ったりチャンバラをしたりしているので当然だ。


「さつき、ただいま!」


 姉は帰宅するといつもお土産を手に颯希の部屋を訪れた。

 その手土産は戦利品のびわだったりどんぐりだったり……ダンゴムシだったりした。


「病院には持って行っちゃいけないってお母さんが言うから、今まで届けられなかったの。可愛いでしょう?」

「かわ……いい?」


 その感性に思わず唸ってしまう颯希をよそに、姉はまた、綺麗に笑うのだ。


「さつきが家に帰ってきてくれて、とっても嬉しい!」




 小学校に上がる頃には、颯希の体調も安定し普通に通学出来るようになった。友達も順調に増えて、勉強も頑張った。

 体育にも少しずつ参加して、他の子たちとなんら変わりなく過ごせるようになっていく颯希。

 そして。


「おおーい、白崎しらさき、また姉が脱走したぞー」



 磨きがかかる姉。




 姉はいつからか、サボりの常習犯になっていた。



 残念なことに姉は時間に疎く、夢中になったら教室に帰ってこなかった。

 図書館で本に埋れている時などはまだマシで、蝶を追って校外に出たり、気の向くままに隣町に行ったりととにかく自由だ。

 そんな姉に教師たちは手を焼き、父と母は頭を抱えた。颯希(さつき)などは、もういっそ放っておけばいいのにと思っているくらいだ。


 そう、思ってはいるのだが。


「白崎……」

「探してきます」


 昼休みの度にこうして知らせが入るので、姉を連れ戻すのは颯希の日課になっていた。


深月(みづき)ー、いる〜?」


 校舎の裏、小さな林の入り口から呼びかけると、中の茂みあたりからごそごそと音がした。

 颯希は自分も茂みに入ると、姉の姿を探してさらに叫ぶ。


「深月ー?」

「颯希っ危ないっ!」

「え?」


 ――――――どすんっ


「ぐえっ」


 確認する間もなく、颯希は何かに押しつぶされた。


「きゃあっ颯希ごめん! 大丈夫?!」


 降ってきたその物体、きゃあきゃあと騒ぎ立てるのは間違いなく姉である深月だ。怪我を心配しているのか、颯希の身体をくまなく探り、撫でまわしている。

 颯希の上に乗ったままで。


「深月重」

「大丈夫? 大事なものが飛び出しちゃったりしてない? わーん颯希死なないで〜」

「出ないし重いしくすぐったい!」


 いつまでも腹の上から動かない姉を押しやり、颯希はむくりと上体を起こした。


「颯希! いきてた!」

「当たり前でしょ。ていうか何で上から降ってきたの」


 シャツについた枯葉をぱしぱしと払う颯希に、姉は申し訳なさそうに言う。


「どれだけ高く登れるか試してたら、降りられなくなって」

「またそういう無謀なことを」

「助けを呼ぼうにも、だれも通らなくて困ってたの。颯希が来てくれて本当に良かった!」


 それはクッション代わりに、ということではないだろうな。

 恐ろしい考えが頭をよぎり、それを払うように頭を振って颯希は立ち上がった。

 「戻るよ」と手を差し出す。

 その手を取りながら、姉はいつもの笑顔で笑った。


「さすが、私の自慢の片割れね」





 小さな頃、颯希にとって深月は頼りになる姉だった。

 自分と違って健康的な彼女は、颯希よりも体力があり身体も大きかった。

 明るく天真爛漫で、ベッドから出られない颯希にいつも色々な話をしてくれた。

 病室という狭い世界で、姉は颯希の全てだった。



 なのに。



「深月! 何度言ったらわかるの、授業をサボっちゃいけません!」

「サボってないよお母さん、忘れてただけで」

「なおさらいけません! どうしてチャイムを聞かないの!」


 母の叱咤にびくりと身を震わせる姉、もとい双子の片割れ。

 そろそろとこちらを伺うその様子にあの日の面影は全くない。

 カケラもない。一ミクロンもない。


「颯希、お姉ちゃんを助けて」

「お姉……ちゃん?」

「深月! 颯希に庇ってもらおうとしないの!」

「だってだって〜」


 涙目で(すが)るその姿に颯希は呆れながらもアドバイスをする。


「深月、素直に謝りなよ」

「うう……ごめんなさい」

「まったくあんたって()は。もうしないと約束出来る?」

「それは出来な……いったぁい!」


 バカ正直に答えた片割れは母の鉄拳制裁を食らった。そこは(はい)でいいのにと、無意識なサボり魔に颯希は盛大なため息をついて席を離れる。

 わーんと騒がしい彼女を横目に、颯希は願った。


 誰か……。


 誰でもいいから、彼女を元(の姉)に戻してくれ――――――――。








 そうして颯希の願いは叶う。

 高学年になる頃、颯希たちは両親の仕事の都合で県境の近くに引っ越すことになった。

 もとは知人のものだというその家は、二階建てで比較的新しい一軒家だった。

 隣は立派な剣道場で、ここに、颯希の救世主とも言える“ 彼 ”がいたのだ。



「初めまして、保坂友弥(ほさかゆうや)です」


 そう自己紹介したのは、剣道場を営む隣夫婦の一人息子。

 やわらかそうな茶色の髪と、光の加減で碧にも見える瞳。

 颯希たちより二つ年上、中学一年生だというその人はとても穏やかな物腰で、まるで物語に出てくる騎士か王子のようだった。


 ふと隣に視線を移した颯希は、そこで初めて気がつく。

 常に騒がしい姉がやけに静かなことに。俯いたその肩が、小さく震えていることに。


「深月?」

「はっ、はっ、は初めましてっ、白崎深月です!!」


 (いぶか)しむ颯希をよそに、顔を真っ赤にした深月は勢い良く顔を上げた。


「あなたの髪と目、とーーーーーーーっても綺麗ね!」







 忘れもしない十歳の春――――。

 颯希の片割れは、恋に落ちた。




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